44 / 53
44. 予期せぬ来訪者
鮮やかなコーラルカラーのドレスをまとった王子妃は、楚々とした足取りで裾を揺らしながら歩いている。大勢の護衛や侍女たちが、その後ろに整然と並び歩みを揃えていた。その中には、地味な装いをしたリリエッタの姿もある。
互いの列がすれ違う瞬間、両者は足を緩め、形式に則った礼を交わした。王弟殿下は軽く顎を引き、王子妃はわずかに裾を摘んで会釈する。
するとエリヴィア王子妃が、トリスタン王弟殿下に向かって穏やかに微笑みかけた。
「長いお話し合い、お疲れ様でございました。和やかにまとまりまして? これで両国の絆もいっそう深まりますわね。本当に、良うございました。ふふ……。では」
そう言うと王子妃は、優雅な足取りで去っていく。まるで茶会で世間話でもしたかような雰囲気だった。彼女もやはり、ただの王家の顔。何も知らされてはいないし、きっと本人も知ろうとはしていない。傾きゆくこの王国の実情など、肌に感じてはいないのだろう。憐憫にも似た苦い気持ちがじんわりと湧いてくる。
王子妃に続き侍女たちも歩みを進め、リリエッタが私の横を通り過ぎる。
「……」
目が合った私たちは、しばらく見つめ合う。以前の謎の自信に満ちた、溌剌とした明るさが抜け落ち、まるで抜け殻のような目をしている。彼女が望んでここにいないことは明白だった。
ひっつめたシニヨンの髪、灰青色の飾りの少ないドレス。あれだけ大好きだったアクセサリーもほとんど着けておらず、ごく小さな石のイヤリングが一つだけ。
お義姉様のこのネックレス、とても素敵だわ! このブレスレットいいなぁ。あたしもこんなのが欲しいなぁ。などと言いながら、私が譲ってあげるときゃっきゃとはしゃいでは身に着けていたのに。
リリエッタがふいに唇を噛み締め、プイッと明後日の方を向いた。そしてそのまま去っていった。
彼女に対して、いい感情は微塵も残っていなかったはずなのに。
不幸せそうなリリエッタの表情が目に焼き付き、何とも言えない暗い気持ちになってしまった。
その後、私たちはすぐに準備を整え、イルガルドへと帰国した。意を決して臨んだ会談で得たのは、アルーシア側が何も変わる気がないという失望だけ。そして短絡的に激昂したヒューゴ殿下が、今後どう出てくるか分からないという不安。王弟殿下は帰国するなり国王陛下と謁見し、会談が平行線のまま決裂したこと、ヒューゴ殿下が開戦をほのめかす捨て台詞まで吐いたことを報告した。
翌日、イルガルド王宮では重鎮らが一堂に召集され、対応策が話し合われた。
軍務大臣が眉間に深く皺を刻んで唸る。
「兎にも角にも、まずは国境の防衛強化を急ぎましょう。すぐに兵を動かす兆候があるかは分かりませぬが、最悪に備えるに越したことはない」
トリスタン王弟殿下が神妙に頷いた。
「そうだな。国境の砦に増員を。アルーシア側が小競り合いを仕掛けてくることも考えられるが、挑発に乗らぬよう厳命しておく必要がある。兵糧と補給線の点検も怠るな」
財務大臣がため息をつき、口を開く。
「軍備強化となれば予算が必要になりますな。兵糧の備蓄、武具の補充……割り振りを見直さねば」
皆が真剣に議論を重ねる中、私も声を上げた。
「イルガルドはアルーシアとの戦いを望んでいるわけではないことを、周辺諸国に伝えることが最優先かと存じます。大陸全体が動揺してしまう前に、イルガルドはあくまで大陸の平和を望んでいるのだと、その姿勢に変わりはないため引き続き善処すると、明確に示すべきかと」
リューデ局長がすぐさま首肯した。
「確かに。周辺諸国にはすぐに使者を送りましょう。『イルガルドは平和を望んでいる』『しかしアルーシアが暴走する危険がある』と、正確に伝えるべきです」
「各国に街道防衛の協力を呼びかけるのもよいかと。共に安全を守る枠組みを強調すれば、結束も一層強まるでしょう」
外務大臣の言葉に、皆が頷く。
王弟殿下が漆黒の目を細め、腕を組んだ。
「では、決まりだな。国境防衛の強化、財政調整、そして周辺諸国への通達を至急進めよ。ラザフォード子爵、各国への文書の草案を任せるぞ」
「承知いたしました、王弟殿下」
緊迫した空気の中対策会議は終わり、各々が自分の役割を果たすためにすぐさま動きはじめた。
これから一体どうなるのだろう。そんな不安が皆の心を占めているのが伝わってくる。重鎮たちの表情は、一様に強張っていた。
けれど、その二日後。私が各国へと送る書簡の草案をまとめていた時のことだった。
イルガルド王宮に、突如予想もしなかった来訪者が現れたのだ。
緊迫した面持ちの王弟殿下の従者が、外務局の執務室に現れこう告げた。
「失礼いたします。リューデ外務局長、ラザフォード子爵、急ぎ謁見室へとお運びください。アルーシア王国王太子殿下と、そのご息女がお越しでございます」
