46 / 52
46 あたしのやりたいこと
しおりを挟む「……はあ」
溜息が漏れる。
栞さんに突然の別れを切り出されてしまった。
まだ時間はあるけど、でも2週間なんてあっという間だ。
そのカウントダウンが今のあたしには恨めしい。
もっと、この生活を続けていたいのに。
それを許してくれない子供というポジションの自分自身にも悔しさを感じる。
「おーい、なんか動きが雑だぞぉ」
そうしていると、店長から声を掛けられる。
「あ、すみません」
「昨日は上機嫌だったのに、今日はすっかり別人じゃない」
「……分かります?」
「雛乃ちゃん、分かりやすいよね」
ははっ、と乾いた笑いを見せる。
そっか、そんなにあたしは分かりやすくテンションを落としていたのか。
「なんかあったの?」
「いえ、夏休み終わるの、さみしいなって」
それはこのアルバイトの期限であり、栞さんとの別れの期限でもある。
だから、それが今は悲しい。
「あー……。たしかにねぇ、雛乃ちゃんならずっと働いてもらっていいのに」
「そうですか?」
それは大した問題じゃない気がするんだけど。
「ほんとだよ。それにお別れって寂しいしね」
「あ、ありがとうございます……」
店長の言う通りで、別れというのは寂しくて悲しい。
それをあたしは栞さんとしないといけない。
それがあたしの気持ちをひどく憂鬱にさせる。
「夏休みが終わったら実家に戻るんでしょ?」
「……はい」
そうだ。
あたしはまたあの家に戻らないといけない。
あたしのことを否定ばかりしてくる家族のもとへ。
栞さんは、あたしにはその否定を突っぱねる強さがあると言っていたけど。
本当にそうなんだろうか。
あたしはそれに耐えきれなくて、家を飛び出したのに。
栞さんはあたしのことを過大評価しているだけじゃないのかなって、迷いもある。
「進路とか決めないとだもんね。あ、もう決めてる感じ?」
「いえ、まだ何も」
「まあ、そんなもんだよね」
栞さんは、あたしにはこれから見えてくる世界があってそれらを知らないで栞さんの所にいるのは違うと言っていた。
でも、あたしはそんな世界に興味なんてない。
あたしはただ、栞さんといれたらそれでいいのに。
他のことなんて、どうだっていいのに。
「店長は最初から店を継ごうと決めてたんですか?」
「ううん全然。やりたいことなさすぎて、なし崩し的に後を継いだの」
「そ、そうなんですか」
そんな消極的な選択の仕方もあるのか。
「でも、やりたいことあるなら迷わず進んだらいいよ。大人になるとやりたいことあっても色んなしがらみで出来なくなるからさ」
「やりたいこと……」
あたしのやりたいこと。
そんなの、すぐに答えは出る。
あたしはずっと栞さんと一緒にいたい。
でも、そのためにはあたしは子供すぎた。
仮に栞さんがあたしの家出をそのまま許してくれていたとしても、本当の意味で栞さんはあたしのことを見てくれないだろう。
栞さんにとってあたしは“女子高生”であり“子供”という絶対的なフィルターがある。
それが栞さんにとって、何をするにも判断基準になっている。
だから、そこに“雛乃寧音”という個人以外が混ざっている。
それがあたしは納得できない。
あたしは栞さんに、あたしだけを見てほしいのに。
だから、このままじゃあたしの望む幸せは手に入らない。
そのためには、あの最悪な家に戻って我慢しないといけない。
そこで卒業して、やっと栞さんはあたしを個人として見てくれる。
それがようやく分かった。
「何かある?」
「そうですねぇ……」
栞さんと一緒にいることは、もう少し先の願いだ。
だから、この2週間で叶えられる願いがあるとするなら……。
「友達の誕生日を祝いたいですね」
「あ、前言ってたやつね」
うん、今あたしに出来ることがあるとすれば栞さんの誕生日を祝うことだ。
『誕生日?あー……30代突入の魔の合図ね……はは……』
栞さんはそんな事を言って、全く喜んでいなかったから。
そんな気持ちで迎える誕生日なんて寂しすぎる。
だから、あたしが祝ってもっと特別な日にして欲しい。
それがきっと、最後にあたしが出来ること。
そのためにあたしは期限を夏休みを最終日までと決めたんだ。
栞さんの誕生日を祝うために。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
百合ゲーの悪女に転生したので破滅エンドを回避していたら、なぜかヒロインとのラブコメになっている。
白藍まこと
恋愛
百合ゲー【Fleur de lis】
舞台は令嬢の集うヴェリテ女学院、そこは正しく男子禁制 乙女の花園。
まだ何者でもない主人公が、葛藤を抱く可憐なヒロイン達に寄り添っていく物語。
少女はかくあるべし、あたしの理想の世界がそこにはあった。
ただの一人を除いて。
――楪柚稀(ゆずりは ゆずき)
彼女は、主人公とヒロインの間を切り裂くために登場する“悪女”だった。
あまりに登場回数が頻回で、セリフは辛辣そのもの。
最終的にはどのルートでも学院を追放されてしまうのだが、どうしても彼女だけは好きになれなかった。
そんなあたしが目を覚ますと、楪柚稀に転生していたのである。
うん、学院追放だけはマジで無理。
これは破滅エンドを回避しつつ、百合を見守るあたしの奮闘の物語……のはず。
※他サイトでも掲載中です。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」
三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。
クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。
中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。
※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。
12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。
身体だけの関係です 原田巴について
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789
作者ツイッター: twitter/minori_sui
クールすぎて孤高の美少女となったクラスメイトが、あたしをモデルに恋愛小説を書く理由
白藍まこと
恋愛
あたし、朝日詩苑(あさひしおん)は勝気な性格とギャルのような見た目のせいで人から遠ざけられる事が多かった。
だけど高校入学の際に心を入れ替える。
今度こそ、皆と同じように大人しく友達を作ろうと。
そして隣の席になったのは氷乃朱音(ひのあかね)という学年主席の才女だった。
あたしは友好的に関わろうと声を掛けたら、まさかの全シカトされる。
うざぁ……。
とある日の放課後。
一冊のノートを手にするが、それは氷乃朱音の秘密だった。
そして、それを知ってしまったあたしは彼女に服従するはめに……。
ああ、思い描いていた学校生活が遠のいていく。
※他サイトでも掲載中です。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる