異世界の剣聖女子

みくもっち

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第1部 剣聖 羽鳴由佳

71 負けるなアライグマッスル

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「何者ですか、キミは」

 ヨハンが見上げながら問う。穴から覗き込んでいた男──御手洗剛志は革ジャンの中からアライグマのマスクを取り出す。

「聞こえるぞ、悪のうごめく音が。聞こえるぞ、わたしを呼ぶ弱き者の声が。そこまでだ、悪党め。ここからはわたしが相手になる」

 ビシィッ、とポーズを決め、マスクを頭上に掲げる。

「そおおぅうおおぉーーちゃっっく! とおうぅっ!」

 マスクをズボォッ、と被りながらジャンプ。巻き起こる爆発、閃光。
 華麗に着地し現れたのは、そう、我らのヒーロー、《アライグマッスル》だ!

「………………?」

 突然現れたアライグマ男に、ヨハンは困惑している様子だ。
 わたしは痛みで動けず、ナギサは意識がない。志求磨とアルマは無数の黒い手に押さえられている。
 
 ここはあの男に頼るしかないのか。超越者リミットブレイカー相手だが、時間稼ぎぐらいはできるはず。
 その間にわたしが動けるまでに回復しなければ。
 願望の力を治癒へと集中させる。 
 
 気取られたのか、ヨハンのかかと蹴り。わたしの腹にめり込む。

「ぐはっ」

 衝撃はあるが──ダメージはない。ここら一帯はすでに《アライグマッスル》の能力が支配しているようだ。特撮番組のように見た目は派手だが、実際にダメージを与えられない。
 
 あぶねえ。今の攻撃、まともだったら内臓を蹴り破られていた。

 わたしを見てヨハンは驚いている。

「妙ですね。致命傷のはずですよ、今のは」

「やめろっ、悪の大幹部ゴールデン将軍め! お前の相手はわたしだっ!」

 ダッシュからのラクーンパンチ。ヨハンは避けながら超高速の拳を繰り出した。 

 ドガガガガガッ。

 ナギサの時と同じく、見えない無数の拳に打たれる《アライグマッスル》。しかし、地面を転がってからすぐに起き上がった。

「さすがは敵の大幹部……一筋縄ではいかないな」

「なんなのですか、キミは。この者たちの仲間なのですか? なぜわたしの攻撃を受けて立っていられるのです?」

 ざまあみろ、クサレ神父め。そのアライグマ男に常識は通用しない。わけの分からん能力で、あの黒由佳さえも撃退したことがあるのだ。

「わたしは弱き者の味方だ。悪の力ではわたしを倒すことは出来ない。大幹部とはいえ、今のうちに降参すれば許してやるぞ」

「ふむ……そういう事ですか。ならばやり方を変えるまで」
 
 ヨハンが願望の力をグオッ、と高めた。
《覇王》黄武迅や《憤怒僧》岩秀が本気を出した時のような圧力。

 周囲の空気が一変した。ピリピリと肌が焼けつくような感じ──何か、ヤバい。

 ボッ、とヨハンの手元が光る。
 超高速の拳。《アライグマッスル》に避けられるはずもなく、まともに入った。

「ぐぅあっ!」

《アライグマッスル》は倒れたが、ダメージゼロですぐに起き上がってくるはずだ。
 
「………………」

 おかしい。起き上がってこない。いつものように正義がどうのこうのと叫びながら立ち上がってこない。

 わたしは目を疑った。
 まさか──《アライグマッスル》の倒れた顔の下に、血溜まりができている。身体も痙攣しているようだ。

「なかなかの思い込みの強さですね。ですが超越者リミットブレイカー相手には通じませんよ。超越者リミットブレイカーの恐ろしさとは、相手の願望を呑み込み、打ち砕く強さ。まさに願望者デザイアを超えし願望者デザイアの能力なのです」

 ヨハンが拳を握りしめる。
 倒れているわたしに超高速の拳を打ち込むつもりだ。くそ、マジでピンチだ。カーラさん、助けて。かんざしに願うが、ダメだ。間に合わない。

 ズシャッ、と足音。ヨハンが振り向く。
 そこには──血まみれの《アライグマッスル》。
なんと、起き上がっている。まさか……モロにダメージを受けているはずなのに。

「ば、バカな。なぜ立てる」

 ヨハンは驚いたが、すぐに冷静さを取り戻した。

「たまたま当たり所がよかっただけでしょう。そのまま寝ていれば楽だったものを」

 再び超高速の拳。
《アライグマッスル》の身体が浮き上がるほどの衝撃。
《アライグマッスル》のマスクもボディーもボロボロになり、おびただしい血が噴き出している。

 しかし──倒れない。血まみれになりながらその目は死んでいない。

「わたしは負けぬ、倒れぬ。正義のため、弱き者のために……」

 ヨロヨロとヨハンに近づく。もうやめろ、死ぬぞ。
 
「不死身ですか、キミは」

 超高速の拳。メッタ打ちになる《アライグマッスル》の変身がついに解けた。
 御手洗剛志の姿に戻り、倒れる《アライグマッスル》。もういい。もう立つな。

 このおっさん……今まで冗談でもふざけてもいなかった。
 本気で正義のために、弱者のために戦おうとしていた。そしてあの魔物さえ傷つけない、優しすぎる能力。こんなおっさんを──死なせるわけにはいかない。
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