初恋の人が親衛隊になるなんて聞いてない!

tomoe97

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いつも通りの朝のはずなのに、どこか空気が違っていた。寮の廊下を歩くたびに聞こえてくる笑い声が、遠く感じる。

ずっと耳の奥でこだましている、『好きです』という言葉。

 あのとき、周りの歓声や拍手なんて何も聞こえなかった。ただ、真柴くんの声だけがはっきりと響いていた。
 あの子が僕に向けていた真剣な瞳の意味を、頭では理解しているのに、心がまだついてこない。
 どうしてあの瞬間、僕は何も言えなかったんだろう。驚いた顔をしたまま、ただ立ち尽くしてしまった。
しかも、その告白よりも会長のことばかり考えてしまっていて、頭が混乱している。

だって、僕は会長の親衛隊隊長で。
想いを伝えることはルールで出来なくて。

誰よりも、自分がそのことを一番守らないといけない筈なのに。


授業中も、ノートに何を書いたかまるで覚えていない。ペンを握る手が震えて、ページの上に同じ言葉ばかりが並んでいた。

「僕は、どうしたいんだろう」

 思わず呟いたその声に、誰かが振り向いた。でも僕は、気づかないふりをした。
 放課後。
 昇降口で靴を履き替えていると、廊下の向こうで見慣れた姿を見かけた。真柴くんと、転校生の柊くんが並んで歩いている。
 肩が触れそうなくらい近い距離で、何かを話し笑い合っていた。
以前のように、二人が並んでいる所を見てモヤモヤすることがない。
それが、はっきりとした答えなのだと思う。
 真柴くんの笑顔を見た瞬間、胸の奥がぎゅっと掴まれるように痛んだ。

 ――僕が答えを曖昧にしていては駄目だ。

 逃げるように視線を逸らし、僕はそのまま生徒会室へ向かった。
 扉を開けると、静寂が迎えてくれた。
 紙の擦れる音と、時計の針の音だけが響いている。
 窓際の席で、会長が一人、書類を片付けていた。
 白い指先がペンを滑らせ、細い肩がわずかに上下している。昨日よりもさらに疲れた様子だった。

「……嶺」

 顔を上げた会長の声が、少し掠れている。
 僕は急いで近づいた。

「会長、また寝てないんですか? ちゃんと休まないと……」

「寝れなくて。仕事していた方がマシなんだ」

 苦笑する会長の顔は、どこか寂しげだった。
 その笑顔を見ていると、胸の奥のモヤモヤが少しだけ和らぐような気がして、僕は素直に口を開いた。

「……会長、僕、胸が苦しいんです」

「……そうか」

「なんか、どうしたらいいのか分からなくて」

 そう言うと、会長は少しだけ目を伏せた。
 長い睫毛が頬に影を落とし、静かに息を吐く。

「嶺は、本当はどうしたいの?」

「僕は……真柴くんのことが好きでした。でも、今は、違う人のことばかり考えてしまっていて……」

 そこまで言って、自分で口を噤んだ。
 言葉の続きを飲み込む前に、会長がゆっくり立ち上がる。
 近づいてくる気配。足音が静かに床を鳴らし、あっという間に距離が詰まった。

「嶺。もう我慢出来ない」

 耳元で囁かれたその声に、背筋が凍る。
 顔を上げると、会長の瞳がいつになく熱を帯びていた。
 次の瞬間、肩を掴まれて背中が机に押しつけられる。

「か、会長!?」

 反射的に声を上げたけれど、会長の手は震えていた。
 その手が僕の頬を撫で、唇のすぐ近くまで滑る。
 視線がぶつかって、息が止まった。
 このままでは、もう戻れなくなる気がした。

「……ごめん。ほんとは、ずっと前から触れたかった」

 吐息とともに落とされた言葉は、涙のように重かった。
 僕は必死に声を出す。

「や、やめてください……そんな顔、しないで……」
「嶺が他の誰かに取られるの、嫌だった。俺のことを好きになってくれればって、何度も願って……」

 その言葉が胸に突き刺さる。
 会長の瞳が潤んで見えて、何も言えなかった。
 押し倒されているのに、恐怖よりも先に、悲しみが込み上げてくる。
 会長がこんなにも苦しそうな顔をするなんて、思ってもみなかった。

「……困りますよ。そんなふうに言われたら」

「困らせてるのは分かってる。でももう、抑えられない」

 会長の手が僕の髪に触れる。
 その仕草が優しすぎて、拒めない。
 でも――


 ガチャリ、と扉の開く音がした。
 その瞬間、会長の手が止まる。
 振り向くと、そこに立っていたのは真柴くんだった。

「……」

 声が出なかった。真柴くんの瞳が、まるで凍りついたみたいに僕らを見つめている。
 何か言おうとしたけれど、言葉が喉に詰まる。
 会長も息を呑んだまま動けなかった。

「……失礼しました」

 その一言だけを残して、真柴くんは扉を閉めた。
 音がやけに大きく響いた。
 静まり返った生徒会室の中で、僕はようやく力が抜けた。

「会長……」

 声は掛けてみたものの、何も返ってこなかった。
 机の上に落ちた影が、夕陽の赤に溶けていく。
 窓の外では、風が木々を揺らしていた。
 もう、何もかも元には戻れない気がした。

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