28 / 29
after story 社会人編
しおりを挟む
【絋と悠里の社会人編 ⚠︎性描写匂わせ有】
大学を卒業し、社会人になった絋は、兄であり、今では会社の後継者候補として働く凌の秘書として日々忙しく働いていた。
細かい書類整理やスケジュール管理、会議の準備――どれも丁寧にこなす彼は、凌からも厚い信頼を受けている。
学園生活や生徒会の仕事をサポートしていたことも、経験として大いに活きているだろう。
加えて、絋は高校二年生の途中から高校三年生まで生徒会長を務めた実績がある。
生徒会長に就任したばかりの、はじめのうちは、勉強も苦手な絋は業務もよくわからず、周りに泣きついていた。
しかし、同じ生徒会役員の仲間達が根気よく支えてくれ、なんとか任期を乗り越えたのだった。
特に、副会長になったのが松村だったので、実質生徒会業務を回していたのは彼の方だったかもしれない。
しかし、そうは言っても補佐の頃よりは主体的に動かなければならない場面も増え、指示を出す場面や、時には指導をする時もあった。
それが今となっては仕事として活かせているので、良い学生生活だったと思う。
大学には、正直言って進学するつもりはなかった。勉強が得意ではないし、進学の有無に関わらず就職先は決まっていたからだ。
けれど、学生生活を、恋人である悠里と同棲して過ごしたいという願望が兄達の様子を見ているうちに芽生え、なんとか受験勉強を乗り越えて悠里と同じ大学に進学することができた。
学部は違うし、学年も違うけれど一年間寮と東京のマンションで遠距離恋愛だった分、会える頻度がぐっと増えて主に夜の事情が大変浮かれに浮かれた同棲生活だった。
今は、その頃よりはお互い大人になって落ち着き、家のランクを上げ、より快適な同棲生活を送っている。
一方の悠里は今、高校で教師をしている。
僕の大学受験の際、彼は根気強く勉強を教えてくれていた。
その経験から、教師への適正を見出し、教育実習や教職課程を乗り越え晴れて大学卒業後すぐから働き始めてた。
授業に加えて部活動の顧問や進路指導もこなす日々だが、教師として生徒と向き合う時間は、悠里にとって何より充実している瞬間でもあった。
ある日、絋がいつものようにオフィスで書類を整理していると、電話が鳴った。
「ええ、はい……え?あ、久しぶりですね」
受話器の向こうから聞こえた声に、絋は一瞬止まった。
瀬野一樹――中学時代に恋人のような関係だったが、互いの進路や生活スタイルの違いから自然消滅した二個上の先輩だった。
葉山グループと今期から取り引きをする若手実業家として再会することになるとは思いもしていなかった。
「ちょうどタイミングよかった。良かったら今夜、飲みに行かない?」
絋は少し間を置き、了承した。
今夜は悠里も飲み会があると言っていたし、丁度いいと思ったからだった。
仕事終わりに待ち合わせをしていた居酒屋に到着すると、すでに一樹は来ていた。
驚いたのは、そこに悠里も同僚と顔を出していたことだ。
女性陣に随分と囲まれているように見える気がしなくもない。
「えっ……悠里?」
「え、絋くん?……」
偶然の対面に、二人は一瞬静かになった。
しかし、すぐに悠里は笑顔を見せ、場を和ませる。
絋も自然に微笑みを返し、それぞれの席で乾杯をした。
ーーーそこには二人にしか分からない、冷ややかな視線が交わされていた。
お酒が進むにつれ、話題は次第に学生時代の思い出や、社会人になったそれぞれの生活へと移っていく。
絋は一樹に、自分の仕事ぶりを軽く説明していた。
一樹は、あの頃の可愛さを存分に残したまま、けれど年齢を重ねて大人びた絋の姿をうっとりと見つめる。
中学時代、自然消滅してしまった関係をずっと一途に忘れられずにいた一樹。
事業を立ち上げる際に、なんとか葉山グループと接点を作ろうとあらゆるルートから無理矢理今回の取引にこぎつけた。
絋の方はというと、単なる昔話で、関係があったうちの一人としか今はもう認識しておらず、熱の籠った視線を向けられることに悠里への罪悪感を感じていた。
こんなことなら来なければ良かったと若干後悔していたその時、悠里が絋のテーブルにやってきた。
その表情は、驚く程にこやかで内心で怒っているのがよく分かる。
「絋くん、偶然だね。はじめまして俺、絋くんの友人の悠里です。ねぇ、今飲み会抜けてきたんだけど良かったら一緒に飲まない?」
「えっ……その……一樹さん、いいですか?」
「あ、あぁ…構わないけど……」
わざわざ恋人ではなく友人、と紹介したところに意図を感じた。
悠里が何かを仕掛けようとしている。そして僕にそれを止める権利はない。
時間が経つにつれて、一樹の表情には微妙な影が差していた。
絋と悠里が何気なく手を触れ合ったり、互いの目を見つめて笑い合う場面を見るたび、胸の奥がざわつくのを感じていた。
「……二人、仲いいんだね」
一樹は少し寂しげに言葉を漏らす。
「ふふ、まあ。絋くんと俺は一番仲良しの自覚はあります」
「うん、そうだね」
悠里は軽く肩を寄せ、笑みを浮かべる。その距離感に、一樹は思わず目を逸らした。
三人での飲み会は、表面上は和やかではあるものの、彼にとってはじわじわと落ち込む時間でもあった。
誰がどう見ても友人の雰囲気ではなく、恋人同士なのだと悟っていた。
項垂れる一樹を見て悠里は一人、勝ち誇った表情を浮かべていた。
飲み会が終わり、一樹が先に帰ると、二人きりになった。
夜の街を歩きながら、絋はふと、悠里の手を軽くつかんだ。
「ねえ、悠里……嫉妬してたでしょ?」
悠里は一瞬驚いた表情を見せるが、ここの目を見て、少し照れ笑いする。
「……ああ、まあ、ちょっとね」
「あれがちょっと……恐ろし」
悠里は微笑みながら、絋の腕を軽く絡め、距離をぐっと縮める。
その仕草に、絋の胸がわずかに高鳴った。
「でも……絋くんが悪いと思う。あの人あからさまに絋くんのこと狙ってたよね?誰?」
「あ~……取り引き先の人」
「……本当にそれだけ?」
「中学の時の先輩で……」
「うん」
悠里の返答は淡々としていて、いつもの明るい雰囲気はなくなっていた。悠里は僕より大分背が高いので、真顔で見下ろされるとこんなに威圧感があることをはじめて知った。
「……ちょっとだけ、付き合ってた未満、みたいな……」
「……ほら、やっぱり。なんで二人きりで会おうと思えるの?浮気しようとしてた?」
絋は、悠里に詰められ慣れておらず、さらにこれまでの恋人関係において怒られたこともなかったので泣き始めてしまった。
「……そんなこと、する訳ない、のに……」
「……冷たく言ってごめんね。俺も泣かせたくはなかった。けど、元彼と二人で会ってほしくはなかった」
「だって、何とも思ってないんだもん」
絋の必死の弁解に、悠里はため息をつく。
その仕草にすら絋の身体はビクッと反応してしまった。
悠里は、少しだけ許してあげようという気になってきた。
「絋くんがなんとも思ってなくても、向こうは違ったよね?」
「……うん」
「……正直。今までもずっと不安だった。絋くんが結構経験あるのは、なんとなく分かってたから。やっぱりこういうことは起こるよなって」
「悠里……」
悠里の気持ちを、絋はこれまで本質的には分からずにいた。
それは、悠里が明るく振る舞っていてくれたからに過ぎず、本当は絋の恋愛経験に不安を抱いていたのだ。
「……ごめん、心狭くて。今日はもう帰ろうか」
「僕が好きなのは悠里だけだよ。他の人を好きになるなんて考えがどこにもなかった」
「絋くん……」
「不安にさせてごめん。どうしたら分かってもらえる?」
悠里が、不安と、期待とがないまぜになった視線を絋に向ける。
言葉に出さずとも、二人の間に漂う空気は、甘く、そしてどこか官能的な匂わせを含んでいた。
街灯の下、二人は歩きながら、互いの手を握り合い、夜の静けさに溶け込むように寄り添う。
「……今夜は俺が全部するから。」
悠里が耳元で囁く。
絋はその言葉に、自然に身体を寄せ、心の奥が温かく満たされるのを感じた。
ビルの間を抜け、二人は近くのホテルへと辿り着く。
同棲している家があるのに、わざわざ帰らなかったのは、お互いもう1秒でも待てなかったからだ。
部屋に入りベッドへと座ると、悠里はさらに距離を縮めた。
「絋も……さっき俺が一緒に飲んでた人達のこと、気になった?」
「……正直、少し」
「そうなんだ?まぁ、俺の場合はただの同僚なんだけど。そうこなきゃね」
悠里は軽く絋の肩に頭を寄せる。
その温もりに、絋は思わず笑みを浮かべる。
「……悠里はずるいな」
「ずるい?どうして?」
「僕の心を読んで、焦らすんだから」
「それも愛情表現の一つだよ」
二人の言葉は柔らかく、夜の空気に溶けていく。
唇や身体に触れることはまだない。けれど、互いの距離や手の感触、ささやく言葉だけで、心の奥は十分に満たされていた。
「……そろそろシャワー浴びる?」
「いや……もう少し、このままでいたいな」
悠里は甘く笑いながら、絋の手を握りしめ、さらに密着する。
絋も自然に身を預け、二人だけの世界を楽しむ。夜の静けさと街灯の柔らかい光の中で、彼らの距離はどんどん縮まり、互いの心は確かに触れ合っていた。
「ねえ、絋くん……やっぱり俺も、我慢できないかも」
「……悠里」
「今夜は、誰にも邪魔されずにいたい」
絋は悠里の視線に応えるように、ぎゅっと強く手を握る。
心臓の鼓動が早まるのを感じながら、二人はゆっくりと抱きしめあった。
夜の先にある甘い未来を、二人だけで噛み締めるかのように。
夜が更けていく中、二人はベッドに横になりゆっくりと足を絡ませる。
時折手を握り直す。
まるで周囲の世界が消えてしまったかのように、二人だけの時間が広がっていた。
恋人との触れ合いは心地よく、心が安心するけれど、直接的な愛撫は未だに来ず、絋は普段性急に進めていくので、正直もどかしい気持ちだった。
そんな絋の表情を見て悠里はにやりと笑みを浮かべる。
「絋くん、俺……少し意地悪かもしれない」
「意地悪?」
「うん、今日はとことん焦らすつもり」
悠里のいたずらっぽい笑顔に、絋は下唇を噛みながら頬を赤くする。
「……それ、ズルいな」
「ずるいって?どうして?」
「だって、また僕の心を読んで、こうして揺さぶるんだから」
「やっと二人きりになれたんだ……焦らして、焦らして、もっと我慢して」
「うん……分かった」
絋は悠里の誘導でを浴室を開け、二人はシャワーを浴びた。
綺麗とは言えない過去も、悠里の不安な気持ちも、全部流してしまいたい思いだった。
バスローブを着てから再びベッドに座ると、悠里は自然に絋の膝の上にまたがる。
絋は戸惑いながらも、その行動を拒まなかった。
二人だけの世界に、言葉は多く必要ない。
「絋くん、……もっと近くに来て」
悠里の小さな声に応えて、絋はそっと体を寄せた。
身体が触れ合い、呼吸が重なる。まだ何も起きてはいない。ただ、距離を縮め、互いの存在を確かめ合う時間。
「……悠里」
「うん?」
「……こうしていると、ずっとこのままでもいい気がする」
「ふふ、俺も」
互いの顔を見つめ、微笑む。
唇に触れることなく、手の感触や体温、そして言葉だけで心が満たされる――そんな夜のはじまりだった。
翌朝、二人はそれぞれの仕事に向かう準備をする。
絋はスーツに身を包み、秘書として凌のオフィスへ。資料を整理しながら、昨日の夜のことを思い返すと、自然に頬が緩む。
一方、悠里は高校の職員室で、生徒の提出物をチェックしていた。
廊下を歩くと、同僚たちが笑顔で声をかけてくる。だが、心の中では、絋のことが頭から離れず、昨日の夜の甘い距離感が思い出される。
腰の痛みと喉の枯れが酷く、全身に絋の余韻が残っている気すらした。
昼休み、悠里の携帯が振動した。画面には絋からのメッセージ。
「今日もお互い頑張ろうね。身体きつかったらごめん。無理しないで」
悠里は思わず笑ってしまった。
廊下の窓から差し込む陽光が、さらに暖かく感じられた。
二人は再び連絡を取り合い、仕事終わりに待ち合わせをして帰ることにした。
駅前で待ち合わせると、悠里は照れくさそうに微笑み、絋も自然に笑みを返す。
「今日も疲れたね」
「うん、でも……悠里に会えたから、元気が出る」
言葉の端々に、昨夜の甘い空気の余韻が漂う。
手をつなぐと、指先が軽く絡まり、自然にお互いの存在を確認する。
「悠里……昨日の夜のこと、まだ気にしてる?」
「少しはね……でも、もう大丈夫」
絋は小さく肩をすくめ、笑いながら悠里を見つめる。
「悠里は案外素直じゃないよね」
「そう?でも、それが俺だよ」
二人の笑い声が駅前に響く。
夜の街灯が、二人の影を長く伸ばす。
自然に手が重なり合って、距離感が近づいていく。
そして一緒に暮らす家へと仲良く帰っていくのだった。
大学を卒業し、社会人になった絋は、兄であり、今では会社の後継者候補として働く凌の秘書として日々忙しく働いていた。
細かい書類整理やスケジュール管理、会議の準備――どれも丁寧にこなす彼は、凌からも厚い信頼を受けている。
学園生活や生徒会の仕事をサポートしていたことも、経験として大いに活きているだろう。
加えて、絋は高校二年生の途中から高校三年生まで生徒会長を務めた実績がある。
