雪埋もれの国に名無し姫がやってきた

閑人

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20 心配症

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 冷や汗に塗れ(私だけだが)ながら、王宮から無事帰宅する事ができた私はフラーヌ様に忠告をした。

 「全く肝が冷えましたよ。国によっては機密事項に当たるものですよ!それをあんな簡単にくれなどと…」

 しかしフラーヌ様は全く悪びれる事がなかった。

 「交渉事ではな、まずは向こうが絶対受け入れられない事をドーンと出して、その次にそれよりは受け入れてもらえそうな事を出すのがセオリーだとじいが言っておったぞ」


 あの謝罪の場、最後にフラーヌ様は乾燥した土地でも育つ作物の種か苗をくれと言い出したのだが、もちろんそれはアンジェリーナ様によって丁寧に断られた。するとフラーヌ様は

 「無理を言ってすまぬ。我が婚家の領地は作物が育ちにくくて困っておっての…種や苗を分けてもらえれば婚家の一助となるやもと…貴国の進んだ農業を学べる機会でもあれば…」

 と強気の態度から一転シュンとした様子を見せた。アンジェリーナ様はそんなフラーヌ様の様子を見て可哀想に思ったようで

 「…それはお困りでしょう。種や苗をお分けすることはできませんが、我が国の農業を学びにいらっしゃるくらいでしたら、歓迎いたしますよ」

 「是非お願いしたい。貴国の許可が降りたら知らせてくれ。よろしく頼む!」

 …この一連のやりとりがアンドリュー様直伝の交渉術だったとは。

 「ちなみに小さいお願いを受け入れてもらって、次はこれも、これもと畳み掛けるようにお願いをしていく方法も…」

 「なさらなくて結構です」

 深窓の姫のはずなのに何故か世知に長けたところがあると思ってはいたが、教える人がいたのか…

 「あぁ伯母上からは男性の落とし方を教わったぞ。まずは…」

 「絶対使わないでください」

 余計な事を教える人がもう1人いるようだ。社交もしない、公の場にも出ない〝お姫様〟にこのような教えが必要なのだろうか?私はすこぶる疑問に思う。


 母に愚痴混じりにあの非公式の謝罪の場の話をしたが私の意見に同意してはもらえなかった。

 「王女様の行動、偶然なのかもしれないけど私は悪くないと思うわ」

 「どこがですか?私は冷や汗ものでしたよ」

 事と次第によっては処罰の対象だったあの行動が?悪くない?

 「あちらは謝罪にいらしたわけでしょ?言い訳もできないくらいの事をしでかした方の尻拭いで。それって屈辱だし、気分の良いものではないわよね?」

 「それは…そうですね。で、それが?」

 「こちらから怒鳴られても、嫌味を言われても仕方ないにも関わらず、そんな相手から〝そちらの進んだ農業を知りたい〟と持ち上げられたのよ」

 持ち上げられた…まあ、そうなるのか。

 「思いもよらず褒められて、我がチェスナー家に対する感情も少しは良いものとなったはずよ」

 何せあんな王子でも王子は王子、それが廃嫡される原因の1つに我が家はなってしまっているのだから、悪い感情を持たれてる可能性があるのではと母は心配していたのだ。

 「辺境の貧乏な土地の当主はね、なるべく敵を作らないのがとても大事なの。クリスも良く覚えておいてね」

 母はそんな土地で当主としてずっとやってきたという事か…心配症だと思い込んできたけれど実はそのくらい気を使わないとこの領地は守りきれないのかもしれない。

 「それに王女様じゃなくても、あの水源調査の結果を見たら言いたくもなるわよ…」

 母は深いため息をついた。

 ソフィア様に水源調査をお願いして少し経つが、調査が終わった部分の地図が、たまに朝一番母の枕元に置いてあるらしいのだが、その結果がはかばかしくないのだ。特に水不足が深刻な2カ所のうち1カ所は水源が近くになく、泉を作る事はまず不可能だと聞いている。
母が落ち込むのも無理はない。

 母からそう聞いて、フラーヌ様に相談してみると思いもよらない言葉が返ってきた。

 「ここ2、3年何とか我慢できるかの?」

 2、3年?その数字の根拠は何だろう?私は不思議に思った。待ったら水が湧いて出るわけでもあるまい。

 「この地にやってきてから母上の力がかなり戻ってきているのだ。そのくらい待ってもらえれば〝村ごと水源の側まで移動ができる〟と母上が言っておった。もちろん絶対その場所から移動したくないならば…」

 「…待ってください、村ごと移動とは?」

 頭が追いつかない私に彼女は説明をしてくれた。

 村ごと移動とは本当に全てをそのまま移動する事らしい。建物も何もかもそのまま、場所だけ移動…

 「大掛かりな土地ごとの瞬間移動だと思ってもらえれば良い。何ならそこにいる人も動物もそのまま移動できる」

 「畑の作物とかはどうなるのですか?」

 「それは母上の力の戻り具合かのぅ…応相談だな」

 「そんな夢物語見たいな事が…」

 「できます」

 今の今まで静かにフラーヌ様の後ろに控えていたハンナは黙っていられなくなったようだ。

 「完全に力をとり戻りしたじ…いえソフィア様なら人数的には小さな国くらい、距離は…数千㎞、建物ごとの移動が可能でしょう」

 「小さな国…?」 

 「数千人と言ったところかの。まあ、2、3年で完全に力が戻せるわけではないのだが」

 何だそのとてつもない力は…

 「そう言えばハンナはどのくらいまで移動させられるのかの?」

 「私は地面に固定されているもの…建物とかは無理です。固定されていない物限定で、人で言うと数百人くらいかと。お恥ずかしい限りです」

 ソフィア様ほどではないが、それでもかなりの力だ…全く恥ずかしくない。その力の大きさに驚いているとハンナは一転

 「姫も瞬間移動できるんですよ」

 と自慢するように言った。フラーヌ様はそれを聞いて憮然とした表情になった。
 
 「…あれをそう呼ぶのは何かが違う気がするのぅ」

 「どの程度なのですか?」

 フラーヌ様が瞬間移動か…一度も見た事がないな。

 「隣の部屋へ行くくらいだな、それも自分1人だけ」

 「…確かにその距離なら歩いて移動しても良さそうですが、どうしてもその場から逃げたい時には使えますね」

 身を守るのに充分役に立つ力だと思う。

 「逆にそのくらいしか使い道がない力だ。もうちょっと何とかならなかったのかと常々思っておる」

 もしフラーヌ様がハンナ並みに力が使えたら、どのような事をしでかすか…私は恐ろしくて背筋が寒くなった。
 
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