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93 無防備な人

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 今日も今日とて学校だ。

 待ち合わせして凛莉りりちゃんと一緒に登校するんだけど、どうしても昨日が昨日だったのでソワソワする。

 ひと晩置いて冷静になると、本当にとんでもないことをしてしまった気がする。

 なんていうか、普段は絶対に人には見せない姿を見られたのに、いつもの日常が戻ってくる。

 非日常を知られた人と日常生活を送るって、変な感じしかしないんだけど……。

「おっはよー涼奈すずなっ」

 うん。

 そんな情緒的な感情はわたしだけみたいだ。

 いつも通りどころか、何だったら二割増しくらいに元気な子がいる。

 肌艶もいつもよりいい気がする。

「お、おはよう……凛莉ちゃん。なんか今日はいつもより元気だね」

「ふっふっふ……わかる?」

 喋らなくても雰囲気で分かる。
 
 華やかオーラがいつも以上に満開なのだ。

「これこれ」

 凛莉ちゃんが屈んで胸元を見せてくる。

 いったい朝から何を見せる気、と身構えたが首元が輝いてることに気付いた。

「ネックレス……?」

「うん、涼奈からもらった誕生日プレゼント。着けて来たの」

「それでニコニコだったの?」

「そうだよ。こうしてたらずっと涼奈に見守られてる感じがするでしょ?」

 そう言って凛莉ちゃんはにこやかに微笑む。

 そ、そっちね……。

 いや、嬉しいよ。すごく嬉しいんだけど。

 わたしはてっきり昨日のした事だと思って……。

 もしかして自分の方が変態なのかと恥ずかしくなってくる。

「ん?なんか違うこと考えてた?」

 そんなわたしの機微を見逃さないのが凛莉ちゃんだ。

「考えてない」

「“プレゼントの方か”みたいな顔してたよ?」

「してない」

 図星すぎる。

 こういう時の凛莉ちゃんの嗅覚は凄すぎて、寒気すら感じる。

「昨日の、かわいい涼奈の反応もうれしかったよー?」

 やっぱりバレているのか、凛莉ちゃんが距離を詰めてくる。

 凛莉ちゃんがわたしの顔を覗き込もうと、前屈みになった姿勢はネックレスと同時に胸元まで見えてしまっている。
 
 けっこう際どいし、わたしはその光景に違和感を覚えている。

「凛莉ちゃん、前から思ってたんだけどさ」

 このままだとわたしは学校に着くまで延々といじられる。

 凛莉ちゃんの話を遮って、わたしの話を聞かせることにした。

「ん、一応聞くけど。恥ずかしくて話をむりやり反らすための話題だったら、すぐにあたし無視するからね?」

 なんだそれ。

 でも、わたしの魂胆が見透かされているのは怖いけど。

「ブラウスのボタン、開けすぎじゃない?」

「……と、言いますと?」

「ネックレスが見えるのはいいけど、それにしたって開けすぎだよ。胸とか見えそうじゃん」

 屈んだりしていたら確実に下着が見える。

「え、でも普段気を付けてるし。誰もそんなに気にしてないって」

 あははー、と凛莉ちゃんは気さくに返す。

 だけど、その反応がわたしは気に入らない。

「いや、見えるって」

「涼奈が相手だからあたしも無防備になってるけど、学校とか特に男子の前だったら気をつけてるから大丈夫だってー」

 心配しすぎー、と凛莉ちゃんはお気楽に返事をしてくる。

 凛莉ちゃんはわたしの発言に聞く耳持たずだ。

 気に入らない。

 そんな簡単にスルーされると、余計に腹が立ってくる。

「ダメだって。だいたい何もしなくても胸元空けすぎ、肌見えすぎ」

「でも閉めるとキツイじゃん」

「じゃあせめて一個にしなよ、それならネックレスも見えるでしょ」

「いや、微妙に被るし。見た目もパッとしないし」

 頑固だ。

 いつも割とわたしの言う事、聞いてくれるのに。

 服装の話になると途端に聞いてくれなくなる。

 わたしだって、凛莉ちゃんのこだわりにそんなうるさいこと言いたくないけど……。

「パッとするとかしないとかじゃなくて、胸元が見えるのが良くないって言ってるの」

「今更そんなこと言われても。涼奈そんなこと言ってこなかったじゃん」

 ……ん。

 たしかに、今まではそんなこと言ってはこなかった。

 オープンだなあ、とは思ってたけど閉めさせようとまでは思わなかった。

 それなのにどうして、閉めさせたくなったかと問われるのなら答えはある。

「そりゃ前とは違うじゃん。凛莉ちゃんはわたしのなんだから、そんな誰かに隙を見せるような恰好しないでよ」

 そうだ。

 凛莉ちゃんはわたしと付き合っているんだから、もうわたし以外に隙を見せるべきじゃない。

 ボタンの空いた胸元や、丈の短いスカートで足を露出するなんて良くない。

 凛莉ちゃんの肌を誰かに見せるなんて、してはいけないことだ。

「……お、おう」

 凛莉ちゃんは豆鉄砲を食らったような顔をしている。

 ちょっとは言ってることが伝わったんだろうか。

「そのスカートも良くない、足そんなに見せてどうすんのっ」

「いや、見せると言うか……これはファッション的な意味で……」

「だから、そのファッションを人が見るから良くないって言ってるんでしょ」

「うーん……でも、あたしのテンションを上げる意味合いが強いんだけど」

 ここまで言ってるのにまだ言うか。

「だいたいね、そんな恰好してるから男の人に狙われるんでしょ。凛莉ちゃん自覚なさすぎ、危機意識が薄すぎっ」

「いやぁ……それはどうかなぁ……」

「……ほんっとに、もうっ」

 なんか、話している内に段々イライラしてきた。

 凛莉ちゃんの認識の乏しさとか、ここまで言ってるのに聞いてくれない感じとか。

 単純にわたしの立場でどう感じるかが分かってないんだ。

「はいはい、凛莉ちゃんの分からず屋っ」

 いよいよ本格的にムカついた。

 わたしは自分のブラウスのボタンに手を掛け、ボタンを二個外す。

 スカートもグルグルと折っていく。

 やったことないし、勢い任せだから不格好だけど。

 とにかく丈は短くなって凛莉ちゃんくらいになった。

「す、涼奈……!?」

「これでわたしが学校行くって言ったら、凛莉ちゃんはどう思うっ」

「……だ、ダメッ。そんなはしたないっ」

 お前が言うかっ。

 いや、そう言って欲しかったんだけど。

「そうでしょ。わたしの気持ち分かったよね、だから凛莉ちゃんもやめてよ」

「い、いや……言いたい事はわかるけどさ。でもキャラってのもあるじゃん」

「……キャラ?」

「あたしってもうそういうキャラだから違和感ないっていうか、何とも思ってない人も多いと思うわけ。でも涼奈はちがうじゃん、真面目な子がいきなりそんな恰好になったらギャップでエロイんだって」

「……そういうもの?」

「ほら、自分で見てみなよ」

 ちょうど通り掛かったビルの窓が反射して自分の姿が映り込む。

 確かに違和感はすごかった。

「だから、ほら。戻そうね」

「あ、うん……」

 凛莉ちゃんがわたしのボタンを閉めて、スカートも戻していく。

「よしよし、これでいつもの涼奈だ」

 なんだか凛莉ちゃんの方が安堵していた。

「それで凛莉ちゃんは、普通にしてくれないの?」

「んー……。考えとくね」

 しない人の言い方だ。

 でも伝えたい事は伝えたから、多少はわたしもすっきりしている。

「でも嬉しかったよ、涼奈があたしのこと心配してくれて」

「そりゃそうだよ。凛莉ちゃんは綺麗で可愛いんだから、もっと自覚もってよ」

「ん……あはは……。反応に困るなぁ」

 凛莉ちゃんは本当に困ったように頬を掻いていた。

 心なしか顔も赤い気がする。

 ちょっと、わたしも本音を言い過ぎたかなんて恥ずかしくなってくる。

「涼奈、お家デートの時はさっきみたいな恰好でもいいよ」

「なんでさ」

「え?……えへへ」

 なんか笑い方が急にいやらしかった。

「……しませんっ」

 やっぱりこの人、分かってない。
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