異世界の剣聖女子

みくもっち

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第1部 剣聖 羽鳴由佳

54 藤田の王

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「寝ぼけている場合じゃない、出番だ。おまえが負けたらチーム敗退。街からも追い出されるんだぞ」

「え、そうなの? 責任重大……こりゃ、緊張してきたわ」

 と、言いつつも大あくびしながら黒由佳は舞台上へ。む、まてまて。よく見れば丸腰だが。

「おい、武器はどうした、刀は」

 砦で戦ったときは凶悪な二刀流。二振りの黒い刀を持っていたはずだ。

「え? あるよ、ほら」

 黒由佳が両手を軽く振ると、抜き身の黒い刃が現れる。

「右が妖刀で斬り。左が怨刀さらし首。んじゃ、いってくるね」

 何気にポンポンと出したが、あれはわたしにも出来ない芸当だ。
 何もないところから、いきなり何か出す。
 空間転移の一種か、願望の具現化。わたしのように、すでに存在する物体を刀に変化させるものより、はるかに高等な技術なのだ。

 コイツ……バカみたいだが、願望者デザイアの資質はわたしより上なのかも。
 武器のネーミングは最低だが。
 
「フジターズ・ファイブ、《眼帯の愚者フール》、冴木阮さえきげん!」

 ローブを脱いだ相手の大将。
 中肉中背。黒い戦闘服っぽい衣装。一番特徴的なのはその顔に着けている不気味なマスク。片目だけのぞかせ、口元は歯がむき出しになったようなデザイン。
 老人のように髪は真っ白だが、さきほどの声とぱっと見の姿から、ずいぶんと若いようだ。

 頭の中ダダダダ、がある。ということは、この男も藤田が進化した願望者デザイアということか。

「《剣聖》……まずはお前の分身を倒して、僕たちがより優れた願望者デザイアだということを証明してやる」

 舞台上からわたしに向かって語りかける。
 さっきからなんなんだ。ローブで姿を隠してる時から、狙ったように話しかけやがって。

「だいたいな、岩秀が死んだのにどうしてお前らがそんなウジャウジャいるんだ」

 藤田は《憤怒僧》岩秀が能力で作り出した人造の願望者デザイア
《覇王》と争ったときに、たくさん造ったヤツがまだ残っているのか……。
 それとも、あのミリアムが岩秀の能力をコピーして造り出しているのか。

「……そんな事はどうでもいい。僕は藤田の……いや、願望者デザイアの王になる。この大会は僕たち藤田の力を見せつける格好の場所なんだ」

 試合開始の太鼓の音。冴木はまだこちらを見ている。おいおいおい、アイツ相手によそ見するとは。

「スキありーっ!」

 案の定、ケダモノのごとく黒由佳が飛びかかる。
 冴木はあらぬ方向を見たままだが──その片方の目が赤色に変化した。

 冴木の腰の辺りから、ギュオッ、と赤黒い触手のようなものが飛び出した。
 予測していなかったことと、自らの突進力で黒由佳は避けられない。二刀を交差させて受け止めたが、吹っ飛ばされて危うく場外へ落ちかけた。

「あっぶね。何それ、気持ち悪い」

 四本の触手がウネウネと動いている。あれがあの男の武器なのか。
 たしか有名なマンガのキャラだったか……わたしは最近のヤツには疎いので、志求磨に聞いてみる。

「あれね、東京愚者フールってマンガのキャラだよ。たしか人間を食べなきゃ生きられないって設定なんだけど」

「そんな危険なキャラの願望なのか。黒由佳のヤツ、大丈夫か」

 わたしも以前、吸血鬼の願望者デザイアとなら戦ったことがある。
 さすがに不死とまではいかなかったが、かなりタフだった覚えがある。人外の願望者デザイアに多く見られる特徴だ。

 冴木はようやく黒由佳のほうを見た。

「僕には勝てないよ」

 跳躍。かなりのジャンプ力だ。あの触手をバネのように利用して跳んだらしい。
 空中から触手を繰り出す。ド、ドドッ、と固い石造りの舞台に穴を空ける。かなりの威力だ。
 黒由佳がかわしながら二刀で攻撃。触手を細切れに斬り刻んだ──が、すぐに斬った先から再生、黒由佳の脚が掴まれた。

「うお、やべっ」

 斬って逃れようとしたが、間に合わない。持ち上げられ、叩きつけられた。
 動けなくなったところを、触手がズガガガガ、とメッタ刺しに。 
 あ、黒由佳死んだ。そう思ったが、致命傷は避けていたようだ。
 勢いよく立ち上がった黒由佳。服はボロボロ、いたるところから流血している。
 だが笑いながら触手をまとめて斬り飛ばし、回転しながら懐に入った。
 そこから──凄まじい斬撃の嵐。
 斬り上げて打ち下ろし、突き刺して斬り開く。倒れることも許さぬほどに、あらゆる斬り方を試しているかのごとく──。
 最後に全体重を乗せた後ろ回し蹴り。
 冴木の首がおかしな方向へ曲がり、ブッ倒れる。

 あらためてこの凶暴な女が敵でなくて良かったと思うが……今度は別の心配をしなくてはならない。
 これ、相手殺してないか? いくら冴木が再生力に優れた願望者デザイアだとしても……ほら、斬られた触手も再生していない。

「いった~。なんなの、もうっ」

 突然、左肩を押さえてうずくまる黒由佳。
 大きく肩の肉がえぐれている。いつの間に負った傷なのか。
 そしてゆらりと幽鬼のように立ち上がる冴木。それにも驚きだが、どうも様子がおかしい。
 口がクッチャ、クッチャと何か食べているようだが……まさか黒由佳の肩の傷はコイツが……その肉を喰っているのか。
 
「僕は……負けない。こんなところで……こんな。僕がやらなきゃ、僕が、僕が……僕ががががっ!」
 
 冴木の身体を黒い甲殻のようなものが覆っていく。これはまるで──魔物だ。
 
 禍々しい形状に変化した黒い鎧に包まれた冴木。その目、願望の力……明らかに異常だ。
 とっさにこの試合を止めなければ、と判断。しかし、それを見抜いた黒由佳が舞台に上がろうとしたわたしに殺気を飛ばす。
 わたしのコピーだけあって、わたしのやろうとする事が分かるのか。
 しかし、こんなヤツ相手に勝てるのか……いや、生き延びることが出来るのだろうか。

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