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27. ときめき
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やがて父が帰宅し、クライヴ様を交えての夕食が終わった。母からさり気なく勧められ、私はクライヴ様とともに裏庭を少し散歩することになった。
群青と墨色の間のような夜の空には、いくつかの星がまたたいている。外灯の明かりが砂利道の一部だけを淡く照らし、風に揺れた葉の擦れる音が、かすかに耳に届いた。付き添ってきた侍女は、私たちから少し距離をとり、後ろをついてくる。
「……寒くないか」
ゆっくりと隣を歩いていたクライヴ様が、低く静かな声で私に問いかける。少しドキドキしながら、私は彼の顔を見上げた。
「ええ。大丈夫です。……あの、クライヴ様。いつも素敵なお花やお菓子を、ありがとうございます」
彼は相変わらず熱心に、私への心遣いを続けてくれていた。その日によって違う色味の花々や可愛らしい焼き菓子などが、短い手紙とともに三日と空けずに届けられる。こんなにも細やかな気配りを続けてくださることに、私は正直とてもときめいていた。大切にされていると感じられて、嬉しかった。
クライヴ様は目を逸らし、小さな声で「ああ」と答える。
(こうして目を逸らす時って、たぶんクライヴ様も照れていらっしゃるのよね)
ようやくそのことに気付きはじめた私は、なんだかとてもくすぐったい気持ちになる。彼の気遣いや、こうした感情の欠片。見た目からは想像できない一面を知るたびに、この方に持っていた苦手意識がみるみる薄れていく。
「……ハートリー伯爵家の食事の席は、いつも賑やかでいいな。雰囲気が温かい」
ふいにクライヴ様が、そんなことを口にする。
「そ、そうでしょうか。兄なんか時々子どものように騒がしくて、お恥ずかしい限りですが……」
公の場ではもちろんきちんとしているようだけれど、兄は家族でいる時やクライヴ様が屋敷に来た時は、まるで少年に戻ったように屈託なく笑う。伯爵家というれっきとした家柄でありながら、うちの家族は皆堅苦しさや気取りがない。両親の兄や私に対する態度が、昔からずっとそんな感じだからだ。サザーランド公爵家のご子息であるクライヴ様が、よくこの雰囲気を受け入れ我が家に来てくださっているものだと、以前から内心思っていた。
「ナイジェルは屋敷と外ではまるで別人のようだ。王宮では特にしっかりしているから、心配しなくていい」
「そうなのですね。ふふ。それを聞くと安心します」
少し笑ってそう答えると、クライヴ様が優しい眼差しを私に向ける。
「……君とナイジェルは本当に仲がいいな」
「はい。兄が昔から私のことを、とても可愛がってくれていたので」
「そうだな。学園でも君の話ばかりしていた」
「まぁ。お兄様ったら……」
そんな会話をしていると、ふと、クライヴ様と彼の兄上のことが気になった。以前ノエリスから、お兄様は慢性的な呼吸器疾患らしいと聞いたことがある。
うちの話はしているのだし、こちらからも聞いてみて大丈夫かしら……。
そう思った私は、やんわりと問いかける。
「……クライヴ様、領地で静養中のお兄様のご様子は、いかがですか?」
「ああ、ありがとう。兄は大丈夫だ。幼い頃はかなり弱かったが、成長とともに体は少しずつ強くなっていったから、もう命に関わるほどのことはない。ただ、やはり激しい運動や心の負荷は避けておくのが無難なようだ」
「そうなのですね……」
王国の中枢を担う公爵家の嫡男は、病弱で静養中。次男のクライヴ様は学園の騎士科を首席で卒業し、王国騎士団に所属。さらには領地経営の勉強もこなしている。……もしかするとお二人は、微妙なご関係なのだろうか。
私と兄のことを「仲がいいな」と言った時のクライヴ様の表情を思い出しながら、ふとそんなことを思った。
この話題を続けるべきか迷っていると、クライヴ様がぽつりと言った。
「ここに来ると、昔君がナイジェルの模擬剣を磨いていた時のことを思い出す」
「っ!! ……お、お恥ずかしゅうございます……」
(やっぱりクライヴ様も覚えていらっしゃったのね……)
あえて口には出さなかったけれど、実は私もクライヴ様と一緒にこの裏庭に来た瞬間に思い出していた。学園の騎士科で実技試験が予定されていて、兄が練習のためにと模擬剣を持って帰ってきていた、あの時。領地からこのタウンハウスに遊びに来ていた私は、兄が心配でたまらず、その模擬剣を磨きながら独自のおまじないをかけ、必死に念を込めていた。
そんな私の姿を見たクライヴ様の、驚いた表情。さらには後日、その実技試験で大怪我を負い帰ってきた兄に、わんわんと泣きながら縋りついた私のびしょびしょになった顔を、クライヴ様に見られてしまったこと。芋づる式に蘇る苦い記憶……。
それらを思い出してしまい、顔が熱くなる。つい俯くと、クライヴ様が言った。
「……あの時の、まだ幼さの残る君のやけに真剣な表情を、はっきりと覚えている。磨いているのがナイジェルの模擬剣だと気付いて、あいつを羨ましくさえ思ったよ。二人の間には、深い絆があるのだなと」
(……クライヴ様……)
どうやら私が思っているほど、悪いようには記憶されていないらしい。少しほっとした気持ちと、その言葉の中に垣間見えた、クライヴ様の切ない思いを察し、かすかに胸が疼いた。
クライヴ様とお兄様は、やはりうちの兄妹のような気さくな関係ではないのだろうか。
そんなことを考えていた、その時だった。
「……可愛いと思っていた、君のことを。あの時から、ずっと」
(……へっ?)
彼が何の前置きもなく、私の呼吸を止めた。
(か……可愛いって言った……?)
またたく間に全身が熱を持ち、くらりとめまいがした。
その言葉は、ラプルのカフェで言われた時よりも、もっと直接的な言い方だった。
クライヴ様は少し困ったような、居心地悪そうな表情を浮かべ、私のことを真っ直ぐに見つめている。夜の闇の中でその顔色まではっきりとは分からないけれど、きっと彼の眦は今、赤く染まっているのだろう。そう思った途端、私の体温がさらに上がった。意を決して口にしたと言わんばかりのクライヴ様の真剣な表情に、私は思わず目を逸らし、唇をぎゅっと引き結んで俯いた。心臓が激しく脈打ち、息が苦しい。
「……ロザリンド嬢。近いうちに、一緒にサザーランド公爵領に行こう。これから少しずつ、我が領地を案内していきたいし、静養中の兄にも君のことを紹介したい」
「は、はい……。ぜひ……」
それだけの返事をするのがやっとだった。
群青と墨色の間のような夜の空には、いくつかの星がまたたいている。外灯の明かりが砂利道の一部だけを淡く照らし、風に揺れた葉の擦れる音が、かすかに耳に届いた。付き添ってきた侍女は、私たちから少し距離をとり、後ろをついてくる。
「……寒くないか」
ゆっくりと隣を歩いていたクライヴ様が、低く静かな声で私に問いかける。少しドキドキしながら、私は彼の顔を見上げた。
「ええ。大丈夫です。……あの、クライヴ様。いつも素敵なお花やお菓子を、ありがとうございます」
彼は相変わらず熱心に、私への心遣いを続けてくれていた。その日によって違う色味の花々や可愛らしい焼き菓子などが、短い手紙とともに三日と空けずに届けられる。こんなにも細やかな気配りを続けてくださることに、私は正直とてもときめいていた。大切にされていると感じられて、嬉しかった。
クライヴ様は目を逸らし、小さな声で「ああ」と答える。
(こうして目を逸らす時って、たぶんクライヴ様も照れていらっしゃるのよね)
ようやくそのことに気付きはじめた私は、なんだかとてもくすぐったい気持ちになる。彼の気遣いや、こうした感情の欠片。見た目からは想像できない一面を知るたびに、この方に持っていた苦手意識がみるみる薄れていく。
「……ハートリー伯爵家の食事の席は、いつも賑やかでいいな。雰囲気が温かい」
ふいにクライヴ様が、そんなことを口にする。
「そ、そうでしょうか。兄なんか時々子どものように騒がしくて、お恥ずかしい限りですが……」
公の場ではもちろんきちんとしているようだけれど、兄は家族でいる時やクライヴ様が屋敷に来た時は、まるで少年に戻ったように屈託なく笑う。伯爵家というれっきとした家柄でありながら、うちの家族は皆堅苦しさや気取りがない。両親の兄や私に対する態度が、昔からずっとそんな感じだからだ。サザーランド公爵家のご子息であるクライヴ様が、よくこの雰囲気を受け入れ我が家に来てくださっているものだと、以前から内心思っていた。
「ナイジェルは屋敷と外ではまるで別人のようだ。王宮では特にしっかりしているから、心配しなくていい」
「そうなのですね。ふふ。それを聞くと安心します」
少し笑ってそう答えると、クライヴ様が優しい眼差しを私に向ける。
「……君とナイジェルは本当に仲がいいな」
「はい。兄が昔から私のことを、とても可愛がってくれていたので」
「そうだな。学園でも君の話ばかりしていた」
「まぁ。お兄様ったら……」
そんな会話をしていると、ふと、クライヴ様と彼の兄上のことが気になった。以前ノエリスから、お兄様は慢性的な呼吸器疾患らしいと聞いたことがある。
うちの話はしているのだし、こちらからも聞いてみて大丈夫かしら……。
そう思った私は、やんわりと問いかける。
「……クライヴ様、領地で静養中のお兄様のご様子は、いかがですか?」
「ああ、ありがとう。兄は大丈夫だ。幼い頃はかなり弱かったが、成長とともに体は少しずつ強くなっていったから、もう命に関わるほどのことはない。ただ、やはり激しい運動や心の負荷は避けておくのが無難なようだ」
「そうなのですね……」
王国の中枢を担う公爵家の嫡男は、病弱で静養中。次男のクライヴ様は学園の騎士科を首席で卒業し、王国騎士団に所属。さらには領地経営の勉強もこなしている。……もしかするとお二人は、微妙なご関係なのだろうか。
私と兄のことを「仲がいいな」と言った時のクライヴ様の表情を思い出しながら、ふとそんなことを思った。
この話題を続けるべきか迷っていると、クライヴ様がぽつりと言った。
「ここに来ると、昔君がナイジェルの模擬剣を磨いていた時のことを思い出す」
「っ!! ……お、お恥ずかしゅうございます……」
(やっぱりクライヴ様も覚えていらっしゃったのね……)
あえて口には出さなかったけれど、実は私もクライヴ様と一緒にこの裏庭に来た瞬間に思い出していた。学園の騎士科で実技試験が予定されていて、兄が練習のためにと模擬剣を持って帰ってきていた、あの時。領地からこのタウンハウスに遊びに来ていた私は、兄が心配でたまらず、その模擬剣を磨きながら独自のおまじないをかけ、必死に念を込めていた。
そんな私の姿を見たクライヴ様の、驚いた表情。さらには後日、その実技試験で大怪我を負い帰ってきた兄に、わんわんと泣きながら縋りついた私のびしょびしょになった顔を、クライヴ様に見られてしまったこと。芋づる式に蘇る苦い記憶……。
それらを思い出してしまい、顔が熱くなる。つい俯くと、クライヴ様が言った。
「……あの時の、まだ幼さの残る君のやけに真剣な表情を、はっきりと覚えている。磨いているのがナイジェルの模擬剣だと気付いて、あいつを羨ましくさえ思ったよ。二人の間には、深い絆があるのだなと」
(……クライヴ様……)
どうやら私が思っているほど、悪いようには記憶されていないらしい。少しほっとした気持ちと、その言葉の中に垣間見えた、クライヴ様の切ない思いを察し、かすかに胸が疼いた。
クライヴ様とお兄様は、やはりうちの兄妹のような気さくな関係ではないのだろうか。
そんなことを考えていた、その時だった。
「……可愛いと思っていた、君のことを。あの時から、ずっと」
(……へっ?)
彼が何の前置きもなく、私の呼吸を止めた。
(か……可愛いって言った……?)
またたく間に全身が熱を持ち、くらりとめまいがした。
その言葉は、ラプルのカフェで言われた時よりも、もっと直接的な言い方だった。
クライヴ様は少し困ったような、居心地悪そうな表情を浮かべ、私のことを真っ直ぐに見つめている。夜の闇の中でその顔色まではっきりとは分からないけれど、きっと彼の眦は今、赤く染まっているのだろう。そう思った途端、私の体温がさらに上がった。意を決して口にしたと言わんばかりのクライヴ様の真剣な表情に、私は思わず目を逸らし、唇をぎゅっと引き結んで俯いた。心臓が激しく脈打ち、息が苦しい。
「……ロザリンド嬢。近いうちに、一緒にサザーランド公爵領に行こう。これから少しずつ、我が領地を案内していきたいし、静養中の兄にも君のことを紹介したい」
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それだけの返事をするのがやっとだった。
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