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春一番
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「好きだ。俺が出す答えを、ずっと待ってくれてありがとう。俺と出会ってくれて……あの日、俺に声をかけてくれてありがとう。」
雪の心からの感謝の言葉と同時に、今までにないほど、穏やかで優しい笑顔が奏斗に向けられる。胸がギュッとなった。この子は本当に優しい子だ。大切なものが多くて、それをずっと大切なままにしたくて、自分を犠牲にしてきたんだろう。そうするしかなかったんだろう。どれほど苦しかっただろうか。俺が歩んできた道よりもずっと険しい道を歩んできたんだ。
雪はいつも予防線を張っていたように思う。相手が不快な思いをしていないかということはもちろん、自らのことを話すときもどこまで話そうか迷っていたように感じる。自分が思っていることを素直に言うということに対して抵抗をもっているようだった。昔、学生時代にあった辛い過去は弘昌から聞いたが、人に対してどこか一線を引いているようだった。信じていいのか、話していいのか、疑っているような、でもそこに、関わりたいという気持ちも感じたのだ。だから俺は、雪とたくさん話した。たくさん同じ時を過ごした。そうすることで、雪の心がほぐれていってくれればいいと願って。
でも、本当は単に俺が雪と話したかったからだ。この子が引く線の内側に入りたい。いつしか、そう深く求めていくようになった。
「雪」
雪の身体がビクッとする。瞳が揺れている。泣くのを我慢しているのだろう。これだけの言葉を伝えることに、きっとたくさん悩んだに違いない。そして、勇気を出して伝えてくれた。人に好意を伝えるなんて怖いに決まってる。俺だってそうだ。だから、俺は自分が楽なほうに逃げたんだから。そんな怖れを乗り越えて、好きだと伝えてくれた雪を、思わず抱きしめたくなってしまった。でも、まだだ。俺もちゃんと伝えないと。
「まず、最初に言わせてほしい。気持ち悪いわけない。不快なわけない。だから、そこは安心して聞いてほしい。俺は絶対に雪のことをそんな風に思ったりしない。絶対に。」
雪の目から一筋涙がつたう。あぁ抱きしめたい。いや、だめだ。まだだ。雪も自分の気持ちを伝えてくれたのだから、俺ももう逃げない。
「本当は今日、俺から言おうと思ってたんだ。雪のことが好きだって。」
雪の大きくて丸い目が、さらに丸く見開かれる。
「好きだよ、雪。」
友人といるとき、家族といるとき、どれとも違う。雪にだけの笑顔を向ける。
「ごめんね、一人で苦しませて。雪が何かに悩んでいるのは気づいてた。でも、俺がズカズカ入っていっていいのか迷って……雪も、俺の勘だけど、自力で答えを出したそうに思えたから。違ってたらごめん。」
雪は涙が止まらないようで、首だけぶんぶんと横に振る。
「そっか、よかった。でも、これは建前、言い訳にすぎない。本当は、ただ俺が怖かっただけなんだ。臆病だっただけ。今の幸せを失うのが怖くて、逃げた。雪を理由にして、自分の気持ちを押し殺すことを正当化してただけなんだ。だから、ごめんね。結果的に一人で悩んで、苦しませてしまった。」
「奏斗……」
「昔のことも、家族のことも、一人で背負ってきて……でも俺はそれからも目をそらしてしまった。本当にごめん。俺は、一度消したんだ、雪への想い。今あるものが壊れるくらいなら、この気持ちを押し殺してでも雪といたいと思った。雪が俺のこと好きな可能性なんてないと思ってたから。友達って言葉にすごく嬉しそうにしてたからさ。」
「それは、確かにそう、だけど……変わって、いったんだ……。」
雪は泣きながら訴える。涙が止まらず、息が苦しそうに訴えている。
「うん、そうだよね。でも、消したはずなのに、なにか引っかかっているような気がして、多分完全に終わりにし切れてなかったんだと思う。未練たらたらだったんだ俺は。逃げても、それも中途半端でどっちつかずで、情けないよ。ちゃんと自分と向き合って、答えを導いて、それを俺に伝えてくれた雪に合わせる顔がない。」
雪が反論しようと口を開いたが、静止した。
「待って、いいんだ。これは俺にとってのけじめだから。雪が俺のことかばったら、俺は俺が許せなくなる。自分勝手で何言ってんだって思うだろうけど、ここは譲れないよ。雪は優しいから嫌かもだけど、俺はその優しさに甘えたくないんだ。」
納得したのかしていないのか、少し不服そうな顔に思わず口が緩む。
「どうしても消せなかった。それで、気づいた。いつしか友情から別のものに変わってたんだって。それに気づいたら、もう消したくなかった。迷ってはいたんだ。でも、消せなかった。消したくなかった。雪への大切な気持ち、たとえ報われなくても、今が壊れようとも、気づけたのに完全に自分の手で消すなんてことはしたくなかった。なかったことにはしたくなかった。だったら、もっと燃やそうと思った。雪への想いを。今の関係が壊れてもいい、その先で雪への好きっていう気持ちを大切にできるなら。ほんと、呆れるでしょ。どんだけ臆病で自分勝手なんだって。」
雪はまた首を振る。
「でも、これが俺なんだ。完璧じゃないし、いつでも冷静じゃない。間違うし、迷うし、悩むし、臆病だし。特に雪が絡むと俺は弱いなって気づいた。色々考えちゃってさ。でも、今はわかる。好きだから、大切だからそうなるんだって。」
「うん。俺も、……同じだから、分かる。……あと、奏斗が、完璧、だとか、思ってないから、安心して。」
嗚咽のせいか、うまく言葉を紡げていないが、急に冷静な雪に思わず吹き出す。
「ふはっ。そうだね。ありがとう。」
もう一度雪をまっすぐ見つめる。
「雪、俺にとって、君は特別な存在になっていた。日常の、どんな些細なことでも、雪と一緒ならそれが意味をもつ。嬉しいことがあったら一緒に分かち合いたい。苦しいこと、悲しいことがあったら一緒に背負いたい。雪と食べるご飯は、今まで誰と食べた時よりも美味しくて、幸せだった。こんな些細なことが胸に積み重なるんだ。大げさかもしれないけど、それだけ、大切なんだよ。」
教室の窓から風が流れ込み、二人を包み込む。広かった空間が、二人だけの、隔たれた空間になる。生暖かい風が二人を覆い。視線が交錯する。
「雪の気持ち、すごく嬉しかった。ありがとう。俺は、雪の話を聞いたうえで、自分と向き合ったうえで、思ったんだ。雪の抱えるもの全部、一緒に背負いたいって。昔も、今も、これから先も、全部。」
息を吸う。心からの気持ちを、今、伝えよう。他の誰にも向けたことのない気持ちを。
「雪、好きです。俺と付き合ってください。」
雪の心からの感謝の言葉と同時に、今までにないほど、穏やかで優しい笑顔が奏斗に向けられる。胸がギュッとなった。この子は本当に優しい子だ。大切なものが多くて、それをずっと大切なままにしたくて、自分を犠牲にしてきたんだろう。そうするしかなかったんだろう。どれほど苦しかっただろうか。俺が歩んできた道よりもずっと険しい道を歩んできたんだ。
雪はいつも予防線を張っていたように思う。相手が不快な思いをしていないかということはもちろん、自らのことを話すときもどこまで話そうか迷っていたように感じる。自分が思っていることを素直に言うということに対して抵抗をもっているようだった。昔、学生時代にあった辛い過去は弘昌から聞いたが、人に対してどこか一線を引いているようだった。信じていいのか、話していいのか、疑っているような、でもそこに、関わりたいという気持ちも感じたのだ。だから俺は、雪とたくさん話した。たくさん同じ時を過ごした。そうすることで、雪の心がほぐれていってくれればいいと願って。
でも、本当は単に俺が雪と話したかったからだ。この子が引く線の内側に入りたい。いつしか、そう深く求めていくようになった。
「雪」
雪の身体がビクッとする。瞳が揺れている。泣くのを我慢しているのだろう。これだけの言葉を伝えることに、きっとたくさん悩んだに違いない。そして、勇気を出して伝えてくれた。人に好意を伝えるなんて怖いに決まってる。俺だってそうだ。だから、俺は自分が楽なほうに逃げたんだから。そんな怖れを乗り越えて、好きだと伝えてくれた雪を、思わず抱きしめたくなってしまった。でも、まだだ。俺もちゃんと伝えないと。
「まず、最初に言わせてほしい。気持ち悪いわけない。不快なわけない。だから、そこは安心して聞いてほしい。俺は絶対に雪のことをそんな風に思ったりしない。絶対に。」
雪の目から一筋涙がつたう。あぁ抱きしめたい。いや、だめだ。まだだ。雪も自分の気持ちを伝えてくれたのだから、俺ももう逃げない。
「本当は今日、俺から言おうと思ってたんだ。雪のことが好きだって。」