生徒会長に就任したばかりの、はじめのうちは、勉強も苦手な絋は業務もよくわからず、周りに泣きついていた。
しかし、同じ生徒会役員の仲間達が根気よく支えてくれ、なんとか任期を乗り越えたのだった。
特に、副会長になったのが松村だったので、実質生徒会業務を回していたのは彼の方だったかもしれない。
しかし、そうは言っても補佐の頃よりは主体的に動かなければならない場面も増え、指示を出す場面や、時には指導をする時もあった。
それが今となっては仕事として活かせているので、良い学生生活だったと思う。
大学には、正直言って進学するつもりはなかった。勉強が得意ではないし、進学の有無に関わらず就職先は決まっていたからだ。
けれど、学生生活を、恋人である悠里と同棲して過ごしたいという願望が兄達の様子を見ているうちに芽生え、なんとか受験勉強を乗り越えて悠里と同じ大学に進学することができた。
学部は違うし、学年も違うけれど一年間寮と東京のマンションで遠距離恋愛だった分、会える頻度がぐっと増えて主に夜の事情が大変浮かれに浮かれた同棲生活だった。
今は、その頃よりはお互い大人になって落ち着き、家のランクを上げ、より快適な同棲生活を送っている。
一方の悠里は今、高校で教師をしている。
僕の大学受験の際、彼は根気強く勉強を教えてくれていた。
その経験から、教師への適正を見出し、教育実習や教職課程を乗り越え晴れて大学卒業後すぐから働き始めてた。
授業に加えて部活動の顧問や進路指導もこなす日々だが、教師として生徒と向き合う時間は、悠里にとって何より充実している瞬間でもあった。
ある日、絋がいつものようにオフィスで書類を整理していると、電話が鳴った。
「ええ、はい……え?あ、久しぶりですね」
受話器の向こうから聞こえた声に、絋は一瞬止まった。
瀬野一樹――中学時代に恋人のような関係だったが、互いの進路や生活スタイルの違いから自然消滅した二個上の先輩だった。
葉山グループと今期から取り引きをする若手実業家として再会することになるとは思いもしていなかった。
「ちょうどタイミングよかった。良かったら今夜、飲みに行かない?」
絋は少し間を置き、了承した。
今夜は悠里も飲み会があると言っていたし、丁度いいと思ったからだった。
仕事終わりに待ち合わせをしていた居酒屋に到着すると、すでに一樹は来ていた。
驚いたのは、そこに悠里も同僚と顔を出していたことだ。
女性陣に随分と囲まれているように見える気がしなくもない。
「えっ……悠里?」
「え、絋くん?……」
偶然の対面に、二人は一瞬静かになった。
しかし、すぐに悠里は笑顔を見せ、場を和ませる。
絋も自然に微笑みを返し、それぞれの席で乾杯をした。
ーーーそこには二人にしか分からない、冷ややかな視線が交わされていた。
お酒が進むにつれ、話題は次第に学生時代の思い出や、社会人になったそれぞれの生活へと移っていく。
絋は一樹に、自分の仕事ぶりを軽く説明していた。
一樹は、あの頃の可愛さを存分に残したまま、けれど年齢を重ねて大人びた絋の姿をうっとりと見つめる。
中学時代、自然消滅してしまった関係をずっと一途に忘れられずにいた一樹。
事業を立ち上げる際に、なんとか葉山グループと接点を作ろうとあらゆるルートから無理矢理今回の取引にこぎつけた。
絋の方はというと、単なる昔話で、関係があったうちの一人としか今はもう認識しておらず、熱の籠った視線を向けられることに悠里への罪悪感を感じていた。
こんなことなら来なければ良かったと若干後悔していたその時、悠里が絋のテーブルにやってきた。
その表情は、驚く程にこやかで内心で怒っているのがよく分かる。
「絋くん、偶然だね。はじめまして俺、絋くんの友人の悠里です。ねぇ、今飲み会抜けてきたんだけど良かったら一緒に飲まない?」
「えっ……その……一樹さん、いいですか?」
「あ、あぁ…構わないけど……」
わざわざ恋人ではなく友人、と紹介したところに意図を感じた。
悠里が何かを仕掛けようとしている。そして僕にそれを止める権利はない。
時間が経つにつれて、一樹の表情には微妙な影が差していた。
絋と悠里が何気なく手を触れ合ったり、互いの目を見つめて笑い合う場面を見るたび、胸の奥がざわつくのを感じていた。
「……二人、仲いいんだね」
一樹は少し寂しげに言葉を漏らす。
「ふふ、まあ。絋くんと俺は一番仲良しの自覚はあります」
