期間限定!婚約破棄から始まる男爵令息のスローライフ

閑人

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6、味噌汁に出汁は必要

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 「なにーそんな風に言われちゃったの?すごいねーアーロンさんの侍従兼従者の…エイベル?だったっけ?おっかしぃ、アハハ」

 俺の目の前ではアカネは腹を抱えて爆笑している。向こう側のお婆さんも顔を隠して肩を振るわせている。気を遣ってくれているつもりなのだろうが、はっきり笑われた方がマシかもしれない。

 
 数時間ほど前、暇になった俺はある事をする為村外れまで1人で出かけた。それは…飛竜を呼ぶ笛を吹く事!せっかく貰ったんだから一度は試してみないとね。
 お婆さんも言ってたけどこの笛の聞こえる範囲に飛竜がいないとダメらしいので、そんな簡単には呼べないだろうなと軽い気持ちで笛を吹いてみる。

 ピイとフィの間くらいの柔らかい音色が空に響いた。

 本当にこんな音で呼べるのか?
 
 すると急に辺りが暗くなった…いや俺の周りだけ暗く…あれ?頭上を見るといつのまにかそこに飛竜がいた。

 え?聞こえた?嘘だろ?

 次の瞬間俺は飛竜にガッチリ両肩を掴まれた。

 「またこれか!勘弁してー!」

 俺の叫び声は飛竜に無視された。

 
 連れてこられたのはあの飛竜の里だった。よく考えると行き先を飛竜に行ってないや…今回は運良くここに来れたからいいけど…ん?〝運良く〟…あの神様のお陰なのか?だとしたらちょっとは感謝した方がいいのか?いやかけられた迷惑の方がまだまだ大きいな。

 俺は里の奥のお婆さんの家に向かった。

 「先日お会いしたアーロンです。お婆さんいらっしゃいますか?」

 と玄関の引き戸を軽く叩いて挨拶すると、軽やかな足音がしたあと結構な勢いで引き戸が開けられ…

 「いらっしゃいアーロンさん。笛使えたんだ。さ、どうぞ。ばあちゃんもいるよ」

 アカネが現れた。どうやら遊びに来ていたらしい。よっしゃラッキー…ザニー一応ありがとう。

 家に上がり俺は先日のお礼と試しに笛を使った事を話した。


 「で、今回も吊り下げられて…連れてきてもらってなんですが何とかならないですかアレ?それからどうやって『ここに連れて行って欲しい』と伝えればいいですか?今回はたまたま来られたからよかったけど」

 とお婆さんに聞いてみると

 「飛竜は賢いから行った事がある場所なら言えばわかるよ。でもきちんと自力で乗るんだったら練習が必要だね。できるようになるにはちょっとコツがいるから今度ゆっくりとアカネに教えてもらいなさい」

 あー馬に乗るのにコツが必要なのと一緒か。すみませんアカネさん今度じっくりと教えて下さい。

 てな具合に四方山話をしているうちに、エイベルの言った俺への評価『馬鹿な子ほど可愛い』が2人の笑いのツボに入ったらしい。

 「普通、お仕えしてる人にそんな口聞かないよねー。口が悪いのかそれともすっごく信頼関係があるかだよねそれって」

 ま、確かに兄弟みたいに育ったようなので俺のことは『ぼんやりしてる弟』に見えてるんだろうな…

 「でもねあなたの中の人って社交会デビューが済んでる年でしょ?」

 「そうらしい。数ヶ月前に終わってるってエイベルから聞いてる」

 そう、子供っぽく見えるがどうやらアーロンはもう17歳の大人なのだ。

 大体17歳で社交会デビュー=大人扱い、というのが貴族社会の決まりらしい。一般家庭育ちの現代人の俺にはお初な知識だが。

 「その年齢の男性に屋敷の皆が『坊ちゃま』って…少なくともあなたの中の人はその呼び方を拒否しなかったのね。…よっぽど子供っぽい人だったのかなぁ?そんな人が貴族社会で生きていけるの?まあ今ここで言っても仕方ないのだけど…」

 そうか…元々のアーロンは坊ちゃま呼びがぴったりの人間だったのかもな。でも大人だよね?この世界では。それじゃあいけないような気がするんだよな。ただ俺自身も現代日本では子どもなので彼に説教できるような立場にないのがちょっと残念だ。

 「まぁ家族に愛されているならそれでもいいのかもしれないねぇ…」

 お婆さんは何かを思い出したようにしみじみと言った。

 「…あらいやだわ。アーロンさんご飯食べにきたのでしょ?まだお米炊いてないんだけどどうしよう」

 「いえ今回ここに来たのは事故みたいなものでご飯を食べに来たわけでは…」

 いい香りが鼻をくすぐる…これって

 「味噌汁?」

 「よくわかったわね、それなら今あるわよ。召し上がっていって」

 「ありがたく」

 思わず平伏してしまうくらい味噌や醤油に俺は飢えてた。まだこちらに来て数日なのに…何年もいる事になったらどうなるのか?慣れるのか?

 「いただきます。…美味い。具はネギですか?やっぱり味噌いいなぁ」

 お婆さんに聞くとネギや大根に似た植物がこの国に自生しているので、それを味噌汁に入れているらしい。

 「美味しいって言ってもらえてよかったわ、でもそれ出汁が入ってないのよ」

 無くても充分美味しいけどな。出汁か…昆布とか鰹節とか煮干しとかかな。

 「出汁の素になるものがないんですか?鰹節は作るのは無理っぽいですよね。煮干しは?」

 鰹節を作る映像を前テレビで見たけど、煮たり、干したり、何やらの菌を吹き付けてカビさせたりしていたよな…一般家庭では難しいと思う。

 「煮干しの原料はカタクチイワシなんだけど…どんな魚だったか覚えていないのよね」

 普通そうだよな、俺も海に行って『カタクチイワシ捕まえて来て』って言われても絶対無理だし。
 
 「昆布は?あれなら海で探せるかも!この国にあるのかはわからないけど。どうせ今暇なんだからちょっと調べてみます。俺も美味しいもの食べたいし」
 
 「カツオブシ…ニボシ…コンブ…知らない物ばかりね。面白そう!探しに行く時私も誘って!タロと行けば遠くにも行かれるわよ」

 俺とお婆さんの会話を頭にハテナマークを飛ばしつつ聞いていたアカネが興味を示した。どうやら彼女は好奇心に溢れるタイプの人間らしい。

 俺は浮き立つ気持ちを抑えつつ彼女と約束をして村に戻ろうとしてふと思いついた。

 「俺お婆さんって呼んでしまってるけどきちんとお名前伺ってなかったですよね?俺は慎太郎です」

 「私はサナよ。シンタロウさんね。漢字はどう書くの?私は…」

 サナさんは紙を取り出して『早苗』と書いた。これでサナって読むのか。俺もその横に漢字で名前を書いた。

 「久しぶりに漢字を書いたわ…シンタロウのシンは慎み深いの慎…いいお名前ね」

 それを側で見ていたアカネが羨ましそうに言った。

 「知らない言葉書いてる…いいなぁ私の名前も書いて欲しい」
 
 するとお婆さん…いやサナさんが俺の名前の隣に漢字を1つ書き足した。

 「『茜』、あなたの名前は日本ではこう書くのよ。植物の名前でね、この植物を使うと布がとっても綺麗な色に染まるので有名なのよ」

 「素敵な名前ですね」

 「「でしょう?」」

 2人はよく似た笑顔でこちらを向いて笑った。
 
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