浅葱色の桜

初音

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壬生浪士組捕物帖③

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 夜になると、祝勝会なる名目で壬生浪士組の面々は揚屋に繰り出した。
 今回の大坂随行ではいくらかの軍資金が支給されていたものだから、芹沢を筆頭にここぞとばかりに皆羽目を外した。
 その中で、芸妓に注がれた酒をちびちび飲みながら、さくらは冷めた目で男たちを見回していた。
 まさかさくらが女だとは思っていない芸妓の「島崎せんせって男前やなあ」などという社交辞令がさくらの右耳から左耳へと抜けていく。
 江戸と違って上方のおんなは男を立てるのが上手い、などと何を比較しているのかは知らないが、男たちは皆鼻の下を伸ばしながら酒を酌み交わしていた。
 そんな宴席が一時間も続いた頃、ガシャンと大きな音がしたので何事かと皆そちらに注目した。
 芹沢が膳をひっくり返して芸妓に絡みついていた。「いいじゃねえか、減るもんじゃねえし」などとブツブツと言っている。
「いややわぁ、芹沢せんせ、粗相したらあきまへんえ」言葉使いこそ丁寧なものの、それは明らかにお断りの意思表示であり、芸妓の表情には嫌悪感が露わになっている。
「んだと?女のくせに俺に口答えしようってのか」
「堪忍え。うちはそないなつもりや……」
 完全に困っている様子の芸妓をそのままに、芹沢は別の芸妓に「おい、もっと酒持ってこい!」と叫んだ。
 頼まれた芸妓は恐れおののいたような顔で「へ、へえ」と返事をすると立ち上がって部屋を出ていった。
 その様子を見ていたさくらは立ち上がると芹沢の元へ歩み寄った。
「芹沢さん、それ以上飲んだらここで潰れてしまいますよ。一緒に京屋さんに帰りましょう」
 さくらが自ら「芹沢のお守り」を引き受けたのは他でもない、芸妓に囲まれる宴席にはこれ以上いるのが辛くなってきたからである。
 剣術の稽古も捕り物も、男たちと遜色なくこなせているという自負があったが、こういう飲みの席だけはやはり自分は女子なのだと思い知らされる。恐らく大多数の男らはこのままの流れで遊女と一夜を過ごすのだろうと思うと、どちらにせよ遅かれ早かれさくらは京屋に戻るしかない。
 ちなみに新見や平山たちは芹沢の様子などどこ吹く風といった様子で、さくらは「まるで役に立たぬな」と、人知れず溜息をついた。
「俺も行く」歳三が腰を上げようとした。
「大丈夫さ。駕籠を呼ぶ」さくらは申し出を断った。女遊びを誰よりも楽しみにしているのは歳三に他ならないことを知っていた。

 京屋までは店から歩けば小半時(三十分)程であった。
 急ぐわけではないので、駕籠かきもさくらものんびりと月夜の下を歩きながら京屋に向かう。
 さくらは籠の中から聞こえてくる微かないびきを聞きながら、ぼんやりと十八年前のことを思い出していた。
 ――あの時も、今日の捕り物も、芹沢さんの働きなくしてはこうしてここにいることはできなかった。酒癖が悪いのは玉にきずだが……
 私は、どうしたら芹沢さんに恩を返せるのだろう。
 やがて宿に到着すると、さくらは芹沢に肩を貸しつつ奥の客室まで連れていった。
 用意された布団の上に芹沢を寝かせると、その拍子にか芹沢はゆっくりと目を開けた。
「なんだ、ああ、島崎か」
「気がつきましたか。芹沢さん、飲み過ぎですよ。今日はもう寝てください」
 そう言って立ち上がろうとした瞬間、芹沢に強く腕を引っ張られ、さくらは体勢を崩した。
「女なら、ここにいるじゃねえか。なあ?」
 ほんの一瞬の後に、さくらは畳に仰向けにさせられ、芹沢が馬乗りになっていた。
「俺の遊びを邪魔しやがったんだ。お前が相手するってことだろう?なりはそんなだが、目を瞑っててやる」
 言うが早いか、芹沢はぐっとさくらの着物の衿を掴むと横に引っ張った。
 サラシを巻いたさくらの胸が露わになる。それを見て、芹沢は「色気がねえな」と呟いた。
「芹沢さん!やめてください!」
「お前、俺に借りがあるんじゃねえのか?」
 さくらはぐっと口をつぐんだ。
 これが恩返しなのか、という考えが一瞬脳裏をよぎる。
 ――ここで、芹沢さんの、夜伽の相手を務めることが?
 恩は、体で返せって?
 違う。今じゃない。こんなのは、おかしい。
「芹沢さん、御免!」
 冷静さを取り戻したさくらは芹沢の股間を思い切り蹴り上げた。
 ぐあっとうめき声をあげてよろめいた芹沢の隙を縫ってさくらはがばっと立ち上がり、芹沢の手の届かないところまで逃げると吐き捨てるように言った。
「確かに芹沢さんには恩があります。ですがこんなことで返せる恩ではござらぬ故、いずれ必ず、別の方法で」
 そのまま部屋を出て、襖をピシャリと閉めた。

 宿を出、そのまま目の前の川原まで走り、息を整えようとした。が、できなかった。
 刀を向けられ殺されるかもしれない、という状況の方がいくらかマシだ、とさくらは思った。
 芹沢がそういう目で自分を見てきたこと。そして力づくで手籠めにしようとしたこと。
 落ち着いて改めて思い出してみれば、怖くて、気持ち悪くて、体の震えが止まらない。
 さくらはそのまま、川原の土手に寝転んだ。
 頬を撫でる夜風が心地よい。 
 なんだか自分の体が穢れてしまったような気がしていたから、夜風に吹き飛ばされて身を清められたらいいのに、と仕方のないことを考えていた。

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