異世界の剣聖女子

みくもっち

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第1部 剣聖 羽鳴由佳

23 カーラの料理

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 さて、わたしの料理の番だ。しかし、ひとつ不安なのはあれだけの量を一人で食べて藤田はもう満腹ではないかということだ。
 わたしが不安そうな眼差しを向けていると、藤田は自分の腹をパンパンと叩きながら親指をグッ、と立てた。まだイケる、大丈夫という意味か。なんのアピールだ。
 ともかくわたしはテーブルに魚料理をずらりと並べ、藤田が箸をつけるのを固唾を飲んで見守る。

「ほう、刺身とは。珍しいものだ」

 藤田の顔がほころぶ。ほら見ろ、わたしの狙い通り。
 早く食べろ。食べてさっきみたいにドワーッ、とかババーン、とかド派手な演出を出してみせろ。

「それでは……」

 藤田はさっそく刺身を口に運ぶ。目を閉じ、ゆっくり味わうように何度も咀嚼する。そしてごくりと飲み込む。
 お、くるか? 背景がズバーッ、と変わるか? わたしは身構えたが……何も起きない。
 藤田は無言のまま刺身を平らげ、次は唐揚げをサクサク食べ出す。これもノーリアクション。最後の塩焼きをきったない食べ方でテーブルを汚し、やにわに立ち上がる。おお、やっと今ごろきたかと再び身構えたが、そのままスタスタと歩いて席を離れ、しばらくしてからまた戻ってきた。これは──ただトイレに行ってきただけのようだ。
 藤田は席につき、合掌して深々と頭を下げる。

「うむ。ご馳走さま」

「おい」

 わたしは即座にツッコむ。これはどういうことだ。

「なんだね」

「なんだね、じゃない。背景がガバーッと変わったり、口からビカーッと光出したりしないのか」

「ふむ、しないな。なぜだね?」

「……美味くなかったのか?」

「いや、美味かった。普通に」

「普通……」

 いやいや、おかしいでしょ。アルマのときはあれだけ願望の力を無駄づかいして表現したのに。
 あ、わかった。こいつ、わざとだ。武道大会で負けた腹いせに、我慢しているのだ。本当はアホみたいに飛び上がって 感動を表現したいくせに 。
 
 そういうことならしょうがない。審査する側に問題があるのだから。のだ。

 わたしはぶつぶつと(だが周りには聞こえるように)呟きながら引きさがった。 
 こうしてわたしとアルマの料理では藤田を満足させることが出来なかった。あれ、そういえばカーラさんがまだ戻ってこない。
 ここでわたしはハッ、と気付く。しまった、わたしとしたことが──忘れていた。マンガなどの料理勝負では順番が後になるほど有利なのだ。まさか、それを見越して遅れているのか。
 さすがデキる女性は違う。わたしが感心していると、食堂の扉が開いた。

「ごめんなさい。ちょっと探すのに手間取っちゃって」

 カーラの登場だ。給食室にあるような大きな寸胴鍋を荷台に載せて現れた。

「さあ、冷めないうちに召し上がれ」

 カーラが杖を動かすと鍋の蓋が開き、ドチャドチャとカレーのような液体が皿に盛られていく。
 うおぉ、なんと言っていいか……カーラさんには悪いが……グロい。グツグツと地獄温泉のように煮えたった黒い液体には白いイボイボの塊が転がっている。とぐろを巻いているのは腸だろうか。皿からでろーんとはみ出している。これはモザイクかけていいレベルの見た目だ。
 それに臭い。腐臭とドブの臭いが混ざったような、耐え難いものだ。ああ、アルマが気を失いかけている。

「カーラさん、こ、これは?」

 鼻を押さえながら聞くと、カーラは胸を反らして答える。

「どう? 美味しそうでしょ。西の沼で獲れたゲログロオオガエルを煮込んだものよ。コラーゲンたっぷりで美容にとてもいいんだから」

 いや、これ完全にアウトだろ。さすがにこれを食えとわたしは言えない。人として。
 地獄と化し、ざわつく食堂内で一人だけ冷静な男がいた。他ならぬ、藤田原氷山である。

「騒がしいぞ! 静かにせんかっ!」

 一喝。シーンとなった食堂で、藤田は語りだす。

「なるほど、たしかに皆が騒ぐのも無理もない。このわたし、藤田原氷山もはじめて遭遇する料理だ。だが、料理とは料理人の技術や食材の高級さだけで決まるものではない」

 ここでカーラのほうを向き、大きく頷く。

「相手をもてなそうという気持ち、食への感謝。それがある限りはいかなるものでも、わたしは全身全霊を込めて応えなければならない。それが美食家であるわたしの使命だ」

 藤田はスプーンを手に取り、その地獄の料理にズブス、と突っ込んだ。うお、本当に食うつもりか、アレを。
 口に入れ、ガタッといきなり立ち上がる。背景が暗くなり、ビカビカビカッと稲妻が走った。これはまさかのアレか。見た目はヒドイが味は良かったというパターンなのか。
 藤田はそのままビデオの一時停止のように静止していたが、5秒ぐらいしてバターンとぶっ倒れた。
 あ、死んだ。わたしはそう思った。

 使用人により運び出される藤田を見て、屋敷の主人モンティレは手を打って喜ぶ。

「さすがは願望者デザイア。毒殺という手を使うとは」

 カーラは首を傾げ、おかしいわねと呟いている。

「口に合わなかったのかしら。こんなに余ってもったいない……あ、そうだ。どうせだからみんなで頂きましょう」

 わたしたちはその場からダッシュで逃げ出した。




 







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