初恋の人が親衛隊になるなんて聞いてない!

tomoe97

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番外編⑤ 大学生編

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番外編 大学生編
(side 嶺)

 大学のキャンパスには、春の風が吹いていた。
 新しいサークルの勧誘の声があちこちで飛び交い、屋台の焼きそばの匂いが鼻をくすぐる。そんな喧騒の中、僕は手をつないだまま歩く冬貴の横顔を見上げていた。

冬貴と付き合い始めて、もう二年が経った。
高校を卒業してからも、変わらず一緒にいる。
一人暮らしの家は別々だけど、週の半分はどちらかの部屋で過ごす。
冬貴は相変わらず穏やかで、余裕があって、少しずつ大人びて。

僕の知らない彼を、まだたくさん見つけるたびに、好きが積もっていく。

でも最近——
どうにも、ひとつだけ気になっていることがある。

それは、「僕からしか夜の誘いをしない」ことだ。

恋人同士のそういう時間。
最初は恥ずかしくて、冬貴の方から何も言わなくても別にいいと思っていた。
けれど、二年も経てば、さすがに気づく。
どんなときも、したがっているのは僕の方だ。
冬貴はいつだって、笑って受け止めてくれるけれど、自分から求めてくることはない。

……もしかして、我慢してるのかな。
それとも、もう僕に飽きたとか?
いやいや、そんなはずない。でも。
そんな考えが一度浮かぶと、頭の中でぐるぐる回って離れなくなる。


ある夜、耐えきれなくなって陽貴に相談した。
冬貴の弟であり、僕にとってはかつての初恋の相手であり、今は生徒会長を務めている彼。
彼に恋の相談をするのは場違いかと思ったが、冬貴のことを一番知っているのは彼だ。
そして、何より——彼なら笑って答えててくれるだろうと思った。

けれど、返ってきた言葉は意外に真面目だった。

「兄さん、たぶん自分から求めることが怖いんだよ」

「……怖い?」

「そう。兄さんって昔からそういう人。父さんは厳しい人だったから。何でも我慢して、自分の気持ちより相手を優先するようになったんだ。」

「でも……僕は全然、嫌じゃないし」

「嶺くんがそう思ってても、兄さんはそう思わないんだよ。あの人、根が紳士ぶってるからな」

陽貴は苦笑して、手にしていた缶コーヒーを掲げた。

「安心して嶺くん。兄さん、たぶん“我慢してる”んじゃなくて“遠慮してる”んだ。自分が欲張るのが怖いんだよ。嶺くんのこと、大事すぎて」

その言葉に、胸の奥がじんと熱くなった。
冬貴らしい、と言えばそうだ。
思えば、高校時代もずっとそうだった。
どんなに近づいても、一線を越える瞬間には必ず僕の目を見て「いいのか」と聞いてくれた。

その誠実さに、何度も心を奪われたのだ。
それでも、今の僕は——それじゃ足りない。
もっと、彼の心の奥まで知りたい。
奪われるくらいに、求められたい。

「……ありがとう、陽貴」

「なに、急に改まって」
 
「いや、なんでもない。ちょっと、勇気出た」

「……はは。兄さんにちゃんと伝えてやってよ。言わなきゃ一生わかんないから」

その笑い声に背中を押されるようにして、僕は冬貴の部屋へ向かった。
部屋の灯りは柔らかく、彼はソファで本を読んでいた。


「嶺」

顔を上げたその笑顔が、少しだけ驚いたように揺れる。

「どうした?こんな時間に」

「ちょっと、話がしたくて」

僕は彼の隣に座り、膝の上で指を組む。
少し沈黙が続いて、冬貴が笑う。

「珍しいな、嶺の方から改まって話があるなんて」

「……冬貴」

「うん?」

「どうして、いつも“僕から”なの?」

彼の目が、一瞬見開かれた。
そしてすぐに、ふっと優しく笑う。

「気づいてたか」

「気づくよ、僕だって。二年付き合ってるんだ」

「……そうだな」

少しだけ間を置いて、冬貴が視線を落とす。


「俺は、……嶺のこと、壊したくないんだ」

「壊す?」

「嶺がまっすぐで、真面目で、誰よりも綺麗な心してるの知ってる。だから、俺の欲なんかで汚したくないって思ってた。そんなの、勝手だよな」

そう言って苦笑する彼の横顔に、胸が締め付けられた。

「……バカ」

思わず言葉が漏れた。

「僕、そんなことで壊れたりしない。むしろ、冬貴が我慢してる方が苦しい」

彼の手を取ると、指先がわずかに震えていた。
こんなふうに震える彼を、初めて見た。

「欲がないんじゃないんだよね?」

「……あるよ。でも、嶺を傷つけたくなくて」

「じゃあ、ちゃんと欲しがってよ」

その言葉に、彼が目を丸くする。
僕は笑った。

「冬貴に、ちゃんと“求められたい”」

言い切ると、冬貴は顔を覆って小さく息を吐いた。
そして、ゆっくりと手を伸ばして僕の頬に触れる。

「……ずるいな」

「どっちが」

「俺の理性、試してるだろ」

「かもね」

二人の間に笑いがこぼれた。
その笑いの中で、彼が僕の肩を抱き寄せる。
唇が触れる直前の、わずかな息の揺れ。
そこにあるのは、焦燥でも衝動でもなく、積み重ねてきた愛情だった。

夜風がカーテンを揺らし、窓の外で街の明かりが瞬く。
その明かりの中で、僕は思った。



あぁ、この人を好きでよかった。





翌朝、目覚ましより先に目が覚める。
隣では冬貴がまだ寝息を立てていた。
寝癖がついた髪を指で整えながら、小さくつぶやく。

「……僕ばっかりじゃなくなったね」

彼の手が、寝たまま僕の指を探してきた。
その指先が触れた瞬間、笑いがこぼれる。


恋は、こうしてまだ続いていくんだ。
きっとこれからも、何度でも確かめながら。


——終——




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