10 / 22
9
しおりを挟む
今日は朝から学校中が騒めきに包まれていた。
いつもの廊下も、今日は色とりどりの装飾で飾られ、どこを見ても笑顔と喧騒で溢れている。
文化祭本番の日がとうとう来た。
準備や生徒会の作業はなんとか終わり、ひとまず胸を撫で下ろす。
生徒会役員として見回りをしている僕の腕章を見て、下級生が慌てて背筋を伸ばした。 文化祭の日くらい、羽目を外したっていい。
「嶺、こんな所で立ち止まると邪魔だろ」
声をかけてきたのは会長だった。 いつもより少しだけラフなネクタイの結び方。 それだけで、妙に大人っぽく見えた。
「すみません」
僕が慌てて頭を下げると、会長は小さく笑った。
「いいよ。今日は楽しもうな。」
その一言で、胸の奥がふっと軽くなる。
でも、会長の笑顔に心がざわめいた。
昨日の夜に気が付いてしまった自分の気持ちに、まだ整理が出来ていなかった。
校庭では模擬店の呼び込みが響き渡り、教室ごとの出し物が賑やかに並んでいる。 僕のクラスは喫茶店をやっていて、大盛況らしく、みんなエプロン姿で忙しそうに動き回っていた。
「嶺くんちょっと!会長も来て!」
「僕、校内の見回り中なんだけど」
「五分だけ!」
渋々中へ入ると、真柴くんも来ていた。 手にはメニュー表、隣には転校生が笑って座っている。
「……」
「二人の写真撮るよ~!看板の前でドリンク持って!」
「写真!?ちょ、田中くん!?」
「いいだろ、写真くらい。文化祭だし」
「会長まで……」
会長が嬉しそうに笑いながら僕の肩を抱いて看板の前に立つ。
僕は、その笑顔に胸がきゅっと締めつけられた。 昨日までが嘘のように自然体ではいられず、ほんの少しの距離の近さに鼓動が早まるのが分かった。
「陽は午後のイベント、行くの?」
転校生が何気なくそう聞いた。
「行くよ。当たり前じゃん」
「……誰かに告白するの?」
「どうだろうね」
その軽い返しの中に、ほんの一瞬だけ見えた真剣な表情。 それが気になって、僕は思わず横目で見ていた。
午後三時を過ぎると、校内の空気がどことなくそわそわし始めた。 文化祭のクライマックスである「告白イベント」が近づいているからだ。
ステージの準備をしている放送委員を手伝いながら、僕は人の波を見つめていた。 中庭に設置された簡易ステージの前には、既にたくさんの生徒が集まっている。 その浮き立つような空気の中に、どこか寂しさを覚えた。
「廣瀬くん、あの照明、少し右に寄せて」
「はい」
作業に集中していると、不意に肩を叩かれた。振り向くと会長がいた。
「お前も来たんだな。告白されたりして。」
「……会長も誰かに告白されるかもしれませんね」
「まさか。俺に告白してくる奴なんていないだろ」
冗談めかして笑うけれど、そんな筈はない。 この学校で、間違いなく誰よりも憧れている人が多いのが会長だ。
容姿はもちろんのこと、成績も良く、人望も厚い。
手癖は悪いけれど、一回限りでいいからと関係を持ちたがる人が後を絶たないのはそういう惹かれるものを持っているからだ。
もし叶うなら、恋人になりたいと願う人は多いだろう。
かくいう自分も、そのうちの一人であることに、つい先日気が付いたばかりだ。
夕方。 西の空が赤く染まり始め、ステージがスポットライトで照らされる。 放送委員がマイクを手に取り、開会のアナウンスをした。
「それでは!文化祭のスペシャルイベントを始めます!」
大きな歓声が上がる。 告白を希望する生徒が事前にエントリーを済ませ、一人ずつ名前を呼ばれ、緊張した面持ちでステージへ上がっていく。
「ずっと好きでした!」
「付き合ってください!」
そのたびに歓声と悲鳴が入り混じり盛り上がりは増していく。
その間、僕はずっとその場に静かに立っていた。 心臓の音がやけにうるさい。 いつのまにか、会長の姿が見当たらない。
「……どこ行ったんだろ」
次に呼ばれた名前を聞いた瞬間、姿勢がピンと伸びた。
――「一年E組、真柴陽貴くん!」
