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15 大人としての誇り
しおりを挟むそんなわけで休日がやってきた。
雛乃と過ごすようになってからは、初めての休日。
いつもはダラダラと寝て過ごすのだけれど、今日は雛乃と買い物に行くと言う約束がある。
しかし……。
「私と雛乃が一緒に歩くのか……」
「ん、なにその反応」
首を傾げる雛乃。
冷静に考えて、色々と大丈夫なのかと不安になってきた。
「いや、あんたと私が一緒に歩いてて平気かなって」
「なにが、どゆこと?」
雛乃はやはり意味を把握できないでいる。
「ほら、なんか目立ちそうだなって」
かたや冴えないOL、かたや美少女のギャル。
要素が真逆すぎて目立つ気しかしない。
「あー……大人の上坂さんの隣にあたしがいたらおかしいってこと?」
「いや、まあ……それもそうなんだけど」
それよりも目を惹く雛乃の隣に、平凡すぎる私が隣を歩くのが問題なのだ。
恐らく注目を集めるであろう彼女の隣を、社会に迎合し荒波一つたてない私が隣にいることに問題がある。
「大丈夫だってー。誰もそんな注目なんかしないってー」
あはは、と雛乃はいつもの軽快な笑いを浮かべる。
分かってないな、こいつめ。
人は見ていないようで案外、人を見ている生き物なのだ。
「職場の人に会う可能性だってゼロじゃないし」
「あー……それは有り得るよね」
「そんな時に何と説明したらいいのか」
「後輩とか言っといたらいいんじゃない?」
「職場ですら後輩と話すことないのに?」
一方的に話してくる七瀬以外と業務以外のコミニケーションなんて、ほとんどとったことない。
プライベートを共有する後輩だと言っても、嘘だとバレてしまう気もする。
「上坂さん、職場の付き合いとか悪い人なの?」
「見れば分かるでしょ」
新人の頃はきっと私なんかでも一生懸命で可愛げがあっただろう。
少ないながらも先輩や同僚、後輩と話すこともそれなりにはあった。
しかし、良くも悪くも人は変化する。
年齢を重ねていくうちに淡々とそつなく業務をこなせるようになり、割と古株になってしまい無口な女性社員としてのポジションを確立してしまった。
無口に関しては事実だから仕方ないのだけど、別に人と話したくないわけではない。
それでも年齢が重なると段々と若い子から遠慮されていくようになるのだから悲しいものだ。
「いや、分かんないし」
「職場じゃ淡々とお仕事だけするサイボーグ的な扱いですよ」
やれやれと肩をすくめる。
しかし、それを見て雛乃はぽかんとしている。
何というか、あんまりしっくり来ていないようだ。
「上坂さんって、お仕事ちゃんと出来てるの……?」
「え、なにその失礼すぎる質問」
むしろ仕事しか出来ないと陰口を叩かれたことすらある、この私にっ。
まさか、そこに疑問を抱かれているなんてっ。
「いや、あたしも初めて会った時はそんな印象なかったんだけど、一緒に暮らしていく内に段々心配になってきたんだよね……」
「待て待て、それは聞き捨てならないぞ。こっちはコミュニケーション能力を全投げして仕事のスキルに全振りしてるんだ」
そうしたかったわけではなく、コミュ障が災いして自然とそうなっただけの話ではあるが。
「だって、上坂さん放っておいたらすぐ寝ちゃうし」
「それは仕事で疲れてるのっ」
「ゴミはその辺に放置するし」
「一旦、置いてるだけっ」
「常温で数日放置した飲みかけのペットボトル飲んだの見た事あるし」
「それは何がダメなんだ?」
「お皿はちゃんとゆすがないで、泡が残ったまま乾かそうとするし」
「洗った後なんだから問題なし」
冷や汗をかきそうだ。
雛乃にとっての上坂栞は、家の中のオフモードの私しかいない。
この自堕落な人間しか知らないのであれば、職場での私を想像できないのか。
「……ていうか、私って家だとそんなにだらしない?」
「うーん。自由に生きてる感じはするね」
「どういうこと?」
「ルール無用、みたいな」
だらしなさすぎて、ルールがない人間に見えているらしい。
ていうか、それをギャルに言われるってどうなんだ。
まあ、冷静に考えたら出会い方もふしだらな大人としての私しか知らないのだしね。
とは言え、ショックだ。
「私だって、ちゃんとしてる時くらいあるんだからなっ」
ビシッと雛乃を指差す。
「ウソくせー」
「嘘じゃないって!」
たまにはちゃんとしている大人な私も見せなければならない。
◇◇◇
ということで、出掛けるため外を出る。
「おおー。上坂さん、大人じゃん」
「そ、そう……?」
私は白いブラウスに黒のワイドスラックスにローファーに着替えていた。
当たり障りのない無個性なコーディネートだが、雛乃には新鮮に映ったらしい。
興味深そうにしげしげと見つめてくる。
「うん。似合ってんね」
「そ、そうかな……」
うおおお。
褒め慣れてないからどう反応していいか分かんねええ……。
しかも年下相手なのに、その褒め言葉一つで動揺する私もどうなのだっ。
「なんか可愛いー」
そう言って雛乃が私の頭を撫でてくる。
優しく撫でつけるその手は繊細で、心地よい……。
「って待てっ。こらっ、撫でるなっ」
我に返って、パシッと手を叩いて落とす。
「えっ、なんでー。いいじゃん」
ぶーっと口を膨らませる雛乃。
そうしたいのは私の方だっ。
「年上の頭を撫でるんじゃないっ」
「なんかモジモジしてて照れてるのが、可愛かったんだもん」
「べ、べべっ、別に照れてないしっ」
慣れてないだけだしっ。
「恰好も可愛いし、思わず触りたくなったの」
「とは言え、頭を撫でる必要はないっ」
どうせ身長差があるから自然と頭に手が伸びたのだろう。
失礼な話だ。
肉体的にも精神的にも、雛乃は私を大人の女性として見ていない。
……いや、それは少々私にも責任があるのは分かってきた。
「とにかくっ、もう行くよ」
「オッケー」
気を取り直して、歩きだす。
ちなみに、隣を歩く雛乃には申し訳ないがトップスは淡い花柄がプリントされた白Tシャツを貸して、パンツはスウェットのままだった。
いや、他のものを貸そうとはしたのだ。
そうしたら……。
『上坂さん、このパンツもスカートも履けないや』
『え、ダサかった?』
ギャルのファッション感度的にアウトだったか。
私も決してオシャレではないので、その辺は諦めているのだけど。
『いや、そうじゃなくて……』
モゴモゴと言葉を濁しながら、雛乃はパンツの腰元を指差す。
『ウェストが緩くて、落ちんだよね』
『……』
私より背高いのに、ウェストは細いのかよ。
なんだこの生き物。
ちなみにベルトは一本しかなく、今はそれを私が使用しているため貸すことはできない。
『あはは、いや、スウェットで行くからいいよ。カジュアルな服装ってことで』
スウェットは縛る紐があるので大丈夫らしい。
なにこの敗北感。
そんな一幕があった。
ダメだ。
生活がだらしないと思われている上に、体もだらしないとか思われている。
きっとそれが積み重なり、私の大人としての威厳が失われつつあるのだ。
もっと、雛乃に尊敬されるために大人っぽさをアピールしないと……。
しかし、今の私に何か出来る事があったとしたら……。
「雛乃、私のお財布は無限大だから好きな服買いなよ」
「いやいやっ、それは悪いって。買ってもらえるだけ有難いんだし、安いのでいいから」
「……いや、でもほら。色々と必要でしょ」
「大丈夫、そんな気にしないって」
「……子供なんだから遠慮しないでいいのよ」
「そこまで頼れないよ」
「……」
「上坂さん?」
“お金”という子供を相手に一番大人気ない方法でアピールをしようとし、それを軽く断られる。
しかも気遣いの仕方も雛乃の方が大人の対応だった。
これでは経済力以外の部分で、雛乃に対して成熟している部分がない。
そんな残念な現実を突きつけられて、一瞬黙ってしまった。
「私、雛乃の子供になった方がいいのかな……」
「さっきの大人発言はどこ行った!?」
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