浅葱色の桜

初音

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再会①

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 安政五(一八五九)年 春

 歳三から便りが届き、勝太と総司は喜んでその手紙を読んだ。
「おのぶさんの弟だろう?お前たちの様子からしてその歳三さんというのはなかなか面白い人のようだな」さくらは子供のようにはしゃぐ勝太と総司を見て、ほほ笑んだ。
「なんとなくね、姉先生に似てるんですよ」総司が言った。
「確かになあ。さくらとトシは仲良くやれそうだ」と、勝太も同意した。
 その話を聞いて、さくらは歳三の人物像に思いを巡らせた。自分に似ている、という点が少し引っかかったものの歳三がやってくる日を楽しみに待った。
 そして、その日がやってきた。
 総司や源三郎と道場の掃除をしていたさくらのもとに、勝太がやってきた。
 隣には、切れ長の目をした青年が立っていた。
 さくらの顔が青ざめた。
「さくら、源さん、紹介するよ。日野のおのぶさんの弟で、土方歳三だ!」
 その次の瞬間、勝太は異変に気付いた。
 総司と源三郎もさくらと歳三を交互に見た。
 さくらと歳三は唖然とした顔で互いを見ていた。
「なんでお前がここにいるんだ!」
 二人は同時にそう叫んだ。
「なんだ?二人とも知り合いだったのか?」勝太が不思議そうに尋ねた。
「薬売りって、おのぶさんの弟って…」
「まさか、父親が道場でって…」
「勝太!私は認めぬぞ!」
「なんでだよ?一体どうしたんだ」
「勝っちゃん、俺も前言撤回だ。やっぱりこの道場には入門できない」
「さくら、大人げないこと言うもんじゃない」源三郎がたしなめた。
「うるさい!とにかく私は気に食わぬ!」
 さくらはそれ以上その場にいたたまれなくなって、道場を立ち去った。
「なんなんだあいつは…」勝太がぽつりと言った。
「最初っから仲が悪いなんて」総司は笑い出しそうになるのをこらえるようにくっくっと肩を震わせた。

 さくらと歳三は初対面ではなかった。
 いつぞやさくらが町に出た時に、言い合いになった薬売りの少年。
 それが土方歳三との出会いだったのだ。
 ――よりによって、あいつが歳三だって!?何がいい奴だ、口の悪いガキではないか!
 さくらは外の空気を吸おうとそのまま散歩に出かけた。

「トシ、さくらと一体何があったんだ?」
 残された男たちはさくらのいなくなった方を見てぽかんとしていた。
「別に何もねえよ」歳三が吐き捨てるように言った。
「何もないのにあの反応は変でしょう」総司が至極まっとうなことを言う。
「そうだぞ。気になるじゃないか」勝太もたたみかけた。
「…前に、町で会ったことがあるんだ」
 歳三はつぶやくように言い、さくらと会った時のことを話した。
「うーん、それは…歳三さんが悪いですね」総司が言った。
「いや、さくらもさくらだ」と勝太。
「お互いさまだな」源三郎がまとめた。
「なんか、腹が立ったんだよ。俺が諦めたものを、女のあいつが本気で目指してるっていうのが。なんか、上手く言えねぇけど、とにかく胸糞悪かったんだよ」
 歳三はそう言うと勝太たちに背を向けてどかっとその場に座り込んだ。
「まあ、トシがそう思うのもわかる気もするが、あいつもあいつで自分が女だっていうのを結構気にしてるんだよ」
「そうだな。子供の頃はよく男に生まれてればよかった、みたいなこと言ってたな」源三郎が懐かしい、といった表情を見せた。
「だいたい、もうその時とは違って若先生と一緒に武士を目指して稽古することにしたんですから、もういいじゃないですか」総司がすっぱりと言った。
「そういう問題じゃねえよ」
「総司の言う通りだと思うけどなあ。お前から謝って仲直りしたらどうだ。これから一緒に稽古していくんだし」
 歳三はしばらく押し黙って、誰にも聞こえないように何かつぶやいた。
「え?」三人が聞き返した。
「俺は!…謝るってのは苦手だ」
「ぷっ…はははは!やっぱり歳三さんって面白いですね!」総司が笑った。
「総司!笑ってんじゃねえ!勝っちゃん、悪いけどここで世話になるのはやっぱりやめるよ。あの女の態度見ただろ?謝ったって無駄だよ」
「そんなこと言うなよ。さくらにはおれも話してみるからさ。皆で稽古しよう」
 歳三は押し黙った。
「とりあえず、俺行くよ」
「なんだ、もう行くのか?気をつけてな」勝太は少し戸惑いながらも歳三を見送った。もともと今日のところは試衛館に立ち寄ったのは行商のついでだったのである。
「姉先生も歳三さんも意地っ張りだから、簡単には仲直りできないんじゃないですかねぇ」総司がやれやれ、といった調子で言った。

 ほどなくして、さくらが戻ってきた。
 出迎えた勝太は、まあお茶でも飲もう、と縁側に座るようにさくらを促した。
「トシはあんな感じだけどさ、たぶん、言い過ぎたなーとか、ちょっとは反省してると思うんだよ」
「そうは見えないがな」
「とりあえず、トシが試衛館で一緒に稽古するのは認めてやってくれよ」
「向こうが謝ってきたらな」
「さくら、話は聞いたぞ」いつの間にかその場に現れた周助がさくらの前に座った。
「父上…お世話になっている彦五郎さんの義弟《おとうと》なのはわかっています。ですが、やはり私はあの者がどうも気に食わないのです」
「つまんねぇ意地張ってねえで、許してやれよ。それにほら、歳三がここで身につけた剣を道場破りで使ってくれたら、うちの売り込みにもなるじゃねぇか」
 さくらは黙り込んだ。悔しいが、周助の言うことにも一理ある。
「稽古だけ、だからな。それ以外、私はやつとは関わり合いにならん。勝太、説得しても無駄だからな」

 
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