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第1部 剣聖 羽鳴由佳
42 餓狼系主人公
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「黄、やったか」
影が縮む様子に、岩秀が確認する。
黄武迅は即座にいいや、と首を振る。
「クソッ、間に合わなかった。出るぞ、ヤツが」
いったんは縮んだ影だったが、また膨らみはじめて人の大きさほどになった。
黄武迅が攻撃したあとの魔方陣も消えている。
影は色彩を帯び、はっきりと手足の先まで人の形を成していく。
──そこに現れたのは、わたしと同じ高校生ぐらいの少年だった。
ミリアムが歓喜の声をあげる。
「我が主が御帰還された。ああ、ついに……」
黄武迅と岩秀が少年を囲む。有無を言わさず同時攻撃。
ドンッ、と大気を震わせる轟音。
わたしもアルマもよろめいた。今だ──。
身体を沈めながらアルマの腕を掴み、腰ではね上げるようにブン投げた。
すぐに志求磨を助け起こし、距離を取る。
アルマは鮮やかに受け身を取り、ダガーを構えたが襲いかかる様子はない。そのままじりじりとミリアムの側へ。
「由佳、気をつけて。あいつが、葉桜溢忌が復活してしまった」
志求磨が意識を取り戻している。まだふらついているが、無事なようだ。
ド、ドンッ、とまたも音が響く。葉桜溢忌とは、あの少年のことか。何者だ? あの黄武迅と岩秀の猛攻を受け、右に左にフラフラしている。
あの二人の攻撃であの程度はおかしい。はるか彼方にブッ飛ばされるか、木っ端みじんになるはずだ。
「ぬうっ!」
岩秀の呻き声。攻撃していた二人は飛び退く。
なにかが目の前にドサリ、と落ちてきた。
これは──人の腕だ。
岩秀の左腕。肘から下が切り落とされている。
「ああ、すんませんっス。ちょっと痛かったから反撃したんスけど、だいぶ加減したつもりが……」
少年が頭をかきながら謝る。
頭の中にダダダダ、と文字が打ち込まれた。
《餓狼系主人公》《完全なる転生者》《勇者の成れの果て》葉桜溢忌。
いかにも冒険者ふうの格好。腰に剣、左腕に小振りな盾。軽そうな胸当てに短いマント。顔はなんの変哲もない、黒髪で細目の高校生といった感じだ。
魔方陣が浮き出てきた時の、ひどくドス黒い、イヤな感じがしたのは気のせいだったのだろうか。今は姿を見ても何も感じない。
それより、岩秀の腕はコイツがやったのか。攻撃したような素振りは見えなかったが……。
「餓狼系って……?」
わたしが思わず呟いた疑問に、志求磨が答える。
「web小説サイト、【小説家は餓狼】の流行りの主人公だよ。はじめからメチャ強いって設定」
「それが、アイツの願望なのか? いったい何者なんだ」
「覇王大戦で最後まで抵抗した、この辺の旧領主。だいぶ古い願望者で、元々は世界を救った勇者らしいんだけど」
勇者……そんな男がなぜ封印などされていたのだろうか。
「まだやれるか、クソ坊主」
「ふん、こんなもん怪我のうちに入らん。ほっとけばまた生えてくるわ」
なおも攻撃を仕掛けようとする黄武迅と岩秀。
葉桜溢忌はちょっと待ってと、片手をあげる。
「あ、待って待って。状況がわからないっスね。ミリアムさん、どうなってんスか」
「溢忌さま、あなたが封じられて十年の月日が流れました。遅くなり申し訳ありません。不詳、このわたくしが復活の儀を成功させました」
ミリアムが跪きながら答える。傍らのアルマも倣うように跪く。
「十年! マジッすか。へえ、知らない顔もいるし、色々あったんスね。どれどれ、俺のステータスはと」
溢忌が手をかざすと、空中に光る窓のようなものが現れた。文字や数値が書かれているが……おお、あれはもしや憧れのステータスウィンドウではないか。
指でピッ、ピッ、とタッチして何やら確認している。あれ、わたしもやってみたい。
「うわ、ダメッスね。もしかしたらと思ったけど、俺まだ魔物にカテゴライズされてますね。願望者なうえに、魔物ってヒドイッスよね。やっぱ魔女をどうにかしないとダメなんスかねぇ」
「溢忌さま、魔女のことは後でどうにでも……それより今はこの者たちを……」
「そうっスね。十年前の借りを返さなきゃ。それと、《召喚者》の力も返してもらうっスよ」
溢忌が黄武迅に目を向けた。
《覇王》黄武迅は深く息を吐きながら笑った。
「ああ、残念だったな。《召喚者》の二つ名と能力はすでに継承済みだ。いまの俺は持ってねぇ」
溢忌の細目が丸くなる。
「マジッスか。それならアンタ、マジで用無しじゃないですか。いやぁ、まいったな。誰に譲ったんスか」
「知る必要はねぇな。お前はここで死ぬんだからよ」
「言ってくれるっスね。俺は別に殺し合いなんかしたくないんスけど」
「よく言うぜ。お前がいままで何をしてきたか……封印されていた間に忘れたとか抜かすなよ」
願望の力を高めながら、黄武迅は岩秀に呼びかける。
「おい、クソ坊主。俺がコイツの相手する間に、由佳と志求磨を飛ばしてくれ。場所はどこでもいい」
「空間転移か。無茶を言う。わしの願望のタイプとまったく違う代物だが」
「四の五の抜かすな。不可能を可能にするのが超越者だろうが」
