浅葱色の桜

初音

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鴨と梅③

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 江戸以来の同志ですら容赦しないのだと、新入り隊士を中心に芹沢は内部から恐れられるようになった。まだ大した実績もあげていない壬生浪士組において、局長の機嫌を損ねたからという理由だけで命を取られるのは勘弁、と、皆芹沢の顔色を伺いながら生活するようになった。やがて、芹沢の言うことにはなんでも従ってしまう”忠実な芹沢派”の隊士も着々とその数を増やした。
 そうした中でもさくら達”近藤派”は派閥の溝が深まらぬようすべての隊士を平等に扱うよう努めた。壬生浪士組の隊務として定着しつつあった”巡察”でも、派閥関係なく隊列を組み、市中の見回りに精を出した。
 隊士が増えたら、副長助勤――最近では局長・副長以外の幹部をそう呼んでいた――が小隊を率いて巡察を行う、という体制を取るのが理想的ではあった。が、なにぶんまだ副長助勤の人数と平隊士の人数がトントンであるので、役職関係なく徒党を組んで町を歩く。今日の面子はさくら、総司、左之助、平助、以下数人の平隊士である。
「おい、あれ芹沢さんじゃねえか?」
 しばらく歩いていると、左之助が少し遠くの方を指した。皆がそちらを見やると、確かにその人物は芹沢だった。とある店の前で立ち止まっており、こちらには気づいていない。
 さくら達はしばらく遠目に芹沢の姿を眺めていたが、やがて芹沢がその店に入っていったので、なるべく音を立てずに何の店に入ったのか確かめに行った。もっとも、全員例の浅葱色の羽織を着ていたから、周囲の町民は「壬生狼や壬生狼や」とざわつきだしたわけだが。
「菱屋だ。これがそうなのか……」さくらはポツリと呟いた。
「って、あの新見さん…田中さんが降格になったくだんの?」平助が尋ねた。
「そうだ…あ!お梅さんが出てくる!皆隠れろ!」
 さくらの指示で、一同は蜘蛛の子を散らしたように物陰や路地の死角に隠れた。
「島崎先生、なんでわざわざ隠れるんですか」総司がおかしそうに、くっくっと声を押し殺して笑った。
「なんとなくだ。私は顔が割れているし、勝手に尾けてたな、などと芹沢さんに難癖をつけられては面倒だ」
「まあ、それは言い得て妙ですわな」一緒に物陰に隠れていた隊士・河合耆三郎かわいきさぶろうが言った。 
 河合は剣術の腕前こそ十人並みであったが、実家が米問屋で算術に長けていたことから、平間と共に壬生浪士組の会計担当の職についていた。もっとも、未だ会津や幕府からはロクな資金も与えられていないので、「どこからいくら借金しているか」「返済期限はいつか」という自転車操業的会計を管理していたに過ぎない。物入りの時はまず河合ら会計担当に相談し、足りないとなれば借金をしてもよいが、借入額と返済期限を必ず報告し、借りた者の責任で返済する。これが最近形作られた壬生浪士組の会計規則だった。
 そんな河合に、さくらは例の騒動の発端となった菱屋への返済について聞いてみた。
「芹沢さんは、必ず三十両返すと言っていたが、もう返したのだろうか」
「三十両ですか?確かに三十両なら隊で蓄えがあったもんやさかいお渡ししましたけど、本当は七十両必要だとおっしゃってましてん、残りは宛てがあるからどこかで借りると」
 さくらはそれを聞いて顔を引きつらせた。どこにそんな宛てがあるのだろうか、となんとなく嫌な予感を覚えつつも、このまま菱屋を見張るわけにもいかず、さくら達はそのまま迂回路をとって巡察に戻った。そして、さすがに芹沢がもういないであろう時を見計らい、あくまで巡察の一環として菱屋を訪れると、呼んでもいないのに梅が現れ、聞いてもいないのにこう教えてくれた。
「芹沢せんせなあ、新しいお着物誂えてくれはったんえ。今度お届けに上がりますさかい」

 こうして、出来上がった着物を届けに来た梅と、芹沢が恋仲になるのにそう時間はかからなかった。
 もともと島原の遊女であった梅は菱屋の主人に身請けされたものの、妾として大事にされるどころか掛け取りや接客など女中のような生活を送らされることに嫌気がさしていたという。その結果、菱屋よりも壬生にいる時間の方が次第に長くなっていき、気がつけば芹沢の奥様然として振る舞っていたのであった。
 芹沢に傾倒し八木邸に寝泊まりしていた隊士らは、目の保養になる梅の出入りを歓迎したが、前川邸の隊士らは「こっちにも女はいるにはいるが……」と悔しそうな悲しそうな顔で状況を静観していた。
 そんな隊士らを、さくらが稽古でこてんぱんに負かしたことは言うまでもない。

 そしてこの頃から、芹沢の行動が壬生浪士組に影を落としていくのであった。
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