59 / 611
招待? 召喚?
しおりを挟む
似合っている気がしない。
「何を不貞腐れているの?」
黒犬の寝床亭のロビーにて、うろうろしている俺の気も知らず、バヨネッタさんは不思議そうに首を傾げて尋ねてきた。
「いや、おかしくないですか? この格好。俺には似合っていませんって」
俺は自身の服を摘みながら、バヨネッタさんに聞き返した。
「普通、でしょ?」
「そうですね。特に変わったところは見受けられません」
バヨネッタさんが横のオルさんに同意を求め、オルさんも首肯する。う~ん。絶対おかしいと思うんだけどなあ。
と言うのも俺は、まるで貴族のような格好をしているからだ。なんと言うか日本人然とした俺がこの格好をしていると、コスプレ感が凄い。もしくは小学校の学芸会だ。
「そうは言っても領主に呼ばれたのだから、いつもの汚らしい格好では駄目よ」
汚らしいって、つなぎの事そんな風に思われていたのか。今知った衝撃の事実。だからってこの格好は恥ずかしい。クーヨンでいつか必要になるから、とオルさんに言われて、一着作っておいたのが仇となったか。
「はあ。領主様、何の用ですかね?」
警備隊が差し出した手紙は、このロッコ市周辺を治める領主メイネインからの、夕食会への招待状と言う名の召喚状だった。
バヨネッタさんとオルさんなら、断る事も出来ただろうが、その場合早々にこの街を後にする必要に迫られただろう事は、浅薄な俺でも想像に難くない。
俺の都合もあり、この街ではもう少し滞在する事になるだろうから、領主との衝突は避けねばならないのだ。面倒臭い。
「迎えの馬車が来たようだね」
バヨネッタさんやオルさんがロビーで優雅に寛いでいると、領主の使いが馬車を操りやって来た。オルさん、バヨネッタさん、俺の三人がその馬車に乗り込む。アンリさんはお留守番だ。良いなあ。俺もお留守番が良かった。領主との会食なんて、胃が痛くなるだけでしょ?
領主邸はロッコ市の西、切り立った崖のすぐ近くに建てられていた。崖と高い塀に囲まれた中には、三階建ての石造りで貫禄のあるお屋敷が構えていた。
馬車は屋敷の玄関前で止まり、使用人によって開けられたドアから馬車を降りていく。この場合、まず俺が降りて周囲の安全を確認し、バヨネッタさん、オルさんが降りてくるものらしい。
順番に馬車を降りた俺たちは、使用人に案内されて控え室に通された。いきなり夕食会を行う会場に通される訳ではなかったようだ。
控え室には先客がいた。十一人だ。皆、身なりは整えていたが、我々程高価な服装には見えない。貴族でない事は一目瞭然だった。彼らが発する気配から、戦いを生業とする者独特のものを感じる。傭兵とか冒険者、かな?
「なんか、こっちが浮いてませんか?」
俺は控え室の扉前で棒立ちになりながら、オルさんに耳打ちした。
「そうだねえ。ここの雰囲気からして、バヨネッタ様やハルアキくんはともかく、僕は場違いな気がするよ」
とオルさんも半分同意してくれた。確かに強者が集められたと言う感じで、そう言う意味では俺やオルさんは場違いに感じる。
ただしバヨネッタさんはそんな事全く意に介していないようで、周囲の冒険者らしき人たちが互いに牽制するような雰囲気の中、スタスタと備え付けのソファまで行って座り、扉の横に控えていたメイドさんにお茶を要求していた。
バヨネッタさんはどこに行ってもバヨネッタさんだなあ。と思いながらバヨネッタさんの横に座る俺とオルさん。
なんとも言えない緊張感に包まれる控え室で、待つ事二十分くらいだろうか? 控え室の扉がノックされて使用人が入ってきた。
「皆様。夕食会の準備が整いました。会場へご案内いたします」
