異世界の剣聖女子

みくもっち

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第1部 剣聖 羽鳴由佳

13 覇王

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 玉座には誰もいなかった。壇下にピシッとした秘書風の女性がいるだけだ。
 頭の中にダダダダ、と文字が打ち込まれた。
《神算司書》ミリアム・エーベンハルト。
 神算の意味はわからないけど、司書って、あの図書館の? これはまた変わった二つ名だ。まあ《アライグマッスル》よりはましだが。

 前髪が斜めにカットされているセミロング。いかにもインテリがしそうな黒縁のメガネ。カツカツとヒールの音を響かせながら近づいてきた。
 
「アルマ、ご苦労だった。王はいつも通り遅れて来る。おまえは自室に戻って休んでおけ」

「……ここにいたら、ダメ?」

「王とわたくし、《剣聖》だけで話がしたい。退がれ」

「……………………」

 アルマは不服そうな顔をしながら王の間を出ていった。
 ミリアムはわたしを値踏みするような目つきで話し出す。

「……あの子がこうも人に懐くなんて……失礼。わたくし、このシエラ=イデアルの宰相にして五禍将の筆頭。ミリアム・エーベンハルトと申します。以後お見知りおきを」

 丁寧にスッ、と頭を下げる。わたしも慌てて自己紹介しようとしたが、ミリアムが分厚い本をパラパラめくりながらそれを制する。

「紹介は不要。わたくしの持つこの本に全て記されています。……《剣聖》羽鳴由佳。願望のイメージはサムライ。武器は日本刀で、技は時代劇の殺陣、格闘ゲームの技をアレンジしたもの。性格はワガママで自己中、自意識過剰、好戦的で野蛮、短気。毒舌だが打たれ弱い。女子力は皆無で……」

「おい」

 ツッコまざるをえない。後半、全部悪口じゃないか。

「失礼。この本にはシエラ=イデアルの全願望者デザイアの情報が嘘偽りなく記されているのです。待ってください、いま良いところも探しますので……あ、ありました。どこででも眠れる、甘いものならいくらでも食べられる」

「……それ、いいとこ? ちょっとその本、貸して。わたしが自分で探すから」

「ああ、ダメです。これはわたくしの能力なので他人には読めないのです。あ、引っ張らないで」

 ミリアムと本の取り合いでワーワーやっていると、右奥の扉が開き、一人の大柄な男が入ってきた。

「おぉ、ワリィ、ワリィ。昨日飲み過ぎちまった。お、なんだ? もう随分と仲がいいんだな」

 ダダダダ、頭の中に打ち込まれる文字。
《覇王》《封魔士》《召喚者》黄武迅ウォン・ウーシン
 カーラのときと同じく複数の二つ名。年は40代半ばほど。一見して中国の武将風の格好。たしかに強そうだが、《覇王》と呼ばれるほどの威厳があるようには見えない。

「あだだっ、二日酔いにダダダきやがった。ええっと、由佳か。ま、こんなとこまでよく来てくれた。魔女に言われて来たんだろ、おまえ」

 玉座にだらしなく座りながら黄武迅は聞いてきた。魔女というのは《青の魔女》カーラのことだろう。

「そうだ。あんたと《解放の騎士》に会えば、わたしの運命が変わると。ここに志求磨も来ているはずだ」

 王都での再開を約束し、ヴァーグで別れた。荒野で手間取っていた分、あちらが先に着いているだろう。

「志求磨か。最近、会ってねぇが……おい、こっちに来てんのか、あいつ」

「いいえ、報告は受けていません」

 ミリアムは素っ気なく答える。その反応に黄武迅はガハハ、と豪快に笑った。

「あいかわらず仲ワリィのな、おまえら。ひょっとして、そのせいでここまで来れねぇんじゃねぇか、あいつ」

「その可能性はあります。いま、王都に通じる全ルートにはわたくしを除く五禍将が配備されています。彼らに会えば戦闘は免れない。もしかしたら、もう死んでいるのかも」

「どういうことだ」

 わたしはミリアムに詰めよる。返答しだいではブン殴るつもりだ。
 
「《解放の騎士》天塚志求磨。彼の能力、あなたも見たはず。願望者デザイアを元の世界に戻すあの力、わたしたちにとっては死より恐ろしいもの。命を狙われても不思議ではないでしょう?」

「だからって……」

 消失ロストしたセプティミアを思い出した。たしかに戻るくらいなら死んだほうがましだと言っていた。

「元の世界でうまくいかなかったやつらが強く願う。自分は本当はこうじゃない、違う世界に行きたいってな。そこで俺が喚んでやるわけだ。見ただろ? 俺の二つ名に《召喚者》ってのがあるのを」

 白髪まじりの頭をぼりぼりかきながら、黄武迅は大アクビをする。ちょっと待て。いまなんか、すごい重要なこと言った。
 
「あんたが喚ぶって、そんなことできるのか」

「いつでもどこでもってわけじゃねぇ。喚んだとしても、どんなやつがどこに行くかもわからん」

「目的はなんなんだ」

「仲間を増やす。はじめはシエラ=イデアルを統一するため。いまはこの世界の秩序を守るためだ」

 二日酔いの男に秩序と言われても説得力がない。それよりも志求磨のことが気がかりだ。

「志求磨を捜しに戻る」

「戻るって、アテはあんのか?」
 
 黄武迅に指摘され、わたしは考え込む。ヴァーグの街で別れ、わたしは街道沿いの迂回ルート。志求磨は直線距離は短いが──たしか山だ。鋼竜山とかいう山に向かった。

「鋼竜山だ。志求磨は鋼竜山にいる」

「鋼竜山か……そんなところに願望者デザイアがいるわけねぇよな。いや、待てよ」

 今度は黄武迅が考え込む。何か思いあたるふしがあるのか。

「俺もついていってやる」

「ええっ!」

 ミリアムと同時に驚きの声をあげる。全世界の王が、人捜しのために都を離れると言っているのだから当然だろう。

「王、またあなたは……なにを言っているのですか!」

 ミリアムにどえらく説教されながら逃げ回る黄武迅。その姿を見ながらわたしはとても不安になった。




  
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