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朝の校舎は、どこか静かだった。
文化祭の喧騒が嘘みたいに、校舎全体がまだ眠っているような空気をまとっている。
カーテンの隙間から射し込む光がまぶしくて、僕は目を細めた。
頭の奥で、昨日のあの光景がまだ鮮やかに残っている。
――「嶺くんが好きです!」
マイクを握る真柴くんの声。 驚きと、好意を隠すことなく伝えられるまぶしさ。 そして彼の真っ直ぐな瞳。 どれも、夢みたいで、でも確かに現実だった。
あのあと会長が彼に何かを言って、ステージが拍手で包まれ、イベントは終わった。 けれど僕の胸の中では、まだ終わっていない。 「答えをください」とは言われなかったけれど、返事をしなければいけないのは分かっていた。
……なのに、答えなんて出せない。
ベッドから起き上がって制服に袖を通す。 鏡を見ると、寝不足で目の下に薄い影ができていた。
「僕、何やってるんだろ」
自分でも呟きが情けなかった。
生徒会室に行くと、珍しく会長が一人でいた。 机の上には文化祭が終わったとはいえまだ書類が山のように積まれていて、その中で黙々とペンを走らせている。
「……おはようございます、会長」
「嶺、おはよう。昨日は大変だったな」
いつも通りの穏やかな声。 でも、その目の下にも同じような影が落ちていた。 きっと昨日も遅くまで仕事をしていたんだろう。
「会長こそ、ちゃんと寝れました?」
「まあ。三時間くらい」
「それ、休んだうちに入りませんよ」
苦笑しながら、僕は机の向かいに座る。
少し迷ったけど、結局言葉が溢れた。
「……会長。昨日のことなんですけど」
ペンが止まる。 静かな時間が落ちた。
「やっぱり、気にしてるんだな」
「……はい」
「保留、にしたんだって?」
「はい。何も言えませんでした」
会長はしばらく僕の顔を見て、それから小さく頷いた。
「それでいいと思う」
「いいんですか?」
「うん。ああいうのは、すぐに答えを出すものじゃない」
彼の声は穏やかだったけど、その目はどこか遠くを見ていた。
「でも……真柴くん、きっと待ってますよ」
「待てる子だ。ああ見えて」
そう言って微笑むその表情に、ふと胸が痛んだ。
午前中の校内は、文化祭の片付けでどこも慌ただしかった。 僕と会長は廊下のゴミ袋をまとめながら、言葉を交わさなかった。 ほんの少し距離があるだけで、なんだか息苦しい。
「……会長は昨日の告白、どう思いました?」
思い切って尋ねると、会長は手を止めた。
「どうって?」
「……僕が、真柴くんに告白されたこと、です」
会長はしばらく考えてから、小さく笑った。
「羨ましかった」
その一言に、心臓が跳ねた。
「えっ……」
「俺は、あんな風に誰かを好きになる資格、ないから」
「そんなこと……」
「あるよ。俺は、誰かに好かれる側でいることが多いけど、自分から何かを求めるのは怖いんだ。逃げてばかりで」
笑って言う会長の横顔が、どうしようもなく寂しげに見えた。 その顔を見ていたら、胸の奥が締めつけられる。
気づけば、指先が少し震えていた。
「……会長は、恋したことないんですか?」
「どうだろうな。」
「誰かを想って苦しくなったりとか……」
「嶺」
会長は僕を見つめた。
「……なんて答えて欲しいんだ」
図星を突かれて、思わず言葉が詰まった。
窓から入る風がカーテンを揺らして、柔らかい光が差し込んでいる。
僕は、心の中で何度も言葉を選んでいた。
「会長、僕……どうすればいいか分からないんです」
「気持ちが整理できるまで、時間をかければいい」
「でも、傷つけたくないんです」
「傷つけない恋なんて、ないよ」
会長の言葉は静かで、やけに現実的だった。
「それに、嶺。お前、今……誰か別の人を見てる」
一瞬、息が止まる。
「そ、そんなこと――」
「図星だろ」
会長が軽く笑って、目を伏せた。 その笑みが、優しいのにどこか寂しくて、たまらなく見ていられなかった。
「……会長こそ、誰か気になる人、いるんですか?」
「さあね」
彼はいつものように曖昧に笑った。 その笑顔を見た瞬間、どうしようもない焦燥が込み上げる。
――この人の隣にいたい。 そんな衝動に、胸が焼けるように熱くなった。
放課後。 寮へ戻る道、真柴くんに呼び止められた。
「嶺くん!」
振り返ると、彼は真剣な顔をして立っていた。
「昨日のこと……返事は急がなくていいですから」
「……うん」
「でも、ちゃんと考えてほしいです」
「分かってる」
そう言いながらも、心の中では別の人の顔が浮かんでいた。
――会長。
彼の笑顔も、声も、昨日よりずっと近く感じる。 でも、それを意識してはいけない気がして、足早にその場を離れた。
夜、窓の外では雨が降り始めていた。 机の上にノートを広げても、内容が頭に入らない。 どうしてこんなにも心が落ち着かないんだろう。
勉強が身に入らず、自販機に行こうと寮の廊下を歩いていると、ちょうど会長とすれ違った。 部屋着を着て、少し疲れた表情をしている。
「嶺、まだ起きてたのか」
「はい。ちょっと眠れなくて」
「俺もだ」
二人並んで窓際に立ち、外の雨を眺めた。 雨音が静かに響いて、会話の間を埋める。
「……会長」
「ん?」
「もし、僕が誰かと付き合うことになったら、どうしますか?」
「応援するよ。もちろん」
「……どうして」
そこまで言って、言葉が詰まる。
会長は不思議そうに僕を見つめた。 その瞳がやさしく光を反射して、まっすぐ僕を射抜く。
――言えない。 この人にだけは、今はまだ言えない。
「……なんでもありません」
そうごまかして笑うと、会長も小さく笑って「そうか」と答えた。
二人の間を雨の音が満たす。 それはどこか切なくて、心地よくて、でも少しだけ苦しかった。
部屋に戻ると、ようやく眠気がやってきた。 ベッドに横になり、薄暗い天井を見上げながら思う。
――真柴くんに告白されたのに、どうして僕は会長のことばかり考えているんだろう。
もう気づいてしまった。
初恋はとっくに思い出に変わっていたということに。
頭の奥で、昨日のあの光景がまだ鮮やかに残っている。
――「嶺くんが好きです!」
マイクを握る真柴くんの声。 驚きと、好意を隠すことなく伝えられるまぶしさ。 そして彼の真っ直ぐな瞳。 どれも、夢みたいで、でも確かに現実だった。
あのあと会長が彼に何かを言って、ステージが拍手で包まれ、イベントは終わった。 けれど僕の胸の中では、まだ終わっていない。 「答えをください」とは言われなかったけれど、返事をしなければいけないのは分かっていた。
……なのに、答えなんて出せない。
ベッドから起き上がって制服に袖を通す。 鏡を見ると、寝不足で目の下に薄い影ができていた。
「僕、何やってるんだろ」
自分でも呟きが情けなかった。
生徒会室に行くと、珍しく会長が一人でいた。 机の上には文化祭が終わったとはいえまだ書類が山のように積まれていて、その中で黙々とペンを走らせている。
「……おはようございます、会長」
「嶺、おはよう。昨日は大変だったな」
いつも通りの穏やかな声。 でも、その目の下にも同じような影が落ちていた。 きっと昨日も遅くまで仕事をしていたんだろう。
「会長こそ、ちゃんと寝れました?」
「まあ。三時間くらい」
「それ、休んだうちに入りませんよ」
苦笑しながら、僕は机の向かいに座る。
少し迷ったけど、結局言葉が溢れた。
「……会長。昨日のことなんですけど」
ペンが止まる。 静かな時間が落ちた。
「やっぱり、気にしてるんだな」
「……はい」
「保留、にしたんだって?」
「はい。何も言えませんでした」
会長はしばらく僕の顔を見て、それから小さく頷いた。
「それでいいと思う」
「いいんですか?」
「うん。ああいうのは、すぐに答えを出すものじゃない」
彼の声は穏やかだったけど、その目はどこか遠くを見ていた。
「でも……真柴くん、きっと待ってますよ」
「待てる子だ。ああ見えて」
そう言って微笑むその表情に、ふと胸が痛んだ。
午前中の校内は、文化祭の片付けでどこも慌ただしかった。 僕と会長は廊下のゴミ袋をまとめながら、言葉を交わさなかった。 ほんの少し距離があるだけで、なんだか息苦しい。
「……会長は昨日の告白、どう思いました?」
思い切って尋ねると、会長は手を止めた。
「どうって?」
「……僕が、真柴くんに告白されたこと、です」
会長はしばらく考えてから、小さく笑った。
「羨ましかった」
その一言に、心臓が跳ねた。
「えっ……」
「俺は、あんな風に誰かを好きになる資格、ないから」
「そんなこと……」
「あるよ。俺は、誰かに好かれる側でいることが多いけど、自分から何かを求めるのは怖いんだ。逃げてばかりで」
笑って言う会長の横顔が、どうしようもなく寂しげに見えた。 その顔を見ていたら、胸の奥が締めつけられる。
気づけば、指先が少し震えていた。
「……会長は、恋したことないんですか?」
「どうだろうな。」
「誰かを想って苦しくなったりとか……」
「嶺」
会長は僕を見つめた。
「……なんて答えて欲しいんだ」
図星を突かれて、思わず言葉が詰まった。
窓から入る風がカーテンを揺らして、柔らかい光が差し込んでいる。
僕は、心の中で何度も言葉を選んでいた。
「会長、僕……どうすればいいか分からないんです」
「気持ちが整理できるまで、時間をかければいい」
「でも、傷つけたくないんです」
「傷つけない恋なんて、ないよ」
会長の言葉は静かで、やけに現実的だった。
「それに、嶺。お前、今……誰か別の人を見てる」
一瞬、息が止まる。
「そ、そんなこと――」
「図星だろ」
会長が軽く笑って、目を伏せた。 その笑みが、優しいのにどこか寂しくて、たまらなく見ていられなかった。
「……会長こそ、誰か気になる人、いるんですか?」
「さあね」
彼はいつものように曖昧に笑った。 その笑顔を見た瞬間、どうしようもない焦燥が込み上げる。
――この人の隣にいたい。 そんな衝動に、胸が焼けるように熱くなった。
放課後。 寮へ戻る道、真柴くんに呼び止められた。
「嶺くん!」
振り返ると、彼は真剣な顔をして立っていた。
「昨日のこと……返事は急がなくていいですから」
「……うん」
「でも、ちゃんと考えてほしいです」
「分かってる」
そう言いながらも、心の中では別の人の顔が浮かんでいた。
――会長。
彼の笑顔も、声も、昨日よりずっと近く感じる。 でも、それを意識してはいけない気がして、足早にその場を離れた。
夜、窓の外では雨が降り始めていた。 机の上にノートを広げても、内容が頭に入らない。 どうしてこんなにも心が落ち着かないんだろう。
勉強が身に入らず、自販機に行こうと寮の廊下を歩いていると、ちょうど会長とすれ違った。 部屋着を着て、少し疲れた表情をしている。
「嶺、まだ起きてたのか」
「はい。ちょっと眠れなくて」
「俺もだ」
二人並んで窓際に立ち、外の雨を眺めた。 雨音が静かに響いて、会話の間を埋める。
「……会長」
「ん?」
「もし、僕が誰かと付き合うことになったら、どうしますか?」
「応援するよ。もちろん」
「……どうして」
そこまで言って、言葉が詰まる。
会長は不思議そうに僕を見つめた。 その瞳がやさしく光を反射して、まっすぐ僕を射抜く。
――言えない。 この人にだけは、今はまだ言えない。
「……なんでもありません」
そうごまかして笑うと、会長も小さく笑って「そうか」と答えた。
二人の間を雨の音が満たす。 それはどこか切なくて、心地よくて、でも少しだけ苦しかった。
部屋に戻ると、ようやく眠気がやってきた。 ベッドに横になり、薄暗い天井を見上げながら思う。
――真柴くんに告白されたのに、どうして僕は会長のことばかり考えているんだろう。
もう気づいてしまった。
初恋はとっくに思い出に変わっていたということに。
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