使用人の後をぞろぞろ付いていくとホールに案内された。ホールの中央には長テーブルがあり、鳥の丸焼きなどの豪勢な食事が並べられている。その席を俺たちや冒険者たちで埋めていく。
ホストである領主メイネインのすぐ近くの席がオルさん、その横にバヨネッタさん、俺と続くので、俺たちは招待客の中でも優遇されている方なのだろう。
招待客が全員着席したところで、ホストである領主メイネインがホールに姿を現した。どっしりとした体型のおじさんで、桃紫色の髪をしていたが、日頃の職務の疲れからか髪には白髪が混じっていた。
領主様が登場した事で、着席していた冒険者たちが次々立ち上がってあいさつしようとする。俺もそれに倣って立ち上がろうとするが、隣のバヨネッタさんに服を掴まれ止められてしまった。それはホストのメイネイン様も同様で、立ち上がった冒険者たちに座るように促す。
領主メイネインは自席に座ると、酒が入っているであろう角杯を掲げる。それに倣って俺たちも木のカップを掲げた。そしてメイネイン様は男性にしては甲高い声であいさつを述べた。
「今宵は我が招待に応えて集まってくれた事、感謝している。ささやかながら宴の用意をさせて貰った。皆、大いに飲み食いしていってくれ。乾杯!」
領主の乾杯の音頭で夕食会が始まる。冒険者たちの半分程が木のカップを一気に飲み干し、ガツガツと目の前の皿に手を伸ばして食事を始める一方、もう半分はどうすれば良いのか周りを見渡し、探りを入れていた。俺もそのくちだ。
俺は木のカップに一口つけてみる。が、やはり酒だった。これは飲めないなあ。と思ってテーブルに置く。
横を見るとバヨネッタさんもオルさんも、領主に負けず劣らずフォークとナイフで悠然と食事をしている。冒険者たちとは違って優雅なものである。俺もそれに倣ってフォークとナイフで食事を始めた。
とにかく肉が多い印象だった。海からそう遠くないからか、魚も並んでいるが、やはりメインは肉のようだ。野菜もあるが、野菜と肉、魚の割合は一対九くらい。宴席ではこう言うものなのかも知れない。
俺は目立たないように静々と食事を進める。オルさんは領主のメイネイン様と会話を交わしていた。そのしっかりした振る舞いに、オルさんも貴族なんだなあ。と改めて実感する。
領主は呼び集めた冒険者たち一人ひとりの話を聞いていった。流石はここに集められた冒険者たちと言うべきか、皆がいくつもの冒険譚を持っている。
西のどこそこで大きなライオンを退治しただの、または北の巨人と戦っただの、南で怪鳥と、東で海竜と、と嘘か真実か分からない話が、冒険者たちの口をつく。そんな話に領主メイネインは一喜一憂して楽しんでいた。
話がテーブルを一回りし、次は俺の番か、どうしよう、凄い冒険譚なんて全然ない、と思っていると、バヨネッタさんが口を開いた。
「領主様、そろそろ本題に入ってもよろしいのでは?」
本題? バヨネッタさんの言に会場が静まり返る。俺は訳が分からずバヨネッタさんの顔を覗き込んだ。バヨネッタさんは少し厳し目に領主メイネインを見据えていた。
「ふむ。魔女にはお見通しだったか」
メイネイン様はそう応えると、テーブル上で手を組み、神妙な面持ちで話し始めた。
「ここロッコ市は街道の交差点となっている場所だ。道は東西南北に延び、それらが交ざる事で発展してきた」
へえ、そうなんだ。
「しかしこの一年近く、西の街道、山岳ルートが封鎖されて困っている」
「崖崩れか何かですか?」
冒険者の一人が尋ねる。
「いや、西にある廃墟となったポンコ砦に住み着く番犬が、道行く人や車を襲うようになったからだ」
廃墟の砦に住み着く番犬? 狼じゃなくて犬なんだ。犬なんて脅威になるのか?
