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6 相棒
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あれから二週間が過ぎたが、ふたりの警ら中に化け物が現れることはなかった。
特別任務は屯所から来た別の警官へ引き継がれ、ふたりは通常の交番所勤務へ戻ることが決定した。
「まあ、犯人なんか見つからねえけどな。原因は俺らが倒しちまったわけだし」
明石茶館で珈琲を片手に金城が悠にそう語りかける。
この可憐ともいえる愛おしい相棒はここ最近、自分から話すことが少ない。もともと口数が多いほうではないのだが、金城はどことなく気になっていた。
悠は無言で新聞に目を通している。金城は返事を待つことなく喋り続ける。
「でも結局化け物が相手だったなんて報告できねえからな。任務から外されたのは好都合だよな。苦労して事件を解決したのに誰にも褒められねーってのは残念だけどよ」
楽観的に語るが、金城は聞きたいことがあった。
化け物が消える前。その顔は金城のものから女性へと変化していた。この茶館の少女ではない。知らない女だ。だがなんとなく似ている。
この二週間の間、何度も聞こうとしていたが聞けなかった。
他愛のない世間話を交えながら悠の表情をうかがう。ふと目が合い、金城はうっと言葉に詰まった。
「母だ。あれは」
「えっ」
突然、口を開く悠。金城が何を聞きたいのかわかっていたようだ。軽く嘆息しながら新聞を横に置き、珈琲のカップを手に取る。
「母の顔をしていた。僕がはじめてアレに出会ったときも母の姿をしていたよ。忘れかけてたんだがな」
珈琲を口につけることなく、悠はそう言った。金城はそうか、とだけ返事をしてそれ以上聞けず、腕組みをして押し黙る。
「悪かったな、僕のせいで危険な目に遭わせて。アレを倒すのにおまえの気持ちも利用してしまった」
利用、と聞いて金城は自分の唇に触れる。あの口づけ。あの場であの行為は化け物を倒すために必要なものだったのか。
「あの化け物は僕への好意や妄執で強さや姿を変化させる。目の前でああいった行為をすると大きな影響を及ぼすことは知っていた」
「…………」
金城はわかっていた。警察官練習所時代からの一方的な好意だった。
悠が自分を認めているのは仕事仲間として。相棒として。それ以上の気持ちはない。
自分の気持ちが昂ぶっても、この関係を壊したくなかった。冗談めかした告白やじゃれ合いで誤魔化していた。
あの日の口づけで多少浮かれていたのも事実だ。だが、悠が自分に気持ちがないのはわかりきっていた。
「いや、ともかくよ。おまえが無事で良かったよ。俺はそれで十分だ」
どんな顔をしてこんな台詞を吐いたのだろうか。金城は自嘲気味に笑いながら珈琲のカップに手を伸ばした。
その手にすっと悠の手が触れた。剣の達人とは思えぬほど細く、白く、柔らかい手。そしてその頬は赤みが差し、目は潤んでいた。
「僕は……おまえの事を頼りにしている。今回だっておまえの助けがなければどうなっていたか。これは僕の勘だが……アレはまた現れる。すぐではないが、数年以内に。そのときはまたおまえが側にいてほしい」
「悠……」
金城はその手を握り返す。
「まかせとけよ。これから先、数年後だろうが数十年後だろうがおまえの側にいてやる。あんなのが出てきてもまたこうやって倒してやろうぜ」
金城は目を閉じてムチューッと唇を突き出した。
悠がすかさず卓の下で脛に蹴りを入れる。
「調子に乗るな。おまえの悪いクセだ」
いつもの悠に戻った。不愛想で生真面目で、芯の強さを感じさせるくせにどこか儚げで、側にいてやろうと思わせる。
金城は涙目で脛をさすりながら笑い、悠もめずらしく声を出して笑った。
了
特別任務は屯所から来た別の警官へ引き継がれ、ふたりは通常の交番所勤務へ戻ることが決定した。
「まあ、犯人なんか見つからねえけどな。原因は俺らが倒しちまったわけだし」
明石茶館で珈琲を片手に金城が悠にそう語りかける。
この可憐ともいえる愛おしい相棒はここ最近、自分から話すことが少ない。もともと口数が多いほうではないのだが、金城はどことなく気になっていた。
悠は無言で新聞に目を通している。金城は返事を待つことなく喋り続ける。
「でも結局化け物が相手だったなんて報告できねえからな。任務から外されたのは好都合だよな。苦労して事件を解決したのに誰にも褒められねーってのは残念だけどよ」
楽観的に語るが、金城は聞きたいことがあった。
化け物が消える前。その顔は金城のものから女性へと変化していた。この茶館の少女ではない。知らない女だ。だがなんとなく似ている。
この二週間の間、何度も聞こうとしていたが聞けなかった。
他愛のない世間話を交えながら悠の表情をうかがう。ふと目が合い、金城はうっと言葉に詰まった。
「母だ。あれは」
「えっ」
突然、口を開く悠。金城が何を聞きたいのかわかっていたようだ。軽く嘆息しながら新聞を横に置き、珈琲のカップを手に取る。
「母の顔をしていた。僕がはじめてアレに出会ったときも母の姿をしていたよ。忘れかけてたんだがな」
珈琲を口につけることなく、悠はそう言った。金城はそうか、とだけ返事をしてそれ以上聞けず、腕組みをして押し黙る。
「悪かったな、僕のせいで危険な目に遭わせて。アレを倒すのにおまえの気持ちも利用してしまった」
利用、と聞いて金城は自分の唇に触れる。あの口づけ。あの場であの行為は化け物を倒すために必要なものだったのか。
「あの化け物は僕への好意や妄執で強さや姿を変化させる。目の前でああいった行為をすると大きな影響を及ぼすことは知っていた」
「…………」
金城はわかっていた。警察官練習所時代からの一方的な好意だった。
悠が自分を認めているのは仕事仲間として。相棒として。それ以上の気持ちはない。
自分の気持ちが昂ぶっても、この関係を壊したくなかった。冗談めかした告白やじゃれ合いで誤魔化していた。
あの日の口づけで多少浮かれていたのも事実だ。だが、悠が自分に気持ちがないのはわかりきっていた。
「いや、ともかくよ。おまえが無事で良かったよ。俺はそれで十分だ」
どんな顔をしてこんな台詞を吐いたのだろうか。金城は自嘲気味に笑いながら珈琲のカップに手を伸ばした。
その手にすっと悠の手が触れた。剣の達人とは思えぬほど細く、白く、柔らかい手。そしてその頬は赤みが差し、目は潤んでいた。
「僕は……おまえの事を頼りにしている。今回だっておまえの助けがなければどうなっていたか。これは僕の勘だが……アレはまた現れる。すぐではないが、数年以内に。そのときはまたおまえが側にいてほしい」
「悠……」
金城はその手を握り返す。
「まかせとけよ。これから先、数年後だろうが数十年後だろうがおまえの側にいてやる。あんなのが出てきてもまたこうやって倒してやろうぜ」
金城は目を閉じてムチューッと唇を突き出した。
悠がすかさず卓の下で脛に蹴りを入れる。
「調子に乗るな。おまえの悪いクセだ」
いつもの悠に戻った。不愛想で生真面目で、芯の強さを感じさせるくせにどこか儚げで、側にいてやろうと思わせる。
金城は涙目で脛をさすりながら笑い、悠もめずらしく声を出して笑った。
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