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原始・古代

幕間:実々は何色

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 「よ、良し……実々の精神と繋がー……んなっ!」

 実々と大盃を通して話すからには、ちゃんと実々の本心に目を背けずにしっかりと向き合おうと覚悟を決めていた。
 しかし、自分の決意は薄っぺらい物であったと一瞬で思い知らされた。

 「白色を埋め尽くす程嫌なのか…」

 【あーちの奴め…】【あーちの野郎っ…】【もう本当に嫌だ】【本当に最悪】の、4つの言葉が何百もの小さな山吹色の文字となって空白を埋めている。…最早背景と化している。まだ会話を始めてもいないと言うのに。
 (実々の色は山吹色だったのか、確かに麻来と同じ色の系統では無いとは思っていたが…)などと、感慨に浸る暇を与えてくれない早さだった。
 兎に角、話し始めない事には終わりも来ない。況してや実々は大盃での会話が初めてであるから、こちらから話し掛けよう。
 盃の側面に両手を添えて、水面を覗き込むような姿勢で口を開く。

 「みっ、実々…聞こえるか?」
 『……はい。たがっ…神様、お忙しい中お時間を作っていただいて申し訳ないです。会い方の指定までしてしまって、何て言ったら良いか…』
 「気にするな…」

 気にするな、道真。

 [多神さん、開口一番に噛んだ。]
 [あっ!あーちとの話しのノリでまた『多神さん』って言おうとしちゃった!神様なのに…。いっけね☆]
  
 怒濤の実々の先制精神攻撃を気にするな。
 決して噛んではおらず、躊躇いがちに呼んでしまっただけで……か、噛んでない!
 そしてまた【多神さん】から神様と言い直すから、裏の意味があるのかとか勘繰りたくなってしまった。
 だが、余の事は辛うじて敬っているんだろうとは分かった。
 『何て言ったら良いか…』に続けて、(あーちのせいとしか言えません。あーちの奴め…。)と内心でハッキリと自分で結論づけていたのを見たからな。
 いや、自分より下を見て安心するなんて心が弱い証だ。いかんいかん。
 気持ちを切り替えて、実々の目的を聞こう。麻来は思考が駄々漏れだったのに対して、実々は麻来に対する不満しか現段階では見えない為、本当に何が聞きたいのか分からない。言い換えるならば、背景と化している不満の文字が徐々に前面にしゃしゃり出てきて、肝心な本音が全く見えない。
 況してや、対面では無く大盃での会話を望んだ意図も不明だ。

 「こほんっ!余に質問があるんだよな?」
 『は……い。えーと…私の質問と言うか、あーちが代わりに聞いて来てって言うので代理質問なんですけど…。あーち、どうにかなっちゃ……ん?違うな。あーちに近いうちに神罰が下っちゃいますか?』
 「………は?はぁぁぁぁぁぁっ!?」

 実々の言葉とともに余の預かり知らぬ所で行われていた、双子の筆舌に尽くしがたいやり取りが再生された。知らないままが良かった…。
 正直、麻来に関して言えば日本書紀・古事記の記述に対して難癖の1つや2つ付けてくる事は、他者の理解が追い付かないあの性格的に分かっていた。……分かっていたが、神を何だと思っているんだっ…!
 自分にとって気に入らない発言をした人間を簡単に消す恐ろしい神なんて居たら、日本はとっくに地球上から無くなっとるわ!それに!殆どの神は暇じゃないからな!…殆どの神は。
 次に麻来と話す時は、神に対する考え方に対して釘を刺さないといけない。
 だが一先ず、この場に居ない麻来は置いておこう。
 今どうにかしないといけないのは、想像を超える衝撃で言葉を失ってしまっているこの間でさえも、一言も発さずにひたすら姉に対しての不満を止めない妹の方だ。

 [神罰が下るとしたら言った瞬間だっただろうし、大丈夫だと思うけどね。はぁ何で私が…安眠したかったのに。]
 [多神さんがあーちの想像通り死神だとしたら、もうあーちはジダンした時に死んで……違うな、睫毛を目蓋に挟んだ時点で死んでるよ。瞬殺だよ。]
 [あぁ~っ!あーちの事ばっか考えて恋する乙女みたいになってるよ~。ドキドキじゃなくてイライラしかしないから何にも自分にプラスになってないよ~。心的ストレス半端無いって!]
 
 全部の思考が筒抜けだぞと告げたら、果たして実々はどうなってしまうんだろうか…。
 しかしながら、文字が白い水面には読みにくい山吹色で本当に良かったと思う。きっとハッキリと目視出来る濃い寒色だったら確実に目を閉じて己の心を守ったな…。
 そんな風に茫然と実々の本音に圧倒されていた矢先、実々に同情され始めた。

 [あーちに呆れてるんだろうな。分かります分かります。]
 
 今は麻来への呆れよりも、実々の心の淀みを一刻も早く取り除いてやりたい気持ちで満たされているぞ…。
 自然と込み上げてきた実々への労いの言葉をぐっと飲み込み、目先の質問に答えることで、実々の負担を取り除く事にする。
 勿論、余の言葉がしっかりと伝わるように強く咳払いをし、
 喉の調子を整えてから威厳を声に乗せて言葉を紡ぐのは忘れない。

 「実々、神は人間の発言に干渉したりしないから麻来は大丈夫だ」
 『あ、そうですよね。あーちがピンピンしている時点で薄々そう思っていました』
 
 余の言葉に淡々と返して来たが、心の奥底では[良かった…。]と、麻来を本当は案じていたのが分かった。初日に見せてくれた姉妹愛はこの短期間で消え失せてしまったのかと危惧したが、杞憂で良かった。本当に。

 「そうだな……麻来には憲法19条で思想と良心の自由が守られているからと言えば伝わるだろう」
 『憲法19条……。はい、分かりました。ありがとうございます』

 [憲法19条ってだけ言って、あーちピンと来るかなー?絶対分かんなそう。試してみよう♪]

 ここに、悪魔が居る。
 余程この状況を腹に据えかねているんだと改めて理解した。
 無論、嫌々余との会話をしに来た事も重々承知しているため、少しでもお互いが気持ちを前向きにして別れられるように、先程からチラチラと視界を横切るように流れている実々の言葉を此方から拾ってあげるとする。

 「実々自身の質問もあるようだが…?」
 『えっ!?……はい。お会いする機会があれば聞こうと思っていたんですけど、過去ここで身に付けた料理のスキルって元の時間に持って行けますか?』

 [昨日の今日で、まさか翌日に質問出来るとは思ってなかったわー。それにしても……何で質問あるって分かったんだろ?何処かから私の顔見てるのかな!?てか、本当に何で墨汁の香りだけする真っ白な空間なの!?あーち良く普通に多神さんとここで会話できるな…私は無理だわ。墨汁の香りで安心☆…ってならないし。]

 ………普段の口数の少なさは何処に置いてきた。そうか、布団の本体にか。
 腹の内だけで判断するのなら、姉よりも断然妹の方が過激派だったな。海外の革命軍の如し。
 一層の事、余自身の安寧の為にも、この会話がどういう仕組みで出来ているか教えた方が良いのだろうか…。いや、だが実々の1番の願いは早くこの場から立ち去る事だな。盃の縁を【帰りたい】って太字が明滅しながら秒針の如く時計回りで動いているしな。実々は3分が限度なのか?
 1度固く目を閉じて心を強く持ってから、期待通りの言葉を掛けてやる。

 「大丈夫だぞ。環境は1年前の過去だが、実々の精神と肉体は本来の時間そのままだからな。何も無駄になる事は無いぞ」
 『なら良かったです!』[多神さんやるぅ~っ↑↑]
 「あ……あぁ」

 上矢印がとてつもなくチャラいな…。
 おまけに笑顔で万歳している実々の後ろで『ひゅーっ!ドンドン!』と大輪の花火が盛大に打ち上がっている映像が流れたから、動揺が2割増しした。暫く【アゲアゲ】な物事に敏感になりそうだ。

 [あ、そうだ!ついでに前回聞きそびれた事も聞いちゃおう!この前、多神さんが噎せて有耶無耶になっちゃったからねー。]

 んなっ!
 待て待て待て待て待て待て待て待て待て…その質問はするー…

 『神様!こっちで新たに出来た友好関係って、元の時間に戻ったら無かった事になっちゃいますか?』

 なぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
 悲しさや寂しさを声にのせて問うているくせに、心の中では天照様……天ちゃんと麻来と3人でペチる妄想を繰り広げているとか器用過ぎか。
 あ、思神様とは縁側でほっこりとお茶を飲む想像までしている…。汝らの家はマンションだから縁側無いだろ。何処の家の軒下を借りているんだ。
 え?これは豊受大御神様…?レジでお互いの得意な料理の情報交換をしているっ…!実々のふやけたような笑顔なんて初めて見たぞ…。ああっ!豊受大御神様が宝塚スターのような位置付けにっ!
 あー…それにしてもどう返したら良いものか。ここで実々の精神との接続を突然切ったら明らかに不審がられてしまうし、余に対する信用も綺麗に消えるだろうな。かと言って変に期待を持たせるのも違う。余計な【フラグ】が立つような発言もしたくない……。

 「うーーん……」
 『やっぱり難しいですか?』
 「んえあっ!?そっ、そうだな…何せ前例が無いからな!こればっかりは元の時間に戻ってみない事には分からないな」
 『そうですか…』

 うっかり盃に触ったまま唸ってしまった。盃に手を触れている時のみ、此方の声が相手に届く構造になっているのに、動揺で失念していた。
 しかし、結果的に上手いこと話を持っていけた気がする。良くやった道真。
 ちゃんと嘘も言っていないしな。神様と友人関係を結んだ前例は無いんだ、実々よ。大層落ち込んでいるところ悪いが…。
 それに質問ももう無いみたいだしな、別れるとしよう。
諭すように、絶望的な表情で大雨に打たれて佇む嫌な映像を流し続ける相手に語りかける。

 「袖振り合うも多生の縁であるから、また縁があれば繋がると思うぞ。麻来の為にわざわざご苦労だったな」
 『はい……。神様もお忙しい中、お時間をありがとうございました。お疲れ様でした。では、お休みなさい』
 「あ…あぁ、ではまたな……」

 こっちもか!
 去り際には本音を吐露置き土産して行くのが義務だと思っているのか…?

 [『ご苦労だったな』って何に対して多神さんさんは言ってくれたんだろ?あーちの代役に対しての労い?…だとしたらあーちを一刻も早く黙らせるために不可抗力だったから来ざるを得なかったんですよ、多神さん。あ、脚に纏わりつかれたの思い出してストレス!……はぁ、安眠したい。]

 なんと言うか……表面上の言葉と態度だけで考えると、実々は麻来の事が嫌いだな!麻来はあんなに妹に苛立たれているのに、良く何事も無く普通に暮らせるな…。精神ダイアモンドか。
 繊細な余は実々とはやはり直接会う方がお互いの為にも良いと思ったぞ。
 しかし、外見と中身の差を人間は好むんだよな。今風には確かー…

 「ギャップ萌え」

 いやいやいやいや…。
 実々程の大きな差は求めないぞ。
 【但し、少しの差異に限る】が大多数の意見だと思う。
 実々の夫はきっと変わった考えの持ち主なんだろう。人の好みや相性は人各々だからな。うん。

 実々は山吹色、麻来は桑の実色だった。
 同じ母親から生まれ、ずっと一緒に育ったのに関わらず、見た目意外は結構違う。
 関わりを持ってからまだ約半月だからか、双子を理解出来た気が微塵もしない。寧ろ分からなくなってきている。

 「これがギャップの力なのか……?」

 この多生の縁で巡り会った双子の生態を明らかにするのが、余の1年間の目標になりそうだ。
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