【完結済】王妃になりたかったのではありません。ただあなたの妻になりたかったのです。

鳴宮野々花@書籍4作品発売中

文字の大きさ
34 / 35

最終話. 妻への想い・前編(※sideジェレミー)

しおりを挟む
 ベッドの上で生まれたばかりの我が息子を抱く、愛おしい妻。

 元々気品溢れる美しさの持ち主ではあったが、愛のこもった瞳で腕の中の赤ん坊を見つめているその姿は、まるで聖母そのものだ。

 結婚してもう何年も経つというのに、私はいまだにこうして妻に見とれてしまう。子どもの頃から今でもずっと、私は妻に恋い焦がれている。

「みちてー。ねぇおかあたま!あたちにもみちてー」
「ふふ、はいはい。……ほら、よく見てリゼット。あなたの弟のハビエルよ。優しくしてあげてね」
「かあいー」

 2歳になったばかりの娘リゼットは、妻の抱く赤ん坊を見て可愛いと言う。そう言うお前もとても可愛いんだよ、リゼット。
 結婚してから、私の宝物が次々に増えていく。

「……体は辛くないかい?フィオレンサ」

 出産という大仕事を終えて間もない妻の体を、私は気遣う。無理はしてほしくない。

「ええ、大丈夫よ。あなたこそ、お仕事の方は……」
「ああ、問題ないよ。君が普段からしっかり書類を捌いてくれていたからね。充分やっていけてる。領地の仕事のことは何も気にせず、今はゆっくり休んでおくれ。……ありがとう、フィオレンサ」

 私は妻の額に、優しくキスをした。






 私が初めてフィオレンサに出会ったのは、幼き日、母に連れられて行った茶会の場だった。
 同じ年頃の、小さな可愛い娘。その愛らしさは天使のようで、私は彼女から目が離せなかった。緊張してあまり話せずにいた私に、ニコニコしながらたくさん話しかけてくれた。今思えば、大人しい彼女なりに一生懸命私を気遣ってくれていたのだろう。屈託なく笑うその表情を、今でもはっきりと覚えている。
 そのフィオレンサが王太子殿下の婚約者であると知った時のショックは、計り知れなかった。辛くてたまらず、幼い私は密かに部屋で涙を拭ったものだった。



 貴族学園に通っていた頃の日々は、まさに夢のようだった。数年間、あのフィオレンサと同じ場所で共に学べたのだ。より一層美しく成長した彼女の姿は、いつも多くの生徒たちの目を引いていた。だが他のどの男たちよりも、私が一番熱い視線で見つめていたと断言できる。

 もちろん、それは秘めた想いではあったけれど。

 大それたことを望んでいたわけではなかった。彼女はこの王国の王太子殿下の婚約者。私などには高嶺の花なのだ。
 苦しいほどの恋慕の情を胸に秘めたまま、私はさりげなく彼女と親しくなり、他の学友たちも交えながら共に勉強するようになった。幸いなことに、我々の勉強会に王太子殿下が参加することはほとんどなかったから、目の前で睦まじい二人の姿を見せつけられるという地獄は味わわずに済んだ。

 私の人生に与えられた、束の間の至福の時間。
 自分の学園生活を、私はそのように思っていた。



 だから王太子殿下が突然フィオレンサとの婚約を破棄し、貴族学園で出会ったイルゼ・バトリー子爵令嬢と結婚された時は、愕然とした。

 一体何故だ?何があったのか。
 フィオレンサ……、フィオレンサは大丈夫なのだろうか。

 彼女が、ずっと一途にひたむきに王太子殿下を愛していたことは、よく分かっていた。私が密かに彼女を見つめている時、彼女の視線の先には、常に殿下の姿があったのだから。胸の疼きを抱えながらも、私は真摯な愛を注ぐその姿に感動すら覚えたものだった。殿下を見つめるフィオレンサの美しい姿は、まさに女神そのものだったのだから。

 そのフィオレンサが、王太子殿下から婚約を破棄された。

 そのことが耳に入ったその日、私は考えるより先にブリューワー公爵家を目指した。ただの学園時代の友人でしかない私が、こんな時に真っ先に駆けつけるのもおかしな話だったろう。だが、彼女が心配でじっとしていられなかった。傍にいてあげたい。私のことなど彼女は少しも望んではいないだろうが、それでも彼女の元に向かわずにはいられなかったのだ。

 けれど、なかなか彼女に会うことはかなわなかった。憔悴しきっているらしく、起き上がることもできずにいるのだという。
 私は王太子殿下を心の底から憎んだ。あのフィオレンサに、こんな苦しみを味わわせるなど……!ご自分がどれほど果報者であったのかが分からないのか。あれほど愛され、尽くされて、彼女の愛と賢さに支えられて生きてきたくせに。何故こんな非道な真似ができるのか……!!

 しつこいと自分でも分かっていながら、私は度々ブリューワー公爵家を訪問した。こんなに何度も押しかけたら、きっとご迷惑だろう。だが、あと一度だけ、もしかしたら今日こそ一目だけでも会えるかもしれないから、あと一度だけ……。そう思いながら、何度も通った。
 しかしブリューワー公爵も公爵夫人も、私を咎めることはなさらなかった。

「すまないね、ジェレミー殿。何度も来てくれているというのに。娘はいまだに寝込んだままなのだよ、まったく……」
「いえ、こちらこそ、度々押しかけてしまい、申し訳ありません、ブリューワー公爵。……どうか体を大事にと、お伝えください」
「ありがとう。……君に感謝しているよ」

 ブリューワー公爵は、そんな優しい言葉さえかけてくださったのだ。



 ようやく彼女が起き上がれるようになり、私たちは久方ぶりの対面を果たした。病みやつれた姿が痛々しかった。二人で会話をする時間が少しずつ長くなり、彼女の顔に笑顔が見られるようになった頃には、心底ホッとした。 
 さりげなく外出に誘い、もっと彼女を楽しませようと努力した。観劇しながら瞳を輝かせるその美しい横顔をそっと盗み見ては、胸が震えるほどの喜びを感じた。

 その時の私に、下心は一切なかった。フィオレンサさえ元気になってくれれば、それで充分だと思っていた。



 だがそうして二人で何度も出かけるようになったある日、彼女から「もうこうして二人で頻繁に出かけるのは止めよう。また時折皆で会えればいい」という旨の言葉を告げられた。

 私は激しくショックを受けた。最近はとても楽しそうにしてくれていると思っていたが……、やはり私が誘うのは迷惑だったのだろうか。
 だがそれを尋ねると、彼女は言った。

「……ジ、ジェレミー様には、想いを寄せる方がいらっしゃるのでしょう?その方のためにお時間を使った方がいいと思いまして……」
「……え」
「ジェレミー様はとても素敵な方ですわ。あなたと一緒に過ごす時間が増えれば、もしかしたらその方も、あなたに想いを寄せてくれるかもしれませんもの」
「……っ、」

 私はそんなに鈍感な方ではない。その時の彼女の表情を見て、自分が嫌われているわけではないと確信した。いや、むしろ……。

 強引なのはよくない。彼女の心の傷は、まだほとんど癒えてはいないのだから。だが今このチャンスを逃せば、私が自分の想いを伝えられる日が来るかどうかも分からないのだ。

 私は欲を出し、一歩踏み込んだ。

 いくつかの言葉で彼女の気持ちを確認しながら、勇気を出して伝えた。

「……いつか、あなたが私を心から想ってくださるようになったら、」

 私は彼女の両手を優しくそっと握った。

「っ?!」
「その時は、私と結婚して下さい。あなたの愛を得られる日まで、私はこれからもずっとあなたを愛し続けますから」
「……。…………は、」

 あの時のフィオレンサの顔……、可愛かったな。今思い出してもニヤけてしまう。目を真ん丸に見開いて、ポカンとした表情で私を見つめていた。そのうちみるみる頬が赤く染まり、困ったような顔をして俯いてしまったのだった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

遊び人の令嬢が目を付けたのは、私の真面目な婚約者でした

おいどん
恋愛
子爵家の令嬢エリーネと伯爵家の次男のノルトが婚約を結んだのは、半年前だった。 真面目で優秀なノルトに相応しい婚約者であろうとするものの、エリーネには自信がなかった。 ある日、遊び人と噂の令嬢べルティーナとノルトが共にいるところを見てしまう。 「真面目クンは壁さえ破っちゃえばこっちのもんだからね〜」 「きっと、彼女の美しさに嫉妬しているのだわ…」 「…今度は、ちゃんと言葉にするから」

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

婚約破棄された令嬢は、ざまぁの先で国を動かす ――元王太子の後悔が届かないほど、私は前へ進みます』

ふわふわ
恋愛
名門アーデン公爵家の令嬢ロザリーは、 王太子エドワードの婚約者として完璧に役目を果たしてきた――はずだった。 しかし彼女に返ってきたのは、 「聖女」と名乗る平民の少女に心酔した王太子からの一方的な婚約破棄。 感情論と神託に振り回され、 これまでロザリーが支えてきた国政はたちまち混乱していく。 けれど、ロザリーは泣かない。縋らない。復讐に溺れもしない。 「では、私は“必要な場所”へ行きますわ」 冷静に、淡々と、 彼女は“正しい判断”と“責任の取り方”だけで評価を積み上げ、 やがて王太子すら手を出せない国政の中枢へ――。 感情で選んだ王太子は静かに失墜し、 理性で積み上げた令嬢は、誰にも代替できない存在になる。 これは、 怒鳴らない、晒さない、断罪しない。 それでも確実に差がついていく、**強くて静かな「ざまぁ」**の物語。 婚約破棄の先に待っていたのは、 恋愛の勝利ではなく、 「私がいなくても国が回る」ほどの完成された未来だった。 ――ざまぁの、そのさらに先へ進む令嬢の物語。

「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります

恋せよ恋
恋愛
「しっかり者の姉なら、婚約者を妹に譲ってあげなさい」 「そうだよ、バネッサ。君なら、わかるだろう」 十五歳の冬。父と婚約者パトリックから放たれた無慈悲な言葉。 再婚相手の連れ子・ナタリアの図々しさに耐えてきたバネッサは、 その瞬間に決意した。 「ええ、喜んで差し上げますわ」 将来性のない男も、私を軽んじる家族も、もういらない。 跡継ぎの重責から解放されたバネッサは、その類まれなる知性を見込まれ、 王国の重鎮・ヴィンセント公爵家へ嫁ぐことに。 「私は、私を一番に愛してくれる場所で幸せになります!」 聡明すぎる令嬢による、自立と逆転のハッピーエンド。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

【完結】実兄の嘘で悪女にされた気の毒な令嬢は、王子に捨てられました

恋せよ恋
恋愛
「お前が泣いて縋ったから、この婚約を結んでやったんだ」 婚約者である第一王子エイドリアンから放たれたのは、 身に覚えのない侮蔑の言葉だった。 10歳のあの日、彼が私に一目惚れして跪いたはずの婚約。 だが、兄ヘンリーは、隣国の魔性の王女フローレンスに毒され、 妹の私を「嘘つきの悪女」だと切り捨てた。 婚約者も、兄も、居場所も、すべてを奪われた私、ティファニー16歳。 学園中で嘲笑われ、絶望の淵に立たされた私の手を取ったのは、 フローレンス王女の影に隠れていた隣国の孤高な騎士チャールズだった。 「私は知っています。あなたが誰よりも気高く、美しいことを」 彼だけは、私の掌に刻まれた「真実の傷」を見てくれた。 捨てられた侯爵令嬢は、裏切った男たちをどん底へ叩き落とす! 痛快ラブ×復讐劇、ティファニーの逆襲が始まる! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?

ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。 ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

処理中です...