異世界騎士リリスの現代ごはん探訪記

炬燵ねる

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異世界騎士リリスの現代ごはん探訪記

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 ガーリックバターと黒コショウが効いたソースたっぷりのこんがりステーキをナイフで食べやすいサイズに切り分け、フォークで口に運べば、じゅわ~っと肉汁があふれるのだろう。
 外側はしっかりと香ばしく、内側はジューシーさを極限まで閉じ込めたというソレは濃厚なバターの風味とピリリと締まる黒胡椒のスパイシーさが画面越しにも伝わって――

「私は――私わぁぁぁ!!」

 テレビ前で悔しがる姿も絵になるなぁ。

 俺の後ろにある茶の間で涎を垂らして、頭を抱えているのが異世界から強制転移させられたという自称女騎士の――『リリス・ヴァン・ドレイク』その人である。

 銀色の鎧に紺のスカートという俺得おれとくな服装に、銀髪ロングで可憐な美少女然とした姿は誰がどう見ても、ファンタジー世界の住人。

「くっ! 殺せ!」

 ……うん。一定の需要を満たせても、自分のお腹は満たせないとは。
 なんと哀れな女騎士。
 しかも、リリスが観ている『赤空レストラン』の本日の品は”豚”だ。
 
 『オーク』じゃなくて『ポーク』にくっ殺する女騎士とか、ファンタジー好きの俺としては、ほんと堪ったものじゃない。

「トモヤ! 私、あれ食べたい!」
「ポークハンバーグか。材料買ってこないとな」
「ならば! 貴殿のために一肌脱ごうじゃないか!」
「……買って来るってことか?」
「うむ! あの『べじょーた?』とかいうのだ! あれは絶対に美味い!」
「なにそれ? 聞いたことないんだけど」

 検索してみたら『どんぐり』と出てきた。
 高級豚肉の養育において、非常に重要な餌だとかなんとか?
 オークの木の果実であることからベジョータは『オークの実』とも言うらしい。
 リリスはオークの実を食べて育つ豚のことを言いたいんだろうが、あれだと「どんぐり! 美味い!」と言っていたわけか。

 いや、それより女騎士がオークの実を餌に育ったポークを食う展開か。
 ……なるほどね。

「こんな高級豚、俺じゃ買えんわ」
「! なん……だと……」

 1キロ数万。場合によってはそれ以上とか書いてある。
 こちとら、EROGEに全財産投入する萌豚(自称:高級品種)やらせてもらってるわけで、他の豚になんざ、こんな大金かけられねぇよ。
 ショックを受けて畳に大の字で倒れこむリリス。
 なんか、既視感あるなぁと思ったら、EROGEの敗北シーンそのまんまだね、そのポーズ。

「トモヤ。こちらの世界も世知辛いのだな……」
「いや、リリスの世界ほどじゃないよ」

 現代に魔王も魔法も勇者なんてやつもいない。
 リリスがいた世界とここでは現実と空想くらいの違いがある。

「リリス、そろそろ持ってくからテーブルの上、片づけといてよ」
「……は~い」

 よしよし。今回はカラッといい感じにできた。
 大きめの丸皿に彩りを添えて、業スー業務スーパーのポテサラも出そう。
 炊飯器の蓋を開け、立ち昇る湯気が晴れると見えてきたのは、つやつやの白い粒ぞろい。しゃもじで切る様にまぜて、ふっくらとさせたら青とピンクの茶碗にすくい取る。
 温めておいた油揚げと大根の味噌汁を用意して、箸とソースを――

「リリス。テレビ観てないで、持ってってくれよ」
「仕方あるまい! おぉ!」

 リリスが瞳を輝かせながら、俺が持っている菜箸の先を見つめている。
 丸々として、サクサクの衣。脂身と赤身がバランスよく入った豚と刻んだ玉ねぎなんかを投入した夕食のメイン。

「トモヤ! それは、なんという食べ物なのだ?」
「これか? これはだな――」 



「「いただきます!」」

 食い物に感謝を表す風習は、リリスの世界にも『糧をいただく祈り』という形であるらしい。
 郷に入っては郷に従えなんてものじゃないが、いつしかリリスが俺の真似をするようになった。

「!? トモヤ! これ美味いぞ!」
「そいつは、どうも」

 リリスの感謝の言葉に美味そうにがっつく姿がみられて、俺も満更でもない。
 ここまで、美味そうに食ってもらえれば、惣菜で済まさず、腕によりをかけて作った甲斐があるというものだ。

「トモヤ、おかわり!」
「はいはい、米は?」
「特盛で頼む!」

 炊飯器から米、キッチンペーパーを敷いたトレーからは”メンチカツ”を2個を――キャベツの千切りも盛りで――皿にのせて、リリスに渡す。

「トモヤ、この世界は本当に――いいところだな」

 リリスが静かにそう呟いた。

 メンチカツを頬張りながら、彼女の瞳はどこか遠い異世界を映しているようだった。そこには、常に剣と魔法、命のやり取りがつきまとう厳しい現実があったのだろう。俺には想像もつかない。

 けれど、今ここで、リリスは笑っている。

 茶の間の温かい明かりの中で、湯気の立つ味噌汁とメンチカツの皿を囲むリリスは、すごく幸せそうに見えた。

「おかわり、いいか?」
「ああ、米もメンチカツもまだあるから、遠慮なく食べなよ」
「うむ! 」

 リリスが笑顔で皿を差し出してくる。
 その勢いに、俺も思わず苦笑してしまった。
 
 こうして俺たちの夕食は、穏やかに続いていく。
 リリスの元居た世界に帰る方法が見つかるまで、この奇妙で温かな食卓もまた、続いていくに違いない。
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