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第二十話
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最近昔の夢をよく見るようになった。
それが良いことなのか悪いことなのかはわからない。けど過去はどうしようもないことだから、受け入れるしかない。それらがあって、私は拾われ、そして今の私がいる。
それで良いじゃないか。
例え忘れかけていた記憶が私を逃すまいと、私の罪をつきつけても。
異端者としての過去は消えることはないのだ。
「澪はさー、もう少し学んだほうが良いんじゃないの? 優しすぎるよ」
「……そうかな」
「自信なさげに言われてもね」
「私は悪いことしてないもん」
「まあ、そりゃあそうだけど。正しくもないんじゃない。必ずしも正義が正解なわけじゃないし」
「分かってる」
「ほんとかなー」
「……優しいってそんなにダメなことなのかな」
「そんなことはないよ。だけど澪のは自分を犠牲にしすぎだと思う」
ツカサの顔を見る。艶やかな黒髪をふわりと風が撫ぜる。はっきりとした顔立ちの美女は澪に笑いかけた。
「優しさにも見返りを求めてもいいんだよ」
彼女はそう言って宙ぶらりんになっていた私の手を引いた。立ち止まっていたからか躓きそうになるけど彼女は上手に引っ張っていく。冷えて固まった手を温めるように絡む掌に心が温まるような気がした。
その日は大寒波だった。数年ぶりに降る大雪に世間は大騒ぎでニュースはひっきりなしに天気予報の話ばかり。吐く息は真っ白で、鼻頭は冷えて赤くなっている。久しぶりに登場させたマフラーには少しばかりの穴が空いていて、そこから入る風に体を震わせる。
――そんな日に私の両親は借金を残して蒸発した。
家へ帰るとそこには誰もいなかった。
置き手紙と数枚の書類が傷だらけのテーブルにあって、手紙には「おかえり よろしく」とだけ書いてあり書類は借金の督促状だった。額は数千万円、とても高校生である私には支払えるものではなかった。
慌てて両親に電話しても通話が繋がらない。何度も何度も電話しても留守電へと繋がるばかりで、心臓が嫌な音をたてている。状況が飲み込めなくて頭の中は真っ白だ。
部屋へ行くとそこにはほぼ何もなく、服も通帳も金目の貴金属もなくてあるのは中身のない家具ばかり。家中見て回ると私たち子供の物以外は減っていて、それが本当に両親がいなくなったという気持ちにさせられる。
何が起こったのかさっぱりわからなかった。
なぜ?
どういうこと……?
頭をぐるぐる回る言葉たちは口から出ても意味のないものばかり。訴えかけたいことも叫びたいことも誰もいない家ですることじゃない。
愕然とソファに座ると古いソファはぎしりと音を立てた。
弟はまだ帰ってきていない。私たちはどうすればいいのだろう。この借金も、今後の生活も。払うの……、私が?
そもそも借金があるなんて。昔からお金のない家だとは思っていたけどこんな状況だって知らなかった。お菓子とかスマホとかお願いしたら買ってくれていた。決して渋るような表情なんて言わなかった。だから気が付かなかった。
優しいと思っていた両親。なんで? どうして私たちを置いていったの。私たちは、……私はいらなかった?
それからは怒涛の毎日だった。
高校は中退した。とてもじゃないが学んでいる時間などなかった。働かなくては生きていけなかった。朝も昼も夜も、休む時間なんかなかった。弟の学費も生活費も、最低限のお金は稼がなくては。借金の返済もしていかなくては。
一度役所に相談してみた。親の借金なら支払い義務はないと言われて書類を確認したら、私は勝手に連帯保証人になっていた。弁護士を雇うお金もなくて相談できる大人もいなくて、でも中学生の弟に相談することもできず私は自分の中で自分に話すしかなかった。
これから生きていけるのか、と。
ツカサには何も言えなかった。
何度も何度も訪ねてきてくれたけど、顔を見せることができなかった。
恥ずかしかった。彼女に地べたに這いつくばる自分を見せることができなかったのだ。
ツカサとはいつも対等でいたいのに、今の私では彼女と対等に話すことなどできなくて。そもそも対等な立場だと思えなくなった。私は一夜にして地の底まで落ちたのだ。見上げる空はあまりに高くて這い出ることなどできなさそうだ。
……心優しい彼女を私のことで巻き込みたくなかったのだ。
借金に追われる日々を五年過ごせば多少状況は変わってくる。安い賃貸へ引っ越し、知り合いとは一切の手を切った。それからは死に物狂いで働き、今年弟は奨学金制度を使って大学まで進んだ。元々私よりも賢い子だったから、進学できたことに私はホッとした。弟にはまともな人生を歩んで欲しかった。彼は私とは違う綺麗な人生を歩んでほしい。
ここまで長かった。たくさんの人に蔑まれ裏切られ痛めつけられても、どんなに人生が過酷でも弟だけはどうか無事であってほしい。
借金の返済の目処は経っていない。けれど夜職をしていると極稀に境遇を同情してか面白がってかお金をくれる人がいる。そんな彼らのおかげで完済には確実に近づいていた。
あとちょっと、どうにかならないだろうか。そう考えていると客の一人が私にいい仕事があるよなどと言う。欲深くなった醜い私が囁く。もっと儲けることができたら、完済することができたら、この穴底から出て行けるのだと。
しかし結局のところ私は私だった。
浅ましく醜く汚れたボロボロの私でも譲れないものがあった。
ツカサに顔向けできないことはしたくなかった。彼女と音信不通になって随分経つが私は彼女に会えることを生きる糧にしていた。体はどうにもならなくても心だけは綺麗でありたかった。
……だから結局裏切られ逃げ損なって捕まって、雑巾のように海に沈められた時。私はこう思ってしまった。
――やっと楽になる。
でも逃げることは許されなかった。
目を開けるとそこは人間には酷な世界が広がっていた。
神などこの世には存在していなかったのだ。
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