歓声とどよめきが一斉に起こる。 彼の姿がステージへ向かって歩き出す。 ライトを浴びて、輝いていた。
「……」
彼はマイクを受け取り、客席をぐるりと見渡した。 その目はまっすぐで、もう迷いがなかった。
「ずっと言えなかったことがあります」
ざわめきがしん、と静まる。 彼の声がスピーカーを通して風に溶けていく。
「昔、振られてしまったあの日から、忘れられなかった人がいます。誰よりも真面目で、優しくて、でもときどき不器用で……。そういうところが、ずっとかっこいいと思ってました」
観客席が息を呑む。 僕の喉も乾いた。
視線が真っ直ぐに向けられる。 その誰かが誰なのか、言葉にされる前から分かっていた。
「――二年S組、廣瀬嶺くん。俺、嶺くんが好きです!」
瞬間、空気が弾けたようにざわめきが広がる。 叫び声、拍手、驚き。 全ての音が混ざり合って、世界が揺れた気がした。
ステージ上の真柴くんから真っ直ぐに見つめられていた。 その表情は泣き笑いみたいで、必死で、でもどこか清々しかった。
僕は動けなかった。 真柴くんがゆっくりとステージから僕の方へと歩み寄っていく。 観客席が開き静まり返る。
「……陽貴」
マイクを通さずに呟く声が、騒めきの中でもはっきり届いた気がした。
「よく言ったな」
会長は微笑んで、僕の肩を軽く押した。
歓声が再び上がる。 誰もが息を詰めて見守る中、二人はほんの一瞬だけ目を合わせて頷いた。
僕はその光景を、ただ呆然と見ていた。 胸の奥が締めつけられる。 それが悲しみなのか、なんなのか、自分でも分からない。
“好き”という言葉をあんなにまっすぐに言える人がいる。 それだけで、少しだけ羨ましかった。
ただ、会長に応援されているという事実が、あまりにも残酷だった。
照明の光が僕の姿を照らし、頭上には紙吹雪が舞う。 僕の心の中にも、何かが静かに舞い落ちた気がした。
文化祭本番の日がとうとう来た。
準備や生徒会の作業はなんとか終わり、ひとまず胸を撫で下ろす。
生徒会役員として見回りをしている僕の腕章を見て、下級生が慌てて背筋を伸ばした。 文化祭の日くらい、羽目を外したっていい。
「嶺、こんな所で立ち止まると邪魔だろ」
声をかけてきたのは会長だった。 いつもより少しだけラフなネクタイの結び方。 それだけで、妙に大人っぽく見えた。
「すみません」
僕が慌てて頭を下げると、会長は小さく笑った。
「いいよ。今日は楽しもうな。」
その一言で、胸の奥がふっと軽くなる。
でも、会長の笑顔に心がざわめいた。
昨日の夜に気が付いてしまった自分の気持ちに、まだ整理が出来ていなかった。
校庭では模擬店の呼び込みが響き渡り、教室ごとの出し物が賑やかに並んでいる。 僕のクラスは喫茶店をやっていて、大盛況らしく、みんなエプロン姿で忙しそうに動き回っていた。
「嶺くんちょっと!会長も来て!」
「僕、校内の見回り中なんだけど」
「五分だけ!」
渋々中へ入ると、真柴くんも来ていた。 手にはメニュー表、隣には転校生が笑って座っている。
「……」
「二人の写真撮るよ~!看板の前でドリンク持って!」
「写真!?ちょ、田中くん!?」
「いいだろ、写真くらい。文化祭だし」
「会長まで……」
会長が嬉しそうに笑いながら僕の肩を抱いて看板の前に立つ。
僕は、その笑顔に胸がきゅっと締めつけられた。 昨日までが嘘のように自然体ではいられず、ほんの少しの距離の近さに鼓動が早まるのが分かった。
「陽は午後のイベント、行くの?」
転校生が何気なくそう聞いた。
「行くよ。当たり前じゃん」
「……誰かに告白するの?」
「どうだろうね」
その軽い返しの中に、ほんの一瞬だけ見えた真剣な表情。 それが気になって、僕は思わず横目で見ていた。
午後三時を過ぎると、校内の空気がどことなくそわそわし始めた。 文化祭のクライマックスである「告白イベント」が近づいているからだ。
ステージの準備をしている放送委員を手伝いながら、僕は人の波を見つめていた。 中庭に設置された簡易ステージの前には、既にたくさんの生徒が集まっている。 その浮き立つような空気の中に、どこか寂しさを覚えた。
