孤毒の解毒薬

紫月ゆえ

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溺没

7-1

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 「まって……まって……待って!どこ行くんだ!」

 雪は暗闇にいた。しかし、なぜか、自分がこの暗い空間にいること、そして目の前に家族や弘昌、奏斗がいることだけは認識できていた。しかし、彼らは雪を見下ろすなり一斉に背を向けて光さす出口のほうへと歩いて行った。雪も彼らに続こうと、足を動かす。が、動かない。下を見ると、どうやら足が空間に埋まっているようだ。一歩を踏み出そうともがくも、動くのは手だけ。動けば動くほど体が沈んでいく。まるで、雪の現実を表しているようだ。

 そこで、奏斗が雪を振り返る。その一瞬、視線が交錯する。奏斗はうっすらと微笑を浮かべている。

 「奏斗!」

 しかし、奏斗は何事もなかったかのようにまた顔を背けて行ってしまう。足よ動けと、雪は自身の下半身を見る。
 なんだよ、今笑ってたじゃないか。奏斗。なんでそっちに行くんだよ。俺はまだここにいるのに。

 もう一度、顔を上げて前を見る。すると、いつの間にか奏斗の三人の友人たちが隣を歩いていた。
 あぁ、そうか。彼らに笑いかけていたのだ。俺ではなく。なんだ、そうか。

 「待って……父さん、母さん、和也、ひろおじちゃん、奏斗!」

 何度も呼びかけるが、決して反応が返ってくることはなかった。動くこともできず、このまま誰にも気づかれることなく沈んでいくんだな。行き着く先はどこだろうか、そんなのどこでもいい。唯一の希望、奏斗がそこにいないのなら、そこはどこだって俺にとっては地獄だ。ようやく気付けた、目に見ることのできた星なのに。星は決してつかむことはできない。自分を照らしはするが、手にすることは叶わない。

 「頼む……待ってくれ……おいていかないでくれ……奏斗!」

 動かない身体を捩り、もがきながら叫ぶ。

 「待ってくれ……待って……まって……」

 届くことのない声を呟き続ける。地面には水滴が落ちていく。これが自分の涙だと気づいたのは、視界が涙で覆われ、呼びかけても一度も振り返らない奏斗らが見えなくなったときだ。絶望はしない。もうその段階は過ぎたのだ。決して叶うことのない夢だった。叶わないと分かっていながらも望んでしまったのだ。隣にいたいと。必要としてほしいと。
 雪にとって、奏斗と過ごした日々は宝物だった。奏斗への気持ちに気づいたとき、迷いや苦しみがあったのは違いない。しかし、そこには確かに幸せがあった。とても暖かくて包み込んでくれるような。しかし、それももう終わりか。俺はやっぱり、あの安全な道がお似合いなのだろう。決して傷つくことのない。今も、今までも、たくさん傷ついてきた。もう苦しい。奏斗にだけは苦しみを味わってほしくない。俺のせいで奏斗が悪く言われるのはたまらない。奏斗の人生に悪影響を与えたくない。それよりも一番嫌なのは、奏斗が俺にとっての苦しみの存在となることだ。そうなるくらいなら、自分の心を押し殺すことなんて容易じゃない。だって今までそうやって生きてきたから。そうだ、そうすればいいんだ。今まで通りに生きていけばいいんだ。簡単なことだ。

 簡単なことのはずなのに……どうしてこんなにも胸が痛いのだろう。

 

 「はっ……!」

 雪は目を覚ます。呼吸が乱れて苦しい。枕が濡れている。
 そうか、あれは夢だったのか。呼吸を整えながら起き上がる。しかし、涙はまだ止まらないようだ。それほど恐ろしい夢だった。怖かった。今も心臓がバクバクいっているのを感じる。

 もうどうしていいか分からない。あらゆる考えが頭の中を駆け巡る。いっそのことずっと夢の中にいたら、ラクだったのに。苦しいけれど、その苦しさよりももっと辛い苦しみを味わうことはないのだから。

 気持ちを忘れ去って、今まで通り、いや、奏斗と出会う前の自分に戻る。それが一番誰も傷つかない安全な道だろう。あの迷路でみた第三の道、穏やかで安全だが負のオーラが漂う道。直感がこの道に進んではいけないと伝えていた。今も、このことを考えただけで心臓がさらに嫌な音を立てる。それでも、この道が結局は俺の進む道なんじゃないか。

 どうしたらよいのか分からない。俺はどうすればいい?苦しい。辛い。痛い。それでも……奏斗が好きなんだ。一緒にいたいんだ。本当に、大切なんだ……。
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