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22. ルパート様に与えられた罰
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新学期初日。緊張のあまり昨晩はよく眠れず、今朝は少し目が赤かった。呼吸は浅いし、鏡に映った自分の表情も固い。
ルパート様は果たして登校しているのか。先日までとはまるっきり違う姿で現れる私に、皆はどんな反応を示すだろうか。それとも、長期休暇の間に私のインパクトも薄れていて、案外誰にも気にされないだろうか。
そんなことを考えながら、身支度をしていく。巻き毛の長い金髪はハーフアップに結ってもらい、瞳と同じ濃桃色のリボンを着けた。休暇の間に母と買い物に行き購入した、素敵な刺繍入りの鞄を持ち、甲の部分に小さなパールの飾りがついたローヒールの靴を履く。多くの女子生徒たちが控えめなアクセサリーを着けてきているのを羨ましく思っていたので、私も小ぶりな石のイヤリングと細いブレスレットだけ着けてみた。その姿を見た家族は皆、満足そうに微笑んでいた。
馬車に乗り、何度も深呼吸をしているとついに学園に到着した。おそるおそる馬車を下りると、溌剌とした声に迎えられる。
「おはよう、ローズ」
「ノエリス……! おはよう。待っていてくれたの?」
「ええ。今学期初日ですもの。あなたと一緒に教室まで行きたくて」
久しぶりに会うノエリスは相変わらず美しく、私の顔は自然と綻んだ。自慢の銀髪は今日も艶やかに流れ、紺色のカチューシャを着けている。これだけでも気品が溢れているからすごい。彼女のことだ、私が緊張していることを見越して待っていてくれたのだろう。
「ありがとう、ノエリス」
「ふふっ。さ、行きましょう!」
彼女はまるでいたずらっ子のように明るく笑うと、私の腕をとった。
教室まで行く道すがら、ノエリスはなんてことのない世間話のように切り出した。
「そうそう。もう耳に入ってる? ルパート・フラフィントン侯爵令息ね、学園から除籍されたそうよ」
「えっ!? 除籍? し、知らなかったわ。本当なの……?」
「あら、まだ聞いていなかったのね」
情報通のノエリスによれば、ルパート様は取り調べの最中に、様々なことを白状したらしい。
彼はやはり、エメライン王女の次の婚約者は国内有力貴族家の子息から選ばれるらしいと知り、あわよくば自分がその座を射止めたいと考えはじめたそうだ。そのためには、私の存在が邪魔だと感じるようになっていたらしい。たとえどんなに王女に気に入られたとしても、婚約者がいれば王女の夫の座は得られない。ルパート様はエメライン王女に自分の想いや働きぶりをアピールするとともに、どうにか私を悪者に仕立て上げて婚約を破棄しようと目論んでいたそうだ。
「周りにライバルがたくさんいて、焦っていたのかしら。不誠実だし、あまりにも愚かなやり方だったわね」
ノエリスはそう自分の感想を挟み、さらなる情報を与えてくれた。
ルパート様に下された罪状は、複数に及んだそうだ。
まず第一に、婚約者であった私に対して「王女殿下より良い成績を取るな」「目立つな」「他の男子と話すな」などの理不尽な命令を記した文書を手渡し、それを強要していた件。これは人格と尊厳を踏みにじる行為として、貴族令嬢への人権侵害に該当した。
次に、王立学園という王家管轄の場において、その命令を履行させようとした行為が、教育機関の秩序を乱したとして、王立学園規律違反とされた。
さらに、その命令の中には「王女殿下に恥をかかせるな」「王女殿下を立てよ」といった文言が含まれていたことから、彼が王女の名を私的に利用し、自らの支配の道具としたものと認定され、王威冒涜の罪に問われた。
そして言わずもがな、私への身体的暴力。それらすべての罪状を総合し、王宮監察局はルパート様に対し、「婚約解消並びにハートリー伯爵家への賠償金の支払いを命ずる」との裁定を下したそうだ。当の本人である我々ハートリー一家よりも、ノエリスが先に知っていた。彼女はすごい。
「正式な罪状がほぼ決まったみたいだし、近いうちにあなたのお宅にもこの裁定が知らされるはずよ」
「そ、そうなのね。ありがとう、ノエリス」
そんな会話をしながら、私たちは校舎に入り、廊下を歩き、階段を上る。その間すれ違う生徒たちが皆足を止め、あるいはすれ違いざまに振り返ってまで、こちらを凝視している。そのことに気付いた私はそわそわしたけれど、ノエリスはまるっきり気にも留めていないようだ。
「これで当然、彼はエメライン王女殿下の専属護衛騎士になる夢も、夫となる夢も潰えたわね。愚かな人だわ。そうそう、フラフィントン侯爵家の取引先もね、次々と契約を打ち切っているみたいよ」
「そうなの……?」
「ええ。サザーランド公爵家に見限られた家だもの。誰ももう関わり合いになりたくないわよね」
「……サザーランド公爵家って……クライヴ様の、よね?」
「もちろん」
ノエリスは楽しげに首肯して言葉を続ける。
「サザーランド公爵家は国内最大の領地と強大な権力を有しているわ。絶対に取引を断てない家の筆頭なのよ。穀物、鉱石、鉄材、軍馬、薬に織物、その他工業素材……数え切れないほどの取引を全国の貴族家と行っているの。軍事だけでも王国騎士団、近衛騎士団、国境防衛の補給や装備の多くに関わっているし、加えて国内の主要交易路の維持に、鉱山や河川の共同利権でしょう? それから、各地の大商会への融資までも担っているのよ。もはや王国の経済と物流の要そのものだわ」
「……す、すごいわね……」
婚約が成立してからというもの、サザーランド公爵家に関してはこれまで以上に真剣に勉強している。けれど、こうして人から改めて言葉で聞かされると、かの家が王国全体に及ぼす強大な影響力を痛感し、鳥肌が立った。
ルパート様は果たして登校しているのか。先日までとはまるっきり違う姿で現れる私に、皆はどんな反応を示すだろうか。それとも、長期休暇の間に私のインパクトも薄れていて、案外誰にも気にされないだろうか。
そんなことを考えながら、身支度をしていく。巻き毛の長い金髪はハーフアップに結ってもらい、瞳と同じ濃桃色のリボンを着けた。休暇の間に母と買い物に行き購入した、素敵な刺繍入りの鞄を持ち、甲の部分に小さなパールの飾りがついたローヒールの靴を履く。多くの女子生徒たちが控えめなアクセサリーを着けてきているのを羨ましく思っていたので、私も小ぶりな石のイヤリングと細いブレスレットだけ着けてみた。その姿を見た家族は皆、満足そうに微笑んでいた。
馬車に乗り、何度も深呼吸をしているとついに学園に到着した。おそるおそる馬車を下りると、溌剌とした声に迎えられる。
「おはよう、ローズ」
「ノエリス……! おはよう。待っていてくれたの?」
「ええ。今学期初日ですもの。あなたと一緒に教室まで行きたくて」
久しぶりに会うノエリスは相変わらず美しく、私の顔は自然と綻んだ。自慢の銀髪は今日も艶やかに流れ、紺色のカチューシャを着けている。これだけでも気品が溢れているからすごい。彼女のことだ、私が緊張していることを見越して待っていてくれたのだろう。
「ありがとう、ノエリス」
「ふふっ。さ、行きましょう!」
彼女はまるでいたずらっ子のように明るく笑うと、私の腕をとった。
教室まで行く道すがら、ノエリスはなんてことのない世間話のように切り出した。
「そうそう。もう耳に入ってる? ルパート・フラフィントン侯爵令息ね、学園から除籍されたそうよ」
「えっ!? 除籍? し、知らなかったわ。本当なの……?」
「あら、まだ聞いていなかったのね」
情報通のノエリスによれば、ルパート様は取り調べの最中に、様々なことを白状したらしい。
彼はやはり、エメライン王女の次の婚約者は国内有力貴族家の子息から選ばれるらしいと知り、あわよくば自分がその座を射止めたいと考えはじめたそうだ。そのためには、私の存在が邪魔だと感じるようになっていたらしい。たとえどんなに王女に気に入られたとしても、婚約者がいれば王女の夫の座は得られない。ルパート様はエメライン王女に自分の想いや働きぶりをアピールするとともに、どうにか私を悪者に仕立て上げて婚約を破棄しようと目論んでいたそうだ。
「周りにライバルがたくさんいて、焦っていたのかしら。不誠実だし、あまりにも愚かなやり方だったわね」
ノエリスはそう自分の感想を挟み、さらなる情報を与えてくれた。
ルパート様に下された罪状は、複数に及んだそうだ。
まず第一に、婚約者であった私に対して「王女殿下より良い成績を取るな」「目立つな」「他の男子と話すな」などの理不尽な命令を記した文書を手渡し、それを強要していた件。これは人格と尊厳を踏みにじる行為として、貴族令嬢への人権侵害に該当した。
次に、王立学園という王家管轄の場において、その命令を履行させようとした行為が、教育機関の秩序を乱したとして、王立学園規律違反とされた。
さらに、その命令の中には「王女殿下に恥をかかせるな」「王女殿下を立てよ」といった文言が含まれていたことから、彼が王女の名を私的に利用し、自らの支配の道具としたものと認定され、王威冒涜の罪に問われた。
そして言わずもがな、私への身体的暴力。それらすべての罪状を総合し、王宮監察局はルパート様に対し、「婚約解消並びにハートリー伯爵家への賠償金の支払いを命ずる」との裁定を下したそうだ。当の本人である我々ハートリー一家よりも、ノエリスが先に知っていた。彼女はすごい。
「正式な罪状がほぼ決まったみたいだし、近いうちにあなたのお宅にもこの裁定が知らされるはずよ」
「そ、そうなのね。ありがとう、ノエリス」
そんな会話をしながら、私たちは校舎に入り、廊下を歩き、階段を上る。その間すれ違う生徒たちが皆足を止め、あるいはすれ違いざまに振り返ってまで、こちらを凝視している。そのことに気付いた私はそわそわしたけれど、ノエリスはまるっきり気にも留めていないようだ。
「これで当然、彼はエメライン王女殿下の専属護衛騎士になる夢も、夫となる夢も潰えたわね。愚かな人だわ。そうそう、フラフィントン侯爵家の取引先もね、次々と契約を打ち切っているみたいよ」
「そうなの……?」
「ええ。サザーランド公爵家に見限られた家だもの。誰ももう関わり合いになりたくないわよね」
「……サザーランド公爵家って……クライヴ様の、よね?」
「もちろん」
ノエリスは楽しげに首肯して言葉を続ける。
「サザーランド公爵家は国内最大の領地と強大な権力を有しているわ。絶対に取引を断てない家の筆頭なのよ。穀物、鉱石、鉄材、軍馬、薬に織物、その他工業素材……数え切れないほどの取引を全国の貴族家と行っているの。軍事だけでも王国騎士団、近衛騎士団、国境防衛の補給や装備の多くに関わっているし、加えて国内の主要交易路の維持に、鉱山や河川の共同利権でしょう? それから、各地の大商会への融資までも担っているのよ。もはや王国の経済と物流の要そのものだわ」
「……す、すごいわね……」
婚約が成立してからというもの、サザーランド公爵家に関してはこれまで以上に真剣に勉強している。けれど、こうして人から改めて言葉で聞かされると、かの家が王国全体に及ぼす強大な影響力を痛感し、鳥肌が立った。
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