「魔犬ね」
とのバヨネッタさんの言にメイネイン様は首肯する。魔犬か。それなら脅威かも知れない。
「住み着くって、何匹くらいいるんですか?」
違う冒険者が尋ねた。
「分からん。被害者によって目撃証言が違うのだ。十とも、百とも、千とも言われている」
魔犬が千匹。厄介だな。
「頼む。勇敢なる英雄たちよ。魔犬退治を引き受けてはくれぬか? もちろん退治してくれれば相応の報奨を支払う」
領主メイネインの願いに、英雄と言われた冒険者たちは一様に快諾してみせる。
「それで、その魔犬の特徴は?」
冒険者に尋ねられ、領主メイネインが口を開いた。
「被害者の証言では黒い犬だと」
ああ、成程。黒い犬。そりゃあ噂も立ってあの宿屋も人が寄り付かなくなるわな。
「何を不貞腐れているの?」
黒犬の寝床亭のロビーにて、うろうろしている俺の気も知らず、バヨネッタさんは不思議そうに首を傾げて尋ねてきた。
「いや、おかしくないですか? この格好。俺には似合っていませんって」
俺は自身の服を摘みながら、バヨネッタさんに聞き返した。
「普通、でしょ?」
「そうですね。特に変わったところは見受けられません」
バヨネッタさんが横のオルさんに同意を求め、オルさんも首肯する。う~ん。絶対おかしいと思うんだけどなあ。
と言うのも俺は、まるで貴族のような格好をしているからだ。なんと言うか日本人然とした俺がこの格好をしていると、コスプレ感が凄い。もしくは小学校の学芸会だ。
「そうは言っても領主に呼ばれたのだから、いつもの汚らしい格好では駄目よ」
汚らしいって、つなぎの事そんな風に思われていたのか。今知った衝撃の事実。だからってこの格好は恥ずかしい。クーヨンでいつか必要になるから、とオルさんに言われて、一着作っておいたのが仇となったか。
「はあ。領主様、何の用ですかね?」
警備隊が差し出した手紙は、このロッコ市周辺を治める領主メイネインからの、夕食会への招待状と言う名の召喚状だった。
バヨネッタさんとオルさんなら、断る事も出来ただろうが、その場合早々にこの街を後にする必要に迫られただろう事は、浅薄な俺でも想像に難くない。
俺の都合もあり、この街ではもう少し滞在する事になるだろうから、領主との衝突は避けねばならないのだ。面倒臭い。
「迎えの馬車が来たようだね」
バヨネッタさんやオルさんがロビーで優雅に寛いでいると、領主の使いが馬車を操りやって来た。オルさん、バヨネッタさん、俺の三人がその馬車に乗り込む。アンリさんはお留守番だ。良いなあ。俺もお留守番が良かった。領主との会食なんて、胃が痛くなるだけでしょ?
領主邸はロッコ市の西、切り立った崖のすぐ近くに建てられていた。崖と高い塀に囲まれた中には、三階建ての石造りで貫禄のあるお屋敷が構えていた。
馬車は屋敷の玄関前で止まり、使用人によって開けられたドアから馬車を降りていく。この場合、まず俺が降りて周囲の安全を確認し、バヨネッタさん、オルさんが降りてくるものらしい。
順番に馬車を降りた俺たちは、使用人に案内されて控え室に通された。いきなり夕食会を行う会場に通される訳ではなかったようだ。
控え室には先客がいた。十一人だ。皆、身なりは整えていたが、我々程高価な服装には見えない。貴族でない事は一目瞭然だった。彼らが発する気配から、戦いを生業とする者独特のものを感じる。傭兵とか冒険者、かな?
「なんか、こっちが浮いてませんか?」
俺は控え室の扉前で棒立ちになりながら、オルさんに耳打ちした。
「そうだねえ。ここの雰囲気からして、バヨネッタ様やハルアキくんはともかく、僕は場違いな気がするよ」
とオルさんも半分同意してくれた。確かに強者が集められたと言う感じで、そう言う意味では俺やオルさんは場違いに感じる。
ただしバヨネッタさんはそんな事全く意に介していないようで、周囲の冒険者らしき人たちが互いに牽制するような雰囲気の中、スタスタと備え付けのソファまで行って座り、扉の横に控えていたメイドさんにお茶を要求していた。
バヨネッタさんはどこに行ってもバヨネッタさんだなあ。と思いながらバヨネッタさんの横に座る俺とオルさん。
なんとも言えない緊張感に包まれる控え室で、待つ事二十分くらいだろうか? 控え室の扉がノックされて使用人が入ってきた。
「皆様。夕食会の準備が整いました。会場へご案内いたします」
使用人の後をぞろぞろ付いていくとホールに案内された。ホールの中央には長テーブルがあり、鳥の丸焼きなどの豪勢な食事が並べられている。その席を俺たちや冒険者たちで埋めていく。
ホストである領主メイネインのすぐ近くの席がオルさん、その横にバヨネッタさん、俺と続くので、俺たちは招待客の中でも優遇されている方なのだろう。
招待客が全員着席したところで、ホストである領主メイネインがホールに姿を現した。どっしりとした体型のおじさんで、桃紫色の髪をしていたが、日頃の職務の疲れからか髪には白髪が混じっていた。
領主様が登場した事で、着席していた冒険者たちが次々立ち上がってあいさつしようとする。俺もそれに倣って立ち上がろうとするが、隣のバヨネッタさんに服を掴まれ止められてしまった。それはホストのメイネイン様も同様で、立ち上がった冒険者たちに座るように促す。
領主メイネインは自席に座ると、酒が入っているであろう角杯を掲げる。それに倣って俺たちも木のカップを掲げた。そしてメイネイン様は男性にしては甲高い声であいさつを述べた。
「今宵は我が招待に応えて集まってくれた事、感謝している。ささやかながら宴の用意をさせて貰った。皆、大いに飲み食いしていってくれ。乾杯!」
領主の乾杯の音頭で夕食会が始まる。冒険者たちの半分程が木のカップを一気に飲み干し、ガツガツと目の前の皿に手を伸ばして食事を始める一方、もう半分はどうすれば良いのか周りを見渡し、探りを入れていた。俺もそのくちだ。
俺は木のカップに一口つけてみる。が、やはり酒だった。これは飲めないなあ。と思ってテーブルに置く。
横を見るとバヨネッタさんもオルさんも、領主に負けず劣らずフォークとナイフで悠然と食事をしている。冒険者たちとは違って優雅なものである。俺もそれに倣ってフォークとナイフで食事を始めた。
とにかく肉が多い印象だった。海からそう遠くないからか、魚も並んでいるが、やはりメインは肉のようだ。野菜もあるが、野菜と肉、魚の割合は一対九くらい。宴席ではこう言うものなのかも知れない。
俺は目立たないように静々と食事を進める。オルさんは領主のメイネイン様と会話を交わしていた。そのしっかりした振る舞いに、オルさんも貴族なんだなあ。と改めて実感する。
領主は呼び集めた冒険者たち一人ひとりの話を聞いていった。流石はここに集められた冒険者たちと言うべきか、皆がいくつもの冒険譚を持っている。
西のどこそこで大きなライオンを退治しただの、または北の巨人と戦っただの、南で怪鳥と、東で海竜と、と嘘か真実か分からない話が、冒険者たちの口をつく。そんな話に領主メイネインは一喜一憂して楽しんでいた。
話がテーブルを一回りし、次は俺の番か、どうしよう、凄い冒険譚なんて全然ない、と思っていると、バヨネッタさんが口を開いた。
「領主様、そろそろ本題に入ってもよろしいのでは?」
本題? バヨネッタさんの言に会場が静まり返る。俺は訳が分からずバヨネッタさんの顔を覗き込んだ。バヨネッタさんは少し厳し目に領主メイネインを見据えていた。
「ふむ。魔女にはお見通しだったか」
メイネイン様はそう応えると、テーブル上で手を組み、神妙な面持ちで話し始めた。
「ここロッコ市は街道の交差点となっている場所だ。道は東西南北に延び、それらが交ざる事で発展してきた」
へえ、そうなんだ。
「しかしこの一年近く、西の街道、山岳ルートが封鎖されて困っている」
「崖崩れか何かですか?」
冒険者の一人が尋ねる。
「いや、西にある廃墟となったポンコ砦に住み着く番犬が、道行く人や車を襲うようになったからだ」
廃墟の砦に住み着く番犬? 狼じゃなくて犬なんだ。犬なんて脅威になるのか?
「魔犬ね」
とのバヨネッタさんの言にメイネイン様は首肯する。魔犬か。それなら脅威かも知れない。
「住み着くって、何匹くらいいるんですか?」
違う冒険者が尋ねた。
「分からん。被害者によって目撃証言が違うのだ。十とも、百とも、千とも言われている」
魔犬が千匹。厄介だな。
「頼む。勇敢なる英雄たちよ。魔犬退治を引き受けてはくれぬか? もちろん退治してくれれば相応の報奨を支払う」
領主メイネインの願いに、英雄と言われた冒険者たちは一様に快諾してみせる。
「それで、その魔犬の特徴は?」
冒険者に尋ねられ、領主メイネインが口を開いた。
「被害者の証言では黒い犬だと」
ああ、成程。黒い犬。そりゃあ噂も立ってあの宿屋も人が寄り付かなくなるわな。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
306
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる