浅葱色の桜

初音

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恩返し⑤

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 八木邸の門前の茂みに身を潜め、五人は作戦を確認した。歳三が八木邸での飲み直しに付き合う体で、一人一人の居場所を確認していたらしい。
「いいか。手前の部屋に芹沢と平山がそれぞれ女と寝ている。奥側に平間。左之助、平間は外から突ける位置にいるから、そっちを頼む。残る四人で、芹沢たちの方に行くぞ」
「承知」
 歳三の計画に、四人は頷いた。
「女はどうする」さくらが尋ねた。
「顔を知られている。悪いが一緒に斬るしかねえだろうな」歳三が言った。
「しかし……」
 と、難色を示したのはさくらだけではなかった。山南も同時に険しい顔で「しかし」と言っていた。
「ここでうだうだ話し合ってる時間はねえ。行くぞ」
 先ほどから、歳三は事を急いでいる。
 何故、とさくらは歳三の表情をまじまじと見た。
 強気を装ってはいるが、武者震いとでも言おうか、緊張の色が見てとれた。
 この計画を、早く終わらせてしまいたい。そんなことを考えているのだろう。
 五人は雨の音に紛れて、狙った部屋の前に立った。
 左之助だけ、「あっちは任せろ」と去っていった。
 総司が、障子を開けた。雨脚が強まったせいもあり、草鞋の裏にはたっぷりと泥がついていたが、構わず上がった。
 すぐ目の前に、平山と、女――吉栄の方に違いない――が寝ていた。
「サンナンさん、さくら、ここを頼む。総司。奥行くぞ」
 歳三の指示に、三人は静かに頷き従った。


 さくらと山南は、平山の足元から近づいた。
「な、なんどす?」
 吉栄が起きていた。平山は深酒していたせいで物音程度では起きないが、吉栄の方はただ酒を飲ませていただけだから、ほとんど酔ってはいない。
 さくら達は、名乗らなかった。
「五郎はん、起きて!なんや変な人らあが!」
 平山にしがみつき、揺すり起こそうとする吉栄を、さくらが引き離した。
「な、何するん!」
「黙っていろ」さくらは鋭く睨んだ。
 その間に、山南が布団の上から平山の腹のあたりに思い切り刀を突きたてた。
「いや、嫌ああ!」
 即死とは至らなかった。さすがの平山も目を覚まし、腹の痛みと今置かれている状況に理解が追いつかない様子で呻き声を上げた。
 枕元に置いてある刀を取ろうと、体の向きを変えて這いつくばるようにして手を伸ばした。だが、刀を掴む前に、山南の二撃目が入った。
 あっという間に、平山は絶命した。
「いやや、いやや、五郎はん……!!」
 泣き叫ぶ吉栄の前に、山南が跪いた。
「あなたは逃げなさい。但し、今日見たことは生涯他言せぬよう」
「……他言したらどないなりますのや」
「あんたを斬る。女だからって容赦はしない」さくらが続けた。
「行け」
 さくらは吉栄を離してやった。山南は「これでいい」とばかりにさくらに頷いて見せた。
「私は原田くんの様子を見てきます。さくらさんは、あっちへ」山南は平山の横に立ててあった衝立の向こうを指さした。そこに、芹沢がいる。
「わかりました」
 さくらは頷くと、立ち上がって衝立の向こうへと駆けた。
 たった三歩程度の距離だ。だが、ひどく遠い距離に思え、額からは嫌な汗が染みる。
 半年前、「これから暗殺するぞ」と思いながら殿内義雄の姿を追った時を思い出した。が、あの時よりも、心臓は速く鼓動し、思わず手が震える。
「よう」
 芹沢は、あぐらを掻いて座っていた。さすがに衝立一枚の向こうであれだけの物音や騒ぎがあれば、目が覚めるだろう。
 梅も、起きていた。芹沢にぴたりとしがみつき、恐怖に打ち震えているようである。
「あ、あんたら、うちらのことどないするつもりや……!」
 梅の問いには、誰も答えなかった。
 芹沢の左側には歳三、背後に総司が立ち、抜き身を構えて睨みつけている。
 この状況だけであれば、二人が芹沢に向かって突き技をお見舞いすれば話は終わり。と言いたいところだが、そう簡単なものではない。
 芹沢が放つもの、「気」と表現する他ないが、歳三も総司も、それに当てられて動けないでいる。
「土方と沖田だけで来たとは、俺も舐められたもんだと思ったが、やっぱり来たな。さくら」
「芹沢さん」
 さくらは刀を構え、芹沢に負けじと「気」を放った。
「恩返しに来ました。あなたが助けた小さな女子おなごは、あなたの屍を越えて、武士になります」
「おう。見届けてやるよ。俺に勝てれば、の話だがな」
 芹沢はゆらりと立ち上がった。屋内であったせいか、いつもよりも背が高く見えた。梅は座ったまま、部屋の右端に後ずさった。
 歳三がじりりと動き、枕元、芹沢の刀が置いてある前に立った。もちろん、刀を取らせないようにするためだ。
「歳三、そこをどけ。私は、芹沢さんと真剣勝負をする」
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