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8. 彼女たちの婚約事情
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「私、婚約者が代わったの」
「……へっ?」
それから数日後の昼休み。学園内の食堂で持参したランチボックスを開けていると、何の前触れもなくノエリスがそう言った。淡々とした様子で紅茶に口をつけている彼女に改めて問う。
「ノエリス……どういうこと? 婚約者が代わったって……?」
「エメライン王女殿下とラシェール王国第三王子の婚約が破談になったでしょう? それ以降王家とうちとの間で話し合いが続いていたようなの。結果、埋め合わせとして私がラシェールの第二王子と婚姻を結ぶことになったそうよ」
自分の人生の一大事だというのに他人事のようにそう言うノエリスには、わずかな動揺も見られない。さすがはオークレイン公爵家の令嬢だ。肝が据わっている。
「王女の代わりに王族筋の私を出すことに決まったのよ。私の母がセリュナ帝国の高位貴族の出だから、三国の均衡も保てるわね」
ノエリスはそう言って口角を上げる。
「でも……それじゃ、あなたの婚約者はどうなるの?」
「ああ、彼ね」
ノエリスには自国の侯爵家次男との婚約が何年も前に決まっていると聞いたことがある。その方がオークレイン公爵家に婿入りする予定だったそうだが……。
「彼の妹が私の従兄と婚約することになったの。従兄がオークレインを継ぐわ。まぁ、よくある帳尻合わせよね」
「な、なるほど……」
公爵家の一人娘であるノエリスが他国に嫁ぐとなれば、身内の誰かが公爵家を継がなくてはならない。その役目がノエリスの従兄に移ったということか。
「そう……。じゃああなたは、学園を卒業したらラシェール王国の王子妃になるのね」
「すぐにかどうかは分からないけれどね。そんな予定じゃなかったから、本格的な王子妃教育なんか受けてこなかったし、学園でもこうして普通の淑女科に入っちゃったもの。せめて入学前に分かっていれば、所属を特修クラスに変えてもらっていたと思うけど……」
「……」
特修クラスとは、王族、または王族の近くで仕える予定の高位貴族の子女、あるいは王族に嫁ぐ予定の者などが所属している少数精鋭の特別クラスで、エメライン王女もここにいる。ノエリスも王弟の娘なのだから特修クラスに入ることはできたはずなのだけれど、「様々な家の令嬢たちと交流しやすい淑女科の方が、実地での社交術が磨ける。侯爵家の子息と結婚するのなら淑女科の方がいい」と考え、あえてこちらの科を選んだと以前話していた。
(そうか……。ノエリスとは学園を卒業したらきっともう会えなくなるんだな……)
身分の差こそあれ、ノエリスは私にとって、この学園に入学して唯一できた大切なお友達。こんなへんてこりんなかつらと眼鏡をつけた私にも別け隔てなく接してくれた、優しくて稀有な人だ。
卒業してからも手紙のやり取りをしたり、たまには会ってお茶をしたり、そんな関係でいられると思っていた。でも彼女が隣国の王子妃になるのならば、そんなことは無理に決まっている。
漠然とした寂しさを感じ、つい顔が曇ってしまったかもしれない。ノエリスが軽く両手を合わせ、明るい声で言った。
「まぁ、淑女科に入学したからこそこうしてローズと仲良くなれたんだしね! 王子妃教育はどうせこれから屋敷でもみっちりと受けることになるもの。教育係を何人もつけられてね。だから引き続き、卒業までよろしくね、ローズ」
「ノエリス……」
気を遣わせてしまった。私はいつもノエリスに優しくしてもらうばかりだ。申し訳なさと寂しさを隠し、私は彼女以上の明るい笑みを返す。
「ふふ、もちろんよ! 頑張ってね、ノエリス。あなたならどこでもやっていけるわ」
「ええ。私も心配していないわ」
間髪を容れずにそう返してくるノエリスと二人でくすくす笑いながら、しばらくはランチを食べ雑談をする。
食後のお茶を飲んでいる時に、ふとノエリスが真面目な表情になった。彼女にしては珍しく周囲を確認するように見回し、いつもよりかなり小さな声で言った。
「そういえばね……、どうやらエメライン王女殿下の次の婚約者には、国内の有力貴族の子息を……と考えられているらしいわ」
「え……? そうなの? どなたになるんだろうとは思っていたけど……、周辺国の王族ではないのね」
王女の結婚は国家間の取引であり、外交の延長。周辺諸国との勢力の均衡具合、経済や交易関係、宗教や文化の相性、その他様々な事情を考慮したうえで慎重に決定される。エメライン王女もラシェール王国第三王子と婚約されていたぐらいだから、次もてっきり周辺国の中から最も自国に利のある相手が選ばれるのだと思っていたけれど……。
「そうなのよ。母から聞いたから間違いないわ。あの人王家の周りに知り合いが多くて情報通だから。……それで取り巻きたちは躍起になっているみたいなのよ。誰よりも王女殿下に気に入られて、あわよくば婚約者に選ばれたいって」
「……え……」
「……へっ?」
それから数日後の昼休み。学園内の食堂で持参したランチボックスを開けていると、何の前触れもなくノエリスがそう言った。淡々とした様子で紅茶に口をつけている彼女に改めて問う。
「ノエリス……どういうこと? 婚約者が代わったって……?」
「エメライン王女殿下とラシェール王国第三王子の婚約が破談になったでしょう? それ以降王家とうちとの間で話し合いが続いていたようなの。結果、埋め合わせとして私がラシェールの第二王子と婚姻を結ぶことになったそうよ」
自分の人生の一大事だというのに他人事のようにそう言うノエリスには、わずかな動揺も見られない。さすがはオークレイン公爵家の令嬢だ。肝が据わっている。
「王女の代わりに王族筋の私を出すことに決まったのよ。私の母がセリュナ帝国の高位貴族の出だから、三国の均衡も保てるわね」
ノエリスはそう言って口角を上げる。
「でも……それじゃ、あなたの婚約者はどうなるの?」
「ああ、彼ね」
ノエリスには自国の侯爵家次男との婚約が何年も前に決まっていると聞いたことがある。その方がオークレイン公爵家に婿入りする予定だったそうだが……。
「彼の妹が私の従兄と婚約することになったの。従兄がオークレインを継ぐわ。まぁ、よくある帳尻合わせよね」
「な、なるほど……」
公爵家の一人娘であるノエリスが他国に嫁ぐとなれば、身内の誰かが公爵家を継がなくてはならない。その役目がノエリスの従兄に移ったということか。
「そう……。じゃああなたは、学園を卒業したらラシェール王国の王子妃になるのね」
「すぐにかどうかは分からないけれどね。そんな予定じゃなかったから、本格的な王子妃教育なんか受けてこなかったし、学園でもこうして普通の淑女科に入っちゃったもの。せめて入学前に分かっていれば、所属を特修クラスに変えてもらっていたと思うけど……」
「……」
特修クラスとは、王族、または王族の近くで仕える予定の高位貴族の子女、あるいは王族に嫁ぐ予定の者などが所属している少数精鋭の特別クラスで、エメライン王女もここにいる。ノエリスも王弟の娘なのだから特修クラスに入ることはできたはずなのだけれど、「様々な家の令嬢たちと交流しやすい淑女科の方が、実地での社交術が磨ける。侯爵家の子息と結婚するのなら淑女科の方がいい」と考え、あえてこちらの科を選んだと以前話していた。
(そうか……。ノエリスとは学園を卒業したらきっともう会えなくなるんだな……)
身分の差こそあれ、ノエリスは私にとって、この学園に入学して唯一できた大切なお友達。こんなへんてこりんなかつらと眼鏡をつけた私にも別け隔てなく接してくれた、優しくて稀有な人だ。
卒業してからも手紙のやり取りをしたり、たまには会ってお茶をしたり、そんな関係でいられると思っていた。でも彼女が隣国の王子妃になるのならば、そんなことは無理に決まっている。
漠然とした寂しさを感じ、つい顔が曇ってしまったかもしれない。ノエリスが軽く両手を合わせ、明るい声で言った。
「まぁ、淑女科に入学したからこそこうしてローズと仲良くなれたんだしね! 王子妃教育はどうせこれから屋敷でもみっちりと受けることになるもの。教育係を何人もつけられてね。だから引き続き、卒業までよろしくね、ローズ」
「ノエリス……」
気を遣わせてしまった。私はいつもノエリスに優しくしてもらうばかりだ。申し訳なさと寂しさを隠し、私は彼女以上の明るい笑みを返す。
「ふふ、もちろんよ! 頑張ってね、ノエリス。あなたならどこでもやっていけるわ」
「ええ。私も心配していないわ」
間髪を容れずにそう返してくるノエリスと二人でくすくす笑いながら、しばらくはランチを食べ雑談をする。
食後のお茶を飲んでいる時に、ふとノエリスが真面目な表情になった。彼女にしては珍しく周囲を確認するように見回し、いつもよりかなり小さな声で言った。
「そういえばね……、どうやらエメライン王女殿下の次の婚約者には、国内の有力貴族の子息を……と考えられているらしいわ」
「え……? そうなの? どなたになるんだろうとは思っていたけど……、周辺国の王族ではないのね」
王女の結婚は国家間の取引であり、外交の延長。周辺諸国との勢力の均衡具合、経済や交易関係、宗教や文化の相性、その他様々な事情を考慮したうえで慎重に決定される。エメライン王女もラシェール王国第三王子と婚約されていたぐらいだから、次もてっきり周辺国の中から最も自国に利のある相手が選ばれるのだと思っていたけれど……。
「そうなのよ。母から聞いたから間違いないわ。あの人王家の周りに知り合いが多くて情報通だから。……それで取り巻きたちは躍起になっているみたいなのよ。誰よりも王女殿下に気に入られて、あわよくば婚約者に選ばれたいって」
「……え……」
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