互いの列がすれ違う瞬間、両者は足を緩め、形式に則った礼を交わした。王弟殿下は軽く顎を引き、王子妃はわずかに裾を摘んで会釈する。
するとエリヴィア王子妃が、トリスタン王弟殿下に向かって穏やかに微笑みかけた。
「長いお話し合い、お疲れ様でございました。和やかにまとまりまして? これで両国の絆もいっそう深まりますわね。本当に、良うございました。ふふ……。では」
そう言うと王子妃は、優雅な足取りで去っていく。まるで茶会で世間話でもしたかような雰囲気だった。彼女もやはり、ただの王家の顔。何も知らされてはいないし、きっと本人も知ろうとはしていない。傾きゆくこの王国の実情など、肌に感じてはいないのだろう。憐憫にも似た苦い気持ちがじんわりと湧いてくる。
王子妃に続き侍女たちも歩みを進め、リリエッタが私の横を通り過ぎる。
「……」
目が合った私たちは、しばらく見つめ合う。以前の謎の自信に満ちた、溌剌とした明るさが抜け落ち、まるで抜け殻のような目をしている。彼女が望んでここにいないことは明白だった。
ひっつめたシニヨンの髪、灰青色の飾りの少ないドレス。あれだけ大好きだったアクセサリーもほとんど着けておらず、ごく小さな石のイヤリングが一つだけ。
お義姉様のこのネックレス、とても素敵だわ! このブレスレットいいなぁ。あたしもこんなのが欲しいなぁ。などと言いながら、私が譲ってあげるときゃっきゃとはしゃいでは身に着けていたのに。
リリエッタがふいに唇を噛み締め、プイッと明後日の方を向いた。そしてそのまま去っていった。
彼女に対して、いい感情は微塵も残っていなかったはずなのに。
不幸せそうなリリエッタの表情が目に焼き付き、何とも言えない暗い気持ちになってしまった。
その後、私たちはすぐに準備を整え、イルガルドへと帰国した。意を決して臨んだ会談で得たのは、アルーシア側が何も変わる気がないという失望だけ。そして短絡的に激昂したヒューゴ殿下が、今後どう出てくるか分からないという不安。王弟殿下は帰国するなり国王陛下と謁見し、会談が平行線のまま決裂したこと、ヒューゴ殿下が開戦をほのめかす捨て台詞まで吐いたことを報告した。
翌日、イルガルド王宮では重鎮らが一堂に召集され、対応策が話し合われた。
軍務大臣が眉間に深く皺を刻んで唸る。
「兎にも角にも、まずは国境の防衛強化を急ぎましょう。すぐに兵を動かす兆候があるかは分かりませぬが、最悪に備えるに越したことはない」
トリスタン王弟殿下が神妙に頷いた。
「そうだな。国境の砦に増員を。アルーシア側が小競り合いを仕掛けてくることも考えられるが、挑発に乗らぬよう厳命しておく必要がある。兵糧と補給線の点検も怠るな」
財務大臣がため息をつき、口を開く。
「軍備強化となれば予算が必要になりますな。兵糧の備蓄、武具の補充……割り振りを見直さねば」
皆が真剣に議論を重ねる中、私も声を上げた。
「イルガルドはアルーシアとの戦いを望んでいるわけではないことを、周辺諸国に伝えることが最優先かと存じます。大陸全体が動揺してしまう前に、イルガルドはあくまで大陸の平和を望んでいるのだと、その姿勢に変わりはないため引き続き善処すると、明確に示すべきかと」
リューデ局長がすぐさま首肯した。
「確かに。周辺諸国にはすぐに使者を送りましょう。『イルガルドは平和を望んでいる』『しかしアルーシアが暴走する危険がある』と、正確に伝えるべきです」
「各国に街道防衛の協力を呼びかけるのもよいかと。共に安全を守る枠組みを強調すれば、結束も一層強まるでしょう」
外務大臣の言葉に、皆が頷く。
王弟殿下が漆黒の目を細め、腕を組んだ。
「では、決まりだな。国境防衛の強化、財政調整、そして周辺諸国への通達を至急進めよ。ラザフォード子爵、各国への文書の草案を任せるぞ」
「承知いたしました、王弟殿下」
緊迫した空気の中対策会議は終わり、各々が自分の役割を果たすためにすぐさま動きはじめた。
これから一体どうなるのだろう。そんな不安が皆の心を占めているのが伝わってくる。重鎮たちの表情は、一様に強張っていた。
けれど、その二日後。私が各国へと送る書簡の草案をまとめていた時のことだった。
イルガルド王宮に、突如予想もしなかった来訪者が現れたのだ。
緊迫した面持ちの王弟殿下の従者が、外務局の執務室に現れこう告げた。
「失礼いたします。リューデ外務局長、ラザフォード子爵、急ぎ謁見室へとお運びください。アルーシア王国王太子殿下と、そのご息女がお越しでございます」
あなたにおすすめの小説
誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』
富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
追放された宮廷花師が辺境の荒野に花を咲かせたら、王都の庭園だけが枯れ続けているようです
歩人
ファンタジー
「花を飾るだけの令嬢は不要だ」——王城の庭園を十年守った伯爵令嬢フローラは追放された。
翌月、王城の庭園が一夜にして枯れ果てる。さらに隣国への外交花束を用意できず国際問題に——
フローラの花束に込められた花言葉が、実は外交メッセージそのものだったのだ。
一方、辺境の荒野に降り立ったフローラが地面に触れると花が芽吹き始める。
荒野を花畑に変えていくスローライフの中で、花の感情が色で見える加護が目覚めて——。
ベールを上げた新郎は『君じゃない』と叫んだ
ハートリオ
恋愛
結婚式で新郎に『君じゃない』と叫ばれたのはウィオラ。
スピーナ子爵家の次女。
どうやら新郎が結婚する積りだったのは姉のリリウム。
ウィオラはいつも『じゃない方』
認められない、
選ばれない…
そんなウィオラは――
中世ヨーロッパ風異世界でのお話です。
よろしくお願いします。
【完結】立場を弁えぬモブ令嬢Aは、ヒロインをぶっ潰し、ついでに恋も叶えちゃいます!
MEIKO
ファンタジー
最近まで死の病に冒されていたランドン伯爵家令嬢のアリシア。十六歳になったのを機に、胸をときめかせながら帝都学園にやって来た。「病も克服したし、今日からドキドキワクワクの学園生活が始まるんだわ!」そう思いながら一歩踏み入れた瞬間浮かれ過ぎてコケた。その時、突然奇妙な記憶が呼び醒まされる。見たこともない子爵家の令嬢ルーシーが、学園に通う見目麗しい男性達との恋模様を繰り広げる乙女ゲームの場面が、次から次へと思い浮かぶ。この記憶って、もしかして前世?かつての自分は、日本人の女子高生だったことを思い出す。そして目の前で転んでしまった私を心配そうに見つめる美しい令嬢キャロラインは、断罪される側の人間なのだと気付く…。「こんな見た目も心も綺麗な方が、そんな目に遭っていいいわけ!?」おまけに婚約者までもがヒロインに懸想していて、自分に見向きもしない。そう愕然としたアリシアは、自らキャロライン嬢の取り巻きAとなり、断罪を阻止し婚約者の目を覚まさせようと暗躍することを決める。ヒロインのヤロウ…赦すまじ!
笑って泣けるコメディです。この作品のアイデアが浮かんだ時、男女の恋愛以外には考えられず、BLじゃない物語は初挑戦です。貴族的表現を取り入れていますが、あくまで違う世界です。おかしいところもあるかと思いますが、ご了承下さいね。
悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる
冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」
謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。
けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。
なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。
そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。
恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
婚約破棄された私は、号泣しながらケーキを食べた~限界に達したので、これからは自分の幸せのために生きることにしました~
キョウキョウ
恋愛
幼い頃から辛くて苦しい妃教育に耐えてきたオリヴィア。厳しい授業と課題に、何度も心が折れそうになった。特に辛かったのは、王妃にふさわしい体型維持のために食事制限を命じられたこと。
とても頑張った。お腹いっぱいに食べたいのを我慢して、必死で痩せて、体型を整えて。でも、その努力は無駄になった。
婚約相手のマルク王子から、無慈悲に告げられた別れの言葉。唐突に、婚約を破棄すると言われたオリヴィア。
アイリーンという令嬢をイジメたという、いわれのない罪で責められて限界に達した。もう無理。これ以上は耐えられない。
そしてオリヴィアは、会場のテーブルに置いてあったデザートのケーキを手づかみで食べた。食べながら泣いた。空腹の辛さから解放された気持ちよさと、ケーキの美味しさに涙が出たのだった。
※本作品は、少し前に連載していた試作の完成版です。大まかな展開や設定は、ほぼ変わりません。加筆修正して、完成版として連載します。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!