2 / 6
2 特別任務
しおりを挟む
翌朝。寮の井戸の前で悠と金城は顔を合わせる。
金城はすでに半裸。桶の水を豪快に頭からかぶり、ぼたぼたと水を滴らせながら聞いてきた。
「悠、怪我は大丈夫なのか。今日は休んだっていいんだぞ。俺から部長に伝えてやる」
「血は出てたけど傷自体は浅いよ。それよりおまえこそ大丈夫なのか」
悠は白いシャツのはだけた部分から包帯が見えているが、それ以外は普段と変わらないように見えた。金城のほうも常人なら骨の一、二本は折れていても不思議ではない衝撃を受けたのだが、本人はケロリとしている。
「俺は見ての通りだ。それよか悠、昨日のアレ……」
「暴漢を取り逃がした件か。あれならすでに上に報告済みだ。それで改めて犯人の捕縛命令が出た。特別な任務で僕とお前がそれを担当する」
淡々と答える悠。金城がはあ? と首をかしげる。
「俺らみたいな下っ端だけであんなんを捕まえんのかよ。いや、あんな凶悪なヤツにはもっと応援が必要だろ」
「どこも人不足なのは知ってるだろ。たったひとりの犯人を捜して捕まえるのにそこまで人員を割けないさ。ヤツはきっとまた現れる。さっそく今日の昼から捜査を開始するぞ」
「ふーん。ま、俺は悠と一緒ならなんでもいいけどよ」
金城は言いながらも、この相棒が何かを隠していることに気付いていた。
暴漢を取り逃がしたことを報告、特別な任務。ここまでは本当のことだろう。だが昨夜の大男。顔などはよく見えなかったが、化物じみた怪力や身のこなし。あのことは言っていないのではないか。それにもっと重要なことも。
じっと見つめると、憂い気に目を伏せる悠。
詮索するつもりはない。なにを隠していようと関係ない。なにがあっても、自分の命に代えてもこの相棒を守ると警察官練習所で出会ったときから決めているのだから。
「悠、ちょっと傷を見せてみろよ。おい、なんだこの包帯の巻き方。雑だなぁ。巻き直してやるよ」
金城は半ば強引に悠のシャツを剥ぎ取り、包帯も巻き取る。
右肩の傷を見て、ほっと胸を撫でおろす。悠の言ったとおり浅いもので、痕も残りそうにない。
「でもなあ、ちゃんと消毒とかしたのかよ。おまえ、意外とそういうとこ抜けてるからな」
「したよ。おい、ベタベタ触るなよ。あ、ちょっと、どこ触って──」
傷口を撫でていたかと思えば、金城の手は胸や臀部に伸びていく。悠はたまらず身をよじってかわした。
「もう、くすぐったいな。大丈夫だって言ってるだろ。包帯返せよ、自分でやれる」
赤くなりながら包帯を奪い取り、悠は足早に立ち去る。
金城はやれやれと手拭いで身体を拭き、上着を持ってそのあとを追った。
👮 👮 👮
屯所での朝礼後、交番所へ移動。
午前中の業務を終わらせ、悠と金城は特別任務へと赴く。
夜の警らとは違い、紫紺の制服に制帽姿。
金城はやや着崩した感じで部長にいつも注意されてるが、本人は気にも留めない。
昼間の花街は夜と違った賑わいを見せている。
普通の茶屋や料理店は開いているし、夜から開く店にも業者が出入りしている。
特別任務、と大仰に言っても普段やっている見回りに、昨夜遭遇した大男に関しての聞き込みが加わったぐらいのものだ。
通行人や通りの店の者に聞いてみるが、それらしい人物の情報はなかなか得られない。
「あんだけのデカイ男だ。すぐ手がかりが見つかると思ったんだけどなあ」
休憩がてらに入った茶屋で金城は頬杖つきながら団子に手を伸ばす。
金城の言うことはもっともで、六尺を超える金城以上の背丈を持つ大男などそうそういない。いれば騒ぎを起こさずとも話題になるはずだった。
「あせるな。ヤツはまた必ず現れるさ。必ずな」
悠は落ち着いた様子で茶をすすっている。