「廣瀬くん、あの照明、少し右に寄せて」
「はい」
作業に集中していると、不意に肩を叩かれた。振り向くと会長がいた。
「お前も来たんだな。告白されたりして。」
「……会長も誰かに告白されるかもしれませんね」
「まさか。俺に告白してくる奴なんていないだろ」
冗談めかして笑うけれど、そんな筈はない。 この学校で、間違いなく誰よりも憧れている人が多いのが会長だ。
容姿はもちろんのこと、成績も良く、人望も厚い。
手癖は悪いけれど、一回限りでいいからと関係を持ちたがる人が後を絶たないのはそういう惹かれるものを持っているからだ。
もし叶うなら、恋人になりたいと願う人は多いだろう。
かくいう自分も、そのうちの一人であることに、つい先日気が付いたばかりだ。
夕方。 西の空が赤く染まり始め、ステージがスポットライトで照らされる。 放送委員がマイクを手に取り、開会のアナウンスをした。
「それでは!文化祭のスペシャルイベントを始めます!」
大きな歓声が上がる。 告白を希望する生徒が事前にエントリーを済ませ、一人ずつ名前を呼ばれ、緊張した面持ちでステージへ上がっていく。
「ずっと好きでした!」
「付き合ってください!」
そのたびに歓声と悲鳴が入り混じり盛り上がりは増していく。
その間、僕はずっとその場に静かに立っていた。 心臓の音がやけにうるさい。 いつのまにか、会長の姿が見当たらない。
「……どこ行ったんだろ」
次に呼ばれた名前を聞いた瞬間、姿勢がピンと伸びた。
――「一年E組、真柴陽貴くん!」
歓声とどよめきが一斉に起こる。 彼の姿がステージへ向かって歩き出す。 ライトを浴びて、輝いていた。
「……」
彼はマイクを受け取り、客席をぐるりと見渡した。 その目はまっすぐで、もう迷いがなかった。
「ずっと言えなかったことがあります」
ざわめきがしん、と静まる。 彼の声がスピーカーを通して風に溶けていく。
「昔、振られてしまったあの日から、忘れられなかった人がいます。誰よりも真面目で、優しくて、でもときどき不器用で……。そういうところが、ずっとかっこいいと思ってました」
観客席が息を呑む。 僕の喉も乾いた。
視線が真っ直ぐに向けられる。 その誰かが誰なのか、言葉にされる前から分かっていた。
「――二年S組、廣瀬嶺くん。俺、嶺くんが好きです!」
瞬間、空気が弾けたようにざわめきが広がる。 叫び声、拍手、驚き。 全ての音が混ざり合って、世界が揺れた気がした。
ステージ上の真柴くんから真っ直ぐに見つめられていた。 その表情は泣き笑いみたいで、必死で、でもどこか清々しかった。
僕は動けなかった。 真柴くんがゆっくりとステージから僕の方へと歩み寄っていく。 観客席が開き静まり返る。
「……陽貴」
マイクを通さずに呟く声が、騒めきの中でもはっきり届いた気がした。
「よく言ったな」
会長は微笑んで、僕の肩を軽く押した。
歓声が再び上がる。 誰もが息を詰めて見守る中、二人はほんの一瞬だけ目を合わせて頷いた。
僕はその光景を、ただ呆然と見ていた。 胸の奥が締めつけられる。 それが悲しみなのか、なんなのか、自分でも分からない。
“好き”という言葉をあんなにまっすぐに言える人がいる。 それだけで、少しだけ羨ましかった。
ただ、会長に応援されているという事実が、あまりにも残酷だった。
照明の光が僕の姿を照らし、頭上には紙吹雪が舞う。 僕の心の中にも、何かが静かに舞い落ちた気がした。
0
あなたにおすすめの小説
眠りに落ちると、俺にキスをする男がいる
綿毛ぽぽ
BL
就寝後、毎日のように自分にキスをする男がいる事に気付いた男。容疑者は同室の相手である三人。誰が犯人なのか。平凡な男は悩むのだった。
総受けです。
【柳原学園】いやいや、俺は『俺様生徒会長』だから
西園 斎
BL
家の都合で『俺様』を演じてる生徒会長が、生徒会やら風紀やら教師やらから好かれるお話。
演技俺様会長総受け(愛され)/後固定CP
*10年以上前の作品を、やや加筆修正していきます
ビッチです!誤解しないでください!
モカ
BL
男好きのビッチと噂される主人公 西宮晃
「ほら、あいつだろ?あの例のやつ」
「あれな、頼めば誰とでも寝るってやつだろ?あんな平凡なやつによく勃つよな笑」
「大丈夫か?あんな噂気にするな」
「晃ほど清純な男はいないというのに」
「お前に嫉妬してあんな下らない噂を流すなんてな」
噂じゃなくて事実ですけど!!!??
俺がくそビッチという噂(真実)に怒るイケメン達、なぜか噂を流して俺を貶めてると勘違いされてる転校生……
魔性の男で申し訳ない笑
めちゃくちゃスロー更新になりますが、完結させたいと思っているので、気長にお待ちいただけると嬉しいです!
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
台風の目はどこだ
あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。
政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。
そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。
✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台
✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました)
✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様
✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様
✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様
✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様
✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。
✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)
Q.親友のブラコン兄弟から敵意を向けられています。どうすれば助かりますか?
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
平々凡々な高校生、茂部正人«もぶまさと»にはひとつの悩みがある。
それは、親友である八乙女楓真«やおとめふうま»の兄と弟から、尋常でない敵意を向けられることであった。ブラコンである彼らは、大切な彼と仲良くしている茂部を警戒しているのだ──そう考える茂部は悩みつつも、楓真と仲を深めていく。
友達関係を続けるため、たまに折れそうにもなるけど圧には負けない!!頑張れ、茂部!!
なお、兄弟は三人とも好意を茂部に向けているものとする。
7/28
一度完結しました。小ネタなど書けたら追加していきたいと思います。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
聞いてた話と何か違う!
きのこのこのこ
BL
春、新しい出会いに胸が高鳴る中、千紘はすべてを思い出した。俺様生徒会長、腹黒副会長、チャラ男会計にワンコな書記、庶務は双子の愉快な生徒会メンバーと送るドキドキな日常――前世で大人気だったBLゲームを。そしてそのゲームの舞台こそ、千紘が今日入学した名門鷹耀学院であった。
生徒会メンバーは変態ばかり!?ゲームには登場しない人気グループ!?
聞いてた話と何か違うんですけど!
※主人公総受けで過激な描写もありますが、固定カプで着地します。
他のサイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる