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その後、兄がぽつりぽつりと語ってくれたことも多くありました。
生徒会室でいつも通りの書類整理をしていた僕に、兄はふと目を細め、いつもより少し慎重な口調で話しかけてきました。
「ねぇ、絋……少し相談があるんだけど……」
そんなことを言うのは珍しいのもあって、ほんの少しだけ驚きました。
頬は赤く染まり、照れているのが分かります。
「はい。何ですか、兄さん。何でも相談してください」
兄は視線を彷徨わせ、上を見たり下を見たりして言葉を探した後、覚悟を決めたように話をしはじめました。
「……あの時の話なんだけど……まだ、よくわかっていないところがあって……」
僕は書類から顔を上げ、軽くうなずきました。
「なるほど。兄さんの気持ちはまだ整理ができていない、ということですか?」
兄は息をつき、机に肘をつき、手で顔を支えながら答えました。
「うん……修哉から告白はされたし、俺からも好き、とは伝えたんだ。……でも、まだ、その……恋愛としてどう進めていいのか、整理が追いつかないんだ」
僕は少し微笑み、静かに言いました。
「兄さんはまだご経験が少ないですから、無理もないことかと思います。ご自身の心に少しずつ確認されればよいのではないでしょうか」
兄は小さく頷きましたが、その肩はまだわずかに緊張しているように見えました。
「分かっているんだ……俺は修哉のことが好きだということも……でも、まだ“推し”としての感覚と、恋愛としての感覚が混ざってしまっている」
僕は書類に目を落としつつも、心の中で兄の混乱を理解しました。
兄はずっと、風紀委員長を“憧れの存在”として見てきました。
だから、告白されても無意識に距離を測る、という感覚は、推し活の延長線上にあるように思えたのでしょう。
「……恋人扱いが難しいんだ。修哉のことを、心の中で、つい“観察”しようってする習慣が抜けなくて」
僕はそっと書類に走らせたペンを置き、顔を上げて兄を見ました。
「それは自然なことだと思います。兄はずっと風紀委員長を近くで見てこられたわけですし、心の中で推す気持ちと、恋愛として好きだという感覚が混ざるのも当然かと思います」
兄は少し微笑んだように見えましたが、すぐに眉を寄せ、困ったように視線を机に落とします。
「でも、混乱するよ……修哉の前では、本当の自分を見せようとしてしまうし、普段の会長然としている自分と、気持ちが食い違う」
僕は黙ってうなずきました。
兄は他の生徒会役員の前では常に堂々としていましたが、僕だけが知っているその不安定さがあります。
まさに裏の顔です。
「修哉のことを好きだということは、確かに伝わっている……筈。でも、これからどう表現していいのかがわからないんだ……」
僕は静かに言葉を選びながら答えました。
「兄さんは誠実な方です。ですから、ご自身のペースで少しずつ感情を表現されればよろしいのではないでしょうか。無理に恋愛だからと演じる必要はございません」
兄はしばらく無言で、机の上の書類を指先でいじっていました。
その動作は、心の中で混乱を整理しようとしているかのようです。
やがて、ゆっくりと顔を上げ、僕の方に小さく微笑みました。
「そうだね……自分の気持ちを無理に言葉にしようとしなくてもいいんだね……」
僕はうなずきながら答えました。
「はい。兄さんは風紀委員長に対して気持ちを伝えていること自体が、もう十分に大切なことだと思います」
兄は一瞬目を細め、そしてそっと息をつきました。
「でも、推し扱いはやめられない……無意識にそうなっちゃうんだ。修哉のことを見ていると、つい目で追っちゃうし、心の中で一喜一憂してしまう」
僕は苦笑を抑えつつも、静かに言いました。
「それも自然なことです。兄さんはずっと風紀委員長を見てこられたわけですから、心の中で追ってしまうのも当然かと存じます」
兄は少し肩を落とし、呟くように言いました。
「……恋愛ってこういう感覚なのかな……まだよくわからない。何から始めたらいいのか……」
僕は穏やかに答えました。
「それが今の兄さんの気持ちの全てだと思います。焦らず、自然な感情として受け止められれば十分ではございませんか」
「でも……恋愛のマニュアル本には付き合って一週間以内にはキスだって書いてあって……」
どんな本を読んでいるのか些か疑問ですが、一旦流すことにしました。
「はぁ……なるほど。では、次の行程である、キスに不安があるということでしょうか?」
「いや、告白の前にもうされたんだ、キスは。だから、この場合順番的にはどうなるのかと思って……だってページ的には前後してしまうだろ」
兄は引く程真面目で、嘘みたいに恋愛偏差値が低いようです。
そんなの今時の小学生でも、もっと進んでるよと思うまでもないようなことを真顔で悩んでいます。
「……じゃあ、もうその次の段階じゃないんですか?」
僕は少し面倒になってきました。もし自分の恋人がこんなのだったらドン引きです。
隠れてスマホを見ながら生返事をします。
「その次、名前で呼び合う……これも達成している。そんな……もしかして、俺たちは進みすぎてるのか?」
「おぉ……まじか」
何なんだそのマニュアルは、と思い見てみると、女児向けの小さなキラキラピンクの表紙で『恋愛丸わかりマニュアル!~恋愛相談Q &A~』というものでした。
どこでそんな本を、と思いましたがそういえば学園の図書室で借りていたような気がします。図書室の懐の広さに驚きです。
「その次は、抱きしめる。……なるほど、これは付き合ってから一ヶ月以上か……手を繋ぐ!?これもまだ早かったのか……」
「……」
僕は、風紀委員長のことが少し可哀想に思えて来ました。これは道のりが険しいですよ、と僕の心には同情すら芽生えてきたのです。
今度会った時には何かいいことを教えてあげたいと、そう思いました。
生徒会室でいつも通りの書類整理をしていた僕に、兄はふと目を細め、いつもより少し慎重な口調で話しかけてきました。
「ねぇ、絋……少し相談があるんだけど……」
そんなことを言うのは珍しいのもあって、ほんの少しだけ驚きました。
頬は赤く染まり、照れているのが分かります。
「はい。何ですか、兄さん。何でも相談してください」
兄は視線を彷徨わせ、上を見たり下を見たりして言葉を探した後、覚悟を決めたように話をしはじめました。
「……あの時の話なんだけど……まだ、よくわかっていないところがあって……」
僕は書類から顔を上げ、軽くうなずきました。
「なるほど。兄さんの気持ちはまだ整理ができていない、ということですか?」
兄は息をつき、机に肘をつき、手で顔を支えながら答えました。
「うん……修哉から告白はされたし、俺からも好き、とは伝えたんだ。……でも、まだ、その……恋愛としてどう進めていいのか、整理が追いつかないんだ」
僕は少し微笑み、静かに言いました。
「兄さんはまだご経験が少ないですから、無理もないことかと思います。ご自身の心に少しずつ確認されればよいのではないでしょうか」
兄は小さく頷きましたが、その肩はまだわずかに緊張しているように見えました。
「分かっているんだ……俺は修哉のことが好きだということも……でも、まだ“推し”としての感覚と、恋愛としての感覚が混ざってしまっている」
僕は書類に目を落としつつも、心の中で兄の混乱を理解しました。
兄はずっと、風紀委員長を“憧れの存在”として見てきました。
だから、告白されても無意識に距離を測る、という感覚は、推し活の延長線上にあるように思えたのでしょう。
「……恋人扱いが難しいんだ。修哉のことを、心の中で、つい“観察”しようってする習慣が抜けなくて」
僕はそっと書類に走らせたペンを置き、顔を上げて兄を見ました。
「それは自然なことだと思います。兄はずっと風紀委員長を近くで見てこられたわけですし、心の中で推す気持ちと、恋愛として好きだという感覚が混ざるのも当然かと思います」
兄は少し微笑んだように見えましたが、すぐに眉を寄せ、困ったように視線を机に落とします。
「でも、混乱するよ……修哉の前では、本当の自分を見せようとしてしまうし、普段の会長然としている自分と、気持ちが食い違う」
僕は黙ってうなずきました。
兄は他の生徒会役員の前では常に堂々としていましたが、僕だけが知っているその不安定さがあります。
まさに裏の顔です。
「修哉のことを好きだということは、確かに伝わっている……筈。でも、これからどう表現していいのかがわからないんだ……」
僕は静かに言葉を選びながら答えました。
「兄さんは誠実な方です。ですから、ご自身のペースで少しずつ感情を表現されればよろしいのではないでしょうか。無理に恋愛だからと演じる必要はございません」
兄はしばらく無言で、机の上の書類を指先でいじっていました。
その動作は、心の中で混乱を整理しようとしているかのようです。
やがて、ゆっくりと顔を上げ、僕の方に小さく微笑みました。
「そうだね……自分の気持ちを無理に言葉にしようとしなくてもいいんだね……」
僕はうなずきながら答えました。
「はい。兄さんは風紀委員長に対して気持ちを伝えていること自体が、もう十分に大切なことだと思います」
兄は一瞬目を細め、そしてそっと息をつきました。
「でも、推し扱いはやめられない……無意識にそうなっちゃうんだ。修哉のことを見ていると、つい目で追っちゃうし、心の中で一喜一憂してしまう」
僕は苦笑を抑えつつも、静かに言いました。
「それも自然なことです。兄さんはずっと風紀委員長を見てこられたわけですから、心の中で追ってしまうのも当然かと存じます」
兄は少し肩を落とし、呟くように言いました。
「……恋愛ってこういう感覚なのかな……まだよくわからない。何から始めたらいいのか……」
僕は穏やかに答えました。
「それが今の兄さんの気持ちの全てだと思います。焦らず、自然な感情として受け止められれば十分ではございませんか」
「でも……恋愛のマニュアル本には付き合って一週間以内にはキスだって書いてあって……」
どんな本を読んでいるのか些か疑問ですが、一旦流すことにしました。
「はぁ……なるほど。では、次の行程である、キスに不安があるということでしょうか?」
「いや、告白の前にもうされたんだ、キスは。だから、この場合順番的にはどうなるのかと思って……だってページ的には前後してしまうだろ」
兄は引く程真面目で、嘘みたいに恋愛偏差値が低いようです。
そんなの今時の小学生でも、もっと進んでるよと思うまでもないようなことを真顔で悩んでいます。
「……じゃあ、もうその次の段階じゃないんですか?」
僕は少し面倒になってきました。もし自分の恋人がこんなのだったらドン引きです。
隠れてスマホを見ながら生返事をします。
「その次、名前で呼び合う……これも達成している。そんな……もしかして、俺たちは進みすぎてるのか?」
「おぉ……まじか」
何なんだそのマニュアルは、と思い見てみると、女児向けの小さなキラキラピンクの表紙で『恋愛丸わかりマニュアル!~恋愛相談Q &A~』というものでした。
どこでそんな本を、と思いましたがそういえば学園の図書室で借りていたような気がします。図書室の懐の広さに驚きです。
「その次は、抱きしめる。……なるほど、これは付き合ってから一ヶ月以上か……手を繋ぐ!?これもまだ早かったのか……」
「……」
僕は、風紀委員長のことが少し可哀想に思えて来ました。これは道のりが険しいですよ、と僕の心には同情すら芽生えてきたのです。
今度会った時には何かいいことを教えてあげたいと、そう思いました。
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