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なんだかんだと忙しなく時は過ぎ、文化祭当日になった。
この学園の文化祭は、安全管理上の問題から一般公開は行わなく、1日のみ開催される。
以前いた高校の文化祭とはシステムも装飾も出し物も何もかも違うので、びっくりした。
前の高校では、食べ物系の出し物をする所はコスプレ系の衣装を着たり、お化け屋敷をやっていたり、演劇をやっていたりしていた。
しかし、この学園ではコスプレというよりは正装。女装とか面白要素もなく、きっちりと着込んで、それぞれの出し物のコンセプトにあったものを着る。
出し物も、カフェやジュースなどの軽食系が多く、所謂焼きそばやたこ焼きなど王道の屋台はやらない。
準備と後片付けの大変さからやる声が上がらないようだ。
後は美術系の展示と各部活動の展示や発表に頼りきりで、はっきり言ってしまえば、盛り上がりに欠けていた。
生徒達は、文化祭当日に仕事がある人以外は来たり来なかったりでだらだらと過ごし、緩い1日を送る。
しかし、そんな非常に緩い文化祭だからこそ、毎年何かしらの被害が発生するらしい。
具体的には、文化祭という非日常的なお祭り気分に当てられて、空き教室や人目のつかないところで強姦などが発生し、終始がつかなくなることもあるそうだ。
だからこそ、今年は生徒会と風紀が協力して、見回りを強化することにした。
俺は、午前中はクラスでやるミックスジュース屋さんのシフトに入っているので、午後に見回りを行う予定。
見回りは、風紀と生徒会からそれぞれ一人ずつ組まされ、役職ごとに当てがわれた。
風紀委員長の蓮夜先輩は、生徒会長である兄と。副委員長の弦先輩は、副会長の棗先輩と。啓と翔は、2年生の風紀の先輩と、俺は同じ1年の風紀委員と組み、見回りすることになっている。
俺も蓮夜先輩と見回りしたかったなぁ…と朝に生徒会室で内訳を聞いている時に兄を恨みがましく見ていたら、申し訳無さそうにサイレントで謝られた。
なんか負けた気分がして悔しかったので、兄の見回りの時間だけ事件が起こる呪いをかけておいた。
そうして、直前の打ち合わせも終わり、いよいよ文化祭が始まった。
まずは午前中のクラスの出し物に集中する。
俺たち1年A組は果物のミックスジュースを売っていた。俺はジュースの受け渡し担当だ。
その場に簡易のカフェスペースを作ったので、休むことも出来るからか開始早々から賑わっている。
同じく午前中のシフトで仕込み班に回っていた翔も、あまりの盛況っぷりに急遽販売側に来てもらった。
お客さんにジュースを手渡してもらい、ひたすら売り捌く。
「晴くんのおかげで、大盛況だね」
「俺、お会計しかしてないって。」
「いや、ほとんど皆、晴くんのエプロン姿見に来てるんだよ」
「それはない」
俺と翔が、少し落ち着いたので一息ついていると、教室内に歓声が上がった。
「蓮夜先輩!……と、兄ちゃん」
「晴!おまけ扱いなんて兄ちゃん泣いちゃうぞ」
「お疲れ。二つ貰えるか?」
見回りのついでに、蓮夜先輩と兄が寄ってくれたようだった。
背が高くスタイルの良い男前が二人並ぶと大層絵になるというか、様になっていて悔しい。
「はい、蓮夜先輩の分です!よく混ぜてから飲んで下さいね。兄ちゃんは翔から受け取って」
「ありがとう。美味しそうだな。いただきます」
「晴……!」
完全に八つ当たりだが、仕方あるまい。
兄は俺からの塩対応に、ショックで肩を落としていた。
「はい、会長の分のジュースです。俺からですみません」
「いや……ありがとう。皆、この後も頑張ってくれ」
苦笑した翔からジュースを受け取り、正気を僅かに取り戻した兄は、会長モードに切り替わり教室全体に声をかけた。
和やかな雰囲気の中、暫く蓮夜先輩と兄もジュースを飲みながら休んでいると、隣の教室から一年生の風紀委員が駆け込んできた。
