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13. 白い夫婦、王太子夫妻に
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私がそうした王妃陛下の嫌がらせを受け流している一方で、ギルフォード伯爵家の養女となりジョゼフ殿下の婚約者となったエヴァナ・オーデン男爵令嬢の淑女教育、王子妃教育が始まったが、そちらは一向に進まないようだった。
エヴァナ嬢は反抗的で不真面目な性格のようで、ノーランド伯爵夫人や他の教育係たちを悩ませているらしい。
さらにはジョゼフ王太子殿下の、王宮内、そして貴族たちからの評価が、著しく低下していた。これはあの夜、王国中の貴族たちの集まる生誕祭の場で私への婚約破棄を宣言した辺りから、すでに始まっていたらしい。そもそも私の実家バークリー公爵家は、何代にも渡って王家との姻戚関係もある、由緒正しい家柄。そのバークリー公爵家で幼少期から徹底的に教育されてきた私は、大臣やその他の重鎮たち、そして貴族らからの信頼も厚かった。それなのに、彼がそのフローリア・バークリーを切り捨ててまで選んだ男爵家出身の令嬢は、才もなければ努力も不十分。
やはり王太子は軽率だった、国王に即位させるにはあまりにも未熟な人物だという評価が、またたく間に浸透していったのだった。
ついには国王の列席する議会で、「国の未来を思えば、第一王子殿下に代わり、第二王子殿下を次期王太子にお迎えすべきかと……」という、不敬ギリギリ綱渡りのような発言まで出はじめたらしい。
けれど、そんな中で大きな事件が起こった。
それは、ルミロ第二王子の辺境地視察中の出来事だった。
ルミロ殿下は、民に寄り添う真摯で誠実な王子。たびたび王国内を回っては、各地の平民たちの暮らしぶりを確認していらした。
けれど、ある時王子殿下が訪れた辺境地で、未記録の流行病が発生。たまたま流行りはじめの時にその村に居合わせたルミロ殿下は、なんと民たちと共にその流行病に罹患してしまわれたのだ。
急ぎ殿下を王宮まで連れ戻した時には、すでにひどい高熱が幾日も続いた後だった。殿下は緊急隔離され、王宮医師団による懸命な治療が続けられた。
一時は命さえも危ぶまれる状態であったルミロ殿下だけれど、その後どうにか容態が落ち着き、一命を取り留めることができた。けれど、この時の高熱が、殿下に深刻な後遺症を残す結果となってしまった。
◇ ◇ ◇
数ヶ月後、クリストファー殿下と私は、国王の私室に呼び出された。その場にいたのは、国王陛下、宰相、王宮医師長、そして侍従長だった。常と変わらぬ冷静な表情のクリストファー殿下。その隣で、ただならぬ室内の雰囲気に私の心臓は破裂しそうなほど脈打っていた。一体今から、何の話をされるのだろうか。……嫌な予感がした。
国王陛下が、重々しく口を開いた。
「お前たちに話さなければならないことがある。まずは、ルミロの件だ」
陛下のその言葉を受け、王宮医師長が語りだした。
「ようやく容態が落ち着かれ、現在は離宮にて静養中のルミロ第二王子殿下でございますが、解熱後の精密検査にて、生殖機能に深刻な障害が残ってしまったことが確認されてございます」
(……え……?)
並んで座っていた私とクリストファー殿下は、どちらも固まった。私は息をするのも忘れ、ただ黙って医師長の顔を見つめる。国王陛下は眉間に深い皺を作り、深く息をついた。そして医師長の口から、決定的な言葉が告げられた。
「つまり……、ルミロ第二王子殿下は、後継を成す力を失われました」
「……そ……」
(そんな……)
シン、と静まり返る室内。思わず隣のクリストファー殿下の顔を見上げそうになった私は、ハッと我に返り慌ててポーカーフェイスを保つ。けれど頭の中は混乱状態だった。
……まさか……、もしかして……。
痛いほど大きく脈打つ心臓。背中にじんわりと汗が浮かぶ。国王陛下が再び口を開いた。
「……そういうことだ。子を成せぬ以上、ルミロの王位継承権は剥奪する他ない。加えてジョゼフは、そなたとの独断的な婚約破棄、男爵令嬢との身勝手な婚約、その他最近では、不勉強から外交公務で度重なる失態まで犯しておる。もはや臣下、貴族らからの信頼は完全に失墜した。先日の議会で行われた王位継承に関する議論の結果、奴を廃太子とすることが決定した」
(……うわぁ……)
来た。やっぱり。さっきからそんな気がしていた。
(でも待ってよ。それじゃ困る。だって私たちは……!)
内心冷や汗をダラダラと流していると、国王陛下がクリストファー殿下と私の目を順に見つめ、ついに宣った。
「クリストファー、フローリア。そなたたちが王太子とその妃となることを、ここに命ずる。王家の名誉を守り、そしてこのイヴリンド王国の安寧と秩序の護持、民の幸福のため、その責務を全うせよ」
(────っ!!)
何となく察していたとはいえ、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。信じられない。いや、信じられないっていうか、もちろん分かってはいた。クリストファー殿下が王位継承順三位だったってことは。
でもまさか、こんな形でその順番が回ってくるなんて思わないじゃない……!!
隣のクリストファー殿下だって、きっと今頃心底動揺しているはずだ。こんなはずじゃなかったのだから。
けれど彼は第三王子。混乱した様子など微塵も感じさせない落ち着いた姿で、立派な返答をなさった。
「承知いたしました、父上。イヴリンド王国の末永い安寧と繁栄のため、全力を尽くしてまいります」
私もそれに倣い、もはや条件反射で返答した。
「謹んで拝命いたします、国王陛下。イヴリンド王国の未来のために精一杯努め、ご期待にお応えできるよう、誠心誠意責務を全うしてまいります」
内心はもうそれどころではない私に追い打ちをかけるように、普段は厳しい宰相閣下が相好を崩しながら、とどめを刺してきた。
「お二人の優れた資質、非凡な能力をたしかに引き継ぐであろう御子の誕生を、心より待ち望んでおりますぞ。はは」
(…………嘘でしょう…………?)
こうして私たちの秘密の白い結婚契約は、わずか半年足らずで撤回されようとしていた。
エヴァナ嬢は反抗的で不真面目な性格のようで、ノーランド伯爵夫人や他の教育係たちを悩ませているらしい。
さらにはジョゼフ王太子殿下の、王宮内、そして貴族たちからの評価が、著しく低下していた。これはあの夜、王国中の貴族たちの集まる生誕祭の場で私への婚約破棄を宣言した辺りから、すでに始まっていたらしい。そもそも私の実家バークリー公爵家は、何代にも渡って王家との姻戚関係もある、由緒正しい家柄。そのバークリー公爵家で幼少期から徹底的に教育されてきた私は、大臣やその他の重鎮たち、そして貴族らからの信頼も厚かった。それなのに、彼がそのフローリア・バークリーを切り捨ててまで選んだ男爵家出身の令嬢は、才もなければ努力も不十分。
やはり王太子は軽率だった、国王に即位させるにはあまりにも未熟な人物だという評価が、またたく間に浸透していったのだった。
ついには国王の列席する議会で、「国の未来を思えば、第一王子殿下に代わり、第二王子殿下を次期王太子にお迎えすべきかと……」という、不敬ギリギリ綱渡りのような発言まで出はじめたらしい。
けれど、そんな中で大きな事件が起こった。
それは、ルミロ第二王子の辺境地視察中の出来事だった。
ルミロ殿下は、民に寄り添う真摯で誠実な王子。たびたび王国内を回っては、各地の平民たちの暮らしぶりを確認していらした。
けれど、ある時王子殿下が訪れた辺境地で、未記録の流行病が発生。たまたま流行りはじめの時にその村に居合わせたルミロ殿下は、なんと民たちと共にその流行病に罹患してしまわれたのだ。
急ぎ殿下を王宮まで連れ戻した時には、すでにひどい高熱が幾日も続いた後だった。殿下は緊急隔離され、王宮医師団による懸命な治療が続けられた。
一時は命さえも危ぶまれる状態であったルミロ殿下だけれど、その後どうにか容態が落ち着き、一命を取り留めることができた。けれど、この時の高熱が、殿下に深刻な後遺症を残す結果となってしまった。
◇ ◇ ◇
数ヶ月後、クリストファー殿下と私は、国王の私室に呼び出された。その場にいたのは、国王陛下、宰相、王宮医師長、そして侍従長だった。常と変わらぬ冷静な表情のクリストファー殿下。その隣で、ただならぬ室内の雰囲気に私の心臓は破裂しそうなほど脈打っていた。一体今から、何の話をされるのだろうか。……嫌な予感がした。
国王陛下が、重々しく口を開いた。
「お前たちに話さなければならないことがある。まずは、ルミロの件だ」
陛下のその言葉を受け、王宮医師長が語りだした。
「ようやく容態が落ち着かれ、現在は離宮にて静養中のルミロ第二王子殿下でございますが、解熱後の精密検査にて、生殖機能に深刻な障害が残ってしまったことが確認されてございます」
(……え……?)
並んで座っていた私とクリストファー殿下は、どちらも固まった。私は息をするのも忘れ、ただ黙って医師長の顔を見つめる。国王陛下は眉間に深い皺を作り、深く息をついた。そして医師長の口から、決定的な言葉が告げられた。
「つまり……、ルミロ第二王子殿下は、後継を成す力を失われました」
「……そ……」
(そんな……)
シン、と静まり返る室内。思わず隣のクリストファー殿下の顔を見上げそうになった私は、ハッと我に返り慌ててポーカーフェイスを保つ。けれど頭の中は混乱状態だった。
……まさか……、もしかして……。
痛いほど大きく脈打つ心臓。背中にじんわりと汗が浮かぶ。国王陛下が再び口を開いた。
「……そういうことだ。子を成せぬ以上、ルミロの王位継承権は剥奪する他ない。加えてジョゼフは、そなたとの独断的な婚約破棄、男爵令嬢との身勝手な婚約、その他最近では、不勉強から外交公務で度重なる失態まで犯しておる。もはや臣下、貴族らからの信頼は完全に失墜した。先日の議会で行われた王位継承に関する議論の結果、奴を廃太子とすることが決定した」
(……うわぁ……)
来た。やっぱり。さっきからそんな気がしていた。
(でも待ってよ。それじゃ困る。だって私たちは……!)
内心冷や汗をダラダラと流していると、国王陛下がクリストファー殿下と私の目を順に見つめ、ついに宣った。
「クリストファー、フローリア。そなたたちが王太子とその妃となることを、ここに命ずる。王家の名誉を守り、そしてこのイヴリンド王国の安寧と秩序の護持、民の幸福のため、その責務を全うせよ」
(────っ!!)
何となく察していたとはいえ、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。信じられない。いや、信じられないっていうか、もちろん分かってはいた。クリストファー殿下が王位継承順三位だったってことは。
でもまさか、こんな形でその順番が回ってくるなんて思わないじゃない……!!
隣のクリストファー殿下だって、きっと今頃心底動揺しているはずだ。こんなはずじゃなかったのだから。
けれど彼は第三王子。混乱した様子など微塵も感じさせない落ち着いた姿で、立派な返答をなさった。
「承知いたしました、父上。イヴリンド王国の末永い安寧と繁栄のため、全力を尽くしてまいります」
私もそれに倣い、もはや条件反射で返答した。
「謹んで拝命いたします、国王陛下。イヴリンド王国の未来のために精一杯努め、ご期待にお応えできるよう、誠心誠意責務を全うしてまいります」
内心はもうそれどころではない私に追い打ちをかけるように、普段は厳しい宰相閣下が相好を崩しながら、とどめを刺してきた。
「お二人の優れた資質、非凡な能力をたしかに引き継ぐであろう御子の誕生を、心より待ち望んでおりますぞ。はは」
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