ニシジュニウム

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ミラーフューチャー

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 夜中の12時。洗面所の鏡を見る。そこに映るのは高校生の僕だ。冴えない顔。どこにでもいる普通の顔だ。こんな僕が大偉業を成すとは、誰も思うまい。


 コンコン。


 鏡を叩くと、鏡面に波紋が浮かび、次の瞬間鏡に映っているのは、ちょっと老けた僕。


「やあ、高校生の私よ」


 鏡面から声が響く。


「やあ、年老いた僕」


 80代にしては若いこのおじいさんは、未来の僕だ。彼は科学者で、鏡を通して過去と交信する方法を生み出した凄い科学者なのだ。僕はそんな未来の僕から未来の科学についてあれやこれやを教わり、それを勉学に反映させている。そのお陰で僕は世界科学者連盟からも一目置かれる存在となりつつあった。


「どうだい? 高校生の私よ、進捗は?」


 声に不安の色を乗せて、未来の僕は現在の僕に尋ねてくる。いつもの事だ。


「順調だよ。僕の論文が評価されて、とうとう予算が付いた。これで計画を実行に移せるよ」


「そうか!」


 僕の報告に、思わず声が大きくなる程の大声で、喜びを露わにする未来の僕。それもそうだろう。僕が進めている計画とは、こんな鏡越しのやり取りじゃない、本物のタイムマシンだからだ。この計画が成功すれば、今まで鏡越しにやり取りをしていただけだった未来の僕と、実際に会って話す事や、未来の製品などをやり取りする事も可能となる夢のマシンだ。


「それで未来の僕。共同開発者となる教授から、分からない部分を指摘されてね。いくつか聞きたいんだけど、良いかな?」


「勿論だ。何でも聞いてくれ」


 こうやって僕は未来の僕とやり取りしながら、タイムマシンの開発を進めていくのだった。


 ◯ ◯ ◯


 タイムマシンの開発には20年の月日が費やされた。それは猫型ロボットが行き来するのとはまるで違う、サッカースタジアム10面分もある巨大な施設だった。それは環状になっており、その環の中をタキオン粒子が超光速で周回する事によって、その環の内側の土地の中心で、現在と未来を行き来出来るようになる仕組みだ。


 しかし成程、これだけ大きな施設が必要になるのなら、それは未来の私個人で造り出せる代物ではないと、完成して今更ながらに思い知った。


 タイムマシンの完成までに、地球温暖化抑止マシンや砂漠緑化マシンを造ったり、老化防止薬を作ったり、核エネルギーの効率的にして安全な活用法を発表したり、惑星間航行を可能とする準光速ロケットを開発したりと、色々やったが、やはりタイムマシンの開発が1番の難敵だった。


 最初は夢物語だと笑われたタイムマシンが、今私の目の前にある。これに興奮しない科学者はいないだろう。いや、世界中の人々がこの事に興奮し、このタイムマシン施設に注目している。


「博士」


 振り返ると助手が、ワクワクした目をこちらへ向けている。


「ああ、分かっているよ。では、これよりタイムマシンの起動実験を行う」


 言って私はワクワクしている助手を尻目に、タイムマシンと向き直ると、未来の私が示した未来時間をコンピュータに打ち込み、「ふう」と感情の昂りを抑えるように一息吐くと、起動スイッチを押した。


 すると環の中や環の内側の土地を映すモニターにスパーク現象が観測され、それはやがてまばゆい光となりモニターは真っ白に発光し、私たちは目が眩むのを手で防ぎながら、実験の成功を祈って、未来から何が送られてくるのか心待ちにしていた。


 その内に光は一段とまばゆく光ったかと思ったら、徐々にその光量を落としていき、やっと環の光が落ち着いた所で、私たちは未来からやって来たそれが何であるかを知ったのだ。


 ◯ ◯ ◯


 それは軍隊であった。未来からやって来たと思われる軍隊は、瞬く間に私たちを拘束し、タイムマシン施設を占拠した。それら軍隊を先導していたのは、私と年の変わらない私であった。


「お前は誰だ?」


 タイムマシンの制御室で、拘束具で身体を拘束されながら、自分そっくりの相手に誰何する。


「お前からしたら、もう一つの、あり得たかも知れない可能性の世界からやって来たお前だよ」


「くっ、どうなっている。私が造ったのはタイムマシンであって、平行世界と繋げるマシンじゃない」


 これを聞いて大笑いするもう一人の私。


「馬鹿め。お前は最初から騙されていたのだ。お前がこれまで会話をしていたのは、お前の未来の自分ではなく、私の世界の未来の私だ。私の世界の未来の私は、私の世界が近い将来人の住めない不毛の場所に成り果てると知っていたからな。だからせめてその未来をどうにかする為に、平和な平行世界に住むお前に目を付け、この平行世界の橋渡しをするマシンを建造させたのだ」


「そんな馬鹿な! それこそ信じられるか! 話を! 未来の私と話をさせろ!」


 私の発狂じみた請願に、しかしもう一人の私は首を横に振るう。


「もう無理だな。私がこっちの世界に来た事で、世界の改変はなされた。お前と未来の私を繋ぐ鏡の交信は不可能になったのだ、諦めろ」


「そんな……、嘘だ……」


 項垂れ、涙に滲む床が見える私に、もう一人の私は追い打ちをかける。


「なに、気にするな。このマシンを建造した功績は大きい。我々がこの世界を支配した暁には、お前に相応の地位を約束しよう」


「そんなものはいらない! そもそも、戦争して支配出来ると思っているのか?」


「当たり前だ。お前の世界が平和になる為に未来の私が色々手を施してきたように、この20年、我々の世界にも同様に未来から送られてきたものがあったのだ。それが何か、お前ならば分かるだろう?」


 私はすぐにその考えに行き着き、ゾッとした。私たちが未来に希望を抱いて邁進している間、未来の私はもう一つの世界に未来の兵器をばら撒いていたのだ。そんな世界と戦争して、勝ち目がある訳がない。


「まあ、そう言う事だ。気付いたなら大人しくしていろ。騒げば殺す。この世界において、お前こそが最重要人物なのだから」


「待て!」


 制御室を切る出ていこうとするもう一人の私に声を掛けた所で、拘束具から電気ショックが流れ、私は薄れゆく意識の中、もう一人の私の高笑いを聴いている事しか出来なかった。

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