異世界の剣聖女子

みくもっち

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第1部 剣聖 羽鳴由佳

8 アライグマッスル

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「まったく、なんでこんなにところに」

──来てしまったのだろうか。あんなやつ放っておけばいいのに。洞窟なんて、ホントに冒険者みたいじゃないか。
 奥に財宝とか伝説の武器があるわけでもない。このシエラ=イデアルはわたしが期待していたような異世界ではないのだ。

 素材の調合をしようと無理やり草花とか魔物の残骸をくっつけようとして……腐敗したゴミが出来た。
 アイテムを集めようと民家の壺や箱を叩き割ったら、死ぬほど怒られた。
 周りの物理的な現象は、呆れるほど元の世界と一緒だ。異世界というより、並行世界といったほうがいいのかもしれない。

 携帯用のランタンを腰に提げ洞窟内を進む。幸いなことに中は広く、一本道なので移動に困るということはなかったが、志求磨の姿は見当たらない。
 進み続けると、奥のほうから明るくなっていくのが見えた。この先に大きな空間があるようだ。用心しながら進むと、志求磨が腹這いになって下を覗いていた。
 
「おい、なにやってる」

「しっ、ほら由佳。下見て」

 人差し指を立てながら志求磨がうながす。隣から同じように下を覗くと、眼下はすり鉢状の巨大な空間。中央は平地で、闘技場のような形だ。まわりはいくつものかがり火が焚かれている。

 そこにはおびただしい数の魔物──たしかゴブリンとかいう、低級の魔物だ。低級とはいえ多少知能があり、集団では厄介な相手。醜悪な面構えにいっちょまえに武器や防具を装備している。ざっと30匹はいるだろうか。

「ほら、真ん中に人がいる」

 志求磨の言うとおり、大勢のゴブリンが取り囲む中心に人間がいた。
 黒い革ジャンにジーパン、手にはレザーグローブ。白いマフラーをたなびかせた中年男性。なんだかひどく昭和のにおいがする……。

 頭の中にダダダダ、と文字が打ち込まれる。
《アライグマッスル》御手洗 剛志みたらいつよし

「あっ、あの人知ってる」

 思わず口にし、慌てて頭を引っ込める。
 幸い、ゴブリンたちには気づかれていないようだ。

「え、由佳、知り合い?」

 志求磨が小声で聞いてきた。わたしは首を横にふる。

「違う。二十年前ぐらいの特撮ヒーローの俳優さん。わたしの好きな花岡賢と同じ事務所だから知ってるんだ。願望者デザイアだから本人じゃないだろうけど……」

 そう話している間に、ゴブリンたちが包囲の輪を狭めていく。さっきのダダダダ、でちょい興奮ぎみのわたしは駆けおりて斬り込もうとするが、志求磨が手で制する。

「でたな、ゴブリンども! このわたしが来たからには街の住民には指一本触れさせないぞ!」

 ポーズを取りながら叫ぶ御手洗剛志。そして自ら集団に突っ込んでいった。

「とぉうっ!」 「でやぁっ!」
 
 おお、懐かしのヒーロー特集で見たまんまのかけ声。だが悲しいかな、御手洗剛志は生身の姿ではあまり強くないのだ。ああ、ゴブリンの棍棒の一撃をくらってしまった。

「くっ、やるな。だがここからがわたしの本領発揮だ」

 ジャンジャカジャン、ジャンジャカジャン、テレ~ッ。
 突然鳴り響くBGM。ポーズを取りながら御手洗剛志は革ジャンの中からマスクを取り出す。それは愛らしいアライグマのマスクだった。

「そおぅおおおーーちゃく!」

 装着、と言っているらしい。アライグマのマスクをズボッ、と被ると閃光がほとばしり、爆発が起きた。
 これにはゴブリンどもも相当驚いている。爆発の中から飛び出してきたのは──そう、我らのヒーロー、《アライグマッスル》だ!

  「説明しよう!」

 突然、洞窟の天井から声が響く。

「うわ、なんだ」

 わたしも志求磨も顔を見合せる。ここにいる誰の声でもない。天井からの声はさらに続く。

「御手洗剛志は神秘の仮面ラクーンマスクを装着することにより正義と筋肉の味方《アライグマッスル》に変身することができるのだっ!」
 
「これって……」

 わたしと志求磨はまた顔を見合せる。

「……ナレーションだ」

 変身完了した《アライグマッスル》。愛らしいマスクは流線形のフォルムに変化。体つきはマッスルというだけあってかなりのガタイ。シッポは太い縞模様でそのままアライグマだが。

「人々を苦しめ、自然を汚し、動物たちを傷つける者は決してこの《アライグマッスル》が許さん! 覚悟しろ、ゴブリンども!」

 いちいちポーズを取りながら名乗りをあげる。ゴブリンたちは動揺しきっている。

「ラクーンパンチ!」

 派手な効果音とともにゴブリンが5体吹っ飛んだ。おお、さすがは変身後のパンチは違う。

「ラクーンキック!」

 またも派手な効果音。7体のゴブリンが吹っ飛んだ。その調子だ、《アライグマッスル》。

「むううんっ、ラスカルッ、ラスカルッ、ラースカルッ!」

 あれは《アライグマッスル》が興奮したときに叫ぶ、かけ声みたいなものだ。決して固有名詞ではない。念のため。
 
「ふぅんっ、ラスカルッ、ラスカルッ、おおぉ、オスカールッ」

 たまに間違えるがそれも愛嬌だ。そうこうしてる間に、立っているゴブリンはあと3匹。天井からナレーションが降ってくる。

「エネルギーチャージした《アライグマッスル》のシッポは着脱可能なのだ! それこそがいま、悪を切り裂くアライグマッシャーと変化する!」

《アライグマッスル》はおもむろに自分のシッポを引き抜く。
 なんか痛そう。縞模様の太いシッポがズズズズ、と巨大化していく。
 ゴブリンたちは背を向けて逃げ出した。《アライグマッスル》は容赦なくアライグマッシャーの一撃を振り下ろし、3匹まとめて押し潰した。
 アライグマッシャーの大きさが元に戻り、《アライグマッスル》は決めポーズ。

「わたしがいる限り、悪は栄えん! 誰かが助けを呼ぶ限り、わたしは不滅だ!」

 背後でボカーン、と爆発が起きる。やれやれ、やっとこれで終わりか。 
わたしと志求磨は変身の解けた御手洗剛志に話しかけることにした。

 


 


    
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