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-幼馴染-
14 お礼に仕返しがしたい
しおりを挟む――ポツポツ
そこかしこに水滴が落ち始めていた。
「え、雨?」
ついさっきまで晴れていたのが嘘のように、空は雲に隠れていた。
灰色になった空は、どしゃ降りの雨をもたらした。
「うそ、マジ?」
「天気予報……こんな事言ってなかったのに」
幸いと言うべきか、公園から私の家はもうすぐそこだった。
鞄で頭を覆っても関係ないくらいずぶ濡れになりながら、二人で走って家を目指す。
「うわー……びちゃびちゃ……」
ずぶ濡れになった私達は玄関に滴る水滴にうんざりしていた。
けれど、そのままでいても仕方ない。
家主は私なんだから、私が動かなきゃいけない。
脱衣所に向かってバスタオルを取って、玄関に戻る。
「はい、これ。拭いて」
「ありがとう、助かる」
陽葵がバスタオルを受け取って、頭を拭いて行く。
でも、拭けるのは髪だけだ。
服は貸してあげる事も出来るけど……。
体は……風邪を引いても困るよね。
「陽葵、シャワー入ってく?」
「ああ、助かる……って、え?」
そんな大きな瞳をもっと見開かなくてもいいと思うよ。
◇◇◇
陽葵がシャワーに入っている。
いや、入れたのは私なんだけど、人の気配を感じながらリビングにいるのは不思議な感覚だった。
それとも陽葵だから必要以上に何かを感じてしまっているのか。
その線引きは自分ではよく分からなかった。
「……って、着替え着替え」
陽葵の着替えやバスタオルを用意していなかった。
陽葵も陽葵でその勢いのまま入らずに何か言ってくれたらいいのに。
私は気が回らない方だから、つい忘れてしまったけど。
それとも、陽葵も気が動転しているとか……?
「いや、それはないか」
私は友達をお風呂になんて入れた事ないけど、陽葵は友達が多いのだからそれくらいあるに決まっている。
逆に当たり前すぎて忘れてしまったのだろう。
そう結論づけるのが一番自然だった。
私はバスタオルと着替えを用意して、脱衣所へ向かう。
陽葵がお風呂場に入ってから時間も経っているし、鉢合わせる事はないだろう。
扉を開いた。
――シャー
水が流れる音が、お風呂場の扉越しに聞こえてくる。
当たり前だけど、陽葵は浴室にいる。
私は近くにある棚の上に、持ってきた一式を置いておく。
「陽葵、着替え置いといたから」
「ん、ありがとっ」
扉越しでの会話はシャワー音もあって声を張る事になった。
この扉の向こうに陽葵が何も纏わずいるのかと思うと、何とも言えない気持ちになった。
リビングに戻ろうとして、床に乱雑に置かれた制服を目にする。
「……乾かしとくか」
気休めだろうけど、ハンガーに掛けておこう。
そう思って陽葵の制服を持ち上げる。
ぱらり、と下着が落ちて視界の端に映り込んだ。
私はそれを強く意識して、見ないように努めた。
見ない事に注力する、変な話だった。
陽葵を待っている時間は割と何をしようとしても手がつかなかった。
そわそわしてしまうと言うか、自分でも形容しがたい変な気分だった。
陽葵は何回か家に来た事はあったのに、何がそんなに私に違う感情をもたらすのだろう。
考えても答えは出ないのに、他にやる事もないからぐるぐると思考だけが循環していた。
しばらくするとシャワー音が止んで、扉が開く音が聞こえた。
バタンと扉が閉じる音と、他人の足音。
普段は自分以外の音しか鳴らない部屋で、他の人の生活音を聞く事が不思議でたまらなかった。
こちらに足音が近づいて、脱衣所の扉が開かれる。
「シャワー、ありがとね」
「あ、うん……って、えっ」
陽葵はそこにいた。
いたのは当たり前なんだけど、服を着ていなかった。
正確にはバスタオルを体に巻き付けていた。
どうしてそんな姿で出てくるのか、意味が分からなかった。
「陽葵、何でそんな恰好で……」
言葉は宙に浮いて、目が吸い寄せられる。
タオルが一枚では、陽葵の体の曲線が明瞭になってしまっていた。
陽葵は体のめりはりがはっきりしていて、長く伸びる肢体は素肌を晒している。
赤く紅潮した肌は妙に艶めかしくて、視線のやり場に困った。
「服、小さいんだけど」
「え、あ、え……?」
陽葵の手には私が渡した着替えがあった。
「着れない事はないんだけど、なんか寸足らずでギリって感じ。それしかないなら諦めるけど、他に大きいのないの?」
「あ、ご、ごめん。あ、あると思う」
そ、そうか、そうだよね。
陽葵の方が身長が高いのだから、私の体に合わせた服じゃ合わないに決まっている。
何をしているんだ私は。
それくらい考えればすぐに分かる事なのに、行動の端々で自分の動揺を感じて更に動揺してしまう。
負のスパイラルだった。
私は急いでクローゼットに向かい、ルーズめのパーカーとデニムを手に取る。
「こ、これが私の持ってるやつで一番大きいと思う」
「ん、ありがと……」
陽葵の語尾がしぼんでいく。
どうしたんだろう、やっぱりまだ小さかったのだろうか。
「何でさっきから、そんなよそよそしいの?」
「え、そんな事ない」
心の内を読まれたようで、心臓が跳ねる。
普通の人なら私の変化なんて気づかないのに、陽葵は気付くから困る。
「さっきから目反らしてるし」
「いや、あんまりジロジロ見るのも変かなって……」
「ジロジロ見るのは変だけど、見なさすぎも変だけど」
「難しいバランスだね」
確かに私も極端すぎるかもしれない。
陽葵は思っていた以上にドライな反応で、今の状況にそこまで違和感を感じている様子はない。
だから、これは私の対人関係の浅さからくる動揺なのだろう。
「まぁ、いいけど」
「う、うん……」
それでもやはり陽葵は気にする素振りはなく、端的に会話を閉める。
私は動揺を深堀されなくて良かったと胸を撫でおろす。
今の感情を見つめるのは、何だか気恥ずかしい気がしたからだ。
「それとシャワーと着替えまでありがとね」
「いや、いいよ。これくらい」
私がしたくてした事だし、そんな大した事でもない。
「なんかお礼しないとね」
「え、いいよ、そんなの」
思ってもいなかった事を言われて、面を食らう。
本当にこれくらいの事で見返りなんて求めていなかった。
「もらうだけはフェアじゃないでしょ、なんかして欲しい事ある? あたしに出来る範囲でならしてあげるけど」
「して欲しい事……」
「あ、そんなすごい事は出来ないからね。シャワーと着替えの見返りとしてだから、バランスは考えてよね」
本当にそんな事気にしていなかったのに。
その提案が、私の思考を動かす。
陽葵に出来る事で、バランスを考えて、私がしたい事……。
私の視線は陽葵の肢体の注がれていた。
「仕返しがしたい、かも……」
「仕返し?」
「うん」
「なにそれ」
“あたしに出来る範囲でなら”という言葉が免罪符になってしまったのかもしれない。
それにこれは私もされた事だから、陽葵にしたって問題はないはずだ。
タカが外れてしまって、私は陽葵の元へ歩み寄る。
「え、なに?」
濡れた髪に、朱色を差した肌、滑らかな曲線。
それがあまりに煽情的で、それを何ともない事のように見せつけてくる陽葵に少しだけ苛立ってしまったのもあったのかもしれない。
私はその場に跪いた。
目の前には陽葵の太腿だけが視界を占める。
「足、出して」
「いや、もう出してると思うんだけど」
そういう意味じゃなくて……もう説明するのが面倒になってしまって、私はその太腿を掴んで軽く引き寄せる。
その足は温かくて水気を含んでいて柔らかかった。
「え、ちょ、えっ……」
陽葵の足は白くて細長いけど、触ると肉付きもしっかりあった。
その肌は滑らかで心地よいから、確かめるように指を滑らせていく。
深く力を入れると、指が沈み込んでいった。
「ちょっと、なにしてんのっ」
陽葵に頭を掴まれて引き離される。
思っていたよりもバランスを崩してしまって、後ろに倒れ込んだ。
「何触ってんの」
「私も陽葵にやられたし」
「こんなに長く触ってない」
「私、初めてだし」
だから多少間違っても怒らないで欲しい。
だってこれは。
「お礼なんだから、いいでしょ」
「……お礼がこれって」
陽葵は呆れたように溜め息を吐き、そのまま私に視線を移す。
「雪って歪んでるよね」
それは陽葵にだけは言われたくない。
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