「うん、そうだね」
悠里は軽く肩を寄せ、笑みを浮かべる。その距離感に、一樹は思わず目を逸らした。
三人での飲み会は、表面上は和やかではあるものの、彼にとってはじわじわと落ち込む時間でもあった。
誰がどう見ても友人の雰囲気ではなく、恋人同士なのだと悟っていた。
項垂れる一樹を見て悠里は一人、勝ち誇った表情を浮かべていた。
飲み会が終わり、一樹が先に帰ると、二人きりになった。
夜の街を歩きながら、絋はふと、悠里の手を軽くつかんだ。
「ねえ、悠里……嫉妬してたでしょ?」
悠里は一瞬驚いた表情を見せるが、ここの目を見て、少し照れ笑いする。
「……ああ、まあ、ちょっとね」
「あれがちょっと……恐ろし」
悠里は微笑みながら、絋の腕を軽く絡め、距離をぐっと縮める。
その仕草に、絋の胸がわずかに高鳴った。
「でも……絋くんが悪いと思う。あの人あからさまに絋くんのこと狙ってたよね?誰?」
「あ~……取り引き先の人」
「……本当にそれだけ?」
「中学の時の先輩で……」
「うん」
悠里の返答は淡々としていて、いつもの明るい雰囲気はなくなっていた。悠里は僕より大分背が高いので、真顔で見下ろされるとこんなに威圧感があることをはじめて知った。
「……ちょっとだけ、付き合ってた未満、みたいな……」
「……ほら、やっぱり。なんで二人きりで会おうと思えるの?浮気しようとしてた?」
絋は、悠里に詰められ慣れておらず、さらにこれまでの恋人関係において怒られたこともなかったので泣き始めてしまった。
「……そんなこと、する訳ない、のに……」
「……冷たく言ってごめんね。俺も泣かせたくはなかった。けど、元彼と二人で会ってほしくはなかった」
「だって、何とも思ってないんだもん」
絋の必死の弁解に、悠里はため息をつく。
その仕草にすら絋の身体はビクッと反応してしまった。
悠里は、少しだけ許してあげようという気になってきた。
「絋くんがなんとも思ってなくても、向こうは違ったよね?」
「……うん」
「……正直。今までもずっと不安だった。絋くんが結構経験あるのは、なんとなく分かってたから。やっぱりこういうことは起こるよなって」
「悠里……」
悠里の気持ちを、絋はこれまで本質的には分からずにいた。
それは、悠里が明るく振る舞っていてくれたからに過ぎず、本当は絋の恋愛経験に不安を抱いていたのだ。
「……ごめん、心狭くて。今日はもう帰ろうか」
「僕が好きなのは悠里だけだよ。他の人を好きになるなんて考えがどこにもなかった」
「絋くん……」
「不安にさせてごめん。どうしたら分かってもらえる?」
悠里が、不安と、期待とがないまぜになった視線を絋に向ける。
言葉に出さずとも、二人の間に漂う空気は、甘く、そしてどこか官能的な匂わせを含んでいた。
街灯の下、二人は歩きながら、互いの手を握り合い、夜の静けさに溶け込むように寄り添う。
「……今夜は俺が全部するから。」
悠里が耳元で囁く。
絋はその言葉に、自然に身体を寄せ、心の奥が温かく満たされるのを感じた。
ビルの間を抜け、二人は近くのホテルへと辿り着く。
同棲している家があるのに、わざわざ帰らなかったのは、お互いもう1秒でも待てなかったからだ。
部屋に入りベッドへと座ると、悠里はさらに距離を縮めた。
「絋も……さっき俺が一緒に飲んでた人達のこと、気になった?」
「……正直、少し」
「そうなんだ?まぁ、俺の場合はただの同僚なんだけど。そうこなきゃね」
悠里は軽く絋の肩に頭を寄せる。
その温もりに、絋は思わず笑みを浮かべる。
「……悠里はずるいな」
「ずるい?どうして?」
「僕の心を読んで、焦らすんだから」
「それも愛情表現の一つだよ」
二人の言葉は柔らかく、夜の空気に溶けていく。
唇や身体に触れることはまだない。けれど、互いの距離や手の感触、ささやく言葉だけで、心の奥は十分に満たされていた。
「……そろそろシャワー浴びる?」
「いや……もう少し、このままでいたいな」
悠里は甘く笑いながら、絋の手を握りしめ、さらに密着する。
絋も自然に身を預け、二人だけの世界を楽しむ。夜の静けさと街灯の柔らかい光の中で、彼らの距離はどんどん縮まり、互いの心は確かに触れ合っていた。
「ねえ、絋くん……やっぱり俺も、我慢できないかも」
「……悠里」
「今夜は、誰にも邪魔されずにいたい」
絋は悠里の視線に応えるように、ぎゅっと強く手を握る。
心臓の鼓動が早まるのを感じながら、二人はゆっくりと抱きしめあった。
夜の先にある甘い未来を、二人だけで噛み締めるかのように。
夜が更けていく中、二人はベッドに横になりゆっくりと足を絡ませる。
時折手を握り直す。
まるで周囲の世界が消えてしまったかのように、二人だけの時間が広がっていた。
恋人との触れ合いは心地よく、心が安心するけれど、直接的な愛撫は未だに来ず、絋は普段性急に進めていくので、正直もどかしい気持ちだった。
そんな絋の表情を見て悠里はにやりと笑みを浮かべる。
「絋くん、俺……少し意地悪かもしれない」
「意地悪?」
「うん、今日はとことん焦らすつもり」
悠里のいたずらっぽい笑顔に、絋は下唇を噛みながら頬を赤くする。
「……それ、ズルいな」
「ずるいって?どうして?」
「だって、また僕の心を読んで、こうして揺さぶるんだから」
「やっと二人きりになれたんだ……焦らして、焦らして、もっと我慢して」
「うん……分かった」
絋は悠里の誘導でを浴室を開け、二人はシャワーを浴びた。
綺麗とは言えない過去も、悠里の不安な気持ちも、全部流してしまいたい思いだった。
バスローブを着てから再びベッドに座ると、悠里は自然に絋の膝の上にまたがる。
絋は戸惑いながらも、その行動を拒まなかった。
二人だけの世界に、言葉は多く必要ない。
「絋くん、……もっと近くに来て」
悠里の小さな声に応えて、絋はそっと体を寄せた。
身体が触れ合い、呼吸が重なる。まだ何も起きてはいない。ただ、距離を縮め、互いの存在を確かめ合う時間。
「……悠里」
「うん?」
「……こうしていると、ずっとこのままでもいい気がする」
「ふふ、俺も」
互いの顔を見つめ、微笑む。
唇に触れることなく、手の感触や体温、そして言葉だけで心が満たされる――そんな夜のはじまりだった。
翌朝、二人はそれぞれの仕事に向かう準備をする。
絋はスーツに身を包み、秘書として凌のオフィスへ。資料を整理しながら、昨日の夜のことを思い返すと、自然に頬が緩む。
一方、悠里は高校の職員室で、生徒の提出物をチェックしていた。
廊下を歩くと、同僚たちが笑顔で声をかけてくる。だが、心の中では、絋のことが頭から離れず、昨日の夜の甘い距離感が思い出される。
腰の痛みと喉の枯れが酷く、全身に絋の余韻が残っている気すらした。
昼休み、悠里の携帯が振動した。画面には絋からのメッセージ。
「今日もお互い頑張ろうね。身体きつかったらごめん。無理しないで」
悠里は思わず笑ってしまった。
廊下の窓から差し込む陽光が、さらに暖かく感じられた。
二人は再び連絡を取り合い、仕事終わりに待ち合わせをして帰ることにした。
駅前で待ち合わせると、悠里は照れくさそうに微笑み、絋も自然に笑みを返す。
「今日も疲れたね」
「うん、でも……悠里に会えたから、元気が出る」
言葉の端々に、昨夜の甘い空気の余韻が漂う。
手をつなぐと、指先が軽く絡まり、自然にお互いの存在を確認する。
「悠里……昨日の夜のこと、まだ気にしてる?」
「少しはね……でも、もう大丈夫」
絋は小さく肩をすくめ、笑いながら悠里を見つめる。
「悠里は案外素直じゃないよね」
「そう?でも、それが俺だよ」
二人の笑い声が駅前に響く。
夜の街灯が、二人の影を長く伸ばす。
自然に手が重なり合って、距離感が近づいていく。
そして一緒に暮らす家へと仲良く帰っていくのだった。
54
あなたにおすすめの小説
天使な坊っちゃんの護衛中なのに、運命の相手がしつこすぎる。
濃子
BL
はじめて会ったやつに「運命の相手だ」、って言われたら?あんたならどうするーー?
ーーおれは吉備川 翠(すい)、明(あかる)坊っちゃんの護衛兼屋敷の使用人だ。坊っちゃんが男子校に行くことになり、心配した旦那様に一緒に通わされることになったんだけど、おれ、2つ上なんだよね。
その上、運命の相手だ、なんていう不審者にもからまれて、おれは坊っちゃんを守ることに、生命をかけてるんだよ、邪魔はしないでくれーー!
おまけに坊っちゃま高校は、庶民には何もかもがついていけない世界だし……。負けるな〜!おれッ!
※天使な坊っちゃんの護衛をがんばる、ギャグ多め、たまにシリアスな作品です。
※AI挿絵を使用していますが、あくまでイメージです。指のおかしさや、制服の違いなどありますが、お許しください。
※青春BLカップに参加させていただきます。ギャグ大好きな方、応援よろしくお願いします🙇
ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために
ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話
※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。
推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです
一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお)
同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。
時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。
僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。
本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。
だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。
なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。
「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」
ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。
僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。
その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。
悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。
え?葛城くんが目の前に!?
どうしよう、人生最大のピンチだ!!
✤✤
「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。
全年齢向けの作品となっています。
一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。
✤✤
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。
【本編完結】才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。
ホマレ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。
その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。
胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。
それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。
運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。
【完結】いいなりなのはキスのせい
北川晶
BL
優等生×地味メンの学生BL。キスからはじまるすれ違いラブ。アオハル!
穂高千雪は勉強だけが取り柄の高校一年生。優等生の同クラ、藤代永輝が嫌いだ。自分にないものを持つ彼に嫉妬し、そんな器の小さい自分のことも嫌になる。彼のそばにいると自己嫌悪に襲われるのだ。
なのに、ひょんなことから脅されるようにして彼の恋人になることになってしまって…。
藤代には特異な能力があり、キスをした相手がいいなりになるのだという。
自分はそんなふうにはならないが、いいなりのふりをすることにした。自分が他者と同じ反応をすれば、藤代は自分に早く飽きるのではないかと思って。でも藤代はどんどん自分に執着してきて??
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる