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25 その日がやってきた

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「よ、よし……今日がいよいよ来たわね、雛乃ひなの

「う、うん……」

 喫茶店に電話をしてみたところ、早急に人手が欲しかったらしく面接日は翌日にすぐに決まった。

 そんな当日の朝、上坂うえさかさんは難しい顔をしていた。

 いつもはぼけーっと朝食をもしゃもしゃ食べているのに、今日は手をつけずにじっとあたしのことを見つめてくる。

「私との練習を思い出せば大丈夫。雛乃ならやれるから」

「あ、うん、そだね……」

 なぜか知らないが、上坂さんは何度も念押ししてくる。

 それに関してはほんとに意味が分からない。

「慌てた時こそ深呼吸を忘れずに、あまり早口になりすぎても印象良くないから。それならゆっくり話した方がまだ好印象……」

「ちょっと上坂さん、ストップ」

 なんだか、あたしに対する面接指導が続きそうだったから止めておく。

 ありがたいけど、そのあたりは何度も聞いたからもう大丈夫。

「え?なに、今からもう一回練習しとく?」

「しないしない」

 というか、上坂さんの焦りすぎだから落ち着いて欲しい。

「練習で出来ないことは――」

「本番でも出来ないんでしょ?前にも聞いたよ」

「だからこそ、ここは改めてもう一回――」

「いや、上坂さん仕事だよね?そんな時間ないよね?」

 余裕をもって出勤していることは知ってるけど、だからと言ってそれなりに時間のかかる面接を出来るほど余裕があるわけでもない。

 というか、もう当日だから後は普通に本番を迎えたい。

「あ、そうか。……なら出社してすぐにZOOOMでも使って……」

 いきなりノートパソコンを起動しはじめる上坂さん。

「おいおい待て待て」

「オンラインでも面接練習はできるから大丈夫だけど?」

「いや、そうじゃなくて。そんなことしなくていいし」

「仕事の心配?大丈夫、周りには緊急の会議って説明しとくから」

「そんな大事なことをあたしの面接に使っちゃダメでしょっ」

 この人、どこまで素なのかな?

 もしかして本当はからかってる?

「あ、雛乃ってパソコン使えない?」

「まぁ……よくわかんないけど」

 問題はそこじゃないけど。

「じゃあ、いますぐスマホにインストールするから」

 ローテーブルに置いてたあたしのスマホに手を伸ばし始める上坂さん。

 あたしはそれをひょいっと先に取って、上坂さんの魔の手から逃れる。

「ちょっと落ち着きな?」

「え、それは私のセリフなんだけど……」

 いや、絶対上坂さんの方がおかしい。

「なんか上坂さんの方が緊張しちゃってない?」

「そ、そうなのかな……雛乃がちゃんと面接できるかどうかと思うと、なんか落ち着かない気はしてたけど……」

 なんだそれ……。

 親しい仲なら、それなりに心配はすることはあると思うけど。

 この焦り方は変じゃない?

「あたしは大丈夫だからっ」

 両手を上坂さんの肩に置く。

 “ぬおおおっ?”と上坂さんは意味わかんない声を上げたけど、とにかく一旦落ち着いた。

「雛乃、それは慢心じゃない……?足元すくわれても知らないよ」

「いや、それなりに緊張してたよ。でも上坂さんがその上を行くから落ち着いちゃったんだよ」

「な、なんだって……?」

「自覚なしかよ」

 なんかこのまま上坂さんを野放しにすると変なことになりそうなので、あたしは早く出社するように勧めた。

「……何かあったら、すぐに言うのよ」

「はいはい」

 面接で何かって何があるんだ。

「いいから上坂さんはお仕事頑張って」

「あー。うん。そっかぁ……」

「よしよし、行ってらっしゃい」

 半ば強制的に、あたしは上坂さんの背中を押して玄関から外へと向かわせた。

「あー、うーん、行ってきまぁす」

 渋々と、上坂さんは仕事場へと向かって行く。

「……過保護すぎだって、マジで」

 玄関で一人、思わず呟いた。


        ◇◇◇


 とは言え、すぐに面接の時間はやってくる。

 面接の予定は9時から。

 開店時間は10時らしいから、開店前に面接をしてくれるみたいだ。

 服装はブラウスにスカートを履いた。

『はっ、恰好もちゃんとしないと落とされるっ』

 と、なぜか上坂さんが焦って急遽、服を貸してくれた。

 ブラウスは袖丈がちょっと短い以外は問題なく、ウエストは緩いけどベルトを巻いて何とかなった。

 ベルトの穴を見て上坂さんは何か神妙な顔をしてたけど……そこは気にし過ぎないことにしよう。

 目的地はすぐに着いた。

 喫茶店 椿つばき

 と、看板が立てかけられている。

 名前からして、なかなか古風な感じだ。

 あたしは一度大きく息を吸ってから、お店のドアを開ける。

 ――カランカラン

 と、扉についていたベルが揺れて音が鳴る。

 内装も負けず劣らずのレトロ感。

 オレンジ色の淡い照明に、年季を感じる木製の家具。

 壁には花をモチーフにしたようなシルエットの模様がいくつも並ぶ。

 そして赤い布張りのソファ。

 どれを見ても、時代を感じさせる。

「あ、まだ開店前なんですけどー」

 すると、カウンターからひょっこりと顔を出す人がいた。

 茶髪でショートカットの、低めの声の女性だった。

 目つきはやや険しくて、声も相まって怖そうな雰囲気を感じる。

「あ、いや、あたし、今日面接で……」

「面接……?」

 茶髪の女性は訝し気にあたしを眺める。

 すると、すぐに目を見開いた。

「ああっ、バイトの子?」

「そ、そうです」

「へー。こんな所に働きにくる子だから、どーせイケていないんだろうなぁと思ってたんだけど……」

 なんか言ってはいけなさそうな事を口走りながら、あたしをジロジロと見てくる。

「名前、なんだっけ?」

雛乃寧音ひなのねねです」

「あー、そうだったそうだった。よしよし、バイトねバイト……」

 よし、遂に面接が始まるんだな……。

 上坂さんとの練習の成果が、今試される。

 あたしは覚悟を決めて、ごくりと生唾を飲み込んだ。

「よし、採用。明日から働ける?」

「……へ?」

「ん?明日じゃダメだった?」

「あ、いえ、そうじゃなくて……」

 肝心の部分が抜けてるような気がするんですが。

「ああ、履歴書とかはもらって契約書とかはサインしてもらうけど。今さっさと済ませるから」

「あ、その前に……面接は?」

「あー、いいよ。こっちも人足りなくて選べるような状況じゃないし。君、なんかいい感じだし」

 淡々と女性は話を進めていく。

 あれ、これってもしかして……?

「あの、あなたはこのお店の……?」

「ああ、わたし店長ね。よろしく」

 あー……なるほど。

 こんな展開もあるんだ。






 何かあったら連絡してって上坂さんは言ってたから、

『面接なしで顔パス採用された』

 と報告をすると、即既読がついた。

 (仕事中のはずなんだけど)

『そんな怪しい人のお店に働いたらダメッ!!』

 と、上坂さんはあたしのことを応援してくれるのか、しないのか。

 やはり、読めない反応をするのだった。

 とりあえず、練習は意味なかったよ上坂さん。
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