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第十二話
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もうすぐ冬が来る。
黒雨が降り始めると雪の精達が暴れ始め、氷を司る神が目を覚ます。
氷の神は残酷だという。世界を雪で凍らし時を止めて死をもたらす。冷たい世界は人々まで冷たくさせ残酷さが増す。
――私は雪の降る日にシェドリー家に拾われた。
その記憶は朧げで白い世界の眩しさに視界は奪われていた。凍える身体はいうことを聞かず、喉は張り付き声すら出せない。道端のゴミに人々は気にもせず蹴飛ばして決して罪悪感を覚えることなどなく、いつだって私は冷たい土の上で転がっている。
手足は霜焼けに青黒く変色し、顔には醜いあざに血の気はない。まるで土のようだ。雑巾にも使えない屍を、そんな私を拾い上げてくれた。
覚えているのは刺さるような寒さと感覚の消え去った手のひらを握ってくれた誰か。
気が付いたらベッドにいた。
動かない身体にもどかしさを感じながら視界を動かすと天蓋カーテンで仕切られた向こう側から声が聞こえる。小さな声で話すそれは悪い雰囲気ではなかった。
なんだか安心する。深く息を吸うと落ち着く花の香り、肺に染みつくように身体に浸透していく。
「――を頼み――」
「ええ、わかって――」
「――は、私の――ですから、か――大事に」
心地のいい声に安心する部屋。感覚の戻っていない身体に悲鳴をあげる冷たさはない。目を開けていたかったが瞼が重くなってくる。
もしやこれは走馬灯というやつなのではないか。本当の私はいまだに土の上で寒さに凍えて蹲っている。
これが走馬灯ならなんて幸せなのだろう。こんなに暖かくいい香りに包まれて死ねるのなら本望だ。前世の私はどれだけ徳を積んだのだろうか。最後よければ全て良しなんだろいうなあ。
瞼がどんどん重くなる。視界がどんどん狭くなる。一筋の涙すら拭うことのできない身体は夢の渦へと落ちていった。
目が覚めるとどういうことか身体がいうことを聞いた。感覚のある手足に驚きながら起き上がる。青黒く変色した指先は相変わらずだけど不思議と痛みはなかった。グーパーと指を動かす。その動作は久しぶりで変な気持ちにさせられた。
毛布が動く音に気が付いたのか、天蓋カーテンが開く。
そこにいたのは牛頭鬼(ごずき)だった。デカい体で繊細なレースのカーテンを器用にまとめる。あまりの大きさに恐怖で喉が絞まる。息をしたら殺される。
牛頭鬼は滅多に現れない。この世界は広くたくさんの亜人が住んでいる。一番多いのが獣人族でその次に多いのはスライム族だと言われている。繁殖が安易な彼らの勢力は大きい。しかしそれでも世界の均衡が崩れないのは牛頭鬼といった鬼神などの強者がいるから。
彼らは硬さで唯一を誇るロックドラゴンですら砕かせるほどの力を持つ。そんなの、人間の私なら指先一つで潰せれる。
ゆっくりと伸びてきた指先は私の腕の太さと同じだった。
「大丈夫だ」
潰されると覚悟した私の頭に落ちてきたのは優しい感触だった。ぼさぼさの髪の毛をもっとぼさぼさにしながら彼は私が潰れないように撫でてくれている。
「大丈夫。ここにキミを害すものはいない」
とても低い声が部屋を震わせる。でも決してそれは恐怖を煽るものではなく、一生懸命私を慰めようとしている声色で先ほどまでの恐怖心がどこかへ飛んでいってしまう。
俯いていた顔を初めてあげると恐ろしいと思った牛頭鬼の顔はとても優しかった。
「今日からキミは私の娘だ」
「むすめ……」
「兄弟は他に四人いる。追々紹介しよう」
牛頭鬼は大きな体をずらすとその背後に女性がいることに気づいた。メデューサ族の女性だ。
「彼女がキミの母親になる。名はアスピス。私の最愛の妻だ」
仲良くしてくれ。そう言う父親になるという牛頭鬼はメデューサ族の女性に笑いかける。彼女も私に微笑んで汚い私の指先を掴み握る。その手は温かくて心まで染み渡った。
「心配しないでちょうだい。私たち家族はあなたの味方よ。これからは幸せに暮らしましょう」
「そうだ。キミはこれからシェドリー家の娘で、我々の家族になる。楽しく暮らそう」
寝て起きたら不思議なことに『家族』ができていた。
人間の私に嫌悪感を抱いている様子もなく、表情は本心を語っているように見えた。でも本当だろうか、やっぱりこれは夢なのだろうか。いまだぼんやりとした頭ではまともな思考もすることができず、何が起きているのか状況すらわからない。
私が困惑しているのが伝わったのか、母は布団を手繰り寄せると私にかけた。
「とりあえず、あなたの一番の優先事項は身体を治すこと。治ったら私たちとゆっくりお話しすればいいわ。自ずと言いたいことも考えなきゃいけないこともわかるのですから」
「……はい」
たくさんのメドューサ族を見てきたけど彼女のような優しい人はいなかったように思う。キツそうな目つきなのに瞳は優しくて安心する。
父は私の様子に口元を緩ませるともう一度頭を撫でてカーテンを引く。眩しかった視界は薄暗くなり自然と瞼は閉じていった。
何が起こっているんだろう。
わからない、けど夢じゃないといいなと強く思った。
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