雪の大きくて丸い目が、さらに丸く見開かれる。
「好きだよ、雪。」
友人といるとき、家族といるとき、どれとも違う。雪にだけの笑顔を向ける。
「ごめんね、一人で苦しませて。雪が何かに悩んでいるのは気づいてた。でも、俺がズカズカ入っていっていいのか迷って……雪も、俺の勘だけど、自力で答えを出したそうに思えたから。違ってたらごめん。」
雪は涙が止まらないようで、首だけぶんぶんと横に振る。
「そっか、よかった。でも、これは建前、言い訳にすぎない。本当は、ただ俺が怖かっただけなんだ。臆病だっただけ。今の幸せを失うのが怖くて、逃げた。雪を理由にして、自分の気持ちを押し殺すことを正当化してただけなんだ。だから、ごめんね。結果的に一人で悩んで、苦しませてしまった。」
「奏斗……」
「昔のことも、家族のことも、一人で背負ってきて……でも俺はそれからも目をそらしてしまった。本当にごめん。俺は、一度消したんだ、雪への想い。今あるものが壊れるくらいなら、この気持ちを押し殺してでも雪といたいと思った。雪が俺のこと好きな可能性なんてないと思ってたから。友達って言葉にすごく嬉しそうにしてたからさ。」
「それは、確かにそう、だけど……変わって、いったんだ……。」
雪は泣きながら訴える。涙が止まらず、息が苦しそうに訴えている。
「うん、そうだよね。でも、消したはずなのに、なにか引っかかっているような気がして、多分完全に終わりにし切れてなかったんだと思う。未練たらたらだったんだ俺は。逃げても、それも中途半端でどっちつかずで、情けないよ。ちゃんと自分と向き合って、答えを導いて、それを俺に伝えてくれた雪に合わせる顔がない。」
雪が反論しようと口を開いたが、静止した。
「待って、いいんだ。これは俺にとってのけじめだから。雪が俺のことかばったら、俺は俺が許せなくなる。自分勝手で何言ってんだって思うだろうけど、ここは譲れないよ。雪は優しいから嫌かもだけど、俺はその優しさに甘えたくないんだ。」
納得したのかしていないのか、少し不服そうな顔に思わず口が緩む。
「どうしても消せなかった。それで、気づいた。いつしか友情から別のものに変わってたんだって。それに気づいたら、もう消したくなかった。迷ってはいたんだ。でも、消せなかった。消したくなかった。雪への大切な気持ち、たとえ報われなくても、今が壊れようとも、気づけたのに完全に自分の手で消すなんてことはしたくなかった。なかったことにはしたくなかった。だったら、もっと燃やそうと思った。雪への想いを。今の関係が壊れてもいい、その先で雪への好きっていう気持ちを大切にできるなら。ほんと、呆れるでしょ。どんだけ臆病で自分勝手なんだって。」
雪はまた首を振る。
「でも、これが俺なんだ。完璧じゃないし、いつでも冷静じゃない。間違うし、迷うし、悩むし、臆病だし。特に雪が絡むと俺は弱いなって気づいた。色々考えちゃってさ。でも、今はわかる。好きだから、大切だからそうなるんだって。」
「うん。俺も、……同じだから、分かる。……あと、奏斗が、完璧、だとか、思ってないから、安心して。」
嗚咽のせいか、うまく言葉を紡げていないが、急に冷静な雪に思わず吹き出す。
「ふはっ。そうだね。ありがとう。」
もう一度雪をまっすぐ見つめる。
「雪、俺にとって、君は特別な存在になっていた。日常の、どんな些細なことでも、雪と一緒ならそれが意味をもつ。嬉しいことがあったら一緒に分かち合いたい。苦しいこと、悲しいことがあったら一緒に背負いたい。雪と食べるご飯は、今まで誰と食べた時よりも美味しくて、幸せだった。こんな些細なことが胸に積み重なるんだ。大げさかもしれないけど、それだけ、大切なんだよ。」
教室の窓から風が流れ込み、二人を包み込む。広かった空間が、二人だけの、隔たれた空間になる。生暖かい風が二人を覆い。視線が交錯する。
「雪の気持ち、すごく嬉しかった。ありがとう。俺は、雪の話を聞いたうえで、自分と向き合ったうえで、思ったんだ。雪の抱えるもの全部、一緒に背負いたいって。昔も、今も、これから先も、全部。」
息を吸う。心からの気持ちを、今、伝えよう。他の誰にも向けたことのない気持ちを。
「雪、好きです。俺と付き合ってください。」
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