勇者だった俺は時をかけて魔王の最愛となる

ちるちる

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第一章 友だちになろう

6 笑顔の君

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 俺が目を覚ましたのは、孤児院の寝床で、既に朝になっていた。どうやらアスラが運んでくれたようだ。礼を言うと、あんなところで獣に食われても面白くないからな、俺を楽しませてくれるのだろう?と言われてしまった。今から思うと、昨夜は真剣で本気だったが、自信は全くない。人生を飽きさせないようにするってどうすれば良いのだろう……と俺は実は既に途方とほうに暮れていた。

 ただ、取り敢えずすべきことがある。昨夜のような事がおきた場合、今の俺では心許なさ過ぎる。勇者といえば聖剣、そうだ、聖剣を取りに行こう! と俺は思った。

 過去の俺が聖剣と出会ったのは、十をいくつか超えた歳だった。俺が日雇いの仕事に向かうべく歩いていると、空から聖剣が飛んできて目の前に突き刺さったのだ。俺は、当然恐怖し全速力でその場を離れた。それからしばらく俺は聖剣に付きまとわれるという恐怖体験をすることになる。屋台で飯を食っていると座っている椅子に聖剣が立て掛けられていたり、日雇いの鉱山でせっせと穴を掘っていると、いつの間にか監視員のように背後の地面に聖剣が突き刺さっていたり、朝、目が覚めると聖剣が傍に横たわっていたりした。俺はあわや神経衰弱になりかけたが、次第に周囲でも噂になり、あの剣はマドラ火山に刺さっていた聖剣じゃないかという話がでてきた。それが伝わり、王都の偉い人が俺を迎えに来たのだった。

 現在の俺が聖剣を呼んでも何の手応えもない。だが、過去を思えば、今はマドラ火山に突き刺さっているはずだ。伝説の英雄が悪龍と激闘の末、聖剣を使い封印したと伝えられている。ちなみに、各地にこういった伝説はいっぱいある。

 俺は、数日かけて旅支度をした。マーサにも、狩りで数日孤児院を離れる事を伝えている。孤児院の子供たちは早く自活できるようになることを奨励されているので、仕事や狩りで数日離れても何も言われない。俺が色々と準備をしていると、不意にアスラの視線を感じる事が増えた。今までは、周りに一切関心がなく、周囲を超然と無視しているかのようであったのに、ふとした時に目が合うのだ。俺は、飽きたのでこの世の終わりだ、と言い出すんじゃないかと心配でいつも心臓が変な風に鼓動する。

 早朝に俺は荷物を持って出発する。マーサには了承をとって子供たちには内緒にした。小さな子供も多いので、誰かが数日居なくなると分かれば大泣きするのだ。門を開けて歩いていると、町外れの街道の入り口に立つアスラの姿を見つけた。

「どこに行くんだ? 」
「ちょっとそこまで狩りに」
「俺も共に行く」

 魔王と共に聖剣を取りに行くって変じゃね? と思って、俺は誘わなかった。それに、聖剣のことをうまく説明出来る気がしなかったのだ。俺が勇者であったことをアスラに伝える気はない。今後、アスラは魔王にはならないし俺も勇者になる気はなかった。


「あぁ……マドラ火山に変わった火吹蛇ひふきへびがいるって聞いて狩りに行こうかと。何日もかかるし、本当に一緒にくるのか? 」
「お前は俺に美しい景色を見せてくれるのではなかったのか。遠くに行くときには必ず声をかけろ」
「そうだけど、今回は楽しい経験っていうよりは……野営するし、登山するし……むしろ苦労するかも……」
「お前には俺に何をするか全て伝える責務がある。どこへ行き誰と会うのかもだ。俺がどうするかはお前の判断するところではない」
「うん」

 俺は、答えつつも、あれ、何か束縛の強い恋人っていうか、職場を引退した旦那っていうか、……こんな風なんじゃね? ……と、考えつつもとりあえず一旦は素直にうなづいておく。

 収穫祭も終わり森や獣たちが冬に向けて準備をしている頃で、森の木々は、黄色や赤色に色付き、日の光を浴びて輝いていた。小さな小動物も木の実をせっせっと集めて冬支度をしている。

 森を歩き続け、そろそろ野営と食事の準備をしようと、俺は夜露をしのげる場所を見つけ、簡易な天幕を設置する。俺が狩った獣の皮で自作した簡単なものだ。それから、アスラには焚き木の調達を頼み、その間に俺はテクテクを狩り、近くの小川でさばいた。テクテクは子供の俺でも抱え上げられる程の小動物で、丸い耳と丸い尻尾が可愛いと見かけも人気だ。だが、その肉は臭みもなく程よく脂がのっていて旨味もあり絶品なのである。その臆病な性質ゆえに捕まえるのが難しいのと一匹あたりに取れる肉の量が少ないこともあり、滅多に市場に出回ることはなかった。

 俺は野営地に戻ると、火をおこし、小川で汲んできた水を入れた鍋を火にかける。アスラには火番をさせながら、肉を細かく砕き、木の実と混ぜ肉団子にする。テクテクの骨で出汁を取り、持ってきた調味料と、肉団子、更にはこの辺りに自生している香草、キノコを入れて煮込む。辺りには良い匂いが漂った。俺は簡単な獣避けの魔法をかけておく。

 料理は、過去仲間たちと旅をしている時に、交代で食事当番を担っていたので慣れた。当番の者によっては獣のえさ以下のモノが作り出され、一流の料理を食べてきた王子がある日突然とうとう切れた。料理本や野営時の食といった本を買い込み、自分自身の腕を磨くとともに、厳しく仲間の料理指導を始めたのだった。今でも、最も不可思議な料理を作り出すことの多かった魔術師と王子の言い合う声が聞こえてくるようだ。

 木の椀はアスラにも渡し、俺はテクテクさんありがとうと感謝の祈りを心の中で捧げてから食べる。横目でアスラを窺うと、肉団子をかじり驚いたように目を見開いているのを見た。

「美味いだろ? ケチャの実はテクテクの肉の旨味を更に引き出すんだ」

 王子の食に対する探究の成果である。

「悪くはない」
「そういう時は美味しいって素直に言うんだよ。そうすると、もっと美味しくなる」

 俺は笑ってそう言うと、空になった器におかわりをよそってやる。

「美味しい」
「うん」


 テントに横たわり、毛皮を毛布代わりにし、俺たちは並んで横になった。子供になり魔法の力が弱くなろうとも、獣避けと火の持続くらいは一晩かけ続ける事が出来る。

「なあ」
「なんだ」
「闇の中から声が聞こえるってどんな風になんだ?」

 俺の問いかけにしばらく沈黙が続く。答える気は無いのかなと、諦めて寝ようとした時、アスラは答えた。

「俺を呼ぶ声だ。人間の何か邪悪な考えや出来事に触れたとき、俺を呼ぶ声が大きくなる」
「それは何て言ってるんだ」
「全てを滅ぼせ。くだらぬ者どもを。……いつからかそれが闇からの声なのか自分自身の声なのか分からなくなった」

 俺は、未来の記憶があるのか問おうとして、やめた。もし、記憶があると言われれば俺はどうするのだろう。今この場でアスラを殺すのだろうか……。何となく記憶はない気がした。それに、答えがどちらでも結局、結果は変わらないことに気付いた。

「なぁ。今度、その声が聞こえたら俺に言えよ。鉄板の面白い話をいくつもしてそんな声を吹き飛ばしてやる!」
「……面白い話というのは、ある程度の知性と感性を必要とするものだ。期待はできないな」
「おまえ!? 俺が貧民街で暮らしてた頃の隣に住んでたガラム爺ちゃんなんか、笑いの神かってほどの話の上手さだったんだぜ。向かいのゲド兄貴なんて笑い過ぎて、あごが外れて肋骨ろっこつまで折れちまったんだから。その直伝じきでんの技をまた聞かせてやるよ」

 隣から微かに笑う声が聞こえた。以前に初めてみたときの皮肉げな笑いではなく、純粋に思わず出た笑い声で、俺は隣を見てどんな顔をしているのか見たかった。だが、こらえると言った。

「この世がくだらないかどうか俺には分からない。けど、生きるのに飽きたっていうなら俺にしばらくつきあってくれよ」

 アスラにとって、大切な何かや誰かができるまで、側にいるから。何もこたえはなかったが、話を聞いているのは分かった。

 空には、満天の星々が煌めき、いくつかの流星が零れ落ち、やがて俺たちはそれらを眺め眠った。

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