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旧友
レパードの願い
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領主との会食は私にとってあまり楽しいとは言えないものだった。料理は……まあ美味しかったし南から取り寄せたという葡萄酒も美味しかった。
領主は酒が入ったせいなのか、調教師たちを私が始末した安堵からかよく口が回った。私の強さを再三語り、賛美した。やがて私の美貌へと賛美の対象は変わり、領主の第三婦人として招きたいとの申し出もあったが丁重に断った。
この会食で領主の名がレパードであることを私は初めて知った。
私にとって本題である光の魔法に関する資料のことは最後の最後になってようやく話がついた。食事の後すぐに司書のダグロを紹介してくれた。
私は領主から逃げるようにダグロに着いて書庫へと移動した。
書庫はとても広かった。こう言っては失礼だがこの程度の街にある書庫とは思えない広さで、棚の高さも私の背丈の倍以上ある。司書はダグロの他にも男女合わせて三名いて、ダグロに着いて歩く私に気付くと興味深そうに私を見ながら会釈だけの挨拶をしてくれた。
貴重な蔵書ほど大きいのはいつものことだがダグロの案内してくれた棚に収まる蔵書は私の上半身ほどもあり、後ろにしゃがめば私の体はすっぽり隠れてしまうほどだった。
「光の魔法について記されているのは当書庫ではこちらの一冊のみでございます」
そう言ってダグロの示した本の背表紙にはこう書かれている。『バール・リン戦記』昔にどこかであった戦いの記録と思われる。
他の司書も手伝って四人がかりで棚から出された『バール・リン戦記』は台車の上に置かれた。
「他にも興味のある蔵書がございましたらお出ししますが」
ダグロは棚を手で示しながらそう言った。私は当初、目当ての本だけ確認したら引き上げるつもりだったが思いのほか充実している書庫を見て他の本も確認してみたくなっていた。だが、まずは光の魔法が一番。
「ありがとうございます、後ほどお願いします」
そう言うとダグロたち司書は中央にある机に『バール・リン戦記』を置いて、重い表紙を開いてくれた。
さあ読書の時間だ。私は司書たちに礼を言うと『バール・リン戦記』にかじりついた。
『バール・リン戦記』には三回の戦いについて記されている。バール・リンは平地にある大きな都市で現在のバスタハンあたりにあった小国らしい。ここに領地の拡大を目論む西の国から幾度となく出征が繰り返された、とある。
バール・リンは二万五千の兵と二十三人の魔法使いによって守られていて、まさに難攻不落の砦だったらしい。大筒の無かった百五十年ほど前の戦いの記録は壮絶なものだった。
およそ七年に渡る出征のうち五年目から出征に加わるようになった魔法使いに私も見たことのある名前があった。水の魔法使いストレリチア、こうして文献を調べていると度々目にする名前だ。水の魔法使いとはつまり現在でいうところの水術魔法の使い手、水術師ということだ。多くの文献に記される伝説の魔法使いストレリチア、きっと恐ろしく強力な魔法使いだったのだろう。
バール・リンの魔法使いを率いるグローアとは激しい戦いを強いられたらしく、私と同じ雷術魔法を使うグローアの戦いには特に感情移入をしてしまう。
ストレリチアの力を以てしてもグローアを倒すことは敵わず、ストレリチアは堰き止めた川の水でバール・リンの街ごと押し流す作戦を立てた。ストレリチアの企みに気付いたグローアは刺客を放つが返り討ちに遭い失敗する。
押し寄せる水を押しとどめようとグローアは奮戦するが自らも傷つきついに倒れ、バール・リンの街は壊滅してしまう。
陥落したバール・リンの街へ出征軍を引き連れてストレリチアは入城した。だがストレリチアの前に一人の魔法使いが立ちはだかる。
「もはや抵抗する術もなし、我らはただ出征軍に蹂躙されるのを待つばかり。グローアただ一人水の魔法使いの前に立ちはだかるも悲しみに暮れ、ただ泣き尽くすのみ。グローアの黒き手がひたすらに黒く黒く輝いた。その黒き手がグローアの悲しみ、悲しみが光となって輝き、出征軍を焼き払う。まばゆい光が槍を成し魔法使いを穿ち兵隊を焼き払う……」
翌日の昼までかかって読んだ『バール・リン戦記』のうち光の魔法についてらしき記述があるのはその部分だけだった。一応新しい情報はあったので、その部分を書き写してしまっておいた。
とりあえずこれで次の目的地は決まった。北の海を渡ってバスタハンを目指す。バスタハンは私の知り合いで色々と世話にもなっているエルフの剣士ディルムッドの住む森も近い、ちょっとだけ寄っていくことにしよう。
レパードの厚意によりもう一日城へ泊めてもらった。空いた時間には蔵書を調べたり得られた情報の整理などをした。
朝、出発の仕度をしているとレパード自ら私のもとを訪れた。
「トーリア様、おはようございます」
レパードの声に私は振り返り、挨拶を返す。
「あ……レパード様おはようございます、後ほど挨拶に覗う予定でしたのに……」
そう言うとレパードは微笑んで会釈した。再び顔をあげたレパードは少し難しい顔をして何か言いたげであった。
「……なにか?」
私が尋ねると少し伏せ目がちにこう言った。
「どちらへ行かれるのですか?」
「そうですね、北へ行こうと思います」
レパードは顔を上げる。
「でしたら……」
思わず口をついて出た……そんな顔でトーリアを見たが、また顔を伏せてしまう。
「本来、こんなことをお願いできる立場ではないのですが貴女の力を見込んでお願いしたいことがございます」
「……なんでしょうか?」
レパードは顔を上げ、ゆっくりと話し始めた。
「ここより北、海の近くにザハチエという街があります。それほど大きくはない街ですが私の古い友人が治める街なのです。その友人から二週間ほど前に救援の要請を受けたのですが、私はそれに応えることが出来ませんでした」
私はすぐに察することが出来た。というか調教師の討伐でそれどころでは無かったのだと容易に想像できる。
「すでに手遅れかもしれません。ですが、どうか私の友人を救ってやってはもらえませんか」
気乗りはしなかったが、これまでの経緯から断りにくくもあった。もちろん安請け合いなどしないがすでに二週間も前の要請でもあるし今さら私が行ったところで何も出来ないかも知れない。
「私が一人で救援に向かえばよろしいのですか?」
レパードの表情がたちまち晴れた。
「行って……いただけるのですか」
「構いませんが役に立てるかどうかは約束できません」
目を潤ませたレパードはトーリアの言葉を噛み締めるように聞いた。
「ええ……構いませんとも……構いませんとも」
領主は酒が入ったせいなのか、調教師たちを私が始末した安堵からかよく口が回った。私の強さを再三語り、賛美した。やがて私の美貌へと賛美の対象は変わり、領主の第三婦人として招きたいとの申し出もあったが丁重に断った。
この会食で領主の名がレパードであることを私は初めて知った。
私にとって本題である光の魔法に関する資料のことは最後の最後になってようやく話がついた。食事の後すぐに司書のダグロを紹介してくれた。
私は領主から逃げるようにダグロに着いて書庫へと移動した。
書庫はとても広かった。こう言っては失礼だがこの程度の街にある書庫とは思えない広さで、棚の高さも私の背丈の倍以上ある。司書はダグロの他にも男女合わせて三名いて、ダグロに着いて歩く私に気付くと興味深そうに私を見ながら会釈だけの挨拶をしてくれた。
貴重な蔵書ほど大きいのはいつものことだがダグロの案内してくれた棚に収まる蔵書は私の上半身ほどもあり、後ろにしゃがめば私の体はすっぽり隠れてしまうほどだった。
「光の魔法について記されているのは当書庫ではこちらの一冊のみでございます」
そう言ってダグロの示した本の背表紙にはこう書かれている。『バール・リン戦記』昔にどこかであった戦いの記録と思われる。
他の司書も手伝って四人がかりで棚から出された『バール・リン戦記』は台車の上に置かれた。
「他にも興味のある蔵書がございましたらお出ししますが」
ダグロは棚を手で示しながらそう言った。私は当初、目当ての本だけ確認したら引き上げるつもりだったが思いのほか充実している書庫を見て他の本も確認してみたくなっていた。だが、まずは光の魔法が一番。
「ありがとうございます、後ほどお願いします」
そう言うとダグロたち司書は中央にある机に『バール・リン戦記』を置いて、重い表紙を開いてくれた。
さあ読書の時間だ。私は司書たちに礼を言うと『バール・リン戦記』にかじりついた。
『バール・リン戦記』には三回の戦いについて記されている。バール・リンは平地にある大きな都市で現在のバスタハンあたりにあった小国らしい。ここに領地の拡大を目論む西の国から幾度となく出征が繰り返された、とある。
バール・リンは二万五千の兵と二十三人の魔法使いによって守られていて、まさに難攻不落の砦だったらしい。大筒の無かった百五十年ほど前の戦いの記録は壮絶なものだった。
およそ七年に渡る出征のうち五年目から出征に加わるようになった魔法使いに私も見たことのある名前があった。水の魔法使いストレリチア、こうして文献を調べていると度々目にする名前だ。水の魔法使いとはつまり現在でいうところの水術魔法の使い手、水術師ということだ。多くの文献に記される伝説の魔法使いストレリチア、きっと恐ろしく強力な魔法使いだったのだろう。
バール・リンの魔法使いを率いるグローアとは激しい戦いを強いられたらしく、私と同じ雷術魔法を使うグローアの戦いには特に感情移入をしてしまう。
ストレリチアの力を以てしてもグローアを倒すことは敵わず、ストレリチアは堰き止めた川の水でバール・リンの街ごと押し流す作戦を立てた。ストレリチアの企みに気付いたグローアは刺客を放つが返り討ちに遭い失敗する。
押し寄せる水を押しとどめようとグローアは奮戦するが自らも傷つきついに倒れ、バール・リンの街は壊滅してしまう。
陥落したバール・リンの街へ出征軍を引き連れてストレリチアは入城した。だがストレリチアの前に一人の魔法使いが立ちはだかる。
「もはや抵抗する術もなし、我らはただ出征軍に蹂躙されるのを待つばかり。グローアただ一人水の魔法使いの前に立ちはだかるも悲しみに暮れ、ただ泣き尽くすのみ。グローアの黒き手がひたすらに黒く黒く輝いた。その黒き手がグローアの悲しみ、悲しみが光となって輝き、出征軍を焼き払う。まばゆい光が槍を成し魔法使いを穿ち兵隊を焼き払う……」
翌日の昼までかかって読んだ『バール・リン戦記』のうち光の魔法についてらしき記述があるのはその部分だけだった。一応新しい情報はあったので、その部分を書き写してしまっておいた。
とりあえずこれで次の目的地は決まった。北の海を渡ってバスタハンを目指す。バスタハンは私の知り合いで色々と世話にもなっているエルフの剣士ディルムッドの住む森も近い、ちょっとだけ寄っていくことにしよう。
レパードの厚意によりもう一日城へ泊めてもらった。空いた時間には蔵書を調べたり得られた情報の整理などをした。
朝、出発の仕度をしているとレパード自ら私のもとを訪れた。
「トーリア様、おはようございます」
レパードの声に私は振り返り、挨拶を返す。
「あ……レパード様おはようございます、後ほど挨拶に覗う予定でしたのに……」
そう言うとレパードは微笑んで会釈した。再び顔をあげたレパードは少し難しい顔をして何か言いたげであった。
「……なにか?」
私が尋ねると少し伏せ目がちにこう言った。
「どちらへ行かれるのですか?」
「そうですね、北へ行こうと思います」
レパードは顔を上げる。
「でしたら……」
思わず口をついて出た……そんな顔でトーリアを見たが、また顔を伏せてしまう。
「本来、こんなことをお願いできる立場ではないのですが貴女の力を見込んでお願いしたいことがございます」
「……なんでしょうか?」
レパードは顔を上げ、ゆっくりと話し始めた。
「ここより北、海の近くにザハチエという街があります。それほど大きくはない街ですが私の古い友人が治める街なのです。その友人から二週間ほど前に救援の要請を受けたのですが、私はそれに応えることが出来ませんでした」
私はすぐに察することが出来た。というか調教師の討伐でそれどころでは無かったのだと容易に想像できる。
「すでに手遅れかもしれません。ですが、どうか私の友人を救ってやってはもらえませんか」
気乗りはしなかったが、これまでの経緯から断りにくくもあった。もちろん安請け合いなどしないがすでに二週間も前の要請でもあるし今さら私が行ったところで何も出来ないかも知れない。
「私が一人で救援に向かえばよろしいのですか?」
レパードの表情がたちまち晴れた。
「行って……いただけるのですか」
「構いませんが役に立てるかどうかは約束できません」
目を潤ませたレパードはトーリアの言葉を噛み締めるように聞いた。
「ええ……構いませんとも……構いませんとも」
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