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真面目と本気

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 田中と中田は昔から比較されてきた。田中は真面目で中田は不真面目。幼稚園から高校まで同じ学校だったから、周囲はどうしても比較して見てしまう。だからと言って二人の仲が悪いと言う訳では無く、むしろ親友とさえ呼べる仲であった。


 田中は思っていた。自分はただ周りに言われる事をこなしているだけだと。本当に凄いのは中田だ。普段は不真面目なアイツも、スイッチが入ると途端に本気になるのだ。その集中力や凄まじく、自分が定期テストの為にコツコツ積み上げてきた努力を、ほんの一週間程で頭に叩き込んでしまうのだから、呆れてしまう。中田がいつも本気なら、自分よりも遥か先に行っているだろう。


 中田は思っていた。田中のような人間こそ、世の中が求める人間なのだろう。一夜漬けの自分と違い、日々コツコツと勉強して、確実に良い成績を残し、クラス委員として日々の雑務なども嫌な顔をせずにこなしている。アイツは俺が本気になれば凄いと言ってくれるが、毎日何かを続けられるアイツの方が凄いのだ。


「中田、そろそろ本気を出したらどうなんだ?」


 これは田中の口癖だ。


「田中、俺の事はもう良い。自分の事に集中しろ」


 これは中田の口癖だ。


 互いが互いを思いやり、少しだけヤケになって相手に発破をかけるのだ。自分よりも優秀な人間が、腐るのを見るのは忍びないと。


 運命の歯車と言うものがあるのなら、それはきっと不良品だろう。これまで仲の良かった二人だったが、その日の二人は少しだけ、いつもよりほんの少しだけ機嫌が悪かった。


 いつもの口癖を互いに言い合い、それがケンカに発展し、物別れに終わると、それ以来口を聞かなくなってしまったのだ。


 それでも日々は続いていき、違う大学に進んだ二人は、あろう事か同じ会社で再会した。それでも運命の歯車は元に戻る事は無く、ギクシャクした関係は続き、優秀な二人が互いを避けるそれは、いつしか他の同期からライバルと称される関係になっていた。


 最初はそんな事考えもしていなかった田中と中田だったが、周りが囃し立てるうちに、そして互いの性格が変わっていない事を知るうちに、田中と中田の二人自身も、互いをライバルだと認識するようになっていった。


 企画職であった二人が、企画会議でバチバチにやり合うのはいつもの事であった。


 中田が本気になって皆が驚くようなアイデアをいくつも繰り出せば、田中はそのリサーチ力で地道に市場調査をして、市場が求める商品をプレゼンしてくる。


 こうして二人の仕事によって、会社は面白い商品と市場が求める商品を生み出し続け、田中と中田の互いの仲が悪くなる程に不思議と会社は好循環していった。


 しかし二人の会社も、うかうかしていられない事態が訪れる。黒船襲来である。会社の扱う商品を会社よりも低価格で販売する外国企業が現れたのだ。


 それでも会社は踏ん張っていたが、相手企業の勢いに押され、業績は右肩下がりとなりはじめていた。そんなある日の事だ、田中は中田に呼び出された。二人で会うなど高校以来だと思いながら、田中は中田に指定された居酒屋へ行く。


「向こうさんからヘッドハンティングされた」


 ビールといくつかのツマミを頼み、ビールで一口喉を潤わせた所で、中田が切り出したのだ。


「お前の所もか」


「やっぱり田中の所にも来ていたのか! 俺の所にだけとか言っておいて! あの野郎!」


 中田は激情を吐き出し、ヘッドハンティングしてきた相手企業の悪口をのたまう。田中はビールを飲みながら、それを静かに聞き続けていた。


「どうするよ?」


「答えの決まっている事を聞くなよ」


 そうやって二人はガッチリと握手を交わし、相手企業への徹底抗戦を決めたのだった。ここに来て運命の歯車はようやく二人を再び噛み合わせたのだ。


 二人の動きは早かった。飲み会はすぐに解散し、翌朝一番に出社すると、会議室を押さえて、朝から晩まで話し合いを続けた。


 相手企業は低価格を売りにしている。ならばこちらはハイエンドの良質品を売りにするべきか。いや、今の日本でハイエンドがどれだけ売れると言うのか。様々な機能を付けるべきか、いや、機能は絞ってシンプルにするべきか。


 田中はこれまで以上の市場調査に加え、相手企業の商品を買い込んで、質や改善箇所など徹底的に調べ上げ、中田は田中が調べてきたデータを元に百や二百で収まらないアイデアを出していった。


 そうやって作り出した商品は、高品質ながら機能を絞った事で価格を抑える事に成功し、ただその機能だけが欲しい人たちから好評を博す事に。その後も様々な一点突破商品を発売する事で、会社は面白くて一点突破の商品を出す会社として界隈でオンリーワンの会社となり、業績も持ち直す事となった。


 そしてある日、退社後の居酒屋。


「乾杯」


「カンパーイ!」


 そこには二人だけで祝杯を上げる田中と中田の姿があった。

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