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75. この国の未来
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「────いつまで経ってもしらを切り続けるので遅々として進まなかったザーディン・アドラムへの事実確認ですが、ルゼリエ殿下のご指示の通り、かなり手荒な方法をとらせていただきました」
「……それで?」
王宮の一室。今この部屋には私の他に、兄のルゼリエとユリシーズ殿下もいる。淡々と報告する役人たちに兄が先を促すと、彼らは少し緊張した面持ちで答えた。
「やはりマデリーン・ベレットを側妃に据えたのは、アドラムの計画による誘導でした。手駒として動かしやすい女をジェラルド国王の側妃に置くことで、国政の実権を握ろうと目論んだと。国王の好みそうな女を見繕った結果、マデリーンを使うことに決めたそうです。しかし国王の寵愛を得て調子に乗ったマデリーンが自分を裏切り、いくら命じても言うことをきかなくなったことを腹に据えかね、刺客を使って殺害に及んだと」
その後、役人らの口からはアドラム公爵の重ねた罪の数々が暴露された。言葉巧みにジェラルド国王を誘導し、私との閨に避妊薬を持ち込ませ、私に世継ぎを産ませないようにしていたこと、カナルヴァーラ王国という後ろ盾を持つ私を疎み離宮へ追いやったこと、邪魔になったマデリーン妃を殺害し、後釜となる新たな側妃を選ぼうとしていたこと、そして側妃殺害の罪を王太后へなすりつけるつもりだったこと…。
「ふむ…。やはりカイル・アドラムの証言に相違なかったか」
兄ルゼリエは役人らの話を聞き終わると、深いため息とともにそう呟いた。
「とんだ腹黒狸爺でしたね、あの宰相は。…ご無事で何よりでした、アリア妃陛下」
「ありがとうございます、ユリシーズ殿下。私が今日まで無事でいられたのは、ここにいる護衛騎士たちのおかげです。殿下もここまでご無事で…本当にようございました」
後ろに控えているエルドたちに視線を送りそう言うと、ユリシーズ殿下はにっこり微笑む。そしてちらりと兄を見ながら言った。
「今回の大規模な作戦では、頼りになるこちらの指導者がいましたからね。ルゼリエ王太子殿下はずっとアリア妃陛下のことを気にかけておいででしたよ。こうして無事に再会できて感無量でしょう、殿下」
「…お兄様…」
ユリシーズ殿下の言葉に、改めて兄を見る。そんなに私のことを気にかけてくれていたなんて。
「…ご心配ばかりおかけしました、お兄様。力を貸してくださったこと、感謝しています」
「父上も母上も、姉たちも皆、お前の無事を祈っていたよ。…アリア、カナルヴァーラへ帰りなさい」
「……えっ?」
兄の唐突な言葉に、思わず声を上げる。
「暴政の代償として、ラドレイヴン王国の君主には相応の処罰が与えられる。宰相も当然そうだ。国の要となって働いていた重鎮たちの多くは他国に流れ、民たちは君主の悪政のために苦しんでいる。この大国は今存亡の危機に立たされている。ここからの立て直しに向けて、大きな改革が必要だ。新たな指導者を決めなくてはならない」
「……。はい」
「疲弊しきったこの国の未来を任せられるだけの指導者を選ぶ必要がある。崩れ落ちる寸前のこのラドレイヴン王国のために全てを賭け、民の幸せな生活を取り戻すために全力で国政にあたることのできる指導者を。…この混乱した国に留まるよりも、アリア、お前はカナルヴァーラに帰り今後の人生を母国で過ごすといい。父上と母上も、それを望んでいる」
「……お兄様…」
「ジェラルドは処刑されることになるだろうが、お前は我が国の王女だ。ここに残っている家臣たちの多くが、お前が被害者であることも、暴君を止めるために抗おうとしていたことも分かっている。共に処刑されろなどと言う者はおるまいが、お前にはもう安全な場所で穏やかに過ごしてほしい」
「……。それはできません、お兄様」
兄の言葉を一言一句受け止めた私は、迷いなくそう答えた。兄とユリシーズ殿下が目を丸くしてこちらを見ている。
「私はこのラドレイヴン王国の王妃です。国が始まって以来の大きな危機を迎えているこの状況の中で、民たちを見捨てて自分だけが安全な母国に逃げ帰るなど、そんなことできるはずがございませんわ。改革に全力で取り組む指導者が必要というのならば、その役目は私のものです。王家の失態は、王家の者が償わなければ。私は人生の最後の時までこのラドレイヴン王国に留まり、この国のために尽くします」
「…………アリア……」
静寂が訪れた。誰も何も言葉を発さないまま時が過ぎる。そうしてしばらく私と見つめあっていた兄は、ようやくゆっくりと息をついた。
「……そうか……。まさかお前の口から、そんな力強い言葉が聞ける日が来るとはな…。あんなにもか細くて大人しい、頼りなかった妹は一体どこへ行ったのやら。いつの間にか…、こんなにも強くなっていたのだな…」
そう言って微笑む兄の声はかすかに震えていた。
「逆境の中で強くなられたのですね、アリア妃陛下。…きっと大丈夫です、あなたなら。我々も存分に助力いたしますよ」
「ありがとうございます、ユリシーズ殿下」
目の前の二人を安心させるように、私は悠然と微笑んでみせたのだった。
「……それで?」
王宮の一室。今この部屋には私の他に、兄のルゼリエとユリシーズ殿下もいる。淡々と報告する役人たちに兄が先を促すと、彼らは少し緊張した面持ちで答えた。
「やはりマデリーン・ベレットを側妃に据えたのは、アドラムの計画による誘導でした。手駒として動かしやすい女をジェラルド国王の側妃に置くことで、国政の実権を握ろうと目論んだと。国王の好みそうな女を見繕った結果、マデリーンを使うことに決めたそうです。しかし国王の寵愛を得て調子に乗ったマデリーンが自分を裏切り、いくら命じても言うことをきかなくなったことを腹に据えかね、刺客を使って殺害に及んだと」
その後、役人らの口からはアドラム公爵の重ねた罪の数々が暴露された。言葉巧みにジェラルド国王を誘導し、私との閨に避妊薬を持ち込ませ、私に世継ぎを産ませないようにしていたこと、カナルヴァーラ王国という後ろ盾を持つ私を疎み離宮へ追いやったこと、邪魔になったマデリーン妃を殺害し、後釜となる新たな側妃を選ぼうとしていたこと、そして側妃殺害の罪を王太后へなすりつけるつもりだったこと…。
「ふむ…。やはりカイル・アドラムの証言に相違なかったか」
兄ルゼリエは役人らの話を聞き終わると、深いため息とともにそう呟いた。
「とんだ腹黒狸爺でしたね、あの宰相は。…ご無事で何よりでした、アリア妃陛下」
「ありがとうございます、ユリシーズ殿下。私が今日まで無事でいられたのは、ここにいる護衛騎士たちのおかげです。殿下もここまでご無事で…本当にようございました」
後ろに控えているエルドたちに視線を送りそう言うと、ユリシーズ殿下はにっこり微笑む。そしてちらりと兄を見ながら言った。
「今回の大規模な作戦では、頼りになるこちらの指導者がいましたからね。ルゼリエ王太子殿下はずっとアリア妃陛下のことを気にかけておいででしたよ。こうして無事に再会できて感無量でしょう、殿下」
「…お兄様…」
ユリシーズ殿下の言葉に、改めて兄を見る。そんなに私のことを気にかけてくれていたなんて。
「…ご心配ばかりおかけしました、お兄様。力を貸してくださったこと、感謝しています」
「父上も母上も、姉たちも皆、お前の無事を祈っていたよ。…アリア、カナルヴァーラへ帰りなさい」
「……えっ?」
兄の唐突な言葉に、思わず声を上げる。
「暴政の代償として、ラドレイヴン王国の君主には相応の処罰が与えられる。宰相も当然そうだ。国の要となって働いていた重鎮たちの多くは他国に流れ、民たちは君主の悪政のために苦しんでいる。この大国は今存亡の危機に立たされている。ここからの立て直しに向けて、大きな改革が必要だ。新たな指導者を決めなくてはならない」
「……。はい」
「疲弊しきったこの国の未来を任せられるだけの指導者を選ぶ必要がある。崩れ落ちる寸前のこのラドレイヴン王国のために全てを賭け、民の幸せな生活を取り戻すために全力で国政にあたることのできる指導者を。…この混乱した国に留まるよりも、アリア、お前はカナルヴァーラに帰り今後の人生を母国で過ごすといい。父上と母上も、それを望んでいる」
「……お兄様…」
「ジェラルドは処刑されることになるだろうが、お前は我が国の王女だ。ここに残っている家臣たちの多くが、お前が被害者であることも、暴君を止めるために抗おうとしていたことも分かっている。共に処刑されろなどと言う者はおるまいが、お前にはもう安全な場所で穏やかに過ごしてほしい」
「……。それはできません、お兄様」
兄の言葉を一言一句受け止めた私は、迷いなくそう答えた。兄とユリシーズ殿下が目を丸くしてこちらを見ている。
「私はこのラドレイヴン王国の王妃です。国が始まって以来の大きな危機を迎えているこの状況の中で、民たちを見捨てて自分だけが安全な母国に逃げ帰るなど、そんなことできるはずがございませんわ。改革に全力で取り組む指導者が必要というのならば、その役目は私のものです。王家の失態は、王家の者が償わなければ。私は人生の最後の時までこのラドレイヴン王国に留まり、この国のために尽くします」
「…………アリア……」
静寂が訪れた。誰も何も言葉を発さないまま時が過ぎる。そうしてしばらく私と見つめあっていた兄は、ようやくゆっくりと息をついた。
「……そうか……。まさかお前の口から、そんな力強い言葉が聞ける日が来るとはな…。あんなにもか細くて大人しい、頼りなかった妹は一体どこへ行ったのやら。いつの間にか…、こんなにも強くなっていたのだな…」
そう言って微笑む兄の声はかすかに震えていた。
「逆境の中で強くなられたのですね、アリア妃陛下。…きっと大丈夫です、あなたなら。我々も存分に助力いたしますよ」
「ありがとうございます、ユリシーズ殿下」
目の前の二人を安心させるように、私は悠然と微笑んでみせたのだった。
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