その日の昼の特別任務は終わり、夕方にいったん交番所へと戻る。
報告書を書き、休憩を挟んでから今度は夜の警らへと向かう。
だがその日の夜に花街ではなんの異変も起こらず、有力な情報は得られなかった。
それから一週間。
花街では昼も夜もこれといった事件は起きず、平和そのものだった。
大男に関する情報も何もない。
その日もいつものように特別任務へ赴くが、金城の顔には緊張感のかけらもなかった。
「犯人はもうどっかに行っちまったんだよ。もともと地元のヤツでもなかったんだろうしよ。こんだけ捜して何もないんじゃあな、もう無理だって」
「たるむな。特別任務じゃなくても僕らの警らは犯罪抑止の役に立っている。市民の目だってあるんだぞ。しっかりしろ」
悠がそう言って尻をはたくと、金城はおほっ、と嬉しそうな声をあげる。
気味が悪い、と軽蔑の眼差しを向けるが、金城はおかまいなしで悠の手を引く。
「ちょっと疲れちまったぜ。茶店で休もうぜ」
「まだ出てきたばかりだろう。休憩には早い」
「いいからいいから。この一週間働きづめだったろ。疲れてっと、肝心なときに犯人に逃げられるぞ」
「……そうか。それならあの店だったらいい」
根負けして悠が指さす店は、最近出来たばかりの洋風の茶店だった。金城はしまった、と後悔する。
悠はそこが気に入ってるようですでに何回か通っている。付き合いで金城も入るが、洋風の飲み物や菓子はあまり好きではなかった。
そして何よりそこへ行きたくない、というより行かせたくない理由があった。
「どうした? 行かないのか? 僕は先に行くぞ」
そんな金城の気持ちを知ってか知らずか、悠はもう先に歩き出していく。
「ああ~、ったく、仕方ねえ! 行くよ! 誘ったのは俺だもんな! 行きますとも!」
金城はやけになりながら大股で悠を追い越し、先に茶店へと入った。
金城はすでに半裸。桶の水を豪快に頭からかぶり、ぼたぼたと水を滴らせながら聞いてきた。
「悠、怪我は大丈夫なのか。今日は休んだっていいんだぞ。俺から部長に伝えてやる」
「血は出てたけど傷自体は浅いよ。それよりおまえこそ大丈夫なのか」
悠は白いシャツのはだけた部分から包帯が見えているが、それ以外は普段と変わらないように見えた。金城のほうも常人なら骨の一、二本は折れていても不思議ではない衝撃を受けたのだが、本人はケロリとしている。
「俺は見ての通りだ。それよか悠、昨日のアレ……」
「暴漢を取り逃がした件か。あれならすでに上に報告済みだ。それで改めて犯人の捕縛命令が出た。特別な任務で僕とお前がそれを担当する」
淡々と答える悠。金城がはあ? と首をかしげる。
「俺らみたいな下っ端だけであんなんを捕まえんのかよ。いや、あんな凶悪なヤツにはもっと応援が必要だろ」
「どこも人不足なのは知ってるだろ。たったひとりの犯人を捜して捕まえるのにそこまで人員を割けないさ。ヤツはきっとまた現れる。さっそく今日の昼から捜査を開始するぞ」
「ふーん。ま、俺は悠と一緒ならなんでもいいけどよ」
金城は言いながらも、この相棒が何かを隠していることに気付いていた。
暴漢を取り逃がしたことを報告、特別な任務。ここまでは本当のことだろう。だが昨夜の大男。顔などはよく見えなかったが、化物じみた怪力や身のこなし。あのことは言っていないのではないか。それにもっと重要なことも。
じっと見つめると、憂い気に目を伏せる悠。
詮索するつもりはない。なにを隠していようと関係ない。なにがあっても、自分の命に代えてもこの相棒を守ると警察官練習所で出会ったときから決めているのだから。
「悠、ちょっと傷を見せてみろよ。おい、なんだこの包帯の巻き方。雑だなぁ。巻き直してやるよ」
金城は半ば強引に悠のシャツを剥ぎ取り、包帯も巻き取る。
右肩の傷を見て、ほっと胸を撫でおろす。悠の言ったとおり浅いもので、痕も残りそうにない。
「でもなあ、ちゃんと消毒とかしたのかよ。おまえ、意外とそういうとこ抜けてるからな」
「したよ。おい、ベタベタ触るなよ。あ、ちょっと、どこ触って──」
傷口を撫でていたかと思えば、金城の手は胸や臀部に伸びていく。悠はたまらず身をよじってかわした。
「もう、くすぐったいな。大丈夫だって言ってるだろ。包帯返せよ、自分でやれる」
赤くなりながら包帯を奪い取り、悠は足早に立ち去る。
金城はやれやれと手拭いで身体を拭き、上着を持ってそのあとを追った。
👮 👮 👮
屯所での朝礼後、交番所へ移動。
午前中の業務を終わらせ、悠と金城は特別任務へと赴く。
夜の警らとは違い、紫紺の制服に制帽姿。
金城はやや着崩した感じで部長にいつも注意されてるが、本人は気にも留めない。
昼間の花街は夜と違った賑わいを見せている。
普通の茶屋や料理店は開いているし、夜から開く店にも業者が出入りしている。
特別任務、と大仰に言っても普段やっている見回りに、昨夜遭遇した大男に関しての聞き込みが加わったぐらいのものだ。
通行人や通りの店の者に聞いてみるが、それらしい人物の情報はなかなか得られない。
「あんだけのデカイ男だ。すぐ手がかりが見つかると思ったんだけどなあ」
休憩がてらに入った茶屋で金城は頬杖つきながら団子に手を伸ばす。
金城の言うことはもっともで、六尺を超える金城以上の背丈を持つ大男などそうそういない。いれば騒ぎを起こさずとも話題になるはずだった。
「あせるな。ヤツはまた必ず現れるさ。必ずな」
悠は落ち着いた様子で茶をすすっている。
その日の昼の特別任務は終わり、夕方にいったん交番所へと戻る。
報告書を書き、休憩を挟んでから今度は夜の警らへと向かう。
だがその日の夜に花街ではなんの異変も起こらず、有力な情報は得られなかった。
それから一週間。
花街では昼も夜もこれといった事件は起きず、平和そのものだった。
大男に関する情報も何もない。
その日もいつものように特別任務へ赴くが、金城の顔には緊張感のかけらもなかった。
「犯人はもうどっかに行っちまったんだよ。もともと地元のヤツでもなかったんだろうしよ。こんだけ捜して何もないんじゃあな、もう無理だって」
「たるむな。特別任務じゃなくても僕らの警らは犯罪抑止の役に立っている。市民の目だってあるんだぞ。しっかりしろ」
悠がそう言って尻をはたくと、金城はおほっ、と嬉しそうな声をあげる。
気味が悪い、と軽蔑の眼差しを向けるが、金城はおかまいなしで悠の手を引く。
「ちょっと疲れちまったぜ。茶店で休もうぜ」
「まだ出てきたばかりだろう。休憩には早い」
「いいからいいから。この一週間働きづめだったろ。疲れてっと、肝心なときに犯人に逃げられるぞ」
「……そうか。それならあの店だったらいい」
根負けして悠が指さす店は、最近出来たばかりの洋風の茶店だった。金城はしまった、と後悔する。
悠はそこが気に入ってるようですでに何回か通っている。付き合いで金城も入るが、洋風の飲み物や菓子はあまり好きではなかった。
そして何よりそこへ行きたくない、というより行かせたくない理由があった。
「どうした? 行かないのか? 僕は先に行くぞ」
そんな金城の気持ちを知ってか知らずか、悠はもう先に歩き出していく。
「ああ~、ったく、仕方ねえ! 行くよ! 誘ったのは俺だもんな! 行きますとも!」
金城はやけになりながら大股で悠を追い越し、先に茶店へと入った。
0
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる