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4. 厄介払い
それからおよそ一月。諸々の手続きを済ませた私は、三年ぶりに実家のメロウ侯爵家へと戻った。王都の中心地にあるタウンハウスは、以前に比べてやけにけばけばしい雰囲気になっていた。淡い色味を好んでいた母や私とは違い、ベアトリス夫人は鮮やかな濃色がお好きなようだ。屋敷の中は、飾られた絵や置物、絨毯の色や柄、全てががらりと変えられていた。
居間で対面した父の表情は暗い。義母であるベアトリス夫人は、憎々しげに私を睨みつけた。
「嫌だわ、王家から離縁されて出戻った義娘なんて……。恥ずかしいったらありゃしない。あなたのせいで、あたくしたちまで社交界の笑い者にされているのよ。あたくしの大事な大事なリリエッタのことを虐め続けていたのも許せないのに、まさか子を授かることもできずに……」
「ですから、お義母様。私はリリエッタのことを虐めたことなどただの一度もございません。お分かりのはずですわ。あなた方がこのメロウ侯爵家にやって来てから私が王家に嫁ぐまでの半年間、一度でもそのようなところをご覧になられましたか?」
「ほら、やっぱり。リリエッタの言ったとおりだわ。誰にも見られていない時にだけ手酷く虐めているのよね。そしてあの子が私に泣いて訴えれば『そんな場面を一度でも見たのか』と詰め寄る。本当に、気が強くてしたたかね、あなたって」
ベアトリス夫人との口論は不毛だった。どうせこの人は私を信じる気持ちなど、はなからない。もしくはリリエッタと結託して、わざとこう言っているのだろう。
私たちから目を逸らしている父に視線を向けると、しばらくして父が重い口を開いた。
「……まぁいずれにせよ、心の傷が大きいだろう、セレステ。どうだ? 領地の南東にある屋敷で、しばらく静養するというのは」
「……は?」
父の言葉に、私は頭の中でメロウ侯爵領の地図を広げる。……南東の屋敷。まさか、あそこのことだろうか。数十年前から全く使われていない、あの古い小さな屋敷。
私を体よく追い払おうとしていることに、すぐに気付いた。
黙って父を見つめると、ほんの束の間目が合う。けれど、父はすぐにまた視線を逸らした。
「……リリエッタもベアトリスも、その方が気持ちが落ち着くだろう。互いのためにいい。お前の今後の処遇は、ゆっくりと考えようじゃないか」
「当然ですわ! このままここにいられたら、あたくしの可愛い娘がどんな目に遭わされることか……! 社交界のお友達も皆様おっしゃいますの。セレステさんを屋敷に置いておくのは危険だって」
ベアトリス夫人が私を睨みながら声高にそう言った。
その後どんなに自分の正当性を訴えようとも父の気持ちを動かすことはできず、結局私はすぐに領地に送られた。そして南東の田舎の村にある、今にも朽ち果てそうなオンボロ屋敷に住まわされることとなった。全く使われていない屋敷なので、手入れなど一切されていない。どこもかしこも埃まみれで、床も階段もひどく軋む。
どうせ近いうちに、父から便りが届くのだろう。子が産めない体ということになっている私には、後妻として
の縁談さえ来るはずがない。あるいはどこかの老商人にでも嫁がされるか、領内の修道院送りになるか……。その時まで、ここで一人暮らすしかないのだ。
私に付いて来させられた数人の侍女や使用人たちも、皆不満そうな顔だ。露骨すぎて笑いが出る。こんな何もない田舎に、厄介者の出戻り長女の付き添いで来るなんて心外だったのだろう。
私には、誰一人味方がいない。
(何か別の道はないかしら……。リリエッタやベアトリス夫人の思惑どおりに追い払われて、父に言われるがままの残りの人生を送るだなんて、あまりにも虚しいじゃない? ……そもそも、なぜ私がそんな目に遭わなきゃならないのよ……何も悪いことはしていないのに……ただ必死に頑張って生きていただけなのに……!)
ボロ屋敷の二階にあてがわれた一室で、私は一人考える。考えているうちに、新たな怒りがむくむくと湧いてきた。
私を避け、ろくに公務に出ようともしないヒューゴ殿下の代わりに、私はせめて任された役目だけでも果たそうと努めてきた。
調印式や晩餐会では各国の使節を笑顔で迎え、相手を尊重する言葉をかけた。そんな表向きの務めしか許されなかったけれど、それでも国のために少しでも力になりたい一心で、語学や文化を学び続け、自分なりに人脈を築こうとしてきた。
大国の威光に胡座をかく我が国の大臣たちは、周辺の小国の王族や大使に横暴な態度を繰り返す。そのたびに私にできたのは、せめて礼を尽くすことだけ。些細なことかもしれないけれど、周辺諸国からの無用な反感を避けられるのならと。
そう思い、徐々に冷淡さを増す王宮中の人々の視線に一人耐えながら、私は精一杯努めてきたつもりだった。
それなのに……!
(報われないままの人生で終わるの? 世継ぎを産めなかったことを私一人の責任にされ、さらには義妹を虐め続けていた性悪義姉だなんて皆に誤解されたままで。世間から逃げるように、王都から離れた屋敷に追いやられ……。ああ、もう! 全然納得できない……!)
そんな風に悶々としながら、数日間は屋敷に引きこもって過ごした。
けれどそんな暗い生活にすぐに耐えられなくなった私は、ある朝ついに屋敷の外へと出た。
居間で対面した父の表情は暗い。義母であるベアトリス夫人は、憎々しげに私を睨みつけた。
「嫌だわ、王家から離縁されて出戻った義娘なんて……。恥ずかしいったらありゃしない。あなたのせいで、あたくしたちまで社交界の笑い者にされているのよ。あたくしの大事な大事なリリエッタのことを虐め続けていたのも許せないのに、まさか子を授かることもできずに……」
「ですから、お義母様。私はリリエッタのことを虐めたことなどただの一度もございません。お分かりのはずですわ。あなた方がこのメロウ侯爵家にやって来てから私が王家に嫁ぐまでの半年間、一度でもそのようなところをご覧になられましたか?」
「ほら、やっぱり。リリエッタの言ったとおりだわ。誰にも見られていない時にだけ手酷く虐めているのよね。そしてあの子が私に泣いて訴えれば『そんな場面を一度でも見たのか』と詰め寄る。本当に、気が強くてしたたかね、あなたって」
ベアトリス夫人との口論は不毛だった。どうせこの人は私を信じる気持ちなど、はなからない。もしくはリリエッタと結託して、わざとこう言っているのだろう。
私たちから目を逸らしている父に視線を向けると、しばらくして父が重い口を開いた。
「……まぁいずれにせよ、心の傷が大きいだろう、セレステ。どうだ? 領地の南東にある屋敷で、しばらく静養するというのは」
「……は?」
父の言葉に、私は頭の中でメロウ侯爵領の地図を広げる。……南東の屋敷。まさか、あそこのことだろうか。数十年前から全く使われていない、あの古い小さな屋敷。
私を体よく追い払おうとしていることに、すぐに気付いた。
黙って父を見つめると、ほんの束の間目が合う。けれど、父はすぐにまた視線を逸らした。
「……リリエッタもベアトリスも、その方が気持ちが落ち着くだろう。互いのためにいい。お前の今後の処遇は、ゆっくりと考えようじゃないか」
「当然ですわ! このままここにいられたら、あたくしの可愛い娘がどんな目に遭わされることか……! 社交界のお友達も皆様おっしゃいますの。セレステさんを屋敷に置いておくのは危険だって」
ベアトリス夫人が私を睨みながら声高にそう言った。
その後どんなに自分の正当性を訴えようとも父の気持ちを動かすことはできず、結局私はすぐに領地に送られた。そして南東の田舎の村にある、今にも朽ち果てそうなオンボロ屋敷に住まわされることとなった。全く使われていない屋敷なので、手入れなど一切されていない。どこもかしこも埃まみれで、床も階段もひどく軋む。
どうせ近いうちに、父から便りが届くのだろう。子が産めない体ということになっている私には、後妻として
の縁談さえ来るはずがない。あるいはどこかの老商人にでも嫁がされるか、領内の修道院送りになるか……。その時まで、ここで一人暮らすしかないのだ。
私に付いて来させられた数人の侍女や使用人たちも、皆不満そうな顔だ。露骨すぎて笑いが出る。こんな何もない田舎に、厄介者の出戻り長女の付き添いで来るなんて心外だったのだろう。
私には、誰一人味方がいない。
(何か別の道はないかしら……。リリエッタやベアトリス夫人の思惑どおりに追い払われて、父に言われるがままの残りの人生を送るだなんて、あまりにも虚しいじゃない? ……そもそも、なぜ私がそんな目に遭わなきゃならないのよ……何も悪いことはしていないのに……ただ必死に頑張って生きていただけなのに……!)
ボロ屋敷の二階にあてがわれた一室で、私は一人考える。考えているうちに、新たな怒りがむくむくと湧いてきた。
私を避け、ろくに公務に出ようともしないヒューゴ殿下の代わりに、私はせめて任された役目だけでも果たそうと努めてきた。
調印式や晩餐会では各国の使節を笑顔で迎え、相手を尊重する言葉をかけた。そんな表向きの務めしか許されなかったけれど、それでも国のために少しでも力になりたい一心で、語学や文化を学び続け、自分なりに人脈を築こうとしてきた。
大国の威光に胡座をかく我が国の大臣たちは、周辺の小国の王族や大使に横暴な態度を繰り返す。そのたびに私にできたのは、せめて礼を尽くすことだけ。些細なことかもしれないけれど、周辺諸国からの無用な反感を避けられるのならと。
そう思い、徐々に冷淡さを増す王宮中の人々の視線に一人耐えながら、私は精一杯努めてきたつもりだった。
それなのに……!
(報われないままの人生で終わるの? 世継ぎを産めなかったことを私一人の責任にされ、さらには義妹を虐め続けていた性悪義姉だなんて皆に誤解されたままで。世間から逃げるように、王都から離れた屋敷に追いやられ……。ああ、もう! 全然納得できない……!)
そんな風に悶々としながら、数日間は屋敷に引きこもって過ごした。
けれどそんな暗い生活にすぐに耐えられなくなった私は、ある朝ついに屋敷の外へと出た。
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