黄武迅の煽るような言葉に、岩秀は苦笑しながら懐から数珠を取り出す。
念を込めるように願望の力をそこに収束しはじめる。
影が縮む様子に、岩秀が確認する。
黄武迅は即座にいいや、と首を振る。
「クソッ、間に合わなかった。出るぞ、ヤツが」
いったんは縮んだ影だったが、また膨らみはじめて人の大きさほどになった。
黄武迅が攻撃したあとの魔方陣も消えている。
影は色彩を帯び、はっきりと手足の先まで人の形を成していく。
──そこに現れたのは、わたしと同じ高校生ぐらいの少年だった。
ミリアムが歓喜の声をあげる。
「我が主が御帰還された。ああ、ついに……」
黄武迅と岩秀が少年を囲む。有無を言わさず同時攻撃。
ドンッ、と大気を震わせる轟音。
わたしもアルマもよろめいた。今だ──。
身体を沈めながらアルマの腕を掴み、腰ではね上げるようにブン投げた。
すぐに志求磨を助け起こし、距離を取る。
アルマは鮮やかに受け身を取り、ダガーを構えたが襲いかかる様子はない。そのままじりじりとミリアムの側へ。
「由佳、気をつけて。あいつが、葉桜溢忌が復活してしまった」
志求磨が意識を取り戻している。まだふらついているが、無事なようだ。
ド、ドンッ、とまたも音が響く。葉桜溢忌とは、あの少年のことか。何者だ? あの黄武迅と岩秀の猛攻を受け、右に左にフラフラしている。
あの二人の攻撃であの程度はおかしい。はるか彼方にブッ飛ばされるか、木っ端みじんになるはずだ。
「ぬうっ!」
岩秀の呻き声。攻撃していた二人は飛び退く。
なにかが目の前にドサリ、と落ちてきた。
これは──人の腕だ。
岩秀の左腕。肘から下が切り落とされている。
「ああ、すんませんっス。ちょっと痛かったから反撃したんスけど、だいぶ加減したつもりが……」
少年が頭をかきながら謝る。
頭の中にダダダダ、と文字が打ち込まれた。
《餓狼系主人公》《完全なる転生者》《勇者の成れの果て》葉桜溢忌。
いかにも冒険者ふうの格好。腰に剣、左腕に小振りな盾。軽そうな胸当てに短いマント。顔はなんの変哲もない、黒髪で細目の高校生といった感じだ。
魔方陣が浮き出てきた時の、ひどくドス黒い、イヤな感じがしたのは気のせいだったのだろうか。今は姿を見ても何も感じない。
それより、岩秀の腕はコイツがやったのか。攻撃したような素振りは見えなかったが……。
「餓狼系って……?」
わたしが思わず呟いた疑問に、志求磨が答える。
「web小説サイト、【小説家は餓狼】の流行りの主人公だよ。はじめからメチャ強いって設定」
「それが、アイツの願望なのか? いったい何者なんだ」
「覇王大戦で最後まで抵抗した、この辺の旧領主。だいぶ古い願望者で、元々は世界を救った勇者らしいんだけど」
勇者……そんな男がなぜ封印などされていたのだろうか。
「まだやれるか、クソ坊主」
「ふん、こんなもん怪我のうちに入らん。ほっとけばまた生えてくるわ」
なおも攻撃を仕掛けようとする黄武迅と岩秀。
葉桜溢忌はちょっと待ってと、片手をあげる。
「あ、待って待って。状況がわからないっスね。ミリアムさん、どうなってんスか」
「溢忌さま、あなたが封じられて十年の月日が流れました。遅くなり申し訳ありません。不詳、このわたくしが復活の儀を成功させました」
ミリアムが跪きながら答える。傍らのアルマも倣うように跪く。
「十年! マジッすか。へえ、知らない顔もいるし、色々あったんスね。どれどれ、俺のステータスはと」
溢忌が手をかざすと、空中に光る窓のようなものが現れた。文字や数値が書かれているが……おお、あれはもしや憧れのステータスウィンドウではないか。
指でピッ、ピッ、とタッチして何やら確認している。あれ、わたしもやってみたい。
「うわ、ダメッスね。もしかしたらと思ったけど、俺まだ魔物にカテゴライズされてますね。願望者なうえに、魔物ってヒドイッスよね。やっぱ魔女をどうにかしないとダメなんスかねぇ」
「溢忌さま、魔女のことは後でどうにでも……それより今はこの者たちを……」
「そうっスね。十年前の借りを返さなきゃ。それと、《召喚者》の力も返してもらうっスよ」
溢忌が黄武迅に目を向けた。
《覇王》黄武迅は深く息を吐きながら笑った。
「ああ、残念だったな。《召喚者》の二つ名と能力はすでに継承済みだ。いまの俺は持ってねぇ」
溢忌の細目が丸くなる。
「マジッスか。それならアンタ、マジで用無しじゃないですか。いやぁ、まいったな。誰に譲ったんスか」
「知る必要はねぇな。お前はここで死ぬんだからよ」
「言ってくれるっスね。俺は別に殺し合いなんかしたくないんスけど」
「よく言うぜ。お前がいままで何をしてきたか……封印されていた間に忘れたとか抜かすなよ」
願望の力を高めながら、黄武迅は岩秀に呼びかける。
「おい、クソ坊主。俺がコイツの相手する間に、由佳と志求磨を飛ばしてくれ。場所はどこでもいい」
「空間転移か。無茶を言う。わしの願望のタイプとまったく違う代物だが」
「四の五の抜かすな。不可能を可能にするのが超越者だろうが」
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