異能ランクEの絶対皇帝≪Absolute Emperor≫

あんねーむど

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怠惰な神官

怠惰な神官1

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 いつ以来だろう。
 その夜は、とても空が澄んでいて、珍しく星が瞬いていた。
 都会ではあまり観ることのできない星空の下、私の身体は他人の血で塗れていた。
 
 薄汚れた路地にへたりこみ、突如振るわれた不条理に絶望する私の前に現れたのは一人の少年だった。
 少年の顔や手、衣服は乾いて赤黒くなった血で染まり、両手に金色の髪の少女を抱いていた。
 とても大事そうに、まるでお姫様を抱える様に抱きかかえていた。

 武装した機動隊の中央に立つ少年が私に微笑み掛けた。

 得体の知れない恐怖と、助かったという安堵、相反する二つがない交ぜになった複雑な感情は今でも強く覚えている。

 彼と出逢ったこの瞬間から、灰色だった私の世界は色を帯び始めたのだ。





 全ての異能者を抹殺するインペリアル・オーダーが発動される五日前、私はとあるライブハウスで不定期に行われる合同集会に参加していた。
 そこは多くのバンドを世に送り出したちょっと名の知れたライブハウスらしく、去年はジャスティスチップマンクとかいうイギリスのバンドがここで演奏したと友人の奈々子が興奮気味に語っていた。

 現在、奏者が立つはずの舞台上に立つのは一人の青年だ。
 青年は身振り手振りと抑揚を利かせた声で、大袈裟に持論を展開させている。

 収容人数200名のライブハウスは六割ほどが人で埋まっていて、彼の一挙手一投足に注目する聴衆全員が異能者である。

 私が参加しているのは法律で禁止されている異能者の集いだ。

 もちろんこんな所を警察に見つかれば即逮捕だろう。
 でも、今まで警察に踏み込まれたことはおろか危険だと感じたこともない。
 実際のところ逮捕されるケースは極僅かだ。

 過激な発言を繰り返すグループが、見せしめで年に数回ほど逮捕されるくらいのものである。
 それ以外は見逃さているのが現状で、社会に不満を抱く異能者たちのガス抜きとして黙止されているのだろう。


 私の所属するグループもそんな見逃される程度の烏合の集まりだった。この場に会する五団体の誰も彼もがランクEからランクDの異能者である。もちろん私も例に漏れずその類だ。

 私は同じ大学に通う奈々子に誘われて仕方なく異能グループに入った。
 もちろん暴力的なグループなら断っていたけど、彼らは過激な言動は一切せず、たまに集まって談義するだけのどちらかと言えば軟派な大学サークルに近かったから了承した。

 みんな好きなことを好きなだけ話し、主義主張も点でバラバラで、不安をぶちまけることが出来ればそれで満足なのだろう。
 彼らは〝自分は闘っている〟という証が欲しいだけなのだ。

 だけど最近になって活動が活発になってきている。
 今までは身を潜めていた過激な発言が聞かれ、舞台上に立つ彼のように仲間を扇動しようとする者が現れた。
 多くのメンバーが陶酔するように、そして盲目的に彼の言い分を支持している。



 なぜこんなことになったのか、それは四か月前に起きた官邸襲撃事件に遡る。

 全国を震撼させたその事件は反社会的勢力による犯行と報道された。

 しかし、実際は異能者によって引き起こされたという噂がネットを介し囁かれている。真偽は判らないけど、前首相を殺害したのも異能者の犯行だという噂もある。

 その噂は反政府を掲げる過激派異能グループだけでなく、ガス抜き程度に集会を重ねてきた異能者たちも歓喜させた。 

 そして今、異能者の間では空前の〝革命ブーム〟が起こっている。

 はっきり言って私には革命なんて関係ないし興味もない。本当にどうでもいい。
 むしろ迷惑だ。これ以上、異能者の肩身が狭くなったらどうするんだ。余計なことはしないでほしい。
 私以外にもそう思っている人はたくさんいるはずだ。でもそういった人たちの声はノイジーマイノリティの叫びによって封殺される。


 私はライブハウスの後方に配置されたスツールに座り、今日も必須アイテムの眼鏡を掛けて無口なキャラを装っていた。
 誰かに話し掛けられることも、誰に話し掛けることもなく、ただ座っている。
 眼鏡は良い。最高のツールだ。
 黒髪で眼鏡を掛けて黙っていれば、大人しく物静かな女だと勝手に勘違いしてくれる。

 私の本性を知る友人曰わく、ぼんやり一点を見つめ黙っていれば、何か崇高な思考を巡らせているように見えるらしい。

 こういった集会では近寄りがたさを演出するために眼鏡は欠かせない。

 ぼんやり眺める視界の先で青年が再び「立ち上がれ!」と声を上げた。
 彼を崇めるように舞台下の男女が「そうだそうだ!」とはやし立てる。

 得意になった青年はさらに声の調子を上げた。

 今こそ立ち上がるときだ! 異能者に人権を! 革命を起こせ!

 彼の声は私の耳を右から左に抜けていく。
 そんなことよりも私の意識はさっきからスポットライトが当たる彼の頭部に向けられていた。
 気になる。うん、気になる。
 頭皮が透けて見える。持ってあと数年かもしれない。

 後で忠告してあげるべきか、傷付けないために黙っておくべきか僅かに思考した後、私は黙っていることを決め、彼の頭部に対し手を合わせようとしたそのときだった。

「やばいぞ! 異能管理室だ!」

 ライブハウスの防音扉を開け放った男が叫んだ。
 会場は一気に静まり帰り、ワンテンポ遅れて集団が一斉に扉の外に駆けだしていった。

「何してるの瑞穂! 逃げるよ!」

 奈々子に手を引っ張られた私は集団に揉まれながら階段を駆け上がり、外に出た。

 太陽の光で目が窄む。既に路地を封鎖するように黄色いテープが張られていた。
 しかし、私たちが立っている場所は〝立入禁止〟と書かれたテープの外側だったのだ。

「なんだ……、うちらじゃなかったのね」

 奈々子の言うとおり、喪服のようなダークグレーのスーツに身を包んだ異能管理官たちに囲まれていたのは、斜め向かいのダーツバーだった。
 ちょうど入口から手錠を掛けられた男女が一列になって出てくるところだ。

 現場を包囲する多くの異能管理官の中に、一人だけ異彩を放つ少女がいることに私は気付いた。
 美しい金色の髪をなびかせ、細腕で指示を出している。

 自分よりも年上の部下に毅然と指示を与えるその凛とした立ち姿は、女の私でさえ見惚れるほど美しいと思った。


 でも、彼女の翡翠色の瞳はとても苦しそうで、辛そうで、そしてある種の感情を必死に押し殺しているように思えた。

 そんな想いをしてまで働かなければならないのかと、数年後には社会に出なければならない私は、これから待っているだろう人生に辟易とせざるをえなかった。

 しかし、彼女は私とは根本的に違う。
 なぜなら彼らは異能者でありながら自由を許され、人生を約束された超エリートなのだ―――が、だからと言って管理官になりたいかどうかは別の話である。人生において厄介事は少ない方がいいに決まっている。

「とばっちりを受けない間に早くここを離れた方がよさそうね」
「……そうね」

 私は奈々子と共に現場を離れた。 
 そのときにはもう、捕まった人たちのことなど意識の外に片付けてしまっていた。

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