初恋の人が親衛隊になるなんて聞いてない!

tomoe97

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今日は朝から学校中が騒めきに包まれていた。
いつもの廊下も、今日は色とりどりの装飾で飾られ、どこを見ても笑顔と喧騒で溢れている。
文化祭本番の日がとうとう来た。
準備や生徒会の作業はなんとか終わり、ひとまず胸を撫で下ろす。

生徒会役員として見回りをしている僕の腕章を見て、下級生が慌てて背筋を伸ばした。
文化祭の日くらい、羽目を外したっていい。

「嶺、こんな所で立ち止まると邪魔だろ」

声をかけてきたのは会長だった。
いつもより少しだけラフなネクタイの結び方。
それだけで、妙に大人っぽく見えた。

「すみません」

僕が慌てて頭を下げると、会長は小さく笑った。

「いいよ。今日は楽しもうな。」

その一言で、胸の奥がふっと軽くなる。
でも、会長の笑顔に心がざわめいた。
昨日の夜に気が付いてしまった自分の気持ちに、まだ整理が出来ていなかった。



校庭では模擬店の呼び込みが響き渡り、教室ごとの出し物が賑やかに並んでいる。
僕のクラスは喫茶店をやっていて、大盛況らしく、みんなエプロン姿で忙しそうに動き回っていた。

「嶺くんちょっと!会長も来て!」

「僕、校内の見回り中なんだけど」

「五分だけ!」

渋々中へ入ると、真柴くんも来ていた。
手にはメニュー表、隣には転校生が笑って座っている。

「……」

「二人の写真撮るよ~!看板の前でドリンク持って!」

「写真!?ちょ、田中くん!?」

「いいだろ、写真くらい。文化祭だし」

「会長まで……」

会長が嬉しそうに笑いながら僕の肩を抱いて看板の前に立つ。
僕は、その笑顔に胸がきゅっと締めつけられた。
昨日までが嘘のように自然体ではいられず、ほんの少しの距離の近さに鼓動が早まるのが分かった。

「陽は午後のイベント、行くの?」

転校生が何気なくそう聞いた。

「行くよ。当たり前じゃん」

「……誰かに告白するの?」

「どうだろうね」

その軽い返しの中に、ほんの一瞬だけ見えた真剣な表情。
それが気になって、僕は思わず横目で見ていた。


午後三時を過ぎると、校内の空気がどことなくそわそわし始めた。
文化祭のクライマックスである「告白イベント」が近づいているからだ。
ステージの準備をしている放送委員を手伝いながら、僕は人の波を見つめていた。
中庭に設置された簡易ステージの前には、既にたくさんの生徒が集まっている。
その浮き立つような空気の中に、どこか寂しさを覚えた。

「廣瀬くん、あの照明、少し右に寄せて」

「はい」

作業に集中していると、不意に肩を叩かれた。振り向くと会長がいた。

「お前も来たんだな。告白されたりして。」

「……会長も誰かに告白されるかもしれませんね」

「まさか。俺に告白してくる奴なんていないだろ」

冗談めかして笑うけれど、そんな筈はない。
この学校で、間違いなく誰よりも憧れている人が多いのが会長だ。
容姿はもちろんのこと、成績も良く、人望も厚い。
手癖は悪いけれど、一回限りでいいからと関係を持ちたがる人が後を絶たないのはそういう惹かれるものを持っているからだ。

もし叶うなら、恋人になりたいと願う人は多いだろう。

かくいう自分も、そのうちの一人であることに、つい先日気が付いたばかりだ。



夕方。
西の空が赤く染まり始め、ステージがスポットライトで照らされる。
放送委員がマイクを手に取り、開会のアナウンスをした。

「それでは!文化祭のスペシャルイベントを始めます!」

大きな歓声が上がる。
告白を希望する生徒が事前にエントリーを済ませ、一人ずつ名前を呼ばれ、緊張した面持ちでステージへ上がっていく。

「ずっと好きでした!」

「付き合ってください!」

そのたびに歓声と悲鳴が入り混じり盛り上がりは増していく。
その間、僕はずっとその場に静かに立っていた。
心臓の音がやけにうるさい。
いつのまにか、会長の姿が見当たらない。

「……どこ行ったんだろ」

次に呼ばれた名前を聞いた瞬間、姿勢がピンと伸びた。

――「一年E組、真柴陽貴くん!」

歓声とどよめきが一斉に起こる。
彼の姿がステージへ向かって歩き出す。
ライトを浴びて、輝いていた。

「……」

彼はマイクを受け取り、客席をぐるりと見渡した。
その目はまっすぐで、もう迷いがなかった。

「ずっと言えなかったことがあります」

ざわめきがしん、と静まる。
彼の声がスピーカーを通して風に溶けていく。

「昔、振られてしまったあの日から、忘れられなかった人がいます。誰よりも真面目で、優しくて、でもときどき不器用で……。そういうところが、ずっとかっこいいと思ってました」

観客席が息を呑む。
僕の喉も乾いた。
視線が真っ直ぐに向けられる。
その誰かが誰なのか、言葉にされる前から分かっていた。

「――二年S組、廣瀬嶺くん。俺、嶺くんが好きです!」

瞬間、空気が弾けたようにざわめきが広がる。
叫び声、拍手、驚き。
全ての音が混ざり合って、世界が揺れた気がした。
ステージ上の真柴くんから真っ直ぐに見つめられていた。
その表情は泣き笑いみたいで、必死で、でもどこか清々しかった。
僕は動けなかった。
真柴くんがゆっくりとステージから僕の方へと歩み寄っていく。
観客席が開き静まり返る。

「……陽貴」

マイクを通さずに呟く声が、騒めきの中でもはっきり届いた気がした。

「よく言ったな」

会長は微笑んで、僕の肩を軽く押した。
歓声が再び上がる。
誰もが息を詰めて見守る中、二人はほんの一瞬だけ目を合わせて頷いた。

僕はその光景を、ただ呆然と見ていた。
胸の奥が締めつけられる。
それが悲しみなのか、なんなのか、自分でも分からない。
“好き”という言葉をあんなにまっすぐに言える人がいる。
それだけで、少しだけ羨ましかった。
ただ、会長に応援されているという事実が、あまりにも残酷だった。
照明の光が僕の姿を照らし、頭上には紙吹雪が舞う。
僕の心の中にも、何かが静かに舞い落ちた気がした。



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