「すみません!委員長がここにいるって聞いて……。今、大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ。何かあったか?」
「実は、うちの父親が危篤状態で、緊急で実家に戻らなければならなくなってしまいまして…」
かなり危ない状態なのか、息を切らして顔が青ざめている。
「大変だ。今すぐ帰った方がいい。帰る手段はあるのか?」
「それは大丈夫なんですが……午後の見回りはどうしましょう」
そう言うと、一年の風紀委員は俺の方をちらっと伺うようにして見た。
「俺なら一人で見回りするよ。だから急いで帰りな」
「いや、一人で見回りは危険すぎる。だったら俺が一緒に」
やはり心配性の兄が名乗り出てきた。そんな気はしていた。
「いや、俺が行こう」
そんな兄を押しのけて、蓮夜先輩が名乗り出たことで、じっと様子を見守っていた周りの皆の歓声が上がる
「良かったな、名取!」
「文化祭デートじゃん!やったな!」
「彼氏格好いいな!」
思いもよらない展開に、俺は固まってしまっていた。
当の蓮夜先輩は聞こえてるのか聞こえてないのか分からないが、気にせずといった感じで、話を続けた。
「葉はクラスでもシフトに入ってて働き詰めになってしまうから悪いし、俺は裏方だから融通が効く。風紀の欠員は風紀でカバーしよう。一年A組の皆、騒がせてしまい申し訳なかった。ジュース、美味しかった」
そろそろ行くぞと蓮夜先輩の勢いに圧倒された兄に声を掛けてその場を去っていった。
まだ、現実が追いつかない。
「俺、午後は蓮夜先輩と回れるってこと?」
そんなの、そんなの……嬉しすぎる。
譫言のように呟き、にやけた顔を抑えることが出来ない。
翔が隣で微妙な顔をして俯いていたが、なんでだかはよく分からなかった。
それから、シフトが終わるまで俺は自分でもびっくりする程のハイテンションと笑顔で接客を続け、大満足で午前中を終えたのだった。
午後になり、蓮夜先輩と合流する為に連絡を取ると、しばらく空き時間が出来た為自分のクラスの手伝いをしていると言われた。
ニ年S組に顔を出してみると、執事喫茶をやっているらしく、内装も衣装もこだわっていた。
俺が教室に現れたことに気が付いた先輩達が、気を利かせてくれたのか、執事の格好をした兄が来た。
「お帰りなさいませ、お坊ちゃま。こちら、メニューでございます」
「いや、メニューってコーラかゼロカロリーコーラの二択なんだ!?あとうまい棒一本300
円ってぼったくりじゃない?」
内装と衣装に力を入れ過ぎて、中身は適当なようだった。
俺は、普通にコーラを注文した。
兄は、コーラを持ってくると別の兄目当てで来たお客さんに呼ばれてひっきりなしに対応に追われ、俺の元から去っていった。
少しして、蓮夜先輩が裏から出てきた。
制服のままだったので、少しだけ残念に思う。
「晴、もう来てくれたのか。見ての通り裏方の仕事はほとんどないから、俺はすぐ抜けられる」
「あ、やった。あの、蓮夜先輩は接客しないんですか?」
「あぁ、俺は風紀委員長だからな。いつどんな問題が起きるか分からないので、接客は外させてもらった」
「そうなんですね……」
「どうした?何かあったか?」
「あの、俺、蓮夜先輩の執事姿見たかったです……」
俺が残念がると、困った顔をして蓮夜先輩は笑った。
「俺が着てもきっと似合わないよ。それより、晴のさっきのエプロン姿、最高に似合ってた。晴は何着ても似合うな」
「蓮夜先輩こそ何でも似合いますよ……はっ!」
気が付けば、俺と蓮夜先輩は注目を集めていて、会話も聞かれていたようだ。
今さらだけどさっきまでの会話が、割と恥ずかしくなってきて、蓮夜先輩の腕を引っ張って誤魔化す。
「もうすぐ、交代の時間になるので、そろそろ見回りに行きましょう!」
