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番外編⑤ 大学生編
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番外編 大学生編
(side 嶺)
大学のキャンパスには、春の風が吹いていた。 新しいサークルの勧誘の声があちこちで飛び交い、屋台の焼きそばの匂いが鼻をくすぐる。そんな喧騒の中、僕は手をつないだまま歩く冬貴の横顔を見上げていた。
冬貴と付き合い始めて、もう二年が経った。 高校を卒業してからも、変わらず一緒にいる。 一人暮らしの家は別々だけど、週の半分はどちらかの部屋で過ごす。 冬貴は相変わらず穏やかで、余裕があって、少しずつ大人びて。
僕の知らない彼を、まだたくさん見つけるたびに、好きが積もっていく。
でも最近—— どうにも、ひとつだけ気になっていることがある。
それは、「僕からしか夜の誘いをしない」ことだ。
恋人同士のそういう時間。 最初は恥ずかしくて、冬貴の方から何も言わなくても別にいいと思っていた。 けれど、二年も経てば、さすがに気づく。 どんなときも、したがっているのは僕の方だ。 冬貴はいつだって、笑って受け止めてくれるけれど、自分から求めてくることはない。
……もしかして、我慢してるのかな。 それとも、もう僕に飽きたとか? いやいや、そんなはずない。でも。 そんな考えが一度浮かぶと、頭の中でぐるぐる回って離れなくなる。
ある夜、耐えきれなくなって陽貴に相談した。 冬貴の弟であり、僕にとってはかつての初恋の相手であり、今は生徒会長を務めている彼。 彼に恋の相談をするのは場違いかと思ったが、冬貴のことを一番知っているのは彼だ。 そして、何より——彼なら笑って答えててくれるだろうと思った。
けれど、返ってきた言葉は意外に真面目だった。
「兄さん、たぶん自分から求めることが怖いんだよ」
「……怖い?」
「そう。兄さんって昔からそういう人。父さんは厳しい人だったから。何でも我慢して、自分の気持ちより相手を優先するようになったんだ。」
「でも……僕は全然、嫌じゃないし」
「嶺くんがそう思ってても、兄さんはそう思わないんだよ。あの人、根が紳士ぶってるからな」
陽貴は苦笑して、手にしていた缶コーヒーを掲げた。
「安心して嶺くん。兄さん、たぶん“我慢してる”んじゃなくて“遠慮してる”んだ。自分が欲張るのが怖いんだよ。嶺くんのこと、大事すぎて」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなった。 冬貴らしい、と言えばそうだ。 思えば、高校時代もずっとそうだった。 どんなに近づいても、一線を越える瞬間には必ず僕の目を見て「いいのか」と聞いてくれた。
その誠実さに、何度も心を奪われたのだ。
それでも、今の僕は——それじゃ足りない。 もっと、彼の心の奥まで知りたい。 奪われるくらいに、求められたい。
「……ありがとう、陽貴」
「なに、急に改まって」
「いや、なんでもない。ちょっと、勇気出た」
「……はは。兄さんにちゃんと伝えてやってよ。言わなきゃ一生わかんないから」
その笑い声に背中を押されるようにして、僕は冬貴の部屋へ向かった。
部屋の灯りは柔らかく、彼はソファで本を読んでいた。
「嶺」
顔を上げたその笑顔が、少しだけ驚いたように揺れる。
「どうした?こんな時間に」
「ちょっと、話がしたくて」
僕は彼の隣に座り、膝の上で指を組む。 少し沈黙が続いて、冬貴が笑う。
「珍しいな、嶺の方から改まって話があるなんて」
「……冬貴」
「うん?」
「どうして、いつも“僕から”なの?」
彼の目が、一瞬見開かれた。 そしてすぐに、ふっと優しく笑う。
「気づいてたか」
「気づくよ、僕だって。二年付き合ってるんだ」
「……そうだな」
少しだけ間を置いて、冬貴が視線を落とす。
「俺は、……嶺のこと、壊したくないんだ」
「壊す?」
「嶺がまっすぐで、真面目で、誰よりも綺麗な心してるの知ってる。だから、俺の欲なんかで汚したくないって思ってた。そんなの、勝手だよな」
そう言って苦笑する彼の横顔に、胸が締め付けられた。
「……バカ」
思わず言葉が漏れた。
「僕、そんなことで壊れたりしない。むしろ、冬貴が我慢してる方が苦しい」
彼の手を取ると、指先がわずかに震えていた。 こんなふうに震える彼を、初めて見た。
「欲がないんじゃないんだよね?」
「……あるよ。でも、嶺を傷つけたくなくて」
「じゃあ、ちゃんと欲しがってよ」
その言葉に、彼が目を丸くする。 僕は笑った。
「冬貴に、ちゃんと“求められたい”」
言い切ると、冬貴は顔を覆って小さく息を吐いた。 そして、ゆっくりと手を伸ばして僕の頬に触れる。
「……ずるいな」
「どっちが」
「俺の理性、試してるだろ」
「かもね」
二人の間に笑いがこぼれた。 その笑いの中で、彼が僕の肩を抱き寄せる。 唇が触れる直前の、わずかな息の揺れ。 そこにあるのは、焦燥でも衝動でもなく、積み重ねてきた愛情だった。
夜風がカーテンを揺らし、窓の外で街の明かりが瞬く。 その明かりの中で、僕は思った。
あぁ、この人を好きでよかった。
翌朝、目覚ましより先に目が覚める。 隣では冬貴がまだ寝息を立てていた。 寝癖がついた髪を指で整えながら、小さくつぶやく。
「……僕ばっかりじゃなくなったね」
彼の手が、寝たまま僕の指を探してきた。 その指先が触れた瞬間、笑いがこぼれる。
恋は、こうしてまだ続いていくんだ。 きっとこれからも、何度でも確かめながら。
——終——
(side 嶺)
大学のキャンパスには、春の風が吹いていた。 新しいサークルの勧誘の声があちこちで飛び交い、屋台の焼きそばの匂いが鼻をくすぐる。そんな喧騒の中、僕は手をつないだまま歩く冬貴の横顔を見上げていた。
冬貴と付き合い始めて、もう二年が経った。 高校を卒業してからも、変わらず一緒にいる。 一人暮らしの家は別々だけど、週の半分はどちらかの部屋で過ごす。 冬貴は相変わらず穏やかで、余裕があって、少しずつ大人びて。
僕の知らない彼を、まだたくさん見つけるたびに、好きが積もっていく。
でも最近—— どうにも、ひとつだけ気になっていることがある。
それは、「僕からしか夜の誘いをしない」ことだ。
恋人同士のそういう時間。 最初は恥ずかしくて、冬貴の方から何も言わなくても別にいいと思っていた。 けれど、二年も経てば、さすがに気づく。 どんなときも、したがっているのは僕の方だ。 冬貴はいつだって、笑って受け止めてくれるけれど、自分から求めてくることはない。
……もしかして、我慢してるのかな。 それとも、もう僕に飽きたとか? いやいや、そんなはずない。でも。 そんな考えが一度浮かぶと、頭の中でぐるぐる回って離れなくなる。
ある夜、耐えきれなくなって陽貴に相談した。 冬貴の弟であり、僕にとってはかつての初恋の相手であり、今は生徒会長を務めている彼。 彼に恋の相談をするのは場違いかと思ったが、冬貴のことを一番知っているのは彼だ。 そして、何より——彼なら笑って答えててくれるだろうと思った。
けれど、返ってきた言葉は意外に真面目だった。
「兄さん、たぶん自分から求めることが怖いんだよ」
「……怖い?」
「そう。兄さんって昔からそういう人。父さんは厳しい人だったから。何でも我慢して、自分の気持ちより相手を優先するようになったんだ。」
「でも……僕は全然、嫌じゃないし」
「嶺くんがそう思ってても、兄さんはそう思わないんだよ。あの人、根が紳士ぶってるからな」
陽貴は苦笑して、手にしていた缶コーヒーを掲げた。
「安心して嶺くん。兄さん、たぶん“我慢してる”んじゃなくて“遠慮してる”んだ。自分が欲張るのが怖いんだよ。嶺くんのこと、大事すぎて」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなった。 冬貴らしい、と言えばそうだ。 思えば、高校時代もずっとそうだった。 どんなに近づいても、一線を越える瞬間には必ず僕の目を見て「いいのか」と聞いてくれた。
その誠実さに、何度も心を奪われたのだ。
それでも、今の僕は——それじゃ足りない。 もっと、彼の心の奥まで知りたい。 奪われるくらいに、求められたい。
「……ありがとう、陽貴」
「なに、急に改まって」
「いや、なんでもない。ちょっと、勇気出た」
「……はは。兄さんにちゃんと伝えてやってよ。言わなきゃ一生わかんないから」
その笑い声に背中を押されるようにして、僕は冬貴の部屋へ向かった。
部屋の灯りは柔らかく、彼はソファで本を読んでいた。
「嶺」
顔を上げたその笑顔が、少しだけ驚いたように揺れる。
「どうした?こんな時間に」
「ちょっと、話がしたくて」
僕は彼の隣に座り、膝の上で指を組む。 少し沈黙が続いて、冬貴が笑う。
「珍しいな、嶺の方から改まって話があるなんて」
「……冬貴」
「うん?」
「どうして、いつも“僕から”なの?」
彼の目が、一瞬見開かれた。 そしてすぐに、ふっと優しく笑う。
「気づいてたか」
「気づくよ、僕だって。二年付き合ってるんだ」
「……そうだな」
少しだけ間を置いて、冬貴が視線を落とす。
「俺は、……嶺のこと、壊したくないんだ」
「壊す?」
「嶺がまっすぐで、真面目で、誰よりも綺麗な心してるの知ってる。だから、俺の欲なんかで汚したくないって思ってた。そんなの、勝手だよな」
そう言って苦笑する彼の横顔に、胸が締め付けられた。
「……バカ」
思わず言葉が漏れた。
「僕、そんなことで壊れたりしない。むしろ、冬貴が我慢してる方が苦しい」
彼の手を取ると、指先がわずかに震えていた。 こんなふうに震える彼を、初めて見た。
「欲がないんじゃないんだよね?」
「……あるよ。でも、嶺を傷つけたくなくて」
「じゃあ、ちゃんと欲しがってよ」
その言葉に、彼が目を丸くする。 僕は笑った。
「冬貴に、ちゃんと“求められたい”」
言い切ると、冬貴は顔を覆って小さく息を吐いた。 そして、ゆっくりと手を伸ばして僕の頬に触れる。
「……ずるいな」
「どっちが」
「俺の理性、試してるだろ」
「かもね」
二人の間に笑いがこぼれた。 その笑いの中で、彼が僕の肩を抱き寄せる。 唇が触れる直前の、わずかな息の揺れ。 そこにあるのは、焦燥でも衝動でもなく、積み重ねてきた愛情だった。
夜風がカーテンを揺らし、窓の外で街の明かりが瞬く。 その明かりの中で、僕は思った。
あぁ、この人を好きでよかった。
翌朝、目覚ましより先に目が覚める。 隣では冬貴がまだ寝息を立てていた。 寝癖がついた髪を指で整えながら、小さくつぶやく。
「……僕ばっかりじゃなくなったね」
彼の手が、寝たまま僕の指を探してきた。 その指先が触れた瞬間、笑いがこぼれる。
恋は、こうしてまだ続いていくんだ。 きっとこれからも、何度でも確かめながら。
——終——
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