初恋の人が親衛隊になるなんて聞いてない!

tomoe97

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(side 真柴 陽貴)

嶺くんと再会したあの日は、今になっても鮮明に覚えている。

 兄さんに呼ばれて部屋に行ったとき、扉の向こうに居たのが嶺くんだった。

 さらさらの黒髪に猫のような切長の一重。変わらない真面目な顔つき。
 でも僕のことを見た瞬間、ほんの少しだけ目を丸くした。
 その一瞬で、胸の奥にあった十年前の痛みが蘇った。
 ――やっぱり、忘れられなかったんだな。

 嶺くんに恋をしたのは、俺が小学生になる前だった。
 兄さんと一緒に遊びに行った公園で、兄さんが面倒を見ていた近所の子が嶺くんだった。
その頃はまだ家族全員で同じ家に住んでいた。

 兄さんと同じ年なのに小さいし、いつも不器用で、でも優しくて。
 転んだ俺にハンカチを差し出してくれたときの笑顔を、子どものくせに「綺麗だ」と思った。
 そのときからだった。嶺くんを見る時間が増えていったのは。
小学生になり、たまに嶺くんのことを見られるだけで、胸が高鳴った。

 でも俺は、兄さんのように出来が良くなかった。
 昔は運動も駄目で、勉強も苦手だった。
 兄さんが何をやっても褒められるのに、俺は「冬貴の弟」と言われるばかりだった。

 嶺くんが兄さんと仲良く話すたび、胸の奥がざらついた。
 “敵わない”って、こういうことなんだと思った。

小学ニ年の時に、兄さんとは別々に暮らすことになってから、そんな想いをすることはなくなった。

委員会で同じになったりして、接点を増やしたし、話すことも多くなった。

だけどどこか嶺くんは寂しそうだった。

明確な線引きを嶺くんから言われた訳ではなかったが、どこか距離があることは感じていた。


そんな気持ちのまま、小学校の卒業式の日に、一か八かで嶺くんに告白した。

 「好きです」って、声を震わせながら。
連絡先を書いた手紙を押し付けて、恥ずかしくて走り去った。
 嶺くんは驚いた顔をして、結局、いつになっても返事は来なかった。

 それが答えなんだと、勝手に思った。
 振られたと思って、泣く代わりに笑ってごまかした。

 中学に入ってからは、忘れようと努力した。
 それでも心のどこかでは、兄さんに勝てなかった自分が嫌でたまらなかった。

 そうして出会ったのが、柊だった。金髪だし、やたら金持ちだし最初は何となく目立つやつという認識だった。
 俺が不良グループと喧嘩して停学になりかけたとき、止めに入ったのもあいつだった。
 
「お前さ、兄貴のこと意識しすぎじゃね?」

 そう言われたのが始まりだった。
 柊には隠していた嶺くんのことも、結局全部話してしまった。
 初恋の人にふられたこと、兄にばかりいい顔をする嶺くんの姿が嫌だったこと、それでも嫌いになれなかったこと。

 柊はからかうように笑いながらも、黙って話を聞いてくれた。

「そりゃ、悔いが残るに決まってんだろ。逃げずに告白してみろよ、もう一回」

 そんなふうに背中を押してくれたのも、あいつだった。
 俺がこの学校に入学してきた理由は、もちろんスポーツ推薦もあったからだけど、嶺くんにもう一度会いたかったからだ。
 実際に再会してみたら、胸が痛かった。
 嶺くんは僕のことをちゃんと覚えてくれていて、少し照れたように笑ってくれた。
 その笑顔が、昔とまったく変わっていなくて。
 子どもの頃の感情なんて消えてると思ってたのに、簡単に全部、戻ってきてしまった。
 最初は嬉しかったんだ。

 でもすぐに分かった。嶺くんはもう僕だけを見ていない。
 生徒会で忙しそうに働く姿を、何度も見かけた。
 特に、兄さんと一緒にいるときの顔。
 俺が知らない嶺くんの表情を、あの人は簡単に引き出してしまう。
 そのたびに、昔と同じ劣等感が頭をもたげた。
 また“兄”に負ける気がして、怖くなった。
二人でいる所を見たくなくて、段々と生徒会室に向かうのが怖くなった。
近くで見ていたら、真実に気が付いてしまうと思ったから。

「……俺、バカだな」

 柊に愚痴ると、ポテトをつまみながら言った。

「バカだな。だけど、真っ直ぐなとこは悪くねぇ。まだ間に合うだろ」

「間に合うかな……嶺くんはやっぱり兄さんのことが、好きかもしれない」

「それでも、言わなきゃ後悔するぞ」

 その言葉に、少しだけ救われた。
 だから文化祭の告白イベントで、勇気を出してステージに立った。
 あのときの自分を、今でも褒めてやりたいと思う。

 でも、結果はあの曖昧な“保留”。
 優しい嶺くんらしい答えだった。けど、優しさって、時に残酷なんだ。

 だから、ちゃんと話そうと思って、生徒会室に行った。
 扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、信じたくない光景だった。
 嶺くんが机に押しつけられていて、兄さんがその上に覆いかぶさっていた。
 兄さんの表情は見えなかったけど、嶺くんの顔は赤くて、震えていた。
 最初は何が起きているのか分からなかった。
 でも、その場の空気がすべてを物語っていた。

 嶺くんの瞳が僕を見た。
 けれど、何も言えなかった。
 心臓の音が耳の奥で鳴って、適当に何かを話して、手が勝手にドアを閉めていた。

 ――

 嶺くんは、俺の知らない世界を見ている。
 俺がどれだけ足掻いても、その場所には届かない。

 寮の自室に戻ってから、柊に連絡した。
 すぐに来た返事は短かった。

〈見ちまったか〉

〈まあ、そんな気はしてた〉

〈元気出せよ。学食でプリン奢る〉

 画面を見て、思わず笑ってしまった。
 涙が出そうになっても、あいつの言葉で少しだけ救われる。
 でも同時に、どうしようもない喪失感が押し寄せた。

 俺はベッドに倒れ込み、天井を見つめた。
 蛍光灯の光が滲んで見える。
 心のどこかで、まだ嶺くんが「保留」にしてくれたことを、希望に変えようとしている自分がいた。
 でも、あの光景を見た後では、もう信じるのが怖かった。

「俺、また負けたな」

 小さく呟いた声は、誰にも届かなかった。
 
 
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