「あぁ、そうだな」
二年S組の人達に挨拶をして、二人で風紀室に向かった。
その道中で、文化祭の展示を見ながら残りの自由時間を過ごし、少しだけど文化祭を満喫した。
風紀室に着くと、まだ少し交代まで時間があったので購買で買ったおにぎりと唐揚げを食べて待つ。
「蓮夜先輩、一つどうぞ」
「ありがとう。購買の唐揚げも美味しいけど、やっぱり食堂のには勝てないよな」
「ですね。ここの食堂の唐揚げ、レベル高いです」
「そうだ、今度弦にも作ってもらおう。あいつの唐揚げも美味しいぞ」
「本当ですか?それは是非食べてみたいです。あ、だったら、兄ちゃんの唐揚げも食べてほしいです。めっちゃ美味いんで!」
「葉は料理も出来るのか、すごいな」
「蓮夜先輩は、料理しないんですか?」
「俺は家事が壊滅的に苦手だからな……。もし弦と出会ってなかったら、今頃どうなっていたか恐ろしいよ」
「俺も家事苦手です。だけど、なんか弦先輩に嫉妬しちゃうな…敵わないのは分かってますけど…」
「はは、俺が好きなのは晴だけだよ」
「蓮夜先輩……」
蓮夜先輩が俺の顔をじっと真剣に見つめる。
俺もそれに応えるように身動きを取らずに待ち構えた。
顎に手をかけられ、顔が近付いていく。
これはもしかしてキス出来そうないい雰囲気なのではないか、と思って続きを期待していると、風紀室のドアが思いっきり開いた。
「あの、委員長。小っ恥ずかしいんで、風紀室でイチャイチャするのやめてください!入るタイミング分かんなかったですよ!」
今にもキスします、という態勢のまま、前の見回り担当の先輩が入ってきた。
「危な!!!ちょっと、こんな所で盛らないで下さい!!!全く、風紀を取り締まる人が逆に風紀を乱してどうするんですか!!?」
俺と蓮夜先輩は、普通に説教されていた。
正論すぎて何も言えず、縮こまってしまう。
「まぁまぁ、日下先輩落ち着いて下さいよ?まだ何もしてなかったみたいですし、ね、晴くん?」
「えっ、その…はい……」
「……今後、校内では無闇矢鱈とイチャつかないこと。生徒に示しがつきませんからね。分かりましたか、委員長?」
「はい、すみません…」
同じく、前の時間に見回りを担当していた翔がフォローしてくれて、なんとか事なきを得た。
まじでごめん、翔。今度なんか奢る。
見回り用に用意された風紀の腕章を受け取り、交代して校内の見回りに出発する。
「晴、ごめん。俺のせいで怒られたな」
「いや、俺のせいでもあるんで、蓮夜先輩は悪くないですよ」
「いやいや、俺のせいだ。俺が……我慢出来なかったから。悪かった」
終わらない謝り合いを強制的に終わらせ、見回りに行くことにした。
もう展示やクラスの出し物はぼちぼち片付けと撤退になる時間なので、空き教室を順に巡っていく。
特に何か事件が起こる訳でもなく、見回りは順調に行われた。
拍子抜けするほど何も問題はなかったのと、生徒達も片付けが終わりまばらになっていたので、終了予定時刻より少しはやいけど引き上げようと、蓮夜先輩と風紀室に戻っていた。
その途中、体育館に向かう渡り廊下で一組のカップルが抱き合っているのを見た。
文化祭のテンションのまま告白でもしたのだろうか、キツく抱き締めあっている。
二人の顔が段々と近づきあって、そのまま重なり、キスをしていた。
(わ、チュー、してる。いいなぁ…。俺も蓮夜先輩と……)
黙って見ているうちに、激しさを増す二人のキスに、俺の喉がごくん、と鳴る。
放っておけばそのまま何かが始まってしまいそうなほど盛りに満ちた二人の逢瀬に、思わず目が離せない。
すると、蓮夜先輩が微かに頬を赤く染めて咳払いをした。その音に、我に返る。
「ま、まぁ、合意なら問題はないだろう。事件でも無さそうだし、放っておけ」
そうは言われても、あんな光景を見せられては身体が火照ってしまうのも致し方ない。
俺は、蓮夜先輩の手を引いて、人の気配がないトイレの個室に押しやった。
「あの、蓮夜先輩……こっち」
「ん?なんだ?トイレに行きたかったのか?」
戸惑う蓮夜先輩の声に反応しないまま、無理矢理形の良い唇に口付ける。
「晴?……ん、」
ちゅ、と軽く音を立てた唇と唇が、優しく触れて離れた。
それは、一瞬のキスだったが、俺たち二人にとっては付き合ってからはじめてのキスで。
何秒にも何分にも何時間にも感じられるくらい、愛おしくて、心地よいものだった。
「ごめんなさい、俺、我慢出来なかった……」
思わず、熱い息を吐き出してしまう。
本当は、もっともっとしたい。
舌を差し込んでめちゃくちゃにされたい。
俺の身体をその大きな手で触ってほしい。
好きだよって、抱き締められながら気持ちいいこと、したい。
蓮夜先輩が、欲しい。
一度、キスをしてしまったら自分の中で抑え込んでいた欲望が溢れ出て止まりそうになかった。
「……校内ではやめておけと言われてるだろ」
「はい……。でも、あの二人見てたらチューしたくなっちゃって」
「晴……」
「嫌、でした?すみません、無理矢理……」
思っていたよりも大分反応が悪く、やらかしてしまったのかと悲しくなる。
俯いて涙が零れ落ちないように必死に耐えた。
「違う!嫌な訳ない。俺もずっと晴にキスしたかった。だけど…。一回したら、止まれなくなりそうで、怖かったんだ」
「蓮夜先輩……」
「俺は晴のこと、大切に思ってる。だから、大事にしたい。……今度、俺の部屋で二人きりの時に改めてキスしてもいいか?」
「……はい」
その後、俺の返事に安心した蓮夜先輩にキツく抱き締められて、身を捩った。
熱が高まっていくのを堪えて、何とか平静を装った。
蓮夜先輩は、きっと俺がこんなにも欲求不満なことに気付いていない。
好きな人にこんなに大切にされているのに、満足していないなんて、自分の身体が浅はかなようで、汚らわしいようで、辛かった。
蓮夜先輩にバレないように、堪えきれなかった涙を肩口で拭った。
その夜、俺は風呂場で蓮夜先輩とのキスを思い出しながらオナニーし、一層切なくなったので、また一人で泣いてしまったのだった。
この学園の文化祭は、安全管理上の問題から一般公開は行わなく、1日のみ開催される。
以前いた高校の文化祭とはシステムも装飾も出し物も何もかも違うので、びっくりした。
前の高校では、食べ物系の出し物をする所はコスプレ系の衣装を着たり、お化け屋敷をやっていたり、演劇をやっていたりしていた。
しかし、この学園ではコスプレというよりは正装。女装とか面白要素もなく、きっちりと着込んで、それぞれの出し物のコンセプトにあったものを着る。
出し物も、カフェやジュースなどの軽食系が多く、所謂焼きそばやたこ焼きなど王道の屋台はやらない。
準備と後片付けの大変さからやる声が上がらないようだ。
後は美術系の展示と各部活動の展示や発表に頼りきりで、はっきり言ってしまえば、盛り上がりに欠けていた。
生徒達は、文化祭当日に仕事がある人以外は来たり来なかったりでだらだらと過ごし、緩い1日を送る。
しかし、そんな非常に緩い文化祭だからこそ、毎年何かしらの被害が発生するらしい。
具体的には、文化祭という非日常的なお祭り気分に当てられて、空き教室や人目のつかないところで強姦などが発生し、終始がつかなくなることもあるそうだ。
だからこそ、今年は生徒会と風紀が協力して、見回りを強化することにした。
俺は、午前中はクラスでやるミックスジュース屋さんのシフトに入っているので、午後に見回りを行う予定。
見回りは、風紀と生徒会からそれぞれ一人ずつ組まされ、役職ごとに当てがわれた。
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俺も蓮夜先輩と見回りしたかったなぁ…と朝に生徒会室で内訳を聞いている時に兄を恨みがましく見ていたら、申し訳無さそうにサイレントで謝られた。
なんか負けた気分がして悔しかったので、兄の見回りの時間だけ事件が起こる呪いをかけておいた。
そうして、直前の打ち合わせも終わり、いよいよ文化祭が始まった。
まずは午前中のクラスの出し物に集中する。
俺たち1年A組は果物のミックスジュースを売っていた。俺はジュースの受け渡し担当だ。
その場に簡易のカフェスペースを作ったので、休むことも出来るからか開始早々から賑わっている。
同じく午前中のシフトで仕込み班に回っていた翔も、あまりの盛況っぷりに急遽販売側に来てもらった。
お客さんにジュースを手渡してもらい、ひたすら売り捌く。
「晴くんのおかげで、大盛況だね」
「俺、お会計しかしてないって。」
「いや、ほとんど皆、晴くんのエプロン姿見に来てるんだよ」
「それはない」
俺と翔が、少し落ち着いたので一息ついていると、教室内に歓声が上がった。
「蓮夜先輩!……と、兄ちゃん」
「晴!おまけ扱いなんて兄ちゃん泣いちゃうぞ」
「お疲れ。二つ貰えるか?」
見回りのついでに、蓮夜先輩と兄が寄ってくれたようだった。
背が高くスタイルの良い男前が二人並ぶと大層絵になるというか、様になっていて悔しい。
「はい、蓮夜先輩の分です!よく混ぜてから飲んで下さいね。兄ちゃんは翔から受け取って」
「ありがとう。美味しそうだな。いただきます」
「晴……!」
完全に八つ当たりだが、仕方あるまい。
兄は俺からの塩対応に、ショックで肩を落としていた。
「はい、会長の分のジュースです。俺からですみません」
「いや……ありがとう。皆、この後も頑張ってくれ」
苦笑した翔からジュースを受け取り、正気を僅かに取り戻した兄は、会長モードに切り替わり教室全体に声をかけた。
和やかな雰囲気の中、暫く蓮夜先輩と兄もジュースを飲みながら休んでいると、隣の教室から一年生の風紀委員が駆け込んできた。
「すみません!委員長がここにいるって聞いて……。今、大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ。何かあったか?」
「実は、うちの父親が危篤状態で、緊急で実家に戻らなければならなくなってしまいまして…」
かなり危ない状態なのか、息を切らして顔が青ざめている。
「大変だ。今すぐ帰った方がいい。帰る手段はあるのか?」
「それは大丈夫なんですが……午後の見回りはどうしましょう」
そう言うと、一年の風紀委員は俺の方をちらっと伺うようにして見た。
「俺なら一人で見回りするよ。だから急いで帰りな」
「いや、一人で見回りは危険すぎる。だったら俺が一緒に」
やはり心配性の兄が名乗り出てきた。そんな気はしていた。
「いや、俺が行こう」
そんな兄を押しのけて、蓮夜先輩が名乗り出たことで、じっと様子を見守っていた周りの皆の歓声が上がる
「良かったな、名取!」
「文化祭デートじゃん!やったな!」
「彼氏格好いいな!」
思いもよらない展開に、俺は固まってしまっていた。
当の蓮夜先輩は聞こえてるのか聞こえてないのか分からないが、気にせずといった感じで、話を続けた。
「葉はクラスでもシフトに入ってて働き詰めになってしまうから悪いし、俺は裏方だから融通が効く。風紀の欠員は風紀でカバーしよう。一年A組の皆、騒がせてしまい申し訳なかった。ジュース、美味しかった」
そろそろ行くぞと蓮夜先輩の勢いに圧倒された兄に声を掛けてその場を去っていった。
まだ、現実が追いつかない。
「俺、午後は蓮夜先輩と回れるってこと?」
そんなの、そんなの……嬉しすぎる。
譫言のように呟き、にやけた顔を抑えることが出来ない。
翔が隣で微妙な顔をして俯いていたが、なんでだかはよく分からなかった。
それから、シフトが終わるまで俺は自分でもびっくりする程のハイテンションと笑顔で接客を続け、大満足で午前中を終えたのだった。
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ニ年S組に顔を出してみると、執事喫茶をやっているらしく、内装も衣装もこだわっていた。
俺が教室に現れたことに気が付いた先輩達が、気を利かせてくれたのか、執事の格好をした兄が来た。
「お帰りなさいませ、お坊ちゃま。こちら、メニューでございます」
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内装と衣装に力を入れ過ぎて、中身は適当なようだった。
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「晴、もう来てくれたのか。見ての通り裏方の仕事はほとんどないから、俺はすぐ抜けられる」
「あ、やった。あの、蓮夜先輩は接客しないんですか?」
「あぁ、俺は風紀委員長だからな。いつどんな問題が起きるか分からないので、接客は外させてもらった」
「そうなんですね……」
「どうした?何かあったか?」
「あの、俺、蓮夜先輩の執事姿見たかったです……」
俺が残念がると、困った顔をして蓮夜先輩は笑った。
「俺が着てもきっと似合わないよ。それより、晴のさっきのエプロン姿、最高に似合ってた。晴は何着ても似合うな」
「蓮夜先輩こそ何でも似合いますよ……はっ!」
気が付けば、俺と蓮夜先輩は注目を集めていて、会話も聞かれていたようだ。
今さらだけどさっきまでの会話が、割と恥ずかしくなってきて、蓮夜先輩の腕を引っ張って誤魔化す。
「もうすぐ、交代の時間になるので、そろそろ見回りに行きましょう!」
「あぁ、そうだな」
二年S組の人達に挨拶をして、二人で風紀室に向かった。
その道中で、文化祭の展示を見ながら残りの自由時間を過ごし、少しだけど文化祭を満喫した。
風紀室に着くと、まだ少し交代まで時間があったので購買で買ったおにぎりと唐揚げを食べて待つ。
「蓮夜先輩、一つどうぞ」
「ありがとう。購買の唐揚げも美味しいけど、やっぱり食堂のには勝てないよな」
「ですね。ここの食堂の唐揚げ、レベル高いです」
「そうだ、今度弦にも作ってもらおう。あいつの唐揚げも美味しいぞ」
「本当ですか?それは是非食べてみたいです。あ、だったら、兄ちゃんの唐揚げも食べてほしいです。めっちゃ美味いんで!」
「葉は料理も出来るのか、すごいな」
「蓮夜先輩は、料理しないんですか?」
「俺は家事が壊滅的に苦手だからな……。もし弦と出会ってなかったら、今頃どうなっていたか恐ろしいよ」
「俺も家事苦手です。だけど、なんか弦先輩に嫉妬しちゃうな…敵わないのは分かってますけど…」
「はは、俺が好きなのは晴だけだよ」
「蓮夜先輩……」
蓮夜先輩が俺の顔をじっと真剣に見つめる。
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これはもしかしてキス出来そうないい雰囲気なのではないか、と思って続きを期待していると、風紀室のドアが思いっきり開いた。
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俺と蓮夜先輩は、普通に説教されていた。
正論すぎて何も言えず、縮こまってしまう。
「まぁまぁ、日下先輩落ち着いて下さいよ?まだ何もしてなかったみたいですし、ね、晴くん?」
「えっ、その…はい……」
「……今後、校内では無闇矢鱈とイチャつかないこと。生徒に示しがつきませんからね。分かりましたか、委員長?」
「はい、すみません…」
同じく、前の時間に見回りを担当していた翔がフォローしてくれて、なんとか事なきを得た。
まじでごめん、翔。今度なんか奢る。
見回り用に用意された風紀の腕章を受け取り、交代して校内の見回りに出発する。
「晴、ごめん。俺のせいで怒られたな」
「いや、俺のせいでもあるんで、蓮夜先輩は悪くないですよ」
「いやいや、俺のせいだ。俺が……我慢出来なかったから。悪かった」
終わらない謝り合いを強制的に終わらせ、見回りに行くことにした。
もう展示やクラスの出し物はぼちぼち片付けと撤退になる時間なので、空き教室を順に巡っていく。
特に何か事件が起こる訳でもなく、見回りは順調に行われた。
拍子抜けするほど何も問題はなかったのと、生徒達も片付けが終わりまばらになっていたので、終了予定時刻より少しはやいけど引き上げようと、蓮夜先輩と風紀室に戻っていた。
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黙って見ているうちに、激しさを増す二人のキスに、俺の喉がごくん、と鳴る。
放っておけばそのまま何かが始まってしまいそうなほど盛りに満ちた二人の逢瀬に、思わず目が離せない。
すると、蓮夜先輩が微かに頬を赤く染めて咳払いをした。その音に、我に返る。
「ま、まぁ、合意なら問題はないだろう。事件でも無さそうだし、放っておけ」
そうは言われても、あんな光景を見せられては身体が火照ってしまうのも致し方ない。
俺は、蓮夜先輩の手を引いて、人の気配がないトイレの個室に押しやった。
「あの、蓮夜先輩……こっち」
「ん?なんだ?トイレに行きたかったのか?」
戸惑う蓮夜先輩の声に反応しないまま、無理矢理形の良い唇に口付ける。
「晴?……ん、」
ちゅ、と軽く音を立てた唇と唇が、優しく触れて離れた。
それは、一瞬のキスだったが、俺たち二人にとっては付き合ってからはじめてのキスで。
何秒にも何分にも何時間にも感じられるくらい、愛おしくて、心地よいものだった。
「ごめんなさい、俺、我慢出来なかった……」
思わず、熱い息を吐き出してしまう。
本当は、もっともっとしたい。
舌を差し込んでめちゃくちゃにされたい。
俺の身体をその大きな手で触ってほしい。
好きだよって、抱き締められながら気持ちいいこと、したい。
蓮夜先輩が、欲しい。
一度、キスをしてしまったら自分の中で抑え込んでいた欲望が溢れ出て止まりそうになかった。
「……校内ではやめておけと言われてるだろ」
「はい……。でも、あの二人見てたらチューしたくなっちゃって」
「晴……」
「嫌、でした?すみません、無理矢理……」
思っていたよりも大分反応が悪く、やらかしてしまったのかと悲しくなる。
俯いて涙が零れ落ちないように必死に耐えた。
「違う!嫌な訳ない。俺もずっと晴にキスしたかった。だけど…。一回したら、止まれなくなりそうで、怖かったんだ」
「蓮夜先輩……」
「俺は晴のこと、大切に思ってる。だから、大事にしたい。……今度、俺の部屋で二人きりの時に改めてキスしてもいいか?」
「……はい」
その後、俺の返事に安心した蓮夜先輩にキツく抱き締められて、身を捩った。
熱が高まっていくのを堪えて、何とか平静を装った。
蓮夜先輩は、きっと俺がこんなにも欲求不満なことに気付いていない。
好きな人にこんなに大切にされているのに、満足していないなんて、自分の身体が浅はかなようで、汚らわしいようで、辛かった。
蓮夜先輩にバレないように、堪えきれなかった涙を肩口で拭った。
その夜、俺は風呂場で蓮夜先輩とのキスを思い出しながらオナニーし、一層切なくなったので、また一人で泣いてしまったのだった。
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2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
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