2 / 52
02 出勤前は忙しい
しおりを挟むさて、私の家にギャルが住むことになった。
うん。
文章にしてみても意味が分からない。
これは悪い夢だ。
きっと酒に酔いすぎて、まだ夢から覚めていないに違いない。
瞼を閉じて、こめかみを自分でほぐしてみる。
大丈夫、これは悪い夢。
目を覚ませば、いつも通りの私の部屋が視界に広がって……。
「いきなり目閉じて何してんの?」
……ああ、なんか聞こえてきたぁ。
視覚に飽き足らず、聴覚まで再現するとは本当に夢とはよく出来ている。
しかし、私はめげない。
今度は耳を抑える。
よし、もう何も聞こえない。
――ユサユサ
私の両肩に手の平の重みが加わり、前後左右に体が揺すられる。
こ、今度は触覚まで……!
「ええい、気安く触るなっ」
私は面倒になって、その手を振り払った。
「あ、やっと構ってくれた」
目を開けると、そこには制服姿のギャルがいた。
やっぱり夢でも何でもなかった。
「頭が痛い……」
「あはは、飲み過ぎなんだってー」
ちっがう、そっちじゃないんだよ。
爆弾を抱えてしまったこの案件に頭を痛めてるんだよ。
「それは、そうとさ」
ギャル……雛乃寧音と言ったか。
雛乃は、私の顔を覗き込んでくる。
彼女の方が背が高く、私に目線を合わせようとすると少しばかり屈む必要があるらしい。
何とも生意気だ。
「なによ」
「上坂さんって、社会人だよね?」
「そうだよ」
恋人なしのアラサーOLだよ。
我ながら残念すぎる。
「今日は仕事?」
「平日だからね、そりゃ仕事だよ」
「ふぅーん……」
雛乃が壁掛け時計を指差す。
「時間、大丈夫そ?」
時計の針は8時を差している。
ちなみに私がいつも家を出る時間である。
「ああああっ!大丈夫じゃなぁい!!」
今現在、何の準備も出来ていない。
完全に遅刻コースだ。
「おおっ、頑張れ社会人っ」
他人事のように言って……いや、まあ他人事か。
何でもかんでも目くじらをたてるのは良くない。
と言うより、そんなことをしている場合じゃない。
とりあえず、着替えようとスーツを探すが……。
「うわっ、なぜスーツが床に!?」
ジャケットもスカートもブラウスも。
全て床にぐちゃぐちゃに散乱していた。
「昨日、帰るなり脱ぎ散らかしてベッドインしたじゃん」
「くっ……!」
そこまで欲求不満だったのか、私は……!?
こんな子に手を出してまで性欲を満たさないといけないほど、深層心理での私は飢えていたのだろうか……。
怖い、シラフの私では全く想像がつかない。
「って、朝から変なこと言わないでくれるっ?」
「えー。不思議そうにしてるから教えてあげたのにぃ」
雛乃は頬を膨らませて唇をとがらせる。
こいつ……自分が可愛いと分かっていて、意図的にこういう仕草をとっているのか?
10代で既にあざとい女子だな、こいつめ。
きっと酔っていた私はこれにイチコロだったのだろう。
「私はもう騙されないからなっ」
「……?」
首を傾げて不思議そうな表情を浮かべる雛乃。
……くそー。
10代だと、理解してない時の仕草も可愛く見えるな。
職場の同僚だったらイラっとする場面でしかないと言うのに。
いや、だからそんなことをしている場合じゃないんだって。
「急がないとっ」
クローゼットに向かい、別のスーツに手を掛ける。
着替えを終えて、化粧台に座る。
鏡に映るのは冴えない黒髪のアラサー女子。
見たくないが自分の顔なので、見るしかない。
髪もセットしている時間はないので、手早くまとめて縛ることにした。
化粧は最小限に済ませる。
そのままバッグを持って玄関へと向かう。
「おお、やっぱりOLさんぽい」
私の着替えた姿を見て雛乃が声を上げる。
「ぽいじゃなくて、OLなの」
「なるほど、マジで社会人」
……中身のない会話だなぁ。
まあ、ギャルに中身のある会話なんて求める方がおかしいか。
私はパンプスを履いて、ドアノブに手を掛ける。
「とりあえず私はもう仕事に行くから」
願わくば、帰ってきた時にはもうその姿を見ないでいられると助かるのだが。
「オッケー、あたしはいい子にして待ってるねぇ」
……うん、本人にその気は至ってなさそうだ。
ていうか、この家に滞在する時点で私にとっての“いい子”とは正反対の対象になるのだが。
私はため息を吐きながら、いつも以上に重く感じる扉を開く。
「上坂さん」
「え、なに?」
仕事に行くって言ってるでしょ?と半ばイラつきを伴いながら振り返る。
そんなピリついた私とは対照的に、雛乃はニコニコと屈託のない笑みを浮かべている。
「行ってらっしゃい」
そして、ひらひらと私に向けて手を振ってくるのだ。
「あ、うん……い、行ってきます」
するりと私の中に入り込んでくる雛乃の見送りに、少しだけ戸惑いながら手を振り返した。
その含みのない笑顔と仕草に、毒気を抜かれてしまった。
扉を閉めて、鍵を掛ける。
「……久しぶりだな、こういうの」
誰かに見送られて、家を出るのなんて。
それこそ社会人になってからは初めてだな、多分。
それまでの動揺も憤慨もどこか忘れてしまうほど、何だか妙な感慨にふけってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
百合ゲーの悪女に転生したので破滅エンドを回避していたら、なぜかヒロインとのラブコメになっている。
白藍まこと
恋愛
百合ゲー【Fleur de lis】
舞台は令嬢の集うヴェリテ女学院、そこは正しく男子禁制 乙女の花園。
まだ何者でもない主人公が、葛藤を抱く可憐なヒロイン達に寄り添っていく物語。
少女はかくあるべし、あたしの理想の世界がそこにはあった。
ただの一人を除いて。
――楪柚稀(ゆずりは ゆずき)
彼女は、主人公とヒロインの間を切り裂くために登場する“悪女”だった。
あまりに登場回数が頻回で、セリフは辛辣そのもの。
最終的にはどのルートでも学院を追放されてしまうのだが、どうしても彼女だけは好きになれなかった。
そんなあたしが目を覚ますと、楪柚稀に転生していたのである。
うん、学院追放だけはマジで無理。
これは破滅エンドを回避しつつ、百合を見守るあたしの奮闘の物語……のはず。
※他サイトでも掲載中です。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」
三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。
クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。
中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。
※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。
12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。
身体だけの関係です 原田巴について
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789
作者ツイッター: twitter/minori_sui
クールすぎて孤高の美少女となったクラスメイトが、あたしをモデルに恋愛小説を書く理由
白藍まこと
恋愛
あたし、朝日詩苑(あさひしおん)は勝気な性格とギャルのような見た目のせいで人から遠ざけられる事が多かった。
だけど高校入学の際に心を入れ替える。
今度こそ、皆と同じように大人しく友達を作ろうと。
そして隣の席になったのは氷乃朱音(ひのあかね)という学年主席の才女だった。
あたしは友好的に関わろうと声を掛けたら、まさかの全シカトされる。
うざぁ……。
とある日の放課後。
一冊のノートを手にするが、それは氷乃朱音の秘密だった。
そして、それを知ってしまったあたしは彼女に服従するはめに……。
ああ、思い描いていた学校生活が遠のいていく。
※他サイトでも掲載中です。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる