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29. 王弟殿下らの援護
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「……発言を、お許しいただけますか?」
そう言うと、全員の視線が私に集まった。
「ああ。かまわない」
王弟殿下がすぐさまそう許しをくださった。私はお礼を言い、深く息を吸って皆を見渡した。
「私はかつてアルーシアの王子妃として公務の場に立つたび、多くの重臣の方々と顔を合わせてまいりました。深い交渉権限は与えられておりませんでしたが、挨拶や歓談の場で、多くの方と個人的な信頼を築くことはできたと思っております。たとえばドラヴァン公国の大使や公爵閣下、公女様とは、何度も言葉を交わしましたし、メリダス自由都市同盟の盟主とは、季節のご挨拶の書簡往復も長く続けておりました。いきなり全ての周辺国と結託するのはもちろん不可能ですが……まずは私がこれまでご縁を持てた国々から声をかけさせていただけませんか。小さな取引であっても実績を積めば、やがて他の国々も安心して加わってくれるはずです」
私がどうにか自分の考えを伝えると、一人の大臣が高らかに笑った。驚いて彼の顔を見る。
「大変ご立派ですな、ラザフォード殿。しかし皮肉なものだ。我が国から絞り取る側の王子妃であられたあなたが、今になって周辺国と手を取り合おうとは。お立場を追われ、考えが変わられましたか」
「……っ、それは……」
思わず言葉に詰まった私が言葉を重ねる前に、別の大臣が発言する。
「まことに。耳障りの良い理想論にしか聞こえませんな。あなたのその人脈も、大国の後ろ盾があったからこそ築いてこられたものでしょう。その看板を失った今も同じように通用するとお思いか」
「仮にあなたの言うそのご縁が生きているとしても、どうやって実際の取引に結び付けるのです? 言葉を交わした程度で、国の物資が動くほど甘くはないのですぞ」
「それにもしアルーシアに嗅ぎつけられればどうなることか。小さなやり取りといえど大国への背信と見なされ、報復の口実にされかねん。その時貴殿は責任を取れるのか」
ここぞとばかりに次々と発せられる、重鎮らの鋭い言葉の数々。私は思わず拳を握りしめた。たしかに、彼らの言い分には一理ある。私はアルーシアという大国の看板を背に立っていただけにすぎない。無力だった自分を思い知らされるようで、喉の奥が痛んだ。
けれど、その時だった。
「もういい。彼女を責めるのは筋違いだ」
(……っ!)
凛とした声が会議室に響き、全員が最奥の席に顔を向ける。トリスタン王弟殿下が肘をつき、仏頂面で我々を見ていた。
彼は全員の視線が自分に集まると机から肘を離し、腕を組んだ。
「彼女はアルーシアの王子妃として、王国に利用されてきただけだ。搾取に加担したのではない。むしろ真実を知り、こうして改善を願って声を上げてくれている」
殿下はそう言うと、ニヤリと口角を上げた。
「俺は悪くない案だと思ったがな。交渉が上手い方向にまとまれば、最初は小口の取引から始める。仮にアルーシアに嗅ぎつけられたとしても、俺が『一部の飢えた民を救うための一時的な融通措置であった』とでも言えばいい」
すると、その言葉を聞いたリューデ局長が、まるで大きな独り言のように言った。
「なるほど。いいですねぇ。アルーシアが力ずくで咎めようとすれば、むしろ周辺国全ての反感を買うことにもなりかねないか……。その構図を逆手に取ることも可能ですね。ふむ……」
(殿下……。局長……)
私に対して向けられる、猜疑的で否定的な多くの視線。その中で、信頼できる人たちの温かい援護がこれほど心に沁みるとは。思わず涙ぐみそうになり、私は慌てて自分を律した。
「ありがとうございます、殿下、リューデ局長。……皆様のご懸念はもっともです。どこか一国に全てを託すのではなく、まずは複数の小国と並行して、小さな取引を積み重ねていくのはどうでしょうか。小国同士のやり取りの実績を積んでいけば、やがてはグランハルド王国のような中堅国とも取引できるようになるはずです。その最初の橋渡しを、私にさせていただければと思っております」
「具体案を聞かせてくれるか、ラザフォード嬢」
「は、はい!」
殿下のその言葉で、私は持参した資料をもとにまとめてきた案を発表した。
面白くなさそうな顔、不満そうな顔を隠さない重鎮らが何人もいる中、その後数回に渡り、会議は繰り返された。そして最終的に、私の外交案は採用されたのだった。王弟殿下の後押しがあったのが強かった。
そして、最後の会議から約一月後。
複数回の書簡のやり取りの後、私はイルガルドの北側、ドラヴァン公国を目指して出発したのだった。
そう言うと、全員の視線が私に集まった。
「ああ。かまわない」
王弟殿下がすぐさまそう許しをくださった。私はお礼を言い、深く息を吸って皆を見渡した。
「私はかつてアルーシアの王子妃として公務の場に立つたび、多くの重臣の方々と顔を合わせてまいりました。深い交渉権限は与えられておりませんでしたが、挨拶や歓談の場で、多くの方と個人的な信頼を築くことはできたと思っております。たとえばドラヴァン公国の大使や公爵閣下、公女様とは、何度も言葉を交わしましたし、メリダス自由都市同盟の盟主とは、季節のご挨拶の書簡往復も長く続けておりました。いきなり全ての周辺国と結託するのはもちろん不可能ですが……まずは私がこれまでご縁を持てた国々から声をかけさせていただけませんか。小さな取引であっても実績を積めば、やがて他の国々も安心して加わってくれるはずです」
私がどうにか自分の考えを伝えると、一人の大臣が高らかに笑った。驚いて彼の顔を見る。
「大変ご立派ですな、ラザフォード殿。しかし皮肉なものだ。我が国から絞り取る側の王子妃であられたあなたが、今になって周辺国と手を取り合おうとは。お立場を追われ、考えが変わられましたか」
「……っ、それは……」
思わず言葉に詰まった私が言葉を重ねる前に、別の大臣が発言する。
「まことに。耳障りの良い理想論にしか聞こえませんな。あなたのその人脈も、大国の後ろ盾があったからこそ築いてこられたものでしょう。その看板を失った今も同じように通用するとお思いか」
「仮にあなたの言うそのご縁が生きているとしても、どうやって実際の取引に結び付けるのです? 言葉を交わした程度で、国の物資が動くほど甘くはないのですぞ」
「それにもしアルーシアに嗅ぎつけられればどうなることか。小さなやり取りといえど大国への背信と見なされ、報復の口実にされかねん。その時貴殿は責任を取れるのか」
ここぞとばかりに次々と発せられる、重鎮らの鋭い言葉の数々。私は思わず拳を握りしめた。たしかに、彼らの言い分には一理ある。私はアルーシアという大国の看板を背に立っていただけにすぎない。無力だった自分を思い知らされるようで、喉の奥が痛んだ。
けれど、その時だった。
「もういい。彼女を責めるのは筋違いだ」
(……っ!)
凛とした声が会議室に響き、全員が最奥の席に顔を向ける。トリスタン王弟殿下が肘をつき、仏頂面で我々を見ていた。
彼は全員の視線が自分に集まると机から肘を離し、腕を組んだ。
「彼女はアルーシアの王子妃として、王国に利用されてきただけだ。搾取に加担したのではない。むしろ真実を知り、こうして改善を願って声を上げてくれている」
殿下はそう言うと、ニヤリと口角を上げた。
「俺は悪くない案だと思ったがな。交渉が上手い方向にまとまれば、最初は小口の取引から始める。仮にアルーシアに嗅ぎつけられたとしても、俺が『一部の飢えた民を救うための一時的な融通措置であった』とでも言えばいい」
すると、その言葉を聞いたリューデ局長が、まるで大きな独り言のように言った。
「なるほど。いいですねぇ。アルーシアが力ずくで咎めようとすれば、むしろ周辺国全ての反感を買うことにもなりかねないか……。その構図を逆手に取ることも可能ですね。ふむ……」
(殿下……。局長……)
私に対して向けられる、猜疑的で否定的な多くの視線。その中で、信頼できる人たちの温かい援護がこれほど心に沁みるとは。思わず涙ぐみそうになり、私は慌てて自分を律した。
「ありがとうございます、殿下、リューデ局長。……皆様のご懸念はもっともです。どこか一国に全てを託すのではなく、まずは複数の小国と並行して、小さな取引を積み重ねていくのはどうでしょうか。小国同士のやり取りの実績を積んでいけば、やがてはグランハルド王国のような中堅国とも取引できるようになるはずです。その最初の橋渡しを、私にさせていただければと思っております」
「具体案を聞かせてくれるか、ラザフォード嬢」
「は、はい!」
殿下のその言葉で、私は持参した資料をもとにまとめてきた案を発表した。
面白くなさそうな顔、不満そうな顔を隠さない重鎮らが何人もいる中、その後数回に渡り、会議は繰り返された。そして最終的に、私の外交案は採用されたのだった。王弟殿下の後押しがあったのが強かった。
そして、最後の会議から約一月後。
複数回の書簡のやり取りの後、私はイルガルドの北側、ドラヴァン公国を目指して出発したのだった。
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