勇者だった俺は時をかけて魔王の最愛となる

ちるちる

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第一章 友だちになろう

2 勇者は友だち

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 頭が痛い・・・。

 俺は身を起こした。森の中だ。周囲は静けさに満ちているが、闇の獣が近くにいるような不穏さはない。

 周囲への警戒から自分自身への注意に切り替え、俺は仰天した。

「何だ!?これは」

 手足が短い。聖剣もない。心なしかぷにぷにした両腕で全身を探る。子供になっている。

「どういうことだ?」

 俺は、聖剣を呼ぶ。念じても何の反応もない。呪いの物のように、どこにあっても気づけば近くに戻ってきていたのに。

 手のひらに魔力を集める。僅かながら反応があった。じんわりと手のひらに熱と光が集まる。

「心もとないな」

 だぶだぶになった服の袖を破き、ぶかぶかの革のブーツに巻き付ける。不測の事態への対応力がないと、勇者などやってられない。

 しばらく歩くと、大きな建物に行き着いた。

『慈愛の館』 

 門に大きく表札がかかっている。孤児院か。

「何をしている?」

 どうしようか、門の前でたたずむと、声がかかった。門の向こう側でこちらを見つめる、黒髪の子供。10歳にも満たないだろう。

「迷っていた…………。俺の名はレイ。お前は?」

 俺は茫然ぼうぜんと答えた。

その子供は驚くほどきれいな顔をしていた。ただ驚かされたのは、顔立ちではなく、こちらを見つめる紺碧の瞳。既視感。

「アスラ」

 魔王となる男の名はアスラ。俺は、自身の数奇な運命を知った。



 俺は慈愛の館の子供の一人となった。

 心優しい、孤児院の管理人マーサは、落ち着いた大人の女性だった。俺が親に捨てられたこと、詳しいことは覚えていない、ということを信じた。とはいえ、かつて俺が親に捨てられたということは真実だったが。

「兄ちゃん!」

 悪童のライが飛びついてきた。懐いたものだ。やや乱暴に放り投げてやると、喜びの声を上げ、さらに向かってくる。

 孤児院の一員となり、しばらくの間、悪童たちにちょっかいを出されていた。とくに、リーダーのライは、子供ながらも、陰険な悪戯を仕掛けてきた。布団に泥をつけ汚したり、靴に小さなぬめぬめする細長い子蛇と呼ばれる虫を仕込んだりといったような。子供のすることと、受け流してきたが、ある晩、ライは俺の一線を越えてしまった。

 その晩の食事は、トカという一般的な家畜の肉がふんだんにはいった汁物だった。村人からの肉の寄付で、孤児院ではめったに食べられないごちそうだ。

 俺は、いつものように目の端でアスラを観察しながら、匙を取る。その時、ライやその周辺の子供たちがにやにやしながらこちらを見ているのが分かった。嫌な予感がしつつも、食事に専念する。汁物から匙を掬い上げると、丸まると肥え太った花虫の幼虫が現れた。くすくすという押し殺した笑いが、ライたちから上がる。

 俺は、匙を口に入れ、咀嚼した。

「えっ・・・」

 ライたちが目を丸くし、凝視する。

 勇者だった頃、旅の途上において野宿する中で、必ずしも獣などを仕留められるわけではない。虫は貴重なたんぱく源だった。花虫も何度も食べたことがある。ただし、美味しくはないが。俺は、内心楽しみにしていた汁物が台無しになったことに、心で血の涙を流しながらも完食した。

 周囲の食事が終了したことを見計らい、事情を説明し、マーサに許可を得る。教育的指導の。

 ライとその取り巻きたちを呼び出し、庭に連れ出す。


「何だよ」
「何が気に入らないんだ?」
「はあ? 何言ってるんだよ!」
「ずっと、突っかかってきていただろう。くだらない幼稚なガキみたいなことまでして」
「ああ!?」

 ライは10歳になるかならないかという俺より1、2歳は年下のようだが、その体格はかなり恵まれており、大きくなったら良い戦士になりそうだと思う。本人も子供ながら既に強い腕力を存分に使い、お山の大将を気取っていた。

 挑発すると直ぐに殴りかかってくる。

 うん、動きも悪くはない。ひょいひょいと軽く上体を動かし拳を避ける。我武者羅に向かってきていたライは、避け続けられることに次第に焦りの色をみせる。野次を飛ばしていた周囲も、全く俺に拳を届けることができず、ぜえぜえと呼吸も荒く、汗だくになっていくライの姿をみて静まり返った。

「おい、まだやるのか?」
「うるせぇっ! 男が上げた拳をそう簡単に下ろせるかっ」

 今のセリフを旅の仲間だった聖女が聞けば、絶対零度の視線で、それは自分でドゴルだと言っているということでよろしいですか?と瞬殺されそうだ。ドゴルは動物でチカラが強く、誇示するような行動をとることから、一般的に脳筋はドゴル扱いされることが多い。

「ふーん」

 俺は勇者で子供に戻ったといっても、このような子供では相手にもならない。だが、俺が本当にただの子供だった場合、このように集団で虐められるのは──くだらない悪戯いたずらとはいえ──度重なって仕掛けられるとかなり辛いことだろう。

 俺は、片手でライを担ぐと、近くの大樹を勢いをつけて軽く登っていく。この辺でいいか、とてっぺんに近い枝に立つと、ライの片足を持って逆さに吊り下げた。

「うわ~っ!?」

 ライは恐慌状態きょうこうじょうたいになる。樹下の取り巻きたちは、口を開き呆然としている。

「何が気に入らないんだ?」
「しょ、正気かよ!?」
「うん?」


 揺らゆらと身体を揺すってみる。まだ、強気な口が聞けるなんてなかなか根性があるじゃないか。まあ、その根性は曲がっているが。

「う、うわ~~っ」
「手が滑るかもしれないぞ」
「マ、マーサだよっ!」
「うん? 」
「新入りだからって、色々と優しくされすぎだろっ。この間だって、一人だけ服を作ってもらってたし!」

 子供に戻って着の身着のままだった俺は、自分の大人だった時の服しかなかった。しかも、袖を破いて野人のようだったし。

だが、貧しい孤児院で数着の服を繕いながら着ている中で、新入りが何着か用意してもらうのは面白くないのだろう。

「そ、それに、頭だって撫でてもらっていたし!」

 うん?そんな事あったかな、と記憶を探ると、針虫という縄張りに入ると襲いかかってくる虫に刺されそうになっているマーサを見つけ、咄嗟に拾い上げた石で虫を打ち落とし感謝されたときのことかな?と思い当たる。あれ?これって……もしかして。

「お、俺だって、マーサに頭を撫でてもらったことないのに! マーサは皆のマーサなんだっ! お前にはやらないからっ!!」

 何だか甘酸っぱい気持ちを樹の上で叫ばせてる気がする。さすがに可哀想になって、ライをおろしてやろうと引き上げる。その時、どこからか石礫いしつぶてが飛んできた。危うく目に当たりそうになり、辛うじて避け、何とかライも手放さずに済んだ。

どこから飛んできたんだ!?と辺りを探るも、怪しい影はない。急いでライを担ぎ上げ、するすると降りる。

「お前の気持ちは分かった。何か不満や不安に思う時は、ちゃんと話せ。気持ちを消化せずいびつな行動をとるな。お前の魂が歪む。話し合えば解決することもあるだろう。マーサは皆のマーサなんだな。よくわかったから」
「うん。ごめん。もうしない。それと……マーサのこと、誰にも言わないで……」

 ……樹上での絶叫はおそらく孤児院中に伝わっているだろう。俺は哀れになってぽんぽんと頭を撫でた。


 それ以来、俺は孤児院の子供達のリーダーになってしまった。聖女だったら、これだからドゴルは、と塵芥ごみ虫を見る目で